ギャンブルと恋と嘘つきな心。
「シーッ! 大声を出すなよ!」
俺は驚きのあまりしばし固まってしまった。まさか本当にギャンブルをしていたなんて思いもしなかった。
「何で君がここにいるんだ」
ザフィールが苛立った様に言ってきた。
「それはこっちのセリフよ! あなた、賭場で何してるのよ?」
「そんなもん決まってるだろ。ギャンブル以外に賭場に行く理由なんてあるのかい?」
小馬鹿にしたような物言いに俺は腹が立つ。
「この事が学園に知れたらあなた大変なことになるわよ?」
「その時は君も道連れだ」
「私は不審な動きをしているあなたを見かけて、追いかけてきただけよ」
「この状況下で誰が信じてくれるかな?」
ああ言えばこう言う! 本当にムカつく野郎だ!
「あなた、毎晩ここに来てたの?」
ザフィールは顔を背ける。
「まぁ……よく来てたかな」
これは毎晩来てたなコイツ。
「あなた、ギャンブル依存症なの?」
「依存症? なんだ、それは」
あぁ! この世界には相当する概念がないのか。
「要するに、自分で制御できないほどギャンブルにのめり込むことよ」
「俺はそんな馬鹿じゃない。引き際は弁えてる」
弁えてる人間が毎晩賭場に通うわけがない。
「あなた、それは病気よ? 放っておいたら大変なことになるわよ? そもそもあなた、隣国から留学生として来てるんでしょ? 本国にいた時からギャンブルしてたの?」
「質問が多いね君は。まず簡単に言うと俺の国は賭博で成り立ってる国だ。そもそもの起源は、俺の国では天気をシャーマンが占ってた事から始まってる。やがてそれが市民の間にも広がって、誰もが天候を読むようになった。エシュカーラは砂漠の国だ、雨は命綱だった。砂嵐が来た日はテントにこもるしか無かった。そんな時に気を紛らわせる為に賭け事をするようになった。それが産業となり、各国から金持ち達が賭けをする為にエシュカーラに来るようになった」
思ったよりも重い内容で俺は戸惑った。
「俺の国では言葉を話せるくらいになると、賭けを覚え始める。それくらいエシュカーラ人にとっては賭けは普通のことなんだよ」
「あなたの言い分は分かったわ。だけどここはエシュカーラではないわ。この国に来たからには、この国のルールに従うべきよ。あんな闇賭博なんかしないでね」
ザフィールはふてくされた顔をした。こんな分かりやすくて、よく賭け事なんかしていたなコイツ。
「あなた仮にも王太子でしょ? そんな立場の人が夜な夜な賭場に通うなんて、エシュカーラの人達に顔向けできるの?」
さすがにそれは理解しているのか、ザフィールは気まずそうに俯いて首を擦った。
「……校長に何て言うつもりだよ」
「言わないわ。あなたが今日限り賭博を止めて、真面目に留学生として勉学に励むなら、私は何も言わない」
ザフィールは顔を上げて目を丸くしている。
「あなたにはあなたの事情があるのは分かったわ。どうかエシュカーラの人達に顔向けできるような立派な人になりなさい」
俺はそれだけ言うとその場を後にした。
+++
ゲームの中の人物にも人生があるのだと、ザフィールの事で思い知った。俺を育ててくれた両親にも、エリックにも。
そして俺にも俺の人生がある。
談話室でアルヴィン様とリア嬢が仲良くしているのを見ると、やっぱり胸がざわついた。まだ俺はリア嬢──杏奈さんへの想いが断ち切れていないのだろう。
こんな苦しみを死ぬまで背負い続けなければいけないのか? まるで悪夢だ。
「やぁ、ヴァレンテイナ嬢。独り?」
ザフィールが俺を見つけて話しかけてきた。あの日以降、真面目に留学生として頑張っているようだ。
「独りが好きなので」
「その気持ち、ちょっと分かるかも」
「どういう所が?」
「俺は王太子だろ? 国にいた時は大勢の人間に囲まれて、ああしろ、こうしろって煩く言われてた。たまに頭が変になるかと思う時すらあったね。だからこの国に留学生として来れたのは幸運だ」
ザフィールにしか分からない悩みがあるのだろう。多分、アルヴィン様なら彼の悩みが分かるんだと思った。
「私はとても中途半端な場所にいるわ。前に進むのも、後ろに戻るのもできない、とても中途半端な場所に」
前に進むにはリア嬢への想いを断ち切らないといけない。後ろに戻るには家族との仲を修復しなければならない。
今の俺はそのどちらもできない。いや、多分したくないんだ。
「君は何をそんなに思い詰めてるんだ?」
俺は少し笑った。
「そんなふうに見えてるの?」
「見える。というか……何かに苦しんでる様に見える」
「それも天気を読むように、私の心を読んだのかしら?」
少しの嫌味を混ぜる。
「君はとても美しいね」
唐突に何を言うんだこの男は。
「見目麗しいのに、君の中身はドロドロに感じる」
言い得て妙だ。確かに俺の中は色んな悩みでヘドロみたいにドロドロになってる。
「意外だよね。君みたいに家柄も恵まれてて、将来に何の悩みもなさそうな境遇なのに、何が君をそんなに悩ませているんだ?」
「人には話したくない悩みの一つや二つあるものよ」
「それは確かにそうだ。だけど、もし何か言いたくなったら、いつでも俺は相談に乗るよ」
それだけ言うと、ザフィールは談話室から出ていった。俺の悩みなんて言えるわけがない。中身が男で外見が女。前世の記憶があって、その時好きだった人が目の前にいる。でもその人は同性で、付き合うどころか告白すら出来ない。何よりその人にはもう、愛する人がいるのだから。
こんな悩み、誰にも言えるわけがない。




