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近藤杏奈(5)


 

 

「そんなつもりは無かったんです!」

 

「嘘つくんじゃないわよ! 私があのハゲの相手をしてる間に勝手に太客を私から掻っ攫ったくせに!」

 

 何度違うと言っても華蓮さんは信じてくれない。

 

 店長が何事かとバックヤードに入ってきた。

 

「何してるんだ二人とも!」

 

「店長聞いてください! 私の客を杏奈が横取りしたんです!」

 

 ここぞとばかりに華蓮さんは訴える。

 

「誤解です! お客様がキャバクラに慣れてなさそうで困ってらしたので、少し話しかけただけなんです!」

 

 私も必死に訴える。

 

「少し話しかけただけ? あんなに盛り上がってたくせに嘘つかないで!」

 

 真っ赤なリップが塗られた唇から怨嗟の言葉が次々と出てくる。

 華蓮さんはこの店のナンバーワンだ。

 事の経緯はこうだ。

 

 二人組のお客様がご来店された。

 一人はいかにも成金そうな――要するにお金を持っていそうな中年男性だった。

 もう一人は中肉中背で前髪で顔の半分を隠してた青年。

 相手は華蓮さんを指名した。私はそのヘルプについた。

 華蓮さんは中年男性のお客様ばかりに話しかけていた。髪で顔を隠したお客様は暇そうにスマホを取り出すとゲームをし始めた。

 仮にもキャバクラで、ゲームをするなんてと焦り、私は男性に話しかけた。

 

「ゲームお好きなんですか?」

 

「はぁ……まぁ」

 

「今はどんなスマホゲームしてたですか?」

 

 男性は無言でスマホの画面を見せてきた。そこには私もしている見慣れたゲーム画面が映し出されていた。

 

「あっ! これ私もプレイしてるんです! このゲーム、ガチャ渋くありません? あとチーム戦になるとアプリよく落ちませんか? チーム戦の最中だと困りますよね! 再起動したらチームが負けてた、なんてしょっちゅうありますもんね〜」

 

 営業トークをするはずが、気付けばゲーマーとしてトークしてしまっていた。


 それが良くなかった。


「君もこのゲームやってるんだ。確かにガチャ渋いよな」


「他にはどんなゲームしてます?」


 尋ねると私がプレイしてるゲームと被りまくってた。


 それから思わずゲームトークに華が咲き、帰る頃には次は同伴しようと言ってもらえた。

 帰り際にようやく名刺を頂いた私は、凍りついた。

 そこに書かれていたのは誰もが知る大企業の名前で、おまけに役員だった。


「田辺さん! 今日は楽しんでいただけましたかな?」


 中年男性が尋ねると、田辺さんと呼ばれた男性が何気ない仕草で前髪をかき上げた。

 驚くほど整った顔をしていた。

 私と華蓮さんは唖然とした。

 しかし我に返る速度は華蓮さんが早かった。


「やだ〜! そんなに整ったお顔をしてらっしゃるのに前髪で隠すなんて勿体ないですよぉ!」華蓮さんが田辺さんの腕に自分の腕を絡めながら言う。


「よかったら今度同伴しませんか? 私楽しみ〜」


 華蓮さんの独壇場だったがしかし、田辺さんは嫌そうな顔をして華蓮さんの腕を退けると私の方を見た。


「同伴は杏奈さんと約束してるんで」


 そう言うとお会計を始めた。財布の中身がチラリと見えて戦慄した。ブラックカード持ってるこの人……。


 そして二人は店を後にした。


 そらから私は華蓮さんにバックヤードに呼ばれて、冒頭に至ったわけだ。


「次にあのお客様がご来店しても、私ヘルプにつきませんし、お帰りになるまで待機室から出ませんから……!」


「当たり前でしょ! 同伴の約束もなしにしなさいよ!」


「はい……」


 後で連絡入れなきゃ……気が重い。


 店長はやれやれといった風に首を振っていた。こんなことは割としょっちゅう起こるのだ。だから私はなるべく指名を貰わず、でもクビを切られるギリギリのラインで働いてたのに。


 私の人生はやっぱりクソだ。


 そう、ここで決着がついたと思ってた。

 例の二人組は割と早くに来店した。

 私はボーイから報せを受けて、慌てて待機室に戻った。これでややこしい事から解放される、そう安堵すらしていたのに。


「どういうことよ! あのお客様、全然私のトークに乗ってこないし酒も頼まないし、おまけに先日の女の子は今日はいないんですか? って、この私に聞いてきたのよ!」


 ――バシンッ。


 頬に痛みを感じて、私は遅れて叩かれたのだと気付いた。


「ちょっと華蓮ちゃん! いくら何でもそれは駄目だよ!」


 店長が私を庇うように華蓮さんに注意する。

 それで余計に華蓮さんの怒りに火をつけてしまった。


「あんたみたいなゲームやるしか脳のないオタクが、キャバ嬢やってること事態が何かの間違いなのよ! いつもすました顔して適当な仕事しかしてないくせに図々しい!」


 その通りだったから、私はただ俯くしかできなかった。


 ここは任せて、と店長に耳打ちされて、私は店の裏口から出ていつもの階段に座った。


 膝を抱えて顔を埋めていると、頭上から「おい、何してんだお前」と話しかけられた。


 顔を上げると黒木さんが私を見下ろすように立っていた。


 しかし目敏い黒木さんに隠し事は無理だった。


「おい、その顔どうした」


 顎を捕まれ強引に上を向かされる。叩かれた頬がピリリと傷んだ。


「誰にやられた」


「あー……お店でちょっと揉めちゃいまして」


 はははっ、と笑う私の横に黒木さんは座った。体が大きいからぎゅうぎゅう詰めだ。


 事の経緯を話さないと黒木さんは絶対に帰らないと分かってた私は、ポツポツと話し始めた。


「――というわけです。結局私が上手く立ち回れなかったせいだから」


「そのクソ女はまだ店にいんのか」


「多分」


 立ち上がりかける黒木さんに私は慌てて引き止めた。


「な、何するつもり!? 駄目だよ! ヤクザ屋さんのお仕事しちゃ、絶対に駄目だから!」


「お前はやられっぱなしでいいのか」


「元々そんな人生だから気にしてないよ」


 黒木さんは溜息をつくと座り直した。懐からタバコを出して口に加える。咄嗟にライターの炎を差し出してた。


「オレにそんなことしなくていい」


「ははっ、癖って中々治らないよね」


 私は上手く笑えているだろうか。


「なんかね、ずっと人生クソだとさ、クソみたいな出来事が起こっても、すんなり受け入れちゃうようになったんだよね」


 普通の人なら抗うことも、私は流されるがままだ。


「ガキがなに言ってやがる。んなことはババアになってから言え」


 黒木さんが煙を吐き出す。


「ねぇ、黒木さん」


 返事をしないのはいつもの黒木さん。ちゃんと聞いてくれてるのが分かってるから気にしない。


「私、まだ処女なんだよね」


 黒木さんのタバコを持つ指先が微かに揺れた。お、珍しく動揺してる。


「私、初めては黒木さんがいい」


 黒木さんに出会ってずっと決めてたこと。

 彼になら全てを差し出してもいいとすら思えた。


「お前がババアになっても処女だったら抱いてやるよ」


「あははっ、そんな歳になったら黒木さんヨボヨボのおじいちゃんじゃん!」


「だったらオレよりマトモな男見つけて抱いてもらえ」


 黒木さんは無表情で言い放った。


「黒木さん、私黒木さんのこと大好きだよ」


 ――心からの笑みで私は黒木さんの肩に頭を寄せた。コロンの香りとタバコの香りが鼻腔をくすぐる。


 黒木さんは私が離れるまで、ずっとそうしてくれていた。


 

 

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