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近藤杏奈(2)


 

 

 男と二回目にであったのは明け方コンビニに行って帰る途中だった。

 ヨレヨレのTシャツに穴の空いたジーパンという格好で、スマホゲーをしながら歩道をダラダラ歩いてた。

 その時、路地裏から声が聞こえた。

 

 ――きっとその時立ち止まってしまったのが運のつきだったんだ。

 

 路地裏を覗き込むと数人の男性が見えた。

 あぁ、喧嘩か……飲みすぎて気が大きくなった人々が喧嘩をする光景は、この街では日常茶飯事だ。

 

 無視しようと思い、通り過ぎようとした時だった。

 

「おい! 何見てんだよお前!」

 

 明らかに私に向けて放たれた言葉だったが、面倒事はゴメンだと無視した。


「テメェ! サツにチクりに行く気だろオイッ!」


 一人の男が近付いてくる。私はため息を一つついた。

 男は明らかに一般人じゃない。ストライプのスーツにエナメルの靴、髪を後ろに撫でたスタイル。


 ヤクザか……面倒くせぇ……。


 私の前でオラついてるヤクザが私の肩を叩いた。思わずふらつく。


「……やめてください。警察呼びますよ」


「やっぱサツ呼ぶ気だったんじゃねーかよぉ、おじょーちゃんよぉ!」


 埒が明かないとイライラし始めたとき、路地裏の闇の中からぬるりともう一人の男が現れた。

 その男を見て私は息を呑んだ。


「……この前の……」


「はぁ? テメェ何言って――」


 ヤクザが言い終える前にそいつは頭をデカイ手で捕まれ人形のように放り投げられた。


 放り投げた男はこの前キャバクラに来たときの男だった。


「……お前、どっかで見たことあんな」


 今はメイクをしてない。だから気付かないだろうと高を括ってた。

 しかし男は野生動物のように私に顔を近づけて目を細める。


「お前、この前のキャバ嬢だな」


 一発で見破った男に私は驚く。


「イッテテテ……何するんすか兄貴! てか知り合いっすかその女」


 男は弟分を無視して私に尚も話しかけてくる。


「今日の仕事は終わったのか」


「えぇ……まぁ」


 男の近さに距離を取ろうと動くとコンビニ袋がカサッと音を立てた。


 私はコンビニ袋からビールを取り出して男の胸に押し付けた。


「それあげるし警察も呼ばないんで解放してください。私はあなたがしてる事に興味はないんで」


 男は血塗れの手でビールを受け取った。


「それでは失礼します」


 軽く礼をして私はその場から立ち去った。


 この不景気だ、ヤクザ稼業も楽ではないのだろう。少しでもシノギになるならハイエナのように骨まで貪り尽くすのだろう。


 男とはもう合わないだろうと思ってたら、ある日男が店にまた現れた。黒服は恐慌状態、キャバ嬢や客はだんまり。

 そんな中、私は黒服に呼ばれた。


「こちらが杏奈です。どうぞVIPルームでお楽しみください」


 そう言うと私と男はVIPルームに追いやられ、ドアを閉められた。


 無言の時間が過ぎて、私は自分がキャバ嬢としての仕事をしていない事に気付く。


「初めまして、杏奈といいます。何か飲まれますか?」


「何で営業トークしねーんだ」


 私はそういえばさっきから一度も笑顔を作っていないことに気が付いた。


「してほしいのなら、しますけど」


 男は懐からタバコを取り出す。私はサッとライターの火を差し出した。


「いらねぇ。今更んなもんされても気味悪ぃーわ」


 タバコを吹かしながら少しの沈黙。


 私は「飲み物はどうされます?」と再度聞いた。すると「なんでもいい」と返された。


 私はボーイを呼んで新しい灰皿も用意してもらった。


「本名はなんていうんだ」


 男は天井を見ながら聞いてきた。私はお酒を作りながら答えた。


「近藤杏奈です」


「源氏名と一緒とかやる気あんのかオメー」


「私は生活できて趣味のためのお金が稼げれば、それだけで十分ですから」


「趣味はなんだ」


 私は一瞬躊躇ったあと、素直に「ゲームです」と答えた。


 男は何がおかしかったのか、ソファーから体を起こすとくつくつと笑った。


「キャバ嬢がゲームとか似合わねぇな」


「よく言われます」


 出来上がったお酒を男に差し出した。


「お名前伺っても?」


 男は酒を一気に煽ると言った。


「黒木。黒木貴志だ」


「ヤクザなのに簡単に名乗っていいんですか?」


「オメー如きに名乗っても何もならねぇ」


 会話が全く弾まない。でも私はこの沈黙が妙に心地よかった。


 黒木さんはお酒の飲み方がむちゃくちゃだった。私が作る先から一気に飲み干す。

 悪酔いしそうなのに平然としている。

 私は提案した。


「もっと強いお酒をご用意しましょうか?」


 黒木さんは灰皿にタバコを押し付けると、「いや、いい。帰る」と言って立ち上がった。見上げると高い背が更に高く見える。この体格でいろんな人を脅したり、時には拳を振るうのだろう。


 私も立ち上がると黒木さんに名刺を渡した。最初に渡し忘れていたのだ。


 黒木さんは黙ってそれをスラックスのポケットに押し込んだ。


 黒服と共に頭を下げて黒木さんを見送った。


「ちょっと! 何か無作法なことはしてないだろうね?」


 黒服が額に玉のような汗を浮かべながら聞いてきた。


「してないと思いますが」


「全く困るよ〜! このまま何度も店に来られたら他のお客様が寄り付かなくなっちゃうよ〜……」


 それにしてもシノギの一つであるこの店に通うことは大丈夫なんだろうか。

 黒木さんのせいで売り上げが落ちたらシノギが減ってしまう。そうなると組の幹部から何かしらのペナルティがあるのでは。


 そこまで考えて私は赤の他人のヤクザのことなんて真剣に考えるなんて馬鹿らしい、と思って店の中に戻っていった。



 

 

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