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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
パークレジデンス池袋(仮)

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救援要請


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 淡い青の粒子が一瞬で弾け飛び、パークレジデンス池袋の最上階にある聖碑の側に大河ら四人の姿が現出した。


「よしっ」


 大河は周囲を見回してちゃんと戻れた事を確認すると、スマホを右ポケットにしまう。


「るーねえおかえりぃ!」


「おかえりなさーい!」


「あー! るーねえのメガネ、あたらしくなってるー!」


 なんだかんだで三時間もかかった瑠未の帰りを待ち侘びていたのか、小さな子供たちはその姿を見るや一斉に駆け寄ってくる。


「そう。新しいメガネを作ってもらったのよ。ただいまおちび達。良い子にしてた?」


 瑠未はその場で腰を落とし、子供たちの頭を順番に撫でる。


「もっちろん!」


「うそだぁ! けんくん、あやちゃんのことなかせたんだよ!」


「おもちゃ、かしてあげなかったの!」


「あのね、あやがね。けんくんおもちゃつかいすぎっていっても、きいてくれなかったの」


「ご、ごめんなさいしたよ! ぼくあやちゃんにちゃんとあやまって、おもちゃかしたもん!」


「ふふっ、じゃあもうその話は終わり。健一(けんいち)がごめんなさいして、(あや)も許したんでしょう? ほら、陽子に戻った事を知らせないと、一緒に探してくれる?」


 瑠未はそう言って立ち上がると、健一と絢の手をそれぞれ握る。


「うん! ようこねえは、したのキッチンのところー!」


「ぼくもいく!」


「うちも!」


「こら、階段を降りる時は?」


「ゆっくりあるきます!」


 たくさんの子供を連れながら、瑠未は子供たちの歩幅に合わせてゆっくりと階段へと向かった。


「さすが、保母さんみたいだわ」


 朱音は瑠未の後姿を見て腕を組んだ。


「朱音さん、悠理。あのダンジョンの件、受けようかって思ってるんだけどどう思う?」


 大河は聖碑から離れて、バルコニーを目指して歩く。

 朱音と悠理は釣られてその後を追った。


 室内から外に出ると、雲一つない快晴の空が広がっていた。


 大河はそのままバルコニーの端まで進むと、柵越しに外の景色を確認する。


 今日の湖の風はとても強く、湖面いっぱいに小々波(さざなみ)が立っていた。


 雲が無いせいで空と水平線の境界が曖昧になり、どこまでが水面でどこからが空なのかはっきりしない。


「私は良いと思うよ。ていうか、ここの子供たちを……助けたいかな」


 悠理はそう言って昨日と同じ位置のパイプ椅子に座ってウエストポーチを外し、テーブルに置く。


「ここの子たちは、私たちが新宿とか目白で見た人たちと違って、とても純粋に見えるもの。放っておけないし、私たちが手助けしないと、もしかしたら皆んな死んじゃうんじゃないかって考えると……」


 悠理は新宿で見たホストの源二や、半グレクラン。そして目白で遭遇した薬物クランの悪党どもを思い返す。


 この変わってしまった東京に悪い意味で適応した、人でなし達。

 彼らとの邂逅によって少なからず人を見る目が変わってしまった自覚がある。

 見ず知らずの他人に無防備に心を開くことの怖さを、悠理はちゃんと学んでいた。


「それはアタシも考えてた。クソみたいな大人がどうなろうとアタシの知ったこっちゃないけど、子供達はできるだけ助けたい。あの子たちを見てると……妹を思い出しちゃうのよ」


 朱音はテーブルの端っこに行儀悪く腰を下ろし、どこか悲しそうな目をして俯いた。


 朱音の旅の目的は、最愛の妹を貪り食ったモンスターへの復讐だ。

 たとえ自分がどの様な人間に成り果てようとも、妹への想いだけは変わらないと確信している。


 だからこそ、死んだ妹と同年代の子供が多く居るこのコミュニティを見捨てる事ができない。


「そか。じゃあ、俺から陽子さんに──」


「常盤くん! 助けて!」


 大河の声は、階段を勢いよく上ってきた瑠未の声に掻き消された。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「脱出できない?」


 最上階のエレベーターの前で、大河が陽子に聞き返した。


「戻ってくる途中で大量のモンスターの居る部屋に入ってしまったみたいで、大怪我をしたメンバーがいて動けないそうなの。ついさっき瑠未のスマホにメッセージが届いてて……」


 瑠未の後に階段を上がって来た陽子が、神妙な顔つきで震える瑠未の肩を支えている。


 瑠未の両手に大事そうに握られているスマホにその手を優しく添えて大河に見せた。


 急いでいたのだろうか。

 そこには誤字や変な改行で少し読み辛くなった、救援を求める文章が書かれている。


「今ここに残っている人で、調達班の居る地下十五階に到達なんて一人も居ないの。調達班の人たちが一番レベルが高いから……」


 陽子は顔を曇らせて、震える瑠未の肩を抱く。


「それで、俺らに助けに行って欲しいってことですよね?」


「え、ええ……昨日の話の続きにもなるけれど、私たちが貴方達に用意できる見返りなんてそう多くないわ。だから、とても言いにくいんだけど──」


「お願い朱音! あの子たちを助けて!」


 大粒の涙を流す瑠未が、目の前で話を聞いていた朱音に縋りついた。


「大河」

 

 朱音は瑠未に対して何も言わず、大河の顔をじっと見る。


 リーダーは大河だ。


 だから朱音は大河の指示が無ければ動けないし、動かない。

 それは朱音が二人に合流した時からずっと守って来た不文律である。


 その線引きを超えて勝手に動こうものなら、三人がこの僅かな時間で固めて来た信頼関係があっという間に崩れてしまう。


 悠理でさえ朱音に対して悪感情を抱くだろうし、共に前衛で戦う大河は安心して朱音に背中を預けられなくなる。


 戦闘中に熱くなって飛び出すのはまだ良い。

 それは朱音の性分だ。

 持って生まれた気質だから、大河も理解しているしフォローにも入る。

 本当に大事な時は必ず大河の指示を仰いでいるし、従っている。


 それはあのラティメリア・ファミリア戦で顕著に現れていた。


「大河」


 悠理もまた大河に指示を促す。

 それは大河の性格を熟知しているからこその言動。

 

 大河を愛し、大河を信じ、大河に全てを預けている悠理には、この後で大河が何を言うのかなんて分かりきっている。


「行こう」


 大河なら、必ずそう言う。


「悠理、状態異常(バッドステータス)系の回復アイテムのストックの再確認。朱音さんは食糧のチェック。ここのダンジョンに関しては俺らは素人だ。できるだけ情報が欲しい。地下十五階にたどり着くのにどれだけ時間が必要かとか、誰か調達班の人から聞いてないか?」


「み、みんなに聞いてくる!」


 大河の言葉に悠理と朱音は無言で頷き、近くに立っていた中学生くらいの男の子が急いで階段を降りていく。


「ついでにダンジョンの特徴とか、ギミックの情報とかもあれば聞いておいてくれ!」


「うん!」


「陽子さん、今のうちにダンジョンについて知っていること全部教えてくれ。このエレベーターは直通って言ってたけど、地下一階までしか行けないのか?」


「あ、えっと」


 大河の真剣な眼差しに、陽子は口を開けて惚ける。


「──そ、そう。入り口までしか行けないの。中は迷路みたいな狭い通路になってて、所々に水溜りがあってモンスターは主にその水溜りから出現するみたい」


 我に返った陽子が慌てて説明を始める。


「一階層下に降りるには下に繋がる縦穴を見つけないといけないの。ワンフロアごとに縦穴の位置は違ってて、しかも入る度に迷路も変わるって言ってたわ」


「自動生成ダンジョンか……じゃあ先に入った調達班から情報を貰っても意味ないな。朱音さん」


「なに?」


 スマホで『ぼうけんのしょ』アプリを開き、ダンジョンですぐに食べれそうな食料を整理していた朱音が顔を上げる。


「今回はモンスターの殲滅よりも先に進むのを優先するから、朱音さんが前衛で一番後ろが俺。悠理は真ん中って陣形で行こう。狭い場所らしいから、俺や悠理だと『剣』の取り回しに向いてない。朱音さんのスピードと伏龍が頼りだ」


「おっけ。任せて」


 大河の言葉に力強く頷いて、朱音はスマホに顔を戻した。


「あ、あの! 俺、まだ下の方には行った事ないけど、ダンジョンには何回か潜ってます! 連れてってください! 俺、調達班の人とフレンド登録してるんで、メッセでやりとりできます! 残っている奴らの中で、一番戦えるの、俺です!」


 大きく手を上げて詰め寄って来たのは、昨日大河らと対峙した六人の内の一人だった。


 茶髪に刈り上げた短髪の、いわゆるヤンチャしてそうな格好をしている。


「えっと、ツヨシ……だっけか? 歳は?」


「はい! 鍋島(なべしま) 剛志(つよし)っす! 圭太郎と同い年の14です!」


「レベルはいくつだ?」


「5です!」


 大河はしばらく剛志の目をじっと見つめ、そしてその右肩に手を置いた。


「頼む。手数は多ければ多いほど助かる。念の為パーティー申請しておくから、承認してくれ」


 大河は素早い動作でスマホを取り出し、慣れた手つきで剛志へとパーティー申請を送る。


「は、はい!」


 剛志は嬉しそうに頷くと、上着のポケットから慌ててスマホを取り出した。


「オーブ使って良いからとりあえずレベルを……8でいいか。8まで上げといてくれ」


「い、いいんですか?」


「この際しょうがないと思う事にする。悠理、良いだろ?」


「大河が良いんなら私は構わないよ」


 回復アイテムの確認を終えて待機していた悠理が、にこやかに笑って返答した。


「あ、ありがとうございます!」


 剛志はアプリの画面から自分の身体能力(ステータス画面)を開いて、レベルを示す数字の横にある上向きの矢印をタップする。


 画面の右上部にパーティーのオーブ総額が表示され、その金額に内心驚くもぐっと堪えた。


 そして矢印を長押しして、レベルの数字を8まで上昇させた。


「剛志、中に入ったら朱音さんの前には絶対に出るな。お前は悠理の護衛と警戒が担当だ」


「はい!」


 レベルを上げ合えた剛志はスマホを上着のポケットにしまい、大河の顔をまっすぐ見る。


「緊張しているかもしれないけれど心配すんな。朱音さんの殲滅力なら前から敵は滅多に来ない。下に潜っているメンバーで一番レベルが高いの、圭太郎って子だよな? 今いくつか知っているか?」


「た、たしか10っす」


「陽子さん、調達班全体の平均レベルとか分かりますか?」


「出発前は7とかだったと思うわ」


「なら俺らのレベル的に、地下十階層くらいまでは大丈夫だと仮定して動こう」


 大河が言葉を言い終えると同時に、階段から何名かの慌ただしい声が聞こえてくる。


どうやらさきほど話を聞きに降りていった子供らが、話が分かる者を直接連れて来たらしい。


「よし、悠理、朱音さん、剛志。ダンジョンに降りたら正面の敵だけに集中して撃破。時間との勝負だ。さくさく行こう。深追いするな。万が一撃ち漏らしたら全部俺が引き受ける。剛志はただ前に進んで縦穴を見つけることだけに集中してくれ」


「わかった」


「了解」


「りょ、了解っす」


 エレベーター前で四人が輪になって、強く決意を固めた。

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