賭けは相手を見てからにしましょう。
「杏……リア嬢は、いつ自分がゲームの世界の人物だと気づいたんですか?」
「んー、確か養子になった頃かなぁ」
「リア嬢は養子なんですか!?」
「そだよー。金で買った爵位だけど一応男爵なんだよね〜」
知らなかった。ゲームではそこまで描かれてなかったから。
「それよりさ、ティナちゃん気をつけたほうがいいよ」
「何にですか?」
「口調とか雰囲気だよ! 私達三人の時はいいけど、他の人と話す時は気をつけて素が出ないようにしなきゃ怪しまれちゃうよ?」
「……リア嬢はゲームの時とはまるで違うキャラクターになってるんですが、それは……」
リア嬢が笑った。
「何か知んないけど、誰も不審に思わないんだよねー。ほら、私バカだからさ、誰も気にしないんだよ」
「そんな事はありません! リア嬢は素敵な人です……」
「ティナちゃんはいい子だねー」
クスクス笑うリア嬢に、俺は胸が苦しくなる。あれだけ会いたくて恋焦がれていた人が、今目の前で明るく笑ってる。
でも俺とリア嬢には大きすぎる壁がある。
俺もリア嬢も女だということ。
分かっていても、拗らせた恋心は簡単には消えてくれない。あの忌々しいヤクザがいなければ、リア嬢をこの学園から連れ去りたいとさえ思ってしまう。
リア嬢はふと思い出したように俺を見上げた。
「隣国の王太子には、もう会った? ゲームで結ばれるキャラクターの人」
「……俺は……じゃない、私は心がまだ男なので、結ばれることは多分ないと思います」
「分かんないよー? すっごいイケメンでティナちゃんにメロメロリーナかもよぉ?」
「メロメロリーナ……」
考えるだけでゾッとする。男と結ばれるくらいなら、俺は海に身を投げるだろう。なんで海かは自分でも分からんけど。
そんな事を言ってる間に寮にたどり着いた。
「それじゃあ、夕食後の自由時間に部屋に来てね! ばいちゃ!」
「さようならリア嬢」
俺はなぜだかドッと疲れていた。一日で色んな価値観をひっくり返されたせいだろう。
しかもまだ説明すべき人物が残ってる。
しんどい。心も体もしんどすぎる。
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「……というわけなんです。理解してもらえましたか?」
「したわ。にしても体は女なのに心が男なんて厄介ね」
ヴィッキーさんが同情してくれる。ちょっと泣きそう。
「そっかなぁ? 二つの事を知れてお得じゃないぃ?」
マイペースすぎるよコレットさん。
「ね、ね、私思いついたことあるんだけど!」
リア嬢が手を上げる。何だろう、嫌な予感しかしない。
「隣国の王太子に接触してみない? どんな人か見てみたいし! なんか面白そうだし!」
「リア嬢……私は今、一応女でゲームの中ではそのキャラクターと結ばれる運命なんですが……」
「いいじゃん! ちょっとお話して気に入らなかったら、そこでバイバイして、気に入ったらお友達から始めればいいじゃん!」
この人は悪魔か何かなのだろうか? 前世よりはっちゃけてるのは何でなの?
「それは確かに見てみたい気がするわね」ヴィッキーさんが賛同する。
「私もぉ、見たいなぁ」コレットさんまで!
「あの、私が急に接触したら不自然極まりないと思うんですが」
至極当たり前のことを言うが、三人は同意してくれなかった。
「男と女が出会うのに不自然なんてあるものか! むしろ自然の摂理だよ! ね!」
リア嬢、絶対に楽しんでるよなぁ。
「では、とりあえず接触するだけでお願いします。会話とか無しの方向で」
「えー! 勿体無い!」
「仕方ないわね。最初はハードルを下げていくしかないわね」
「頑張れティナちゃん〜!」
勿体なくないしハードル高いし頑張れないっす……。
結果、接触するのは明日の放課後に決まった。嫌すぎる……!
+++
「ティナちゃん! 王太子の居場所、アクイラ寮の人に聞いてきたよ! 行こ!」
「あの、本当に行くんですかリア嬢」
「当たり前じゃん! ほらほら行っくよー!」
リア嬢が俺の手を握って走り出す。こんな些細な事にすら、俺はいまだ胸がときめいてしまう。きっと死ぬまで杏奈さん──リア嬢の事が好きなんだろうな……。
ヴァレンテイナとエルリアという目立つ二人が廊下で走ってるものだから、他の生徒達が驚いた顔で俺達を見ている。だがリア嬢は気にする素振りすら見せない。今のリア嬢はとても輝いている。前世のどこか影のあった彼女とは大きく違っている。
そんな事を考えていると、裏庭に出た。
生徒がポツポツといるのは昼休みだからだろう。
「ほら、あそこにいる人だよ! 頑張って!」
リア嬢が俺の背中を押す。
俺はつんのめりながら、王太子に近付いた。
王太子を見れば、彼は空を見上げていた。俺は何を言えばいいのか分からなくて、黙って同じく空を見上げた。
しばらくそうしていると、王太子(名前忘れた)がポツリと言った。
「今日は雨が降るねぇ」
いや、雲一つない快晴なんですが。
「こんなにも晴れているのにですか?」
「俺が天気のことで間違えたことはないよ」
何を言ってるんだこいつは、と思っていると、空が曇り始めた。そしてポツポツと雨が降り出す。
王太子は俺の背中を押して雨の降らない回廊まで導いた。
「ね、当たったでしょ?」
そう言って俺に右手を差し出す王太子。何の意味か分からず手をジッと見ていると、王太子は笑いながら俺に言った。
「天気を当てたから二十テルちょうだい」
本気でこいつは何を言ってるんだ。
「あの……何を仰ってるのか分からないのですが?」
「賭けだよ賭け。俺は雨が降る方に賭けた。君は晴れる方に賭けた。だから負けた君は僕に二十テル払わないといけないんだ」
「私、賭けに乗った覚えはないのですが」
若干イラッときたので言い返すと、王太子は半目になって言ってきた。
「ノクティス家のご令嬢なのに意外とケチなんだね。あーあ、この事誰かに言っちゃおうかなー」
なんだと? こいつ、もしかしなくても俺を脅してるのか?
「それほどご不満でしたら、今すぐ校長室に行きましょう。そうすれば、どちらが正しいのか判断してもらえますわ」
王太子はつまらなさそうに溜息をついた。
「君さ、面白みのない人だね、ってよく言われない?」
「人を騙す人間になるよりマシですわ」
ふーん、と王太子が俺をジロジロ見てくる。こいつ、こんなんで本当に王太子なのか?
「失礼ですが、あなたの名前と所属を伺っても?」
「僕? 僕の名前はザフィール・アル=サファー。アクイラ寮所属ね。それで隣国エシュカーラから留学に来たんだ。君は?」
以前エリックが俺を騙って大芝居を打ったらしいから、俺のことを知っているだろうに、ザフィールは聞いてきた。
「私の名前はヴァレンテイナ・ノクティスです。セルペンス寮所属ですわ」
「そっか。ま、今日のところは引き下がるよ。それじゃあね!」
ザフィールが俺に背を向けて回廊を走って去っていく。何だろうか、物凄くイライラするのは。あんな顔だけのキャラにヴァレンテイナは惹かれたというのか? 出会って数分で金を巻き上げようとした男だぞ?
俺は釈然としない面持ちで、午後からの授業の準備の為に踵を返した。




