反撃
「悠理! 怪我人が多い! 回復を──」
「──任せて!」
サハギン・マフィアの両断された身体が地面に倒れ込むより早く、大河は部屋の中の調達班の様子を首を振って確認し、悠理へと簡単な指示を出した。
悠理は大河が良い終える前に意味を理解し終え、すぐに行動に移す。
「怪我が一番酷い人は誰ですか!?」
朱音の身体を支える手を離し、部屋の奥で倒れ込んでいる調達班のメンバーへと駆け寄る。
「こ、こいつの腹に槍が刺さったままなんだ!」
「分かりました! 強い回復魔法を使います! 動けるような軽傷の人は私の周りに集まってください! アビリティの関係で血に触れられないから、少しだけ間隔を開けて!」
一番の重傷者は、腹部にサハギン・ギャングの短槍が刺さったままの女性だった。
その槍は横腹を貫き、背中側に貫通している。
悠理はその女性の側の血が落ちていない地面に膝立ちで座り、両手を向けた。
「【看護】!」
傷の具合から見て【手当】や【治癒】では間に合わないと察し、現状で最も効果の強い回復魔法を放つ。
小さな光の粒子が女性の身体を包み、更には悠理の周囲にまで徐々に広がっていった。
「治り始めたらゆっくり槍を抜かないといけません! 誰か手伝ってください!」
「わ、わかったわ!」
別の女性が強く頷いて、悠理とは反対側の倒れている女性の側へと腰を落とす。
「──っし! なんとか動ける! 大河、アタシまだ行けっぞ!」
スキルの使用により著しく体力を消耗していた朱音が、スマホを操作してアイテムバッグからエナジードリンクを取り出し、一気に飲み干して缶を握りつぶした。
アイテムとしてのエナジードリンクの効果は【体力の小回復】と【精神の活力を小回復】である。
使用30分後に効果が切れた時に反動で少しだけ心が落ち込むが、即効性がある。
「助かる! 前線を押し上げたい!」
「おっけ!」
サハギン・マフィアの猛追によって部屋の中程まで押し入られていた戦線を、通路側へと追いやらねばならない。
「お、俺も戦える!」
「私ももう動けます!」
悠理の強力な回復魔法により怪我から復帰した調達班のメンバーが、その手に『咎人の剣』を握って立ち上がった。
「俺と朱音さんで切り込む! 残りの人は討ち漏らした奴に、二人一組でトドメを刺してくれ! グズグズしてたらまた押し返される! 一気に行くぞ!」
大河は後ろを振り向きもせず、入り口から飛び出てきたサハリン・ギャングの首を刎ねながら叫んだ。
「剛志!」
大河は動けない圭太郎の身体を持ち上げていた、剛志の名を呼ぶ。
「は、はい!」
「このモンスターの群れの中に、多分この群れをコントロールしてる特別な奴が居るんだと思う! さっきのデカブツは何匹か他にも居るから違う! お前はそいつを見つけることに集中してくれ!」
剛志の返事を聞いてすぐに、このフロアに降り立った時から考えていたことを指示した。
今この部屋に押し寄せているモンスターは、地下一階層からずっと出現していたサハギン系統だけだ。
一番弱いであろうサハギン・アウトローは、目の前の緑色の個体の半分くらいの大きさしか無かった。
大河が先ほど葬った一際大きな個体も、サハギン・アウトローに酷似していた。
だから大河は考える。
このモンスターの群れは、特定の種族だけで構成された『軍』のような物なのではないか。
大河の今までの経験上。、ゲーム的なシステムに変貌した東京において何らかのイベントが発生した際に、必ず『クリア条件』が設定されていた。
新宿の無限回廊では『ゴールデンスパイダーを討伐し、蜘蛛糸を手に入れること』。
ノームたちの集落では、『ノームの依頼を達成すること』が強制イベントの終了条件だった。
そしてこのモンスターの奔流。
特定の部屋に足を踏み入れた際に発生するトラップ──それをイベントと捉えると、倒しても倒してもキリが無いこのモンスターの出現を止めるための、『終了条件』が設定されている可能性が高い。
それが、この『軍』を率いる群れのボス──『終了条件』だと、大河は仮定する。
というよりも、『終了条件』などなく死ぬまでモンスターが沸き続けるなどというトラップは、どう考えてもまだるっこしい。
それが即死トラップであるなら、こんな事態にせずとも高威力の爆発などで一気に巡礼者の息の根を止める方が無慈悲感がある。
「と、特別な奴……特別な奴……」
圭太郎の身体を悠理の魔法の回復範囲に運び入れて、剛志は戦っている大河や朱音の背中越しにモンスターを必死に観察し続ける。
やがて戦線は一気に押しやられ、部屋の入り口から外の通路まで下がった。
通路の形は部屋の入り口を含めて丁字路になっている。
右を大河、左を朱音。
それぞれに三名ずつ補佐が付いた形になり、その真ん中にいる剛志は首をキョロキョロと振りながら目を身開いて群れを見ていた。
「──っ! 居た! そっちの方の奥です! 帽子を被って葉巻を吹かしてる、偉そうなサハギンが一匹だけ居る!」
剛志が声を発した方向を注視した大河は、モンスターの群れの隙間からその姿を見つけた。
その姿は今まで見たサハギン系統の中でも一際小さく、頭部にはパナマハット──映画などで良く見る白い『マフィア帽』を被り、異常なまでに太い葉巻をプカプカと余裕そうに吹かしている。
真っ黒な体色の胴体には体格よりも遥かに大きなダークコートを身につけ、その裾を地面に引き摺っていた。
「良くやった! 朱音さん! 俺が突っ込む!」
「了解! こっちは任せろ! 【瞬迅】!」
自身の速度を二倍にするアビリティを発動し、朱音が通路内の壁や天井、時にはサハギンの頭部までもを足場として跳び回る。
剛志や他の調達班の目には、朱音の姿が一陣の風と共にブレ、そして消えたようにしか映らない。
だが至るところでサハギンの姿が吹き飛び、そしてまた風が吹く。
天井に叩きつけられたサハギン・ギャングの身体が床に落ちる前に、違う場所でまた別のサハギンが壁にめり込んだ。
「うぉおおおおおらぁぁぁああああああああっ!」
十分間だけの身体強化。
十分を過ぎれば、朱音はその代償としてしばらく動けなくなる。
なればこそ、今は他の調達班のメンバーらとの共闘も考えず、朱音は大暴れする。
「【シールドチャージ】!」
大河は剛志が見つけた、ハットを被った小型の居た方向に盾を構えてスキルを発動する。
群れの密度の濃い部分目掛けて、反撃など一切考慮しない特攻。
すでのこのサハギンたちの攻撃力は把握済みだからこそ、どのような攻撃も一撃では致命傷にはなり得ないとの判断での、捨て身の一点突破。
サハギン・ギャング、そしてサハギン・マフィアの体躯を弾き飛ばし壁や天井に吹き飛ばしながら、大河はただ一直線に直進する。
瞬く間に、ハットを被ったサハギン──この群れを率いるドン・サハギンへと肉薄し、その身体を壁へと叩き付けた。
「──すぅうううううううっ」
スキル使用による身体の硬直時間を利用して、大きく息を吸い込む。
そしてピタリと息を止め、身体が動けるようになったことを確認すると、壁に強かに叩き付けられてよろめくドン・サハギンに肉薄すべく床を蹴った。
「はぁあああああああっ!」
吸った分だけ息を吐き出しながら、両腕に握ったハードブレイカーを横に薙ぐ。
その手に葉巻しか持っていないドン・サハギンには、大河の渾身の剣閃を止める手段が無い。
「ぎぎっ、ぎぃいいいいいいいっ!」
あっさりと、ドン・サハギンは首を断ち落とされた。
まだ意識の残っているその頭部は、悔しそうに大河を睨み、そして数秒置いて絶命する。
「ぜはぁっ、はぁっ、かはっ、はぁああっ──い、今だぁあああ!! 畳み掛けろぉおおおおおお!!」
無理を通した身体は新鮮な空気を欲して掠れた呼吸を繰り返すが、大河は喉を絞るように声を張り上げた。
「お、おおっ! おおおおおおっ!」
「行け行け行けぇえええ!」
「やってやる! やってやるぞぉおおおおおおっ!」
目の前で大河の勇姿を見せられ、そして奮い立たされた調達班の面々は、雄叫びを上げながらサハギンたちへと突撃していく。
それから二十分かけて、サハギンの残党はその数を大きく減らしていくことになる。
大河の読みは、まさしく大正解だったのだ。




