魔法の国なんて地球に存在しない。
赤ちゃんプレイが好きな人は異常性癖だと俺は思った。
おむつを変えられる時の羞恥と屈辱、風呂に入れられる時の全裸羞恥、腹が空いた時の授乳攻撃etc.
俺はいつまでこれに耐え続ければいいんだ。
もう一人の赤ちゃんは何も考えてないから全てを享受している。アホなのかあいつは。
俺は我慢することを決意した。成長して話せるようになって動き回れる様になれば、ここがどこか分かるはず。
そして我慢に我慢を重ねて数年。初めに覚えた言葉は「ここ」。本当は「ここどこ」を言いたかったが言えなかった。両親はめっちゃ喜んでいた。
掴まり立ちを覚えると、俺は狭い(といっても俺の住んでたアパートの一室より遥かにデカイ)部屋から出ようと奮闘した。その度にあの男女──両親が阻止してくる。何故だ。
初めてのおまる体験の時、衝撃の事実を知る。
──無かった。俺に付いていなければならないものが、付いていなかったのだ!!
何度も手で己の股間に触って確認するが、それらしきものがない。ただのツルツル。
嘘だろ……俺、まさか女に生まれ変わっちまったのか?
あまりの衝撃に俺は熱を出して三日三晩うなされた。
そして体調が戻ると、俺はもはや悟りの境地だった。
無いものを求めても手に入らない。諦めて己の体を受け入れるしかない、と。
棒と玉を諦めた俺は、再びここがどこかを知ることに専念した。
文字が読めるようになると、絵本を与えられた。
読んだことのない文字が羅列していた。英語でもなく、もちろん日本語ですらない。俺の知る限りの知識を総動員しても、どの国の言語なのか全く分からなかった。
分からないのに文字が読めるという、不思議体験をした。
本は子供用に書かれていて、悪いドラゴンが聖女に討伐される話だ。この国は女性が強いのか? 普通はドラゴンに捕まえられたお姫様を勇者が倒す、とかじゃないの?
それから俺は本の虫になった。
子供向けの本を読み漁った。何故かどの本も主人公が魔法を使える設定になっていた。子供が憧れるからか? 分からん。
ある日、両親が俺の前に奇妙な紙を差し出した。そこに描かれていたのは魔法陣みたいな紋様で、真ん中に丸が描いてあった。
両親は俺にそこに手を当てるように言ったから素直に従うと、手を当てた瞬間光った。ビビる俺を両親は宥め、手を当てたまま動かないよう言われる。悪魔かこの両親は。
ビクビクしていると、紙が次第に黒く染まっていく。じわじわと黒いインクを垂らした様に、黒いシミが広がっていく。軽いホラーだった。
そしてついに真っ黒になった紙を両親は手に取ると、泣きながら喜んでいた。意味が分からん。
しかし両親は俺を抱きしめて「凄いわヴァレンテイナ! あなたは黒魔法の素質があるのよ! 聖女様と対になる存在なのよ!」と暑苦しく歓喜していた。
…………待ってくれ。今、両親はなんて言った? 黒魔法?
「ほら、こういう風に魔法を使うのよ」母親が言うと手のひらに小さな明かりを灯した。
俺はビビった。どっからこの光る玉が現れたんだ!? 手品なのか?
いや、それより魔法って……。
俺の中で嫌な予感が増幅する。床で玩具で遊んでいた兄弟(後に兄だと判明する)が母親の真似をして、手のひらからポンポン光の玉を作り出してる。ちょっとムーディーな部屋になってるから止めろ。
俺も試しに手のひらに力を込めてみた。すると光の玉ではなく、黒い玉が現れた。何故に黒。
「ふふっ、黒魔法の属性が強いのねヴァレンテイナは」
ふふっ、じゃないですよお母さん。俺、ずっとこの世界が地球だと思い込んでたけど、まさかのまさかですか? この世界って……
異 世 界 な ん で す か
ネット小説で読んだことあるわ! 異世界転生! 俺、異世界転生しちゃってたの!?
嘘だろ……嘘だと言ってくれ……。
俺は女ってだけで人生難易度ベリーハードなのに、まさかの異世界転生という二重苦。
なんでだよ! せめて地球に生まれ変わらせてくれよ!
誰も異世界転生なんて求めてねぇよ!
混乱する俺を母親は床に置くと部屋を出ていった。フォローとかしてくれよ!
アホ兄弟はいまだに光の玉作っとる。
どうしたらいい? 地球に魔法とかで帰られないのか!?
何なんだよ! なんで俺ばっかりこんな目に合うんだよ!
そんな俺に更なる悲劇が襲うとは、この時は思っていなかった……。




