表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
パークレジデンス池袋(仮)
93/234

憧れ①


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「誰か! しー姉を奥に引っ込めて!」


 血まみれの圭太郎は、眼前の大型の半魚人──サハギン・ギャングの三叉の槍を二対の『剣』の交差で受け止めて叫ぶ。


「けーくん、ボク……まだ、戦える……」


「何言ってんだ! 魔法の連発でもう剣すら消えかけてるじゃんか!」


 圭太郎の背後にいるのは、刃を潰した儀式用の『剣』を杖代わりにしなんとか立っている、満身創痍の椎奈だ。


「回復が終わってる人、早く前に出て! オレだけじゃ保たない!」


「も、もうアイテムも使い切ってるし、【手当(トリート)】すら使えなくなったメンバーがほとんどだ!」


 圭太郎の言葉を聞いて前に出て来たのは、調達班──パークレジデンス池袋で最年長の男性である松根だった。


「救援のメッセージの返信、返って来た!?」


「剛志が来るって!」


「アイツだけで何ができるんだよ!」


「騒ぐなバカ! 体力の回復に専念してろ!」


「誰がバカだ! そもそもお前らが道を間違えさえしなければ!」


「今は争っている場合じゃないでしょ!」


 背後で騒ぎ出す大人たちの声に苛立ち、圭太郎は大声を張り上げた。


(ちくしょう、ちくしょう! 大ポカだ! あんな、あんな単純なミスで!)


 両手に一本づつ構える短刀、【快刀(かいとう) 乱麻らんま】をそれぞれ駆使して目の前のサハギン・ギャングを切り裂きながら、圭太郎は脳裏で自分と、この状況を罵倒する。


 それは一瞬の気の緩みだった。


 地下十五階層は今までのフロアと変わらず、特にギミックや強敵のいない見慣れたフロアだった。


 だがしかし、モンスターとの接敵(エンカウント)の機会が圧倒的に増え、しかも一回ごとに出てくるモンスターの数も爆発的に増えた。


 地下十四階層までは、群れて出て来たとしても五匹くらいが最大だったのに対し、地下十五階層では十匹以上がザラに突撃してくる。


 しかも以前まではこちらが見つけない限り攻撃行動を取らなかったモンスターが、視認できない距離から遠距離攻撃までしかけてくるようになり、そして明らかに自分たちを探し回っている。


 実戦頻度の増加により調達班のメンバーたちにも疲労が蓄積し、ミスと怪我の数が増えたために、圭太郎は上層への帰還を決断。

 

 5フロアごとに現れる魔法陣──帰還陣を目指して元来た道を引き返す──そこまではまだ良かったのだ。


 圭太郎はこの調達班で一番レベルが高く、また異変初期から戦い始めたためにモンスターとの戦闘経験も一番多い。


 なのでこのダンジョンを攻略するとなった時、その提案者でもある圭太郎が自然と調達班のリーダーとなった。

 

 調達班のメンバーは、戦える人員を集めたことで必然的に成人男性が半数以上を占め、そして年上ばかりだ。

 そんな大人たちを取りまとめることに不慣れだった圭太郎は、慎重すぎるほど慎重にダンジョン攻略を進めていった。


 一階層降りるごとに広大になるこの湖底ダンジョンに罠らしい罠は今のところ見た事が無いが、『行き止まりと分かっている部屋には絶対に入らない』事をルールとして決めていた。


 圭太郎のゲーム経験から来る知識で、これ見よがしに広い部屋はいわゆる『モンスター・ハウス』の可能性が高いと踏んでいたからだ。


 ダンジョン攻略の目的は主に三つ。


 一つはマンションのみんなを賄えるほどの食材の調達。

 これはサハギン系統以外のモンスターから魚や海藻をドロップできる事に気がついて、今までぎりぎりなんとかなっている。


 もう一つはオーブ稼ぎ。

 ダンジョンでの食材ドロップではどうしても追いつかず、週に一度訪れる妖精(フェアリー)たちの行商クルーザーで購入しなければならず、その為にはドロップ素材を売る必要がある。

 だから積極的にモンスターを殲滅し、これでもかとドロップ素材を収集してきた。


 最後に、5フロアごとに存在する宝玉の破壊。

 これはサンシャインから溢れる水の洪水で、マンションが水没する恐れが出て来たことで押し進めるようになった。

 人間の頭部より巨大なその宝玉を壊せば、マンション自体が上に延伸すると判明したからだ。


 その三つの使命を果たすために、しかし自分達が死んでしまってはどうしようもないと、圭太郎の指揮の元で調達班は無理をしないことをスローガンとして抱えていた。


 だからこそ、『行き止まりと分かっている部屋には絶対に入らない』。

 これが重要だったのだ。


 部屋の外から中を伺ってすぐにわかるくらい、入る必要の無い部屋。

 たまに海藻の繭のような物体からアイテムを回収できるが、それすら見当たらない部屋がこの湖底ダンジョンにはいくつも存在している。


 なら何故、自分たちは今この出口が一つしかない逃げ場のない部屋で数時間も戦い続けているのか。

 

 それは気の緩みによるミスだ。


 帰還を決めてあらかじめ見つけておいた帰還陣の元へ戻ることにした調達班の一向は、普段とは違う隊列で歩き始めてしまった。


 斥候役は決まって対応力の高い圭太郎のはずだった。


 だがその時は圭太郎も疲労で意識が緩慢になっていて、椎奈と会話するのに夢中で他のメンバーの後ろを歩いていた。


 先頭を行くのは、フロア毎のマッピングを担当していた若い女性メンバーと、その女性と親しくしていた男性メンバーだ。


 彼らもまた、気の緩みから会話に花が咲いてしまい、本来曲がるべき道を一本間違えて曲がってしまった。


 間違えて入った部屋は、圭太郎が想像していた『モンスターハウス』の様に大量のモンスターが待ち構えていたと言うわけではない。


 ただ部屋一面に見慣れぬ模様の魔法陣が描かれていて、そこに足を踏み入れた瞬間──フロア全体の照明が青から真っ赤に染まり、ビープ音のようなけたたましい音が響き渡ったのだ。


 そしてフロア中からその部屋を目指して突撃してくる、夥しいモンスターの群れに襲われた。


 狭い通路いっぱいにぎゅうぎゅうに詰まりながらも、前後左右どちらの方向からも勢いよく迫ってくるモンスター。


 幸いだったのは分厚い岩盤の壁で覆われてた部屋の入り口が一つしか無く、

そしてその入り口が狭かったことだろう。


 部屋の出入り口を最終防衛線と見極め、なんとか水際で食い止めることで挟撃される危険性を排除できた。


 だが倒しても倒してもモンスターの数は一向に減らず、調達班のメンバーの傷ばかりが増える。


(もうそろそろ、限界だ!)


 十四人中、満足に動けるほど軽傷なのは圭太郎とあと三人。

 初級の回復魔法である【手当(トリート)】では、回復が追いつかず順番待ちが出来てしまっている。


 前衛を担当している五人と、圭太郎一人のルーティーンを組み、そして後方から遠距離で魔法を打てる椎奈という布陣があったことで今までなんとか凌いでいたが、肝であった椎奈がもう限界を迎えている。


 ここからは、前衛──いや、一番手数が多く身軽で攻撃力の高い、圭太郎が全てを捌かなければならない。


「けー……くん、ボク……ボクも……」


 魔法の乱発により著しく体力を消耗し、もはや目の焦点すら合わなくなった椎奈が、他のメンバーに引っ張られて部屋の奥へと連れていかれる。


「みんな! がんばって! もう少しで救援が来るから!」


 圭太郎にとって一匹一匹のモンスターは雑魚に等しいが、その圧倒的な物量で少しづつ追い込まれ始めている。


 なんとか虚勢を張ってみなに発破をかけているが、もはや返事もまともに返ってこない。


(みんな、もう……!)


 諦めが、広がり始めていた。


 回復アイテムという物資が付き、怪我と体力の消耗により意識を失った仲間すらいる。

 

 縋る思いで救援を要請してみたが、上層のマンションに残っているのは戦いの経験が少ない者や、そもそも戦えない幼い子供ばかりだ。


 万事休す。

 万策尽きる。


 ここから皆が助かるビジョンなど、もう誰の脳裏にも浮かばない。


(ちくしょう! ちくしょう! 死にたくない! こんな場所で死にたくない! しー姉を、死なせたくない!)


 なんとか気を張って立っているが、圭太郎はまだ中学二年生だ。

 その目は恐怖と悔しさで涙が滲み始めている。

 

 やがて部屋の入り口に割って入ろうとしてきたサハギン・ギャングの上位種、より大型なサハギン・マフィアの構える三叉の槍が、圭太郎の左ふとももを貫いた。


「ぐああああああああっ!」


「圭太郎!」


「圭太郎くん!」


「そんな!」


 後ろにいた調達班のメンバーたちから、悲鳴が次々と上がる。


 皆理解していたのだ。

 圭太郎が倒れる時こそ、自分達の命が終わるときなのだ。


「ぐっ! んなろぉおおおおおおおおっ!」


 左足を引きずりながら、なおも圭太郎は快刀乱麻をブンブンと振り回す。


 諦めきれない。

 諦めたくない。


 今圭太郎の脳裏を占めるのは、生への渇望と椎奈の事だけであった。


 サハギン・マフィアはそんな圭太郎を嘲笑うかの如く、三叉の槍を巧みに動かし、そして圭太郎のその手から快刀乱麻を叩き落とした。


「くっ!」


 落ちた快刀乱麻を拾う暇すらなく、圭太郎はその小さな拳を握ってサハギン・マフィアに殴りかかる。


 サハギン・マフィアの巨大な図体が邪魔をして部屋に入れない他のサハギンたちが、面白がって囃し立てる。


「ぐあっ、ぎゃあああああああああっ!」


 サハギン・マフィアは、明らかに圭太郎をいたぶって弄んでいる。


 三叉の槍の柄による刺突を腹に受けた圭太郎が床に倒れ、そしてその右手が槍の穂先によって貫かれた。


「ぎぎっ、ぎぎぎぎっ、ぎぎぎぎぎぎぎっ!」


 嗤っている。


 苦しみ泣き叫んでいる圭太郎の姿を見て、サハギン・マフィアは口角を持ち上げて気持ち悪い笑い声を発してる。


「──くしょう! お前ら! お前らあああっ!」


 何も持っていない左手を振り回しても、サハギン・マフィアに届く筈も無く。


 そして圭太郎の右手からゆっくりと三叉の槍が抜き取られ、その(きっさき)を圭太郎の鼻先へと向けた。


「けー……くんっ!」


「圭太郎!」


「いやぁあああああああっ!」


(ああ……なんで、こんな終わり方……しー姉……)


 霞行く意識の中で、椎奈のか細い声をなんとか聞き取ろうと耳を澄ます。


 これが圭太郎の恋の終わり、そして人生の終わり。


 惨めで無惨な、短い人生が終わろうとしている。


 だが、しかし──。


「【龍咆哮ドラゴンロアァァァァァァァァァァァ】!!」


 空気をつんざく轟音と、そして聞こえる破壊音。


 サハギン・マフィアの背後で、数多くの断末魔の悲鳴が轟いた。


 更には──。


「【シールドチャージ】!!」


 圭太郎の視界の端。

 涙で滲んで歪んでいるその死角から、見覚えのない青年が急に飛び出してくる。


「待たせたな! 助けに来たぞ!」


 死に直面し、そして諦めかけたその時。


 圭太郎は、その男に出逢った。


「俺が相手だ! デカブツ!」


 大きな剣と盾をそれぞれ左右に構えたその男は、あっという間にサハギン・マフィアと圭太郎を引き剥がし、そしてその巨体を部屋の壁へと強烈に押し付けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ