近藤杏奈(3)
「黒木さんさー、ヒマなの?」
店の裏口の階段に座りながらポータブルゲーム機を操作しつつ聞いてみた。
黒木さんは仕事以外のときは常にイヤホンを付けている。騒音が嫌いらしい。
「テメーこそこんな所で暇つぶししてんなら、店の売り上げに貢献してこい」
タバコの紫煙をくゆらせながら黒木さんは言った。
「ヤクザ屋さんって普段なにしてんの?」
「相手をボコって金に利子つけて回収」
「ヤクザ屋さんにお金借りるとか、どんだけ切羽詰まってんのかな」
「お前だって切羽詰まってんだろが。未成年の癖にキャバ嬢なんてしやがって」
黒木さんが地面にタバコを放って手入れの行き届いたエナメルの靴の先でタバコの火を消した。
「……いつから気付いてたの?」
私は緊張しながら聞き返した。
「VIPルームでやる気のねぇ接待された時だ」
「そんな早くから!? ヤダ、店長にチクッた?」
私はいつの間にかゲーム機を操作するのを止めて、黒木さんの言葉に聞き入ってた。
「そんな事してオレに何の得があんだ」
私はホッとした。
「良かったー……ここ辞めさせられたら行くとこ無いもん。泡風呂に落ちるしかなくなっちゃう」
黒木さんは私に背を向けたまま、肩を小さく揺らしている。どうやら笑っているらしい。
「お前を雇う泡風呂なんてねーよガキのくせに」
「そのガキに喜んで貢いでくれるお客さんもいるかんね!」
またゲーム機の操作に戻る。
「なら、そいつは見る目がねぇってこった」
「黒木さんの意地悪。バーカバーカ!」
「オレにそんな口きくヤツは命知らずか、 お前だけだな」
またタバコを取り出してライターで火を付けてる。このヘビースモーカーめ。
「まぁ、女ってのは化粧一つで化けれるもんだから楽だよな」
「それって差別発言ですー。女の子が化粧するのは何かを隠したい時か気分をアゲたい時だよ」
「お前は確実に前者だな。この前みたいにすっぴんで彷徨いてたらオレ以外はお前だって気付かねぇ」
黒木さんが煙と共に吐き出した。
「なにそれ! すっごい自信だね」
私は思わず笑ってしまった。
「事実しか言ってねぇよ」
「でも私は黒木さんにだけなら、どこにいても気付いて欲しいかも」
自分で言ってて恥ずかしくなって、私はゲームに熱中してるフリをする。
「……そうだな、俺ならお前がどこにいても見付けることが出来そうだ」
その些細で本当か嘘か分からない言葉に、私は無性に泣きたくなった。
立ち上がって私はゲーム機の電源をオフにした。
「じゃあ、そろそろ戻るね。黒木さんもちゃんとヤクザ屋さんしなよー」
「うるせークソガキ」
大きくて広い背中がまた揺れている。私だけが見れる特別な黒木さん。
――そして、とっても大切な人。