腹黒イケメンにも苦労はあるんです。
「そうでしたか。それは大変でしたね」
優雅にカップとソーサーを持って紅茶を飲むエリック様に私は抗議する。
「そもそもエリック様がもっとマシな嘘をついてくれてれば、話はややこしくなってないんですよ! 何なんですか!? 魔法を研究したいって! それなら学園にいた方が効率的だって、ヴィッキーも言ってましたよ!」
エリック様が苦笑する。
「僕もあの時はそれなりに焦っていてね。普段ならしないような失敗をしてしまったよ」
「失敗って認めたー!」
私はケーキを口に放り込みながら言う。
「エリック様頼みますから学園に戻ってきてくださいよぉ! この前言ってたことは後になって考えたら間違えていた、とかなんとか適当に理由つけて!」
「そうしたいのは山々だけど、我が家にものっぴきならない事情があってね」
意味ありげにエリック様が微笑む。こうしてみるとマジでイケメンというか超絶美形さんだなー。タッパもあるしお茶会の時に握られたときの手のデカさは男の人そのものだったのに、なんで気付かなかった私よ。
「それって妹さんのことですか?」
カップとソーサーをテーブルに置いてエリック様が目を細める。
「私の妹は昔から独特の感性の持ち主でね。驚くほど早く言葉を覚えたし、魔法も簡単なものは直ぐに覚えたよ」
「妹さんの頭の中を覗かなかったんですか?」
私の疑問にエリック様が首を傾げる。
「勿論、覗こうとしたよ。だけど彼女の頭の中が覗けなかったんだ」
「どういう意味ですか?」
「何かに固く守られているかのように、何度試しても思考が読み取れなかったんだ」
「それって妹さんにも何か特殊な能力があったんじゃないですか?」
エリック様は顎を指先で触った。
「双子だからあるのかもしれないね。私とは対極の能力を持っている可能性があるかも」
「それで妹さんは今はどこに?」
「これは、ここだけの話にしてほしいんだが、妹は出奔していてね」
出奔……なんだっけ、確か――
「家出してるんですか!?」
「静かに」
エリック様が指先を私の唇に当てる。これ見てたらアル様嫉妬してくれっかなー?
「嫉妬するだろうね。しかし君の前では普段通りを装って、後で僕を殴るだろうね」
さすが元ヤクザ、暴力に抵抗なさすぎる。
エリック様は指先を離した。
「まぁ、それは冗談だよ。ネチネチ文句を一週間は言われるかな」
やだ、アル様の新しい面知っちゃった。
「妹さんはなんで家出してるんですか?」
「それが分かれば苦労はないんだけどね。頭が覗けないから分からなかったんだ」
「いつ家出を?」
「魔法学園の入学式の前日に忽然と姿を消したよ。屋敷の警備も見事に掻い潜ってね」
妹さんスパイかなんかですか?
「余程、学園に入学したくなかったのだろうね」
「入学したくない理由に心当たりは?」
「残念ながら分からない」
しかし、である。
「わざわざ妹さんのフリしなくても、エリック様のままで入学すれば良かったのでは?」
「それはアルが許さないよ。彼は君が聖女として覚醒し、それでも死なないと確信を持てるよう、ゲームとやらの進行通りに事を勧めたかったんだ」
それで私は毎日死ぬ死ぬ言う羽目になってたんですがアル様ぁ?
「ヴァレンテイナがいなければゲームは始まらないからね。双子の私がその役目を担う羽目になったのさ。酷い男だろう?」
「アル様に代わってラブハッビー☆な私がお詫び申し上げます。すみません」
「まぁ、そのおかげで不穏分子も一掃できて全部が悪かったとは言えないんだけどね」
あのおじさん達のことか。あれは酷かった。アル様の本気と書いてマジで怖かった。
私はむぅ、と無い脳みそをフル回転させる。
「エリック様、学園に戻りましょう」
「それができないから困ってるんだよ」
「出来るじゃないですか。妹さんは屋敷で日々魔法の研究に励んでいるのは、病弱な兄を助けるためだった、とかでいけるんじゃないですか?」
エリック様が唖然とする。
「そんなこと、考えもしなかった。君は凄いねリア嬢」
「いや、そんな大したことでは。妹さんが学園に戻らなくても、兄を救った魔法の成果にますますのめり込んで研究に邁進してるから学園に来ないとか、適当に理由つけときゃいいんですよ。もし妹さんが帰ってきて学園に入学することになっても、不自然ってほどでも無いと思いますし。エリック様も学園に戻りたいんじゃないですか?」
エリック様がいきなり大声で笑うからビクッとしてしまった。
「君は天才だねリア嬢! そうか、だからアルは君に惚れ込んでるんだな」
人から天才と呼ばれたのは前世も含めて初めてのことで戸惑った。
「というわけで、どうにかルームメイトのヴィッキーとコレットにたげは真実を話してくれませんか?」
「それはアルに聞いてみなければなんとも。君のルームメイトは口が堅いかい?」
「勿論、私はそう確信してます。エリック様も彼女たちに詰め寄られていたから分かるんじゃないですか?」
「確かに。公爵家のヴァレンテイナに彼女たちは堂々と直談判してきたからね」
私は胸を張る。ヴィッキーとコレットは入学してまだ日は浅いけど、人の秘密を軽々と口にする二人じゃないと自信を持って言える。
「では私からアルに手紙を書いてお伺いを立ててみよう。君からだと話が脱線しそうだしね」
「私、何げに酷いこと言われてません?」
「そんなことはないよ、気のせいさ」
いや、絶対ディスられてる。でもエリック様という人となりが段々分かってきた。
「エリック様は笑顔で人の痛いところをついてくるタイプですよね」
「さぁ、自分では分からないなぁ」
確信した。やっぱりエリック様は腹黒だ。それもドSというオプション付きで。
「エリック様、残りのお菓子を頂いて帰らせてもらってもいいですか? ルームメイトの一人がとてもお菓子好きで」
お茶会の時にはできなかったことのリベンジだ!
「勿論いいとも。後でメイドに包ませるよ」
私とエリック様はその後は学園の現在やアル様の事、その他他愛もない事を話して私は屋敷を後にした。