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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
パークレジデンス池袋(仮)

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圭太郎と椎奈


手当(トリート)


 太ももに走った裂傷に暖かい手が添えられて、柔らかな光の奔流と共に徐々に癒えていく。


 ここは湖底ダンジョンの地下15階層。

 行き止まりの開けた個室のような空間だが、そのおかげでモンスターの襲撃も一方だけを注視していれば良いと言う、休憩するにはおあつらえむきな場所。


「ありがとう、しー(ねえ)


 圭太郎(けいたろう)は空間の隅にあった小ぶりな岩石に座っている。

 目の前には地面にしゃがんで、圭太郎の怪我を魔法で癒してくれている椎奈(しいな)の頭が見えた。


「ううん、けーくんはボクらの中で一番がんばってるから。これくらいは当然」


 小さな声でぼそりと呟いて、椎奈は顔を上げて圭太郎の顔を見上げると薄く笑った。


 そしてまた圭太郎の傷口に視線を戻し、魔法の使用に集中する。


 そんな椎奈の真剣な表情に、そしてしゃがんでいることで襟首のスペースから見える下着に、圭太郎の脳裏は沸き立つ。


(しー姉は本気で心配してくれてるのに、オレってば……)


 ダンジョンに潜ってもう三日目。

 前回よりも少し深い階層にまで来たせいか、やはり一度に出現するモンスターの数が増えている。

 

 出現する個体とその強さ自体は変わっていないが、やはり数の暴力は圧倒的だ。


 圭太郎が単騎で動き回るならまだしも、後衛にいる椎奈や他のメンバーを狙われてしまうとどうしようもない。


 自然と手数で圧倒されて、皆で一匹を狙いちまちまと数を減らす戦法しか取れなかった。

 

 少しばかり危ない場面も増えてきて、現状にどうしても手詰まり感が漂い始めているのもいけない。


 調達班の人員は十四名。

 これはスマホを所持している人の中で、さらには戦う意志があり、モンスターに対峙しても顔を背くこともせず、そして戦う事に適正があると圭太郎が判断した、あのマンションの精鋭の数と同義だ。


 パークレジデンス池袋、あのマンションで生活している内の約八割が未成年。

 これはリーダーである陽子が、池袋を洪水の第一波が襲った時に、親を失った子供たちを主に集めて避難させていたからだ。


 必然、未就学児童がかなり多く、次いで小学生と中学生。

 一番少ないのは高校生で、しかも二年生や三年生は一人もいない。


 それに対して成人している大人の多くは、陽子の考えに賛同したからか女性が多く、大人の男性は五名ほど。


 この人数の内訳では、どうしたって戦える者が少なくなってしまう。


「はい、綺麗になったよ」


 歳も学年も一つ上の従姉妹(いとこ)である椎奈は、圭太郎の右太ももを軽く撫でて傷が消えた事を確認し、そしてゆっくり立ち上がった。


 綺麗に揃えられた前髪に、二つのおさげ。

 同年代の女子と比較しても色々と細く小さく、そして薄い体格は、ダンジョン攻略のために少し厚着をしていてもまったく太く見えない。


(綺麗なのはしー姉なんだよなぁ……)


 閉鎖的な空間に三日も閉じ込められている精神的疲労と、モンスターと対峙することで蓄積される肉体的疲労。

 そのどちらもが今の圭太郎の思考を緩慢にしている。


 だからこそ、ぼぉっとした表情で椎奈の顔を見つめ続けるという、普段なら恥ずかしくてできない事ができている。


 口数も少なく表情も乏しいこの従姉妹に、圭太郎は昔から恋心を抱いていた。


 親戚に懸想をするなんておかしいと、長年封じてきた想いが今になってとめどなく溢れてくる。


 なにせこの四ヶ月間、二人はずっと一緒に生活をしてきた。

 椎奈は圭太郎の事を従兄弟──どちらかと言えば弟としか見ていないので、一緒に寝たり手を繋いだり、更には同じ風呂に入ることすら当然のような顔をする。


 思春期真っ只中の圭太郎にとって、そんな想い人の行動に興奮するなと言う方が酷だ。


「けーくん、けーくんってば」


「──っな、なに?」


 突如眼前に現れた椎奈の瞳に、思いっきり驚いて顔を背けた。


「松根さんが呼んでる。もうそろそろみんな限界だから、上に戻らないかって」


「ごめんよ圭太郎くん、疲れているのに」


 数少ない大人の男性、松根がボロボロになったシャツの袖を丸めて、二の腕を曝け出しながら近寄ってくる。


「う、ううん。オレももうそろそろしんどいなって思ってたから。ちょうど良いタイミングだと思う。成果があんま無いのがアレだけど、陽子姉も無理するなって言ってたし、ここで無理して進んでも誰かが大怪我をするだけだ

なら皆んな無事のまま少しでも食糧を持って戻ったほうが、今後のためにもなるんじゃ……ないかな?」


 調達班の誰よりもレベルが高い──つまりあのマンションで一番高レベルなのは圭太郎だ。

 これは異変直後、椎奈を守るために必死に『ぼうけんのしょ』アプリの説明を読み込み、そして理解したことで誰よりも先んじて動けた事が大きい。


 日本銀行券──円がただの紙切れになったことで、オーブの重要性にいち早く気づけた他の巡礼者(プレイヤー)と手を組み、第一波が襲来する前の池袋でひたすらモンスターを狩まくった。


 あの時のパーティーメンバーはいつのまにか別々のクランに所属していて(たもと)を分ち、さらにはクラン同士の抗争の際に殺し合いにまで発展してしまい、今ではもうフレンドリストの名前が薄暗くなってしまった──つまり死んでしまったが、あの時の経験が無ければ、こうして皆を先導してダンジョン攻略をするなんて無理だったのだと思う。


(ていっても、オレもあん時のリーダーの言ってたことをまんま伝えてるだけなんだけどな)


 つくづく、自分はリーダーなんて向いてないと圭太郎は自虐する。


 元々引っ込み思案で、集団生活についていけてなかった圭太郎だ。

 いじめほどまでは行かないが、学年やクラスでもかなり影が薄く軽視されていた自覚がある。


 口下手で自信がなくて、卑屈で陰険。


 それが圭太郎が評価する自分だ。


「けーくん、大丈夫?」


 いつのまにか精神の深い部分に落ち込んでしまっていた圭太郎を心配して、椎奈は圭太郎の長い前髪をかき分けて表情を伺った。


「──っ、うっ、うん! 大丈夫だから! あ、あと5分休んだら、帰還陣のある部屋に戻ろう! お、オレが見張りに立つからみんな休んでて!」


「あ、けーくん一人じゃ危ないよ。ボクも行くから待って」


 耳まで真っ赤に染めて照れた圭太郎が、急いで立ち上がりせかせかと歩き出す。


 その後を椎奈がのんびりと付き従う。


 残された大人たちは、それをいつもの光景だとどこか暖かい視線で見送っている。


 ここは湖底ダンジョン15階層。


 前回潜った時よりも、3階層しか進めていない。

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