子供たち
「お兄ちゃんたち、どこから来たの!?」
「池袋のお外から来たってルミ姉が言ってたの聞いたよ!」
「じゃあ、みずうみをおよいできたの!?」
「馬鹿。この湖を泳いだらあっと今にモンスターに食われちまうぞ。絶対そんなことすんなよ?」
「あのねあのね! ゆみのおうち、なかのってところにあったの! しってる!?」
「僕はね! 僕はね! 練馬ってところから来たんだよ!」
「あの大きいモンスター、兄ちゃんたちの!? 一回乗せて!」
「あっ! ズルい! 俺も俺も!」
「わたしも!」
「ぼくも!」
瑠未がバルコニーに出たことがトリガーとなったのか、大河らがこの最上階に来てからずっと話しかけたくてウズウズしていた子供たちが一斉にバルコニーへと雪崩れ込んできた。
まだちゃんと歩けないほど幼い子や、幼稚園、小学校低学年、そして中学生と思われる子までいて、年齢層が幅広い。
「こらアンタたち! お客さんに失礼でしょう!」
大河の足元でぴょんぴょん跳ねている元気な男の子の頭を優しく抑えて、陽子が大声を上げる。
「だって、よーこ姉ばっかりお話ししてんだもん!」
「遊んで遊んで!」
「ルミねえ……まいちゃんおなかへった……」
「わたしもー」
「ずっと話してるから、チビたちが待ちくたびれて腹減ったってうるせーんだよ」
指を咥えて俯いている女の子を抱き上げて、ヤンチャそうな中学生っぽい男の子が口を尖らせる。
「あっ、いけないいけない! お夕飯の準備の途中だったわよね! もうちょっと待っててね! 今作るから!」
そう言って陽子は男の子を抱えたままバルコニーから室内へと小走りで駆けて、階段を降りていった。
「お姉ちゃん、名前なに名前なにー?」
「あー群がるな群がるな。私は朱音ってんだよ。ちみっこたち」
「あかねねえ? あかねえ!」
「あかねえあそんでー!」
「あか姉!」
「遊ぶったって何があるんだここに。ほら、見してみ」
あっという間にあだ名が出来た朱音が、困ったように苦笑いを浮かべながらもパイプ椅子から立ち上がって、たくさんの子供たちを連れながら室内へと入っていく。
「お姉ちゃん、すっごい綺麗だね……」
「髪の毛サラサラー。羨ましいなぁ」
「シャンプー何使ってるの? ここのお風呂、みんなで使うからシャンプーとかトリートメントとか、安くていっぱい入ってる奴しかないんだよね」
一方悠理はと言えば、年長から中学生くらいのおませっぽい女の子たちに囲まれていた。
「えっと、新宿で買って貰った蜂蜜エキスが入っている奴だよ。『髪の毛のツヤを保持する』ってシャンプーと、同じブランドの『髪の毛の保湿を維持する』って効果のトリートメント。あと『肌の保水効果を高める』ってボディソープもかな?」
悠理はそのコミュ強者なスキルを遺憾無く発揮して、女の子たちと仲良さそうに会話をしている。
ちなみにそのシャンプーやトリートメントなどは、大河が毎日頑張っているからと数本まとめ買いしてプレゼントした品だったりする。
結果的に朱音と共有する形になってしまったが、贈った時はとても悠理に喜ばれた。
「やっぱ新宿かー。池袋はそういう店、今はもう水の底だからなー」
「洋服もね。妖精たちが持ってくる奴しか選べないんだよ? 可愛くないってわけじゃないんだけど、種類がとっても少ないの」
「しかも安物だから結構すぐ解れてきたりするしねー」
「あはは、私の服だってそんな高いわけじゃないよ。旅してたらあっという間にボロボロになるし」
悠理の周りに女子がいる光景に、大河はどことなく懐かしい気持ちになった。
中学二年。
大河と悠理が同じ教室で過ごした、ただのクラスメートだったあの頃。
隣の席で悠理を中心としたこうした女子の会話を横目に、ひたすら外の景色を見ていた自分を思い出す。
「兄ちゃん、剣見せて!」
「ツヨシからきいたー! おにいちゃんのけん、すっごいんでしょ!?」
「みせてみせてー!」
大河の足元には、数人の活発そうな男の子が群がっていた。
「えっと、見せるのは別にいいんだけどさ。危ないからもっと広い場所でないと」
「じゃあ、下の階に行こうぜ!」
「運動場なら大丈夫だよ!」
「サッカーとか野球とか、そこでやってるんだー」
「あと鬼ごっことかも!」
異変から数ヶ月。
池袋という限られたエリアの、しかもマンション一棟という狭いコミュニティで暇を持て余していた子供たちは、大河たちという来客に大いに好奇心をくすぐられ、もう抑えきれないようだ。
数人の男児に手を引かれながら、大河は運動場があるというフロアに向かって階段を降りる。
ふと振り返って女の子たちに囲まれている悠理を見るとなんだかいつもよりも幼く見えて、そういえば自分も悠理もまだ高校生だったなと不思議な気持ちになった。
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「みんなー! なんと今日はビーフカレーでーすっ!!」
『やったぁああああああっ!!』
陽子の声に、子供たちが歓喜の声を上げた。
その声量は凄まじく、マンションの床がびりびりと揺れるほどの歓声に包まれる。
二時間後。
子供たちに色々と振り回された大河らは、またマンションの最上階へと戻ってきていた。
「このお姉ちゃんたちが、お肉とカレールゥをごちそうしてくれたの! ほら、お礼言って!」
『あーりーがーとぉ、ごーざーいます!』
たくさん並べられたシンプルな机の、上座あたりに座らされた大河・悠理・朱音が苦笑いを浮かべる。
大河を真ん中に左が悠理、右が朱音という並びで座っている。
夕食の献立はたまたま調理場を見に行った悠理が、白米と一人一枚のベーコンだけというメニューを知ってあまりも不憫に思い、買い溜めしてあった食材の中でダブついている物を提供した事で決まった。
「ご、ごめんね大河。勝手に食材を使っちゃって……」
「別に良いよ。食肉キマイラのドロップ品だろ? 一頭倒すだけでめちゃくちゃ肉が余ったもんな」
悠理が申し訳なさそうに手を合わせて、大河に謝罪した。
大河は目の前に置かれた皿に盛られている、大量のカレーを見ながら答える。
「カレールゥはあれよ。ドワーフのとこで安売りしてたの」
「ああ、あの在庫が余ってるとかで押し付けられた」
「そう、悠理が上手いこと言いくるめられて買っちゃった奴」
人の悪そうな笑みを浮かべて、朱音は行儀悪く頬杖をついて悠理を見る。
「だ、だって! 常連さんだから特別に安くするって言われたんだもん!」
「後になって職長に、仕入れを間違えて倉庫を圧迫してたって言われた時は笑ったわ」
ドワーフの男衆は誰も職人気質だが、女衆はどちらかといえば商人気質であった。
老練な手練手管を用いて在庫を処理しようとする見事な手腕に、悠理はまんまとハマってしまった格好になる。
「と言っても本当に捨て値だったから、そんなにデカい損失ってわけでもないのが上手いよなー」
おそらく仕入れ値よりもはるかに安い値段で、儲けを考えずに売ってくれたのだろう。
いくらカレールゥが数ヶ月単位で保存が効くとはいえ、大工房みたいな辺鄙な場所だと売れ残る可能性が高い。
それならばわずかな金額でも売れさえすればいくらかの帳尻が合わせられる算段で、悠理に大量に購入させることにしたのだと大河は想像する。
「それじゃあみなさんごいっしょにー?」
エプロン姿の瑠未が部屋の中央で手を合わせて音頭を取る。
『いーたーだーきーます!!』
子供たちが続けて声を張り上げ、そして物凄い勢いでカレーを食し始めた。
「おかわりあるからねー!」
「たっくさん食べてね!」
一番壁側のテーブルに座っている子供たちが、お玉を片手にそう言った。
悠理が聞いた話ではこのマンションの調理は当番制で、エプロンを身につけているのは今週の当番の男の子や女の子たちらしい。
「なんか懐かしいな」
「ね、小学校の頃を思い出すよね」
熱々の甘口ビーフカレーを楽しみながら、大河と悠理は顔を合わせて笑う。
「ほんと、なんだか学校みたいな場所よねここ」
早くも一皿平らげた朱音が、おかわりを目指してパイプ椅子から立ち上がった。
「朱音さん……」
「少しは遠慮しろって……」
「わ、わかってるわよ。あと一皿だけ!」
このマンションの食糧事情は、陽子からも瑠未からも説明されている。
実際に調理場にあった粗末なメニューもこの目で見ている。
なのにいつものようにおかわりを目論んでいた朱音に、悠理と大河は冷ややかな視線を送った。
確かにいつもなら4皿は平らげる朱音がたった一皿のおかわりで済ますのは我慢と言えるのだろうが、それでも少しばかり図々しさが目立つ。
「なんのために俺らの食糧を分けたか考えろよ」
「あとでみんなに見られないよう、こっそりお夜食作ってあげるから」
「う、ううっ、ごめんよぅ。アタシもお腹空いてたから……つい夢中になっちゃって……」
年下二人に諌められた朱音は、情けないやら恥ずかしいやらで涙目になってスプーンを口に咥える。
久しぶりの豪勢な──子供たちにとって豪勢な夕食は、とても賑やかな雰囲気に包まれている。