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まだこっちに来ちゃダメ

マジルテ、と自分の名を呼ぶ声が聞こえる。その声の主は誰だったのか。聞き慣れたちょっとうざったらしいこの声は…


「いい加減起きなさいよ!」

「…お姉サマ?」

「やっと起きた?おはよ、お寝坊さん」


徐々に鮮明になっていく視界の中で、最初に映ったのは姉の顔だった。どうやら、ボクを起こそうとしていたのは姉だったようだ。少し目を細めて微笑っていた。

そう言って姉は、ようやく完全に目を覚ましたボクを他所に、手にしていた櫂を持ち直し、和船の木造のボートを漕ぎ始めた。船の端の方には、一つの梨が置いてあった。


「アレ?ボク達いつの間にボートに?」


ボートに乗り込んだ記憶がない。それより、いつボートに乗ったんだ。そんな事を考えていたら、姉は呆れた表情を浮かべた。


「まだ寝ぼけてるの?さっきまでマジルテとお花畑で遊んでて、今から帰るところよ」

「ソッカ!」


そうだ、思い出した。姉と色様々な花が咲き乱れるお花畑で遊んでたのだ。一杯走ってみたり、かくれんぼしたり。花で冠を作って姉の頭に乗せたあげた。姉は少し涙ぐんだ表情になり、でもすぐに笑顔に戻って「ありがと」と言っていた。


何故忘れてしまっていたのだろうか。きっと、途中で寝てしまったからだ。そこを姉がボートまで運んでくれてたのだろう。


ふと川沿いを見渡すと、辺りには綺麗な花が沢山咲き乱れていた。思わず感銘をあげる。


「ウワァ、綺麗ダネェ」


「絶対に食べちゃダメだからね…」

「…食べるワケないジャン」


本当に冗談とかではなく真剣そうに言うので、自分がおかしくなったのか少し怖くなる。まず、花を食べる発想にはならないだろう。

少し面白くなって、少し食べてみようかな?と冗談ながらに企んだら、デコピンを食らわされた。


「イタいんですケドォ」

「…ぜっったいに食べちゃダメだからね」


明様に怒っている。これ以上姉の機嫌を損ねるのは流石にまずいと思って、ボクは仕方がなく「ハアァイ」と頷いておいた。


木造ボートはゆっくりと川を下っていく。辺りはありえないほどに静寂に包まれていた。

すると、突如目の前が霧で覆われ、視界という視界が見えなくなる。これでは何も見えない。


「お姉サマ?目の前が全然見えなくなっちゃったヨ?」

「大丈夫、私が絶対送り届けるから」


姉はボクの不安やら心配やらを他所に、迷いなくボートを漕ぎ続ける。まるで姉には、この船の行き先がはっきりと解っているかのように。

姉はこちらを振り返る事なく、黙々とボートを漕ぎ続ける。その時、フワリ、と何処からともなく真っ黒のアゲハ蝶が飛んできて、姉の周りをしばらく飛び回った後、姉の猫耳に静かに止まった。くすぐったい、と言わんばかりに、耳がピクンと小さく動きたが、蝶が飛び去ることはなかった。ボクはその様子が面白くて、思わずクスと笑うと、じっと睨まれた。


「…何見てんのよ」


姉は照れ臭くなったのか、顔を背け船の進行方向の方を向いてしまった。しばらくの間沈黙が続く。先に声を発したのはボクの方だった。


「おウチに帰ったら、マタ遊ぼうネ」


姉はボクの言葉に、「…そうね」と小さく微笑みながら頷いた。ボク達は諸事情により、幼い頃から家の敷地外へ出たことが殆どなかった。ボクは「きっと楽しいだろうナァ」と、これからの事に思いを馳せた。その時はきっとお母様もお父様も一緒にだ。


勿論、姉も…


「お姉サマも一緒行こうn「着いたわよ」

「…エ?」


言葉を遮られ何事かと思い、姉が指差す方に目を向けると、いつの間にか霧が晴れたらしく、何処か見慣れた場所に着いた。


「ワァイ!やっと着いタ」


嬉しくて木造ボートから飛び出し、向こうへ駆け出す。


「お姉サマも早くおいでヨ!」


そう言ったが、姉は一向に船から降りてこない。


「お姉サマ…?」


「ごめんね、マジルテ。私はそっちには行けないの」


「…エ?」


姉の言葉の意味が分からなかった。本当は、内心分かっていたのに、それを未だに心の何処かで否定していたのかもしれない。

その言葉の意味を知ろうと、姉の方へ歩み寄るが一向に距離が縮まる気配がなかった。


走っても走っても


姉に近寄れない



「ナンデ…?」




「お姉サマ!!」


問うように叫んだ。けれど、木造ボートに乗ったままの姉は、笑顔を浮かべたままだった。


「…マジルテ、助けられなくてごめんね」


その突然の謝罪に、ボクは全てを思い出した。科学派のヤツラに家を襲われ、ボク以外の全員が殺されたこと。これ以上聞いてはならないと本能的に察しても、体が動かなかった。


「…気に…シナイ…デ……」


喉が干からびて上手く話せない。それでも姉は言葉を続けた。


「…最後にマジルテに会えて本当に良かった……マジルテ、最後にお姉ちゃんのお願い聞いてくれる?」

「ヤダ…一緒に……行こう、ヨ……最後に…なんて、言わない、で…」


だからこっちに来て、と手を差し伸べるが、姉は少し寂しそうにボートから此方(此岸)を見つめてくるだけだった。


「私がいなくなっても死なないで。私が…私達が生きれなかった分まで生きて…!嫌われ者のお姉ちゃんのことなんかすぐに忘れて幸せになりなさい!貴方の幸せが、私の幸せだから」


「だからね、最後にマジルテ……生まれてきてくれてありがとう。…すっごく幸せだった」



「…お別れだね、マジルテ」

「ヤダッ!!」


再び姉の方へ走る。だがやはり、姉との距離は一向に縮まらない。それどころか体は鉛のように重くなり、徐々に走るスピードも落ちていく。

それと同時にさっきまで出ていなかったはずの霧でボートの方を覆い尽くし、徐々に掠れて見えなくなっていく。まるで、そのまま霧に飲み込まれてしまいそうなぐらいに。


「待っ…テ!お姉サマ…行か、ない…でッ…!!!」


とうとうその場()崩れ落ち、必死に手を伸ばそうとするが、まともに手も上がらなくなった。

必死になってこちらに行こうとする姿を、姉はただ少し悲しそうな表情で見つめるだけだった。


だが、精一杯に満面の笑みを浮かべ此方(此岸)に手を振った。


「大好きだよ、マジルテ。さよなら、最後までこんな頼りないお姉ちゃんでごめんね……!」


姉がそう言い終えた瞬間、無数の黒揚羽蝶がボクの前を横切った。

後日談は虚言の堕天使のほうに


花を食べない様に言っていたのは、死者の国の食べ物を食べると現世に戻れなくなるから。

日本古代には、黒い蝶は黄泉の国へと誘うという伝説が残されている。




おまけ↓本文に加えるはずが没になったもの


気だるさと虚しさが残ったまま、手を下ろす。いつの間にかさっきの黒揚羽蝶が船の反対側の縁の所に止まり、炎が舞ってヒトに姿を変えた。黒を主とした朱の着物に瞳のない盲目。


「全く、運命とは残酷なものじゃのぉ」


「……私はもう生者ではないから、大したものは払えないわよ」



ソイツは黒い笑みを浮かべていた。


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