バカ王子とロリコンと妖艶美女の嫌な三角関係。
「今日の一限目は術式なんだよねぇ」
私はパンを乱雑にちぎってスープに浸しながら言った。
「そういえばアンタ術式苦手なんだっけ?」
ヴィットリア・ロッセッティことヴィッキーが礼儀正しくパンをちぎりながら聞いてくる。
彼女はダークブラウンのストレートの美しい髪を後ろに寄せていて、肌は艶のあるオリーブ色、そして瞳は暗い茶色のアーモンド型で少し目尻が吊り上がっている。
端的に言えば知的クール美人、だろうか。
「そうでありんす。もう頭がフットーしちゃうよぉ! な状態になります」
「他の科目はそこそこうまいことやってんのに、なんで術式だけ駄目なの?」
ヴィッキーが不思議そうに聞いてくる。
「私さ、数学苦手だったんよね。んでさ、術式ってメッチャ数学と似通ってんのよね」
もぐもぐパンを頬張りながら答えた。両親が見てたら行儀が悪いってバチクソ怒られてただろうな。
「スウガクとやらは知らないけど、術式なんて手順を踏んで式を組んでいけば直ぐに魔法が発動するから凄く簡単じゃない」
「そこがだめなんだよ! なんでこの式はここにあるのか、この式に別の式を入れる意味は何? とか考えちゃって頭に入ってこないんだよ!」
術式は正に数学そのものだ。一度疑問に思うと次から次へと躓いていく。その結果、私は術式の授業が大の苦手になってしまったのだ。
「一々式の成り立ちなんて考えてたら術式なんてやってらんないわよ。あぁ、そういえば召喚術も駄目だったわよね。術式使うから」
スープを優雅に飲みながらヴィッキーが言う。
「ゲームでは得意だったのに何故現実では上手くいかんのだ……」
テーブルに突っ伏す。
画面越しにプレイしてた時は満点叩き出していたのに、いざ生身になるとこの体たらく。
どうしたんだい私。あの苦労して見つけた攻略方法思い出せよ!
まぁ思い出したところでクソの役にも立たないんだけどね! あっちはゲームボタンをタイミングよく押したりフレーム押ししたり僅かなリズムのズレの隙を突いて押したりしてたわ。何か押してばっかじゃん私!
仕方ない。ゲームはコントロール部分とボタンだけで構成されてるからな。
現実にボタンなんぞ存在するわけもなく。
あぁ、憂鬱だ……。このまま術式の授業サボろうかな――
そんな不埒な事を考えてたとき、食堂がにわかにざわついているのに気付いて、ふと騒ぎの方を見てしまった、
「おぎゃああああああああああっ!!」
私の叫びに騒ぎの中心人物がこちらを振り向く。
やべぇ! 恐怖すぎて思わず叫んじまった!
私は急いでテーブルの下に隠れた。
ドクドクと耳の奥で鼓動が聞こえる。口から心臓が出てきそうだ。イヤだ何それスプラッタ。
余計なことに思考が攫われていて、異変に気付くのが遅くなった。
「エルリア嬢、そんな所で何をしているのですか?」
真っ赤な炎の様な対の瞳が私をまっすぐ捉えている。
「ああああああああっ、アルヴィン・ヴァン・ブレイズ様ああああああっ!!」
「私のことはどうかアルとお呼びくださいエルリア嬢。さぁ、そんな狭い場所にいないで出てきて。私に貴女の愛らしい顔を見せてください」
何言っとるんじゃあワレェ!! お前さんの一言一言が死への葬送曲にしか聞こえんのだが!?
「お、おほほほっ……私ったら狭い場所には目がなくて、ついついいつもの癖がでてしまいましたわ」
どんな癖だ。パニクりすぎて、自分が何言ってんのか分かんないです助けてヘルプミー!!
「ふふっ、面白い方ですわねエルリアさん」
闇夜のような濃い紫の髪に茜色の瞳、白雪のような肌に誰もが振り返る美貌、オマケにとんでもねぇナイスバディな女子生徒が話しかけてくる。
あぁ……オワタ……私オワタよ皆んな。
「ヴァ、ヴァレンテイナ・ノクス様、ごっ、ご機嫌よう」
私は恐怖のあまり下位貴族が上位貴族にする礼を通り越して、そのまま床の上で土下座していた。
何を言おう、この妖艶美女がこのゲームの主人公でありラスボスなのだ!!
「エルリア嬢、何をしているのですか! ティナ、お前が共にいるとエルリア嬢が怯えるではないか! だから付いてくるなと言ったのに!」
アホかああああっ! 何油田に火炎瓶投げ込む様なマネしてくれとんじゃあっ!
このヴァレンテイナ様の気分を害したら私とお前は即人生アボンやぞ! 分かってんのかバカ王子!
「お、およしくださいブレイズ様……ヴァレンテイナ様にその様な物言いをなされるのは……無作法で申し訳ございませんでしたヴァレンテイナ様」
※意訳:『お前いらん事抜かしてるとそのキレイな顔に一発食らわせて奥歯ガタガタ言わせたろかオラァ!』
私は生まれたての子鹿のごとくガタガタ震えが止まらない足を叱咤して立ち上がると、改めて非礼を詫びた。もう手遅れな気がしないでもない。
「あら、おやめになってエルリアさん。元はと言えば、わたくしがアルに無理に付いて行きたいと申したのですから」
ね、アル様、と妖艶に微笑むヴァレンテイナ様をブレイズ様は鬱陶しそうに見ている。
お前はアホなのかさてはアホなんだな?
この方はラスボスにして数多の魔法を使いこなし、伝説の闇魔法すら習得して世界を救ったついでにクッソ役立たずなお前と私を処刑するお方だぞ? 公爵令嬢という立場をフル活用してお前の両親である王と王妃すら手玉に取るやり手の社長より更にやり手を通り越してアメリカ大統領にでもなれんじゃね? ってくらいのスッゲーお方なんだぞ? 私は今靴を舐めろと言われたら喜んで舐める所存なくらいのお人だぞ? そこんとこ分かってんのかアァン!?
「いつも私に付いてきて鬱陶しい。私はエルリア嬢と二人きりになりたいのに」
はああああああんっ! 何言っちまってんのぉ!? 私とヴァレンテイナ様のどこを見比べたらそう思えるんだお前はよぉ!
言っちゃあ何だが、私は童顔桃色の頬に淡いピンクの髪、そして恐らくイエベで健康的な肌色にささやかなこのお胸だぞ?
一端の男なら普通はヴァレンテイナ様を選ぶだろぉう!?お前もしかしてロリコンか? ロリコンなんだな? きめぇぇぇぇぇ!!
「出過ぎた真似をしてすみませんアル様。わたくしは先に参りますわ」
そう言うとラスボスが食堂から出ていった。こ、これは助かったのか? それともヘイト値を貯めただけなのか? どっちなのさ!!
「あー! いたいた! 先に行かないでよ二人とも〜!」
この緊迫した空気の中、の〜んびりとした声でこちらのテーブルにやってきたのは同室のコレット・シャルモアだった。
彼女の両手には抱えきれない程のパンと果物とスープのお皿が乗っている。朝から元気だねコレット。私はさっきのやり取りでゲボ吐きそうです。
よいしょっとヴィッキーの隣に座ってパンと果物とスープ皿を置いて「いただきます♡」と嬉しそうに食し始めた彼女に、張り詰めていた空気が、よく分からん感じに緩んでいった。
「そ、それでは私もこの辺りで失礼いたしますエルリア嬢」そう言って去ろうとしたブレイズ様が思い出したように私を振り返ると近付いてきて耳元で囁いた。
「手紙の返事はいつまでもお待ちしています」
では、と言って今度は本当に去っていってくれた。耳がゾワゾワする! ASMRかお前は! 無駄にいい声出すんじゃねーよ!
私は疲れきってテーブルに突っ伏す。
「どうしたのぉ、リア? お腹痛いの? ご飯残ってるよぉ?」
この独特の語尾の伸ばし方がコレットの特徴だ。見た目はゆるふわぽっちゃり系女子。赤茶けた髪色に新緑の目の色。顔もふっくらしてて可愛らしい。
私はもぞもぞとコレットの隣に移動し、その胸元にぎゅうぎゅう顔を押し付けた。はぁ、胸のふわふわが気持ちいい。デカさだけならヴァレンテイナ様を上回ってると私は確信してる。知らんけど。
「そういえば今日の一限目は術式だねぇ。上手くできるといいなぁ」
そうなのだ。コレットも術式が苦手である。というか、魔法に関すること全般が苦手である。どうして入学できたのか謎だと思うだろうが、種明かしはもっと後だよそこの君。これ書いてる奴が先を読んでほしくて長引かせる作戦だ。なんと姑息な!
私は全身ふわふわマシュマロなコレットを堪能しながら、様々な憂鬱な問題をどうすべきか頭を悩ました。