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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
パークレジデンス池袋(仮)

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湖底ダンジョン攻略依頼②


「食糧を調達するのはまだわかるんだけど、水位を維持するってのがわかんないわね」


 瑠未との握手を終えた朱音が、またパイプ椅子に腰掛けて眠そうに目を擦る。


 スミレの背中ではモンスターの襲撃を恐れて交代で睡眠を取るようにしていたので、朱音だけでなく大河も悠理も実は寝不足だ。


「まだ検証段階なんだけどね。どうやらこのマンション、下のダンジョンを5フロア攻略するごとに1フロア分、上に伸びているみたいなの」


 銀フレームの分厚いメガネの位置を調節しながら瑠未は朱音の疑問に答える。

 なんでさっきからそんなにメガネがズレるんだろうと不思議に思った大河が瑠未の耳元を良く見てみると、フレームが若干歪んでいた。

 今の池袋でスペアのメガネなんて手に入れることができず、壊れていても我慢して使っているんだな、と察する。


「いつまたサンシャインが発光して水位が上がるか分からない現状、可能な限りマンションの延伸をしておきたいのよ。先週なんて一回の洪水で3フロアも水没したのよ?」


 陽子が鼻息荒く腕を組んで憤慨する。

 

「先週も洪水が起きたんですか?」


 悠理はバルコニーの柵から顔を覗かせて水面(みなも)の様子を見る。


 月明かりとこのマンションの灯りしか光源がない水面は、たまに風によって小さな波紋が広がる程度の穏やかさで、いまいち洪水のイメージが連想できなかった。


「ええ、大体お昼頃だったかしらね。最初の洪水から数えて第六波かしら。今のうちの人数だと、どうしても5フロア分のスペースは確保しておかないと、みんなが満足に横になることもできないし……子供たちの遊ぶスペースも確保できないし……」


 そういって瑠未は眉間にシワを寄せて考え込む。

 陽子は隣に並んでその肩を抱き、頭を寄せた。


「…………」


 大河は二人の様子を見て、そしてバルコニーから室内にいる大勢の子供たちを見て考え込む。


 陽子の口調が明るい物だったので今まで気づけなかったが、よくよく考えなくても水位の上昇はこのマンションにとって死活問題だ。

 二十四階建の高層マンションの、その内の15フロアが水没するなんて普通に生きて来たら想像もできない災害だろう。


 ここに居る約300人の人間は、ここにしか居場所がない。

 自分たちの様に湖を渡ってどこかに行ける手段があるならまだしも、小学校低学年にも満たない子供たちがあんなに多くいるのでは、モンスターから全員を守りながら湖を渡るなんて実質不可能だ。


「……大河、聖碑が使えるなら新宿とかにみんなで移動できないかな?」


「あっ、そうか。ファストトラベル! それなら俺らとパーティー登録さえすれば池袋から脱出できる!」


 悠理の提案に、なんでこんな簡単なことに気づけなかったのか大河は自分を恥じる。

 都市間の瞬間移動なんて、そんな非現実的な手段が頭の中から抜け落ちていてもなにもおかしな話では無いが、しかし何度もファストトラベルを利用していて思いつけなかったのは痛恨だった。


「新宿にこの人数を連れていったら流石にマズイかな……いや、でもあの(しま)さんなら受け入れてくれそうだけど」


「目白はダメね。あのクソ野郎どもの残党がまだ残っているだろうし、子供たちが危ないもの」


「高田馬場はどうかな。あそこほとんど人が居なかったよね?」


「いや、あそこは聖碑の加護の範囲が小さいし、なにより300人も寝泊まりできるほどの空いた物件が無かった気がする」


「ノームたちの集落は? あそこならノームたちしか居ないし、あの子たちならウッキウキで小屋の増築とかしてくれそうだけど」


 陽子と瑠未を置き去りにして、三人はあーでもないこーでもないと議論していく。


 今までの旅で見つけた数少ない聖碑。

 その周辺に集まって来た避難者のコミュニティはどれも一癖も二癖もあって、すぐにここだという決め手に欠けた。


 新宿アルタ前広場は住環境で言えば抜群で、駅前から遠くに深追いさえしなければフィールドモンスターもそんなに強く無く、食糧の確保も容易だ。

 だが問題は、現在すでに避難者で溢れかえっており、また多様な年齢層や人種が存在するため、とてもじゃないが治安が良いとは言い切れない点。


 東新宿共同生活会なるクランと、それを取りまとめているクラン長の島の手腕があればなんとかなりそうな気もするが、その島ですら御しきれない犯罪者まがいの輩が結構潜んでいるのは、大河と悠理は経験で理解している。

 子供たちにとって良い環境とはあまり言えない。


 ならば高田馬場はどうか。

 あそこは大河たちが訪れた街の中でも比較的穏やかな場所だが、モンスターの出現率(エンカウント)がそんなに高くないので、食糧を自給しようとすると少し苦労するかもしれない。

 駅前にある聖碑の加護の範囲は新宿に比べてかなり狭く、しかもその範囲内を宿泊にオーブを必要とする宿や飲食店が占有していて、生活できるスペースが更に限られている。


 近くに工房を構えるドワーフたちはどこからか大量の食糧を仕入れていて、オーブさえ払えばいくらでも購入できるが、そのオーブを稼ぐ手段が高田馬場には少ない。


 戦える人間より戦えない人間が多いとなると、どこかで詰んで全滅したとしてもおかしくはないだろう。


 では目白の大学ならばどうだ。

 聖碑の大きさはダントツで、加護の範囲も今までの街とは比べ物にならないくらい大きく、生活に最低限必要な条件はすべて揃っているように見える。

 あそこで一週間生活していた朱音曰く、文京区寄りのフィールドに食糧ドロップ系のモンスターが多く出現する狩場があるらしく、そこそこ強いが倒せないほどではなかったそうだ。

 だが目白で一番の問題は、クスリとそれを蔓延させている薬物クランの存在だ。

 

 大河の手によりかのクランのリーダーは討伐され、クスリの流通も一応の遮断ができたかのように思えるが、なにせ三人はあの後一度も大学に戻っておらず、今あそこがどうなっているのか何も分からない。

 朱音にとっても大河にとっても悠理にとっても、クスリという忌避感しかないモノのせいで好き好んで立ち寄ろうとも思えない場所だ。


 頭を失った薬物クランが今どうしているのか分からないが、所詮ロクでもない人物に率いられていたロクでもない人物の集まりだ。

 その後もどうせ、良くも悪くもロクでもない事態になっているだろう事は容易に想像できる。

 やはり子供たちが生活するには向いていない土地である。

 結局ノームのうざったさや契約関連のことを抜きにして一番適しているのは湖畔の集落ではないかと三人の話が纏まりかけていた時、陽子が暗い表情で右手をゆっくりと持ち上げた。


「あの、ごめんね? 私らや子供たちの事を真剣に話し合ってくれているのに、水を差しちゃうんだけど……」


 三人はその沈んだ声に、今の話し合いの内容に何か不備がある事を察する。


「何か問題があるんですか?」


「パーティー登録は四人までで一回移動したパーティーは一時間は跳べないっていう不満はあるけど、時間さえかければみんな池袋から脱出できるわよ?」


「要は一度他の場所の聖碑に跳んだ経験さえあれば良いんだから、パーティーメンバーを組み替えれば移動するペースもどんどん速くなりますよ。次の洪水が来ても間に合うんじゃないかな」


「あの、違うの」


 三人の説得を聞いても、陽子の顔色は暗いままで優れない。


「あのね……ここにいる子供たちの半分以上がまだ中学生以下の子たちばかりで……えっと、スマートフォンを……持ってないの」


「──あっ!」


 陽子の言葉に一番速く反応したのは大河だった。

 悠理も朱音もその意味が理解できずキョトンとしている。


「私たちも今の池袋の現状で、子供たちを過保護に守ろうとしているわけではないわ。いずれ絶対に『剣』を手に取る必要がある以上、今の内に慣れておく事は重要だもの。だけどそもそもスマホが無い以上……」


「パーティー登録も、レベルアップも……クエスト報酬もアイテムドロップもできない……」


 瑠未の言葉に大河が続けた。

 そしてようやく、朱音や悠理も気が付く。


「あっちゃー……そっか、いくらスマホが爆発的に普及してたからと言っても、まだ中学生にもなってない子に一個づつ持たせるような裕福な家庭……そんなに無いか……」


「スマホって基本めちゃくちゃ高いもんね……中古でも……」


 パーティー登録ができない以上、大河らの様な他の街の聖碑に触れた事のある者に連れ添ってファストトラベルをする──という手法が使えない。

 

 今の東京──『東京ケイオス・マイソロジー』では、どの巡礼者(プレイヤー)も右手の甲に『咎人の剣』の紋章が刻まれているはずなので、戦う事はできる。

 しかしオーブの管理やレベルの管理を『ぼうけんのしょ』アプリで一括している以上、そもそもスマホがなければ何もできないシステムなのだ。


「スマホってどうにかして手に入らないかしらね」


「洋服もご飯も家電もアウトドア商品も店売りしてたんだ。きっとどっかに『営業』しているショップがあるんじゃないか?」


 大河らはオーブによって物品の売買が可能な店を、『営業している』と形容している。


 ほとんどの建物が無人となっている今の東京では、『営業していない』店は略奪などで荒らされていてほとんど何も残っていないし、そもそもそこに残っていた物がアイテムとして機能していない事もある。


 だから『営業』しているかしていないかは、実はとても重要な事となっているのだ。


「一応、スマホを手に入れる手段は知っているのよ?」


「三日に一回、妖精(フェアリー)たちのクルーザーがここら辺のマンションを周回してくれてね? オーブと引き換えに食糧や服や雑貨、小物とか家電を売ってくれるの。あとモンスターからドロップした素材を買ってくれたりもして、私たちのオーブ稼ぎはフェアリーの行商人たちがいないと成り立たないのね。そこのラインナップに、スマホが揃っているのを確認しているわ」


妖精(フェアリー)……」


 その言葉の響きから悠理はなにやら可愛らしい存在を連想しているようだ。


 だが隣に立つ大河は、可愛らしくもどこか悍ましい存在であったノームたちという前例から、語感だけで妖精(フェアリー)を判断するのを躊躇(ためら)う。


「どの機種でも値段が同じ様に設定されているけど、一つで120,000オーブもするのよ。私たちの中でも今戦える人──調達班の人たちが頑張ってオーブや食糧を稼いでいるけれど、最近ようやく一人がスマホを手に入れられた程度の進展しかないの」


「何かドカンと稼ぐ手段が見つかるまでは、地道にコツコツダンジョンを攻略しながら稼ぐしか無いのか……」


 オーブ稼ぎや食糧稼ぎの他にも、このマンションの水位を保つためにはダンジョンを攻略する必要がある。


「そりゃ、手詰まりにもなるわなぁ……」


 大河はまた腕を組んで、大きなため息をこぼした。

 事情を知らないまま──話を聞かないままでいればこのまま先に進めていたが、聞いてしまった以上スルーができなくなってしまった。


 基本的に大河も、そして悠理も朱音もお人好しで善良である。

 東京がこうなってから若干のドライさを身につけたものの、まだ困っている他人を見捨てるという事が難しい。


 下手に事情を聞く事も自分達の立場をややこしくする事になると、大河はまた身を持って学習したのであった。

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