謎の人に遭遇したときにどうすればいいですか?
平和だ。
とても平和だ。
「スクイーズ、私こんな平和でいいのかな? 後でドバっと悪いこと起きたりしないかな?」
「ニュッ!」
「そっか、大丈夫か。ならいいや」
と、そんなことを思っていた時期もありました。
「あなた、最近ティナ様とアルヴィン様にちやほやされて、調子に乗ってるんじゃないのかしら?」
おー……スゲー。典型的な分かりやすい悪役令嬢じゃん。
私は今授業が終わったあとの教室の端に追い詰められている。
「ちょっと聞いてるの!」
ドンッと肩を叩かれる。イッテェなーもう。
「何がご用件かはっきりしてください。私も暇ではないので」
「生意気なことを言うわね! でもこれであなたもおしまいよ!」
そう言うと先頭にいた女子生徒が鞄を私の前に放り投げてきた。なんぞや、と思ってると、鞄の蓋が開いて中から動物の死骸が数匹出てきた。
私は頭が冷えていくのを感じた。
「この動物の死骸は誰が用意したのですか?」
私は亡骸を鞄から取り出そうとした。その時、女子生徒が息を切らせて教室に入ってきた。その後ろには何故かティナ様がいた。
「ティナ様! ご覧になって! エルリア嬢がティナ様の鞄に動物の死骸を入れようとしてるところを、私たち見てしまったのです!」
なんでそうなる。
「リアさん……本当ですの?」
いや、本当な訳ないじゃん。
「ティナ様、誤解です。私はこの方たちに鞄を投げつけられて、その中身がこの哀れな動物の亡骸でしたのです」
しかし女子生徒が被せるように言う。
「嘘ですわ! 私たちこの目ではっきりと見ましたもの! 隠れてコソコソとティナ様の鞄に悪質な仕掛けをしているところを!」
おぞましい、と別の女子生徒が言う。
スゲーな。アカデミー賞でも狙ってんのかこいつら。
ティナ様は前に出ると鞄を私の手から取り返した。
そして一言、
「残念ですわ、リアさん」
そう言うとティナ様は毅然と教室を出て行った。残されたのは私と動物の亡骸だけ。
「可哀想に……」
亡骸をかき集めて私は立ち上がると廊下に出て裏庭に向かった。
両手が汚れるのも構わず土を掘り返し、亡骸たちをそこに静かに横たわらせて土を被せた。
「どうか、この子達が神の国にいけますように」
私は小さな命たちを思って祈った。
その日を境にティナ様との関係は悪化の一途を辿った。
私がティナ様の悪口を言いふらしてるとか、ティナ様の教科書を隠したりしているとか、靴を隠してるとか、思いつく限りの悪行をティナ様にしている犯人に仕立て上げられていた。
元々無かった私の評価はマイナスを振り切っていった。
ティナ様は何も反論せず、ただ静かに受け止めるだけだから、話に尾ひれがどんどん付いていった。
唯一、ルームメイトのヴィッキーとコレット、鬱陶しいがアルヴィン様だけは私の無実を信じてくれていた。アルヴィン様はいらなかったなぁ。
久しぶりの休暇で学校は浮かれモードになっていた。短い休暇だから実家に帰るのは王都にタウンハウスを持つ貴族ばかりだった。それ以外の生徒は寮で休暇を楽しむことになった。
「ねぇ〜、どこかに出かけようよリアちゃん。王都食べ歩きツアーとか楽しいよぉ?」
コレットがさっきからそればっかり言ってる。
「私は王都に実家があるけど短い期間だから自由に過ごせって言われたから、王都で今何が流行ってるのか探りを入れるツアーよ。あんた流行りに疎いから一緒に行きましょう」
ヴィッキーが畳み掛けるように言ってくる。
「なんか気分じゃない……」
「ニュッ?」
スクイーズが心配してくれてるけど、マジでやる気が起きないんだよなぁ。
別にいじめ如きで精神がやられることはない(前世のキャバ嬢同士の陰湿な争いに比べたら赤子が泣き喚いてる程度だ)が、今まで頑張ってきたのに結局は世界の強制力が私をザマァ死へと導くことに心が折れそうなのだ。
「ごめんねー……二人で楽しんできてー」
ベッドの上で寝返りを打ちながら言った。
二人は溜息をついて何とか諦めてくれた。
「んあー……やる気でねー」
「ニューッ!」
「そう言われてもさ、何もしたくないんだよー」
「ニュッウ!」
「へーへー、怠惰な人間ですみませんねー」
スクイーズの抗議も今の私に発破をかけるまでには至らない。
そうしてダラダラしてると気付けば夕暮れになってて草。何時間ベッドにいたんだ私は。
えいや! と体を起こす。うあー体がバッキバキだわ。
肩を回してほぐしながら机に移動する。
確かノートが無くなりかけてたんだよなぁ。どうすっかなー。この時間から文具屋に行くのもなー。
とか言ってる時間が勿体ねーから文具屋に行くべ!
街は夕方にも関わらず賑わっていた。
露店商が声をかけてくるけどガン無視しながら文具屋に辿り着いた。
中に入ってノートを探す。この世界ファンタジーのくせに鉛筆とかノートがあるんだぜ。設定ガバガバじゃねーか。
あ、そういえばペンのインク切らしてたからそれも買おう。術式に必要だからな。
一通り買い終えると店を出る。
夕闇の帳が落ち始めてる。早く帰るか。
いそいそと早足で歩いてると、突然腕を強く引かれた。
「なっ――」
転げそうになったところを誰かの腕に支えられて、何とか持ち直す。あっぶね! インク瓶割れたらどうしてくれんだ!
怒りをぶつけようと顔を上げると、どう見ても屈強な成人男性が三人立っていた。
どう見ても悪人です、本当にありがとうござry
「何か用ですか? 用がなければ帰ります。用があっても帰ります。何か私に良からぬことをするつもりなら叫びます」
「じゃあ、叫べないようにしなくちゃあなぁ!」
「え?」
背後から声がして振り返った瞬間、口元を押さえつけられてしまった。クソッ! 四人いやがったのか!
男はズルズルと私を路地裏の奥へと引き摺りこんでいく。ヤバイ。マジでヤバイ。
考えろ私! 魔法使うか? でも学園以外で魔法使うの禁止されてんだよな! でも事情を言ったら許してもらえるかも――
その時男の一人が私の上着を引きちぎった。
思考が停止する。
あれ? なにしてんだっけ? あれ?
ガクガクと脚が震えだす。逃げ、逃げないと……逃げないといけないのに、動けない何で?
「こんなガキじゃあやる気でねぇなぁ」
「ヤッたら大金が転がり込んでくんだ、文句言うんじゃねーよ」
「それじゃあ、とっとと終わらせますか、と」
スカートの中に男の手が入ってくる。
イヤだ。イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ!!
誰か、誰か助けて! 誰か!
「おい、暴れさすな! ちゃんと押さえつけとけ!」
誰か……助けて……。
黒木さん――!!
その瞬間、目の前の男が空中に浮かんでいく。
「あぁ!? テメーら何もんだ!」
私の体を押さえつけていた男の頭が鷲掴みにされてる。してるのは複雑な文様が描かれている仮面と黒のフードを被った誰か。
「二度は言わんぞ。汚い手でこいつに触んじゃねぇ」
自分より巨漢の男をいとも容易く持ち上げると、仮面の人はそいつを掴んだまま地面に叩きつけた。そしてボールを蹴るみたいに頭を蹴った。
別の男が脇から殴りかかってくる。
でも仮面の人はその拳を受け止めて引き寄せると、思い切り腹に足蹴りした。
残された二人はもう一人の仮面の人に向かっていく。その人は剣を鞘のまま振り上げて男の脳天に叩きつける。表現しがたい音が辺りに響く。
最後に残された男は退路を立たれてヤケになったのか、闇雲に剣の人に向かってタックルをしようとした――けど剣の人はサラリと躱すと男の背中に剣を思い切り叩きつけた。男は悲鳴さえ上げずに崩れ落ちた。ありゃ痛いわ。
辺りが静けさに包まれる。何が起こったのか私は分からずに、地面に座ったまま呆然としていた。
「お嬢さん、こんな時間に外を彷徨くのは危ないですよ。早く帰った方がいい」
私を立ち上がらせると、二人は落としてしまったノートとインクの瓶を拾ってくれて、それを私に渡す。
「あ、あの! 危ないところをあ、ありがとうございました!!」
深く頭を下げて顔を上げると、もう二人はいなかった。
私は大通りに出て二人を探すが見つからない。
「なんなのあの人たち……」
私は言われたとおり、ノートとインク瓶が入った紙袋を胸に抱きしめて学園へと走り出した。
闇の帳が辺りに落ち始めてるから、尚更急いだのだった。