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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
パークレジデンス池袋(仮)
81/233

パークレジデンス池袋(仮)自治組合①


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「陸だ! 陸が見えたぞ野郎ども!」


 朱音が突然大声を上げた。


「……んな叫ばなくても聞こえるっつうの」


 大河がむくりと上半身を起こす。


 時刻は夕方。


 大河たちがスミレに乗って湖畔集落を出航して、一日が経った。


 一晩中ラッコ軍団や他の魚系モンスターの襲撃を受けていた一向は、朝になってようやく一息吐くことができた。


 なので交代で仮眠を取ることにし、今は大河と悠理の番だった。


「朱音さんうるさぁい……」


 大河の腰に抱きついて暖を取っていた悠理が、眠そうに目を擦りながら朱音を非難する。


「陸が見えたのよ陸が! ほらあれ、陸で──陸か? 半分湖に沈んだビルだな? んでも建造物にはちげぇねぇ! スミレも半分寝てるし、話し相手もいないしで暇だったんだよアタシは!」


「スミレ寝てんの? おいおい大丈夫か? ちゃんと目的地に着けてんのかこれ」


 大河が腰に巻かれた悠理の腕を優しく解き、膝立ちでスミレの背中を頭部に向かってにじり寄る。


「あ、本当に寝てるわこれ。おーいスミレー。ちょっと起きてくれー」


 頭頂部から覗くと、目を瞑ったスミレが漫画のような鼻提灯を出して眠っていた。

 大河は腕を伸ばし、スミレの額から生えた角を避け、眉間あたりをぺちぺちと叩く。


「お前じゃなきゃ、目的地かどうかわかんないんだって」


 ノームたちがスミレに向かうよう指示を出した場所は、『ここから一番近い巡礼者(プレイヤー)たちのコミュニティ』だ。


 とてつもなく広いこのセイレーン湖を周遊しているスミレなら誰よりもその場所に詳しいとも語っていた。


 だから大河たちはスミレの行くままに任せている。


「きゅ、きゅううううう……?」


 やがて鼻提灯がぱちんと弾けて、スミレがゆっくりと目を開けた。


「起こしてごめんな? お前も一晩中泳いでるから疲れてるんだろうけど、確認してほしいことがあるんだ」


「きゅうううっ」


「ありがと」


 了承の鳴き声に感謝の言葉を述べ、大河はスミレの頭を腕いっぱい使って撫でる。

 その巨体に似合わぬスミレの人懐っこさを大河は好いていた。


「んで朱音さん、どれ?」


「ほれ、スミレの真正面。ビルの頭の部分がうっすら見えてるじゃん」


 いつの間にか大河の横に立っていた朱音が、目の上に手で(ひさし)を作って遠くを見ている。


「ああ、あれか。湖に夕日が反射してちゃんと見えねぇ気もするけど……」


「んでもなにかあるのは間違いないっしょ?」


「どうだ?」


 大河の言葉に真正面を向いたスミレが、すんすんと鼻息を荒くして遠くを凝視する。


「きゅううううううっ!」


「おっ、どうやら合ってるみたいだな。このまま進めば、陽が落ち切る前には到着できるかも。もう少し頑張ってくれなスミレ」


「きゅううううっ!」


 もう一度頭を撫でられたスミレが、嬉しそうに目を瞑って鳴いた。


「スミレ、なんかアンタになついてない?」


「そうか? そもそもこいつ、めちゃくちゃ人懐っこくない?」


 スミレの頭頂部で立ち上がった大河は、一度大きく背伸びをする。

 ポキポキと身体の至るところで骨が鳴り、そして一気に脱力した。


「聖碑と眠れる場所があれば良いんだけどな」


「ていうか、何人くらいの人間が居るのかしらね」


 大河と朱音は並んでビルらしきシルエットを眺める。


「一応、警戒だけは緩めないように。またいらんイベントに巻き込まれるのはごめんだもんな」


「了解っと」


 大河の代わりに朱音がスミレの頭頂部に腰かける。


「ゆうりー、もう少しで到着すっから……って、二度寝しちまったか」


 振り返って悠理を見ると、さきほどの姿勢のまま気持ちよさそうに寝息をかいていた。


「このまま眠らせてやりたいんだけど……何が待ってるかわかんねーからなぁ」


 大河は心なしかゆっくり目で悠理へと歩み寄り、背中側に回って膝立ちで座る。


 そしてその身体を優しく揺らした。


「おい、悠理起きてくれ。もう少しで着いちまうぞ」


「……ん、うううううんんんんんっ。大河ぁ」


 ゴロンと寝返りを打った悠理が目をそっと開き、大河へと両腕を差し出す。


「寝ぼけてんのか?」


「違うぅううっ。おはようのキス、してほしいなぁって」


「馬鹿。朱音さんに見られたらまた怒られるぞ?」


「関係ないもん。お願い」


 寝起きで少し思考が幼い悠理が、とろんとした視線を大河に向けた。

 こうなっては長くなるな、と今までの経験から察した大河は嘆息し、差し出される悠理の両腕の下に自分の腕を脇から背中にかけて通した。


 そのまま手前に持ち上げ、悠理を抱き抱える。


「んふー」


 気持ちよさそうに身体を預けてくる悠理が、大河の首筋に鼻を押し当てる。


「汗かいてるからやめろって」


 昨晩は肌寒くなってきたとはいえ、ずっとモンスター相手に戦っていたのだ。

 この状況で風呂にも入れない以上、どうしたって匂いはキツくなる。


「良い匂いだよ。ずっと嗅いでいたい」


 そう言って首筋から顔を離した悠理が、なぜか楽しそうに笑って大河の顔を見る。

 それは鼻と鼻がぶつかる寸前の距離。


「キスしてくれたら、やめる」


「……ほら」


 軽く触れ合うキスを、その唇に重ねる。


「……んふふっ、ありがとっ」


 寝起きの舌ったらずな口調で、嬉しそうに礼を告げて、悠理はまた大河の首筋に顔を埋めた。


「やめるって言ってたろ」


「やめられませんでした」


 抱き合いながらぐりぐりと大河の首筋に顔を埋める悠理の様子に、大河は呆れたように笑った。


「アンタら、もうそろそろ良い加減にしないと、アタシ大噴火すっからね」


 スミレの頭の上で遠い目をしながら水平線を見ていた朱音が、こちらに振り向きもせず言い放った。


「「はいっ!」」


 慌てた二人は飛び上がって、一気に身体を引き離した。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 そのビルは、おそらくマンションだったのだろう。


 暮れなずむ時間帯だから水没した部分までは水が暗くて伺えないが、その外観は高層マンションのように見える。


 水上に露出している部分は、最上階も含めて四階分ほど。


 建物の幅はかなり広く、そのデザインや頑丈そうな造りを考えると、高級マンションだったのではないかと大河は考えた。


「これ、どっから入ろうか」


「そりゃあ、ベランダからじゃない?」


 悠理と朱音が、恐る恐る中の様子を伺う。


 スミレに乗ったままマンションの側まで来たは良いが、当たり前だがエントランスは遥か水の中に沈んでしまっている。


「人様の家のベランダから出入りするって、なんか悪いことしてる気分になるな」


「あっ、大河。あの階段、あそこなら苦労せずに上陸できそうじゃない?」


 悠理が指差したのは、ビルの真ん中をまっすぐ通っている階段だった。


 場所やその周囲のアルミで作られた格子を見るに、非常階段の様に見える。


「あの柵なら、『剣』を出さなくてもなんとかよじのぼれそうね」


 本来は高層階に当たる部分故に、侵入防止の柵や格子が中途半端な高さにしか設置されていない。


 これが下層なら階層の天井までもをきっちりと覆っているのだろうが、まさか設計者もこのフロアに直接侵入するような輩が現れるなんて想像すらしていなかったのだろう。


「よし、んじゃスミレあそこに──」


『何者だ!!』


 突然、三人の頭上から野太い男性の声が響いた。


 慌てて顔を上げると二つ上のフロアのベランダから、懐中電灯の灯りの様な光源がいくつもスミレへと当てられる。


『どこから来た!』


『なんの用だ!』


『山本さん! こいつらきっと私たちの食糧を狙ってきたのよ!』


『化け物を連れてる……絶対に入れちゃダメだ!』


『子供たちを最上階に避難させろ!』


『水野さんを呼んでくる!』


圭太郎(けいたろう)くんと椎菜(しいな)ちゃんはどこだ!?』


『戦える奴を全員呼んでこい! 俺らがここを守るんだ!』


 がやがやと人の声が重複して聞こえ、一気にこの場が喧騒に包まれた。


「あっちゃー……ファーストコンタクト大失敗じゃん……」


 引き攣った笑みを浮かべる朱音が、声の聞こえる方を見上げて冷や汗を垂らした。


「……大河」


 大河の背に隠された悠理が、心配そうにその服の裾を摘んだ。


「分かってる。戦う気は無いってまず説得するから、お前は俺から離れるな。朱音さんも、何言われても突撃するなよ」


「了解リーダー」


 もうすぐ太陽が完全に沈み、夜が訪れる。


 一気に物騒な空気に包まれたこの場で、スミレだけが呑気にあくびをしていた。

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