No.1ホステスが死刑直前の悪役令嬢に転生したら無双でした
私は28歳の時に死んだ。なんということはない、ありふれた人生だったと思う。ただ私が『No.1ホステス』だったことを除けば……。
最期の記憶はシャンパンタワーだ。なみなみと注がれる高級シャンパンを見ながら、貢物の合計金額を計算していたとき。私は死んだ。原因は分からないが、おそらくアルコール中毒だと思う。楽しく酔って楽しく死んだ。たくさんの人に愛されたようでいて、空っぽの人生だった。そして気づいたら……私は牢獄にいた。
皮肉なもので、私は処刑直前の悪役令嬢に転生したのだ。いや、正確にいうと処刑直前に前世の記憶を取り戻したというべきか。マリー・サイベルト・ゴールドフォークス。これが今の私の名前。そしてこの名前と類い稀な美貌も3日後には失う。王子が愛した、か弱き乙女を虐げたという冤罪によって。
ことの始まりはいつだろう?おそらく1年前……いや、王子との婚約が決まった10年前からすでに始まっていたのかもしれない。公爵令嬢の私、マリーはいわゆる政略結婚によって王子との婚約が決められた。そして王子と私は形だけの愛を育んだ。王子は品行方正、容姿端麗だが、すこしばかりバカであった。頭の回転が悪いわけではないのだが、視野が狭く自分が思ったことを真実だと決めつけてしまうところがある。そして私はそんなバカな王子に尽くす、もっとバカな女であった。
バカなマリーは、愛する家族のためにこの婚約を成立させようと、必死に王子のサポートをした。幼い頃から王妃教育を受け、コネクション作りのための茶会に出席し、当然ながら学業にも精を出した。頑張り屋なマリーの成績が常に学年一位であったことを思うと、その努力は並々ならぬものであったのであろう。
そしてそんなマリーは、王子が恋したピンク色の髪の子犬系ヒロインの登場により、ヒロインをいじめた悪役令嬢へと仕立て上げられ、まんまと投獄されてしまった。宰相である父の決死の抗議も通らず、あっけなくマリーは死罪となった。
マリーはバカだったのだ。世の中には善人しかいないと心の底から信じている。そんな箱入りのお嬢様だった。虫すら殺さない、乞食の子供を見れば自分の宝石を与えてしまう、そんな17歳の少女だった。そしてそれゆえに悪知恵の働くヒロインによって『悪役令嬢』へと仕立て上げられてしまった。学園中の生徒を味方につけ、王子を籠絡し、王様と王妃様まで味方につけたヒロインは、おそらく人の心を掴む天性の才能があったのだろう。とびきりの美人ではないけれど、童顔で小柄で可愛らしい。そんな少女に「マリー様にいじめられてるんですぅ」と言われた王子は、10年来の婚約者である私を『悪女』だと決めつけた。
……そしてヒロイン同様に頭の回るヒロインの家族によって外堀を埋められ、私は投獄されたというわけだが……。突然に前世の記憶を思い出してしまった。『麻里衣』という源氏名でNo1.ホステスとして夜の街に君臨していた、前世の記憶を。
マリーははっきり言って、可愛げのない女である。男に媚びることを知らず、いるかも分からぬ神を信じ、真面目に毎日を生きている。いわゆる隙のない女。公爵令嬢という肩書きもあり、周りからすると尚更近寄り難い……もっというなら完璧すぎて面白くない女だろう。そしてそんな女を地の底まで落としたあのヒロインは、なかなかやり手である。
と、私はそんなことを牢獄で考えていた。3日後には死刑が執行されるというのにこんなに余裕があるのは、前世で一度死んでいるからだろうか。あるいはこの状況にワクワクしているからかもしれない。
だって、はっきり言ってこんなの強くてニューゲームじゃない?
だって、マリーってはっきり言って、超もったいない女じゃない?
私は、看守にバレぬように小さく笑みを浮かべると、差し当たっての目標を3つ立てた。
1.ヒロインに復讐すること
2.王子に復讐すること
そして最後の1つは……今はまだ心の内に秘めておく。これは前世の麻里衣からの密かな野望だから。
さて、そうと決まれば行動だ。私はこれまでの「投獄されても死刑になっても動じません。公爵令嬢である私は誇り高く死んで行きます」という態度を崩し、看守に声をかけた。
「そこのお方……お願いがあるのです。毛布か何かをいただけませんか……?わたくし、寒くて凍えてしまいそうなの……」
うるうると目に涙を浮かべて、上目遣いで看守におねだりをすると、看守は目に見えるほどにうろたえ、そして鼻の下を伸ばした。当然だろう。マリーはいわゆる絶世の美少女だ。公爵令嬢としてのプライドからか、生まれ持った真面目さからか、これまでは自分の弱さを見せまいと生きてきたマリーは周りからは『鉄の女』などと称されてきた。そしてそれを誇りにすら思っていたのだが……はっきり言って、これは男にモテるためには逆効果だ。男にモテたいのなら、弱さはガンガンに出していった方が良いし、どんな小さなことでも男の手を借りた方が良い。
例えば麻里衣は、男の前ではペットボトルの蓋も開けられないか弱さを演出していた。もちろん家では余裕で開けていた。
……と、そんな前世の思い出に浸っていると、看守は表面上は悩むフリをしていたものの、「特別だぞ」などと言いすぐに毛布を……しかも囚人用のゴミのようなボロ布ではなく、看守が夜勤で使うであろうそれなりに上等な毛布を……手渡してくれた。
目尻に涙を浮かべて「ありがとう……!囚人に毛布を与えてくださるなんて、あなたはとても立派な方なのですね。この御恩は忘れません」というと、看守の鼻の下はもはや床につきそうな勢いで伸びた。よし。前世のテクニックはこの世界でも有効なようだ。
そしてマリーは温かい毛布を手に入れ、夜を過ごした。夜中に看守が「寒くないか?もし寒いならこれでも飲め」と言って温かいスープ(おそらくこれも看守の夜食)を差し出してきたのには笑った。男は単純である。
さて、次の日の朝。処刑は翌々日に迫っている。時間がない。私は昨日の看守を相手に勝負をかけることにした。
「折り入ってお願いがあるのです……」と、昨日以上に目をウルウルさせると、看守は前のめりになった。世の中の女子の多くは勘違いしているが、男という生き物は女の頼み事が好きなのである。迷惑をかけたくないとか、負担になりたくないと言って遠慮する女子は多いが、男を手玉に取りたいのならガンガン頼み事をするべきである、と麻里衣は思う。
そして麻里衣……もといマリーは続けた。
「わたくし、最期に王子に一目お会いしたいのです。こんなことになってしまいましたが、長年愛してきた方ですもの……。あ、でもこんなことをお願いしたら、ご迷惑をおかけしてしまいますよね。ごめんなさい……貴方になら心の内を見せても良いような気がしてしまって、つい……。忘れてくださいませ」
そして待つこと2時間ほど。鉄格子の向こうに、王子がやってきた。
王子は怪訝な表情を浮かべ、言った。「わたしに話があるとは何事だ。よもや命乞いではあるまいな?」
まるでゴミを見るような冷たい目。そりゃそうよね。王子はヒロインに夢中なんだもの。可愛いヒロインに「私をいじめるあの女をこらしめてっ!」とお願いされて、コロリと参ってしまったのだから。……でも、無理もない。王子は幼い頃から、優秀すぎるマリーに引け目を感じていた。自分より学業も剣技も魔法も優秀なマリー。自分のことをいつも下に見てくるマリー。可愛くないマリー。王子はきっと思っていたはずだ。「どうしてこんな女と婚約しなきゃいけないんだ」って。
私にはそれが手に取るように分かる。だから私は、この場合の最適解を一晩かけて考えた。
まずは一言目。
「リュクール……いえ、王太子殿下。突然お呼び出ししてごめんなさい……」
「建前はよい。どういった用だ?お前がどうしてもと言っていると言伝があったから、こうして出向いているのだ」
王太子は相変わらずのゴミクズを見る目で私を見ている。ややイライラしている様子だ。当然だろう。こんな悪女に時間を使うくらいなら、あの可愛いヒロインと甘い時間を過ごしたいに決まっている。だからこそ。そんな王太子に私は言った。
「ごめんなさい……。ただ、わたくし……わたくし……こわいの……」
目に涙を浮かべてそういうと、王太子はハッとした表情を浮かべた。その顔にはこう書いてある。『怖い?怖いと言ったのか?この鉄の女マリーが?処刑が怖いと?死が怖いと?そう言ったのか?』
おそらく、王子はマリーが処刑台の上でも表情一つ崩さず凛とした態度で死んでいくと思っていたのだろう。前世の記憶を取り戻す前のマリーならそうしていたかもしれない……が、今は違う。私はマリーであり麻里衣だ。No.1ホステスとして数多の男を手玉に取ってきた麻里衣が、今マリーの中に入っているのだ。
マリーは続ける。
「だからほんの少しでもあなたに会いたかった……。側にいて欲しくて……。わたくし……本当は、ずっと……ずっと……」
そうして声を殺して涙を流す。言いたいこと、内に秘めた思いがあるけれど言えない。そんないたいけな少女を演出する……と、所詮18歳の青年である王子は、あからさまに狼狽え出した。そりゃそうだ。いくら一国の王子とはいえ、たかが18歳の男子が10も年上の大都会のNo.1ホステスに、男として太刀打ちできるはずがないのだ。
王子は狼狽えながら、この時だけはヒロインのことを忘れ、まるで生まれたときからマリーのことしか見ていないとでもいうような態度で鉄格子を握りしめ、マリーに声をかけた。
「ずっと、なんだというのだ?」
よっしゃ、食いついた。
麻里衣は心の中でガッツポーズをすると、形の良い眉をハの字にして、完璧な計算された困り顔で言った。
「あなたに釣り合う女性になりたかったの……」
王子は困惑していた。当然だろう。この状況で何かを言われるとしたら、命乞いの類だと思うはず。にもかかわらず、マリーは「あなたに釣り合う女性になりたかった」などとのたまう。これは意味不明だろう。……が、だから良い。王子の脳は今フル回転しているはずだ。他のことなど考えられないほどに。
そしてそろそろ、王子は部屋に戻らねばならないだろう。まだ書類仕事が残っているはずだ。予想通り「そろそろお時間が……」というお付きの人に連れられ、王子は部屋へと戻っていった。困惑の表情を浮かべたまま。
そしてその日は眠りに就き、次の日の夜。マリーは王子に手紙を書いた。日中に何もしなかったのは、王子に『昨晩の出来事』について考える時間を与えるためである。おそらく王子は、普段とは違うマリーの姿を見て動揺し、マリーのことが頭から離れなくなっていたはずだ。マリーはこれまで、王子に助けを求めたことも、王子を求めたことも一度もない。それがここにきてこの態度だ。書類仕事どころではないだろう。
そして手紙を書いている途中に……何と王子がやってきた。これは想定外である。昨晩もマリーとの面会に時間を割いた以上、仕事が溜まっているために今日は時間がないと思っていたが……余程、昨日のマリーの言葉が気になったのだろうか?
王子はマリーの姿を目にすると、開口一番に「何を書いているのだ?」と言った。ちなみにマリーが手にしている便箋もペンも、昨日の看守に融通してもらったものである。そしてマリーは悲しげな笑みを浮かべて言う。
「王太子殿下……昨日は取り乱してしまい申し訳ございませんでした。ここに、わたくしの本当の気持ちを書きました。わたくしがこの世界を旅立った後、お読みくださいませ」
……と言って手紙を渡した。手紙には、こんなことが書かれている。
親愛なるリュクール
いままで、素直になれなくてごめんなさい。
完璧なあなたに釣り合う素敵な女性になるために、いつも「ちゃんとしなきゃ」と頑張っていたの。
でも、本当はずっと苦しかった。
不器用なわたしは、きっと可愛くなかったよね。
あなたに追いつきたくて、勉強も剣術も魔法も、本当に頑張ったの。すごくすごく無理をして頑張ったのよ?
でも、そんなことをしているうちに、あなたとの距離はどんどん開いてしまった。
あなたがあの女の子といる時、平気なふりをしていたけれど、本当はとても悲しかったの。だって、あなたが手をつなぐのも、素敵な贈り物をするのも、全部わたしがよかったから。あなたのことが、ずっとずっと、初めて会った時から、大好きだったの。
天国から、あなたの幸せを祈っているわ。
心から愛していたよ、さようなら。
マリー
はい、ここでのポイントは3つです。
1.相手のことを絶対に責めない
2.とにかく素直になる
3.執着しない
こーゆーことをされると、男性は追いかけたくなります。手放すのが惜しくなります。
ちなみに、以前のマリーなら逆のことをしていたでしょう。王子を責め、素直になれずに上から目線で「あなたは間違っています」などと言い、そして未練がましく「あなたが謝るのなら考えます」などと言っていたでしょう。はい、逆効果DEATH!
そして予定通り、王子はその日のうちにこの手紙を読みました。そしてその日の深夜に、マリーに面会に来ました。そしてそして言いました。「マリー……ごめん。俺こそ、君のことを誤解していたよ……。でも、君があんなことをするなんて……」
はい、ここからが本当の勝負です。
私、マリーはヒロインによってでっち上げられた罪が、全部嘘であると涙ながらに訴えました。まぁ実際全て冤罪なのですが。
教科書を破かれただとか、ドレスを汚されただとか、池に落とされただとか、飲み物に毒を混ぜられただとか、暴漢に襲わせただとか、馬車の車輪に細工をしただとか。
ぜーんぶ、嘘DEATH!
むしろそれ、全部わたくしがあのヒロインにされたことですけれども?
……というのを、これまた涙ながらに訴えました。
はい、効果覿面です。なぜならマリーはこの王子の前で一度も泣いたことがないからDEATH!女の涙は武器。ただしたくさん使うとお相手にも耐性ができてしまうのでお気をつけて!
そして去り際に王子は言いました。
「……明日の夜にまた来る、必ず……」
はい、シンプルだけど重要です。具体的な日付を指定している約束は、9割実現しますから。
そして実際に指定した日……つまりは処刑の前日、王子は牢獄へとやってきました。たくさんの侍女を引き連れて。
王子は牢獄の扉を開くと、弱っている(フリをした)私をお姫様抱っこし、貴賓室へと連れて行きました。そして私は侍女たちによって入浴させられ、着替えさせられ、パサついた髪を整えられ、そして王族とその近しい人のみが入ることが許されるプライベートな部屋に案内され、王子と夕食を共にしたのでした。
一瞬「最期の晩餐?」なんて思いましたがおそらく違うでしょう。なぜなら王子は食事中しきりに「すまなかった」「私が盲目になっていた」「なぜあんな女に」「君の手で罰してほしい」「ご家族にはすでに伝えてある」「なんでも食べたいものを言ってくれ」「もうあんな思いはさせない」「君を誤解していた」などと言っていましたから。
そして翌日。
私の処刑の日。
処刑台に登ったのは、私ではなくヒロインでございました。
ヒロインは目に涙を浮かべて「私は何もしていませぇぇん!」などと言っていますが……女の涙は使えば使うほど効果が薄れるもの。貴女が王子に取りいるため、初対面で「マリー様にいじめられて……」などと偽りの涙を見せていましたよね?ですからもう効力はありません。
そしてヒロインを影から操っていたご家族も、みっともなく命乞いをしていますが……その裏に隠されていたのが国家転覆の目論見なのですから、もはや情状酌量の余地はございません。
王子は本当に反省した様子で、私から1mmも離れようとはしませんし、その美しいアイスブルーの瞳は熱を持ち、私を見つめています。
瞳孔が開いていることから、私に好意を抱いているのだと一目瞭然。思えば、婚約が決まった当初はこんな目で見つめられていましたっけ……。
正直、今のわたくしは王子にさしたる気持ちは抱いていません。いわば数多くいる金蔓の1人とでも言いましょうか……。
ただ、これまでのマリーが可愛くない女だったのは事実。
ここから、素直に愛を伝え、弱さを見せて、王子の愛を引き出したとき。私の心も動くのかもしれません。
せいぜい、踊ってくださいませ、王子様。
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