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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
湖畔集落→→沈没したビルの孤児院

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白い獣の背に乗って④


「じゃあいってらっしゃいスーちゃん! ばいばいおにーちゃん、おねーちゃん!」


「ちゃんとおくりとどけるのよ! よりみちしちゃめっ! だからね!」


「おねーちゃん、こんどあったらおっぱいさわらせてくれるってやくそく、まもってね!」


「ホイッスルは5かいつかうとならなくなるの……わすれないでね……」


 湖の岸辺に並んだ四人のノームたちが、白い毛玉──スーちゃんに乗った大河らに各々の別れの言葉を述べながら手を振っている。


「ああ、お前らも元気でな!」


 ようやくノームたちと別れることができて大喜びな大河が、滅多に見せない満面の笑みで手を振りかえす。


「えっと、色々あったけど……ありがとうね!」


 そんな大河を横目に引き攣った笑みを浮かべながらも、悠理もヒラヒラと手を振っている。


「達者でね──っておい! そんな約束してねーだろうが! これ契約にならないわよね!?」


「ちっ、きずいちゃったの!」


「おまっ! ほんといい加減にしないとぶっとばすわよ!?」


 そんな朱音のツッコミの声が、岸辺から離れていくにつれて残響となって湖に響き渡った。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ようやく出発できたな……」


「長かったねぇ……」


「それに疲れたわね……」


 大河らはふわふわとした体毛の上に腰を下ろし、一息つく。


 ノームたちの火と風の魔法により乾かされたその体毛は、踏み込むと(すね)まで沈み込むほど深く、そして柔らかい。


「それにしても、お前デカいなぁ」


「きゅうううううっ!」


 イッカクジュゴンのスミレちゃん、略してスーちゃんが大河の声に反応して甲高い鳴き声を上げた。


「ジュゴンかぁ……実物は見たことないけど、そもそもこんな毛玉だっけか?」


 朱音がスミレの背中を撫でながら悠理に問いかける。


「図鑑やネットの動画で見たのは、灰色のツルツルとした皮膚だった気がする。そもそも本物のジュゴンにあんな立派なツノなんか生えてないから、気にするだけ負けだと思うよ?」


 悠理の持つスマホの『ぼうけんのしょ』アプリには、イッカクジュゴンに関する詳細な説明文が表示されている。


 画面には一般的なイッカクジュゴンの姿が写真で詳細に描かれていて、スワイプすれば上下左右に回転させることもできた。


 純白の毛皮に、鋭く硬い一本角。

 面長(おもなが)な顔に、ずんぐりむっくりとした胴体。

 短い手ヒレは分厚く、尾ヒレもまたずっしりとした重量を感じさせる形状をしていた。


 そんな画面の中のイッカクジュゴンと、今座っているスミレの実際の身体を見比べながら、悠理は興味深そうに説明文に目を通していく。


「えっとね……小さいものは全長1メートルくらいで、大きい個体だと30メートルくらいのものまでいるんだって……あと、テイムする時に必要な餌は……『食肉70キロ』……70キロ!?」


「お前どんだけ食うのよ」


「きゅううう?」


 朱音の問いかけに、スミレは太い首を曲げて横目でちらりと見て疑問の鳴き声を上げた。


「まぁ、こんだけの巨体を維持するにはそれくらい必要か……ってか、ジュゴンって肉食なんだっけ?」


 大河は思い切ってスミレの背中に横になり、頭の後で腕を組んで悠理を見た。


「どうだろう。海の生き物で草食ってあんまりイメージ湧かないんだけど、お肉食べるような見た目でもないもんね。この子」


 膝を抱えながらスマホをいじる悠理が、己の知識の中の少ないジュゴンの情報を思い返しながら返事をする。


「普段どうやって餌を確保してんのか気になるわね。まぁ気にしてもしょうがないことなんだろうけど」


 朱音の言葉に一回頷いて、一向はスミレが進む方向をまっすぐに見る。


 なにせこの水上旅行。

 向かう先は完全にスミレ任せであり、どこに着くかは大河たちにはわからない。


 水平線の向こうには、高く聳え立った一本のビルだけが見えている。

 その形状は大河らがよく知る、池袋を代表する著名な商業ビル。


 サンシャイン60である。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「大河! そっち行った!」


「おう!」


 夜。


 完全に陽が落ち、湖のど真ん中ゆえに照らすものが何もない漆黒の闇の中。


 かつて大河らが新宿で購入した、少額のオーブを込めることで点灯するランタンの灯りだけを頼りに一向は戦っている。


「悠理! 【防壁(プロテクション)】はまだ平気か!?」


「うん! このモンスターたちの攻撃なら全然平気!」


「夜になって襲ってくるとか! 卑怯だろお前ら!」


 何かの骨を槍の形状に削り、それを構えて突撃してくるラッコ型のモンスター、ラッコ突撃兵たちが悠理の魔法の障壁の周りをぐるぐると取り囲んでいる。

 その後には大きな貝殻を盾に見立てたラッコ盾兵の姿もあり、さらに後にはラッコ将軍なる、この一団を率いる将兵の姿まである。


「朝になるまでこの調子かよ!」


「ちょっとスミレ! こいつら振り切れないの!?」


「きゅううううっ!」


「わかったから首を振るな! 揺れてまともに立てなくなる!」


 月と星あかりだけを頼りに湖を進むスミレは、本来水中を泳いで移動するモンスターだ。


 だからその本領は水中移動にあり、大河らを落とさないように水上に頭や背中を露出して移動するのは、彼女の本来の泳ぎ方ではない。


「ごめんねスミレちゃん! スミレちゃんには怪我させないようにするから!」


「きゅうううん!」


 悠理の声に嬉しそうに鳴いたスミレが、心なしか速度を上げて泳ぎ出した。


「聞いた大河!? 朱音さん! スミレちゃんは私たちを乗せてくれてるんだから、無理言っちゃダメだよ!」


「わ、わかっているけどさ!」


「いくら弱いからって、この数を相手にするのはしんどいんですが!」


 戦闘が始まってすでに40分は経過しているだろうか。


 あまりにも先の見えない戦いに苛立ちはじめていた大河と朱音は、思わずスミレに八つ当たりをしてしまったことを内心反省する。


 ラッコ軍の強さは、今までフィールドで出会ったモンスターの中でもかなり弱い部類に入る。


 この長時間を継戦できているのは相手が弱いからであり、これがもっと強いモンスターが出てきたらたちまち袋叩きにされることは容易に想像ができた。


 レベルアップにより体力が増えたからか、『剣』を持続的に顕現させる消耗も相対的にその負担は減っているが、これが何時間も続けばいつかは維持できなくなってしまう。


「朱音さん! 俺が雑魚の相手をするから、朱音さんはあの一番偉そうでムカつく髭面のラッコを!」


「了解!」


 部下のラッコが担ぐ椅子みたいな貝殻に、偉そうに座っているカイゼル髭を蓄えたラッコ将軍めがけて朱音が宙を飛ぶ。


「おらおらフルボッコじゃあ!」


 相手を見下して踏ん反り返っていたラッコ将軍は、その見事に肥えた下っ腹が邪魔をして逃げることも叶わず、朱音の伏龍による右のラッシュのみでパンチングボールの様に殴られ続ける。


 そんな将軍の無惨な姿を、貝殻の椅子を背負っていた部下たちは嬉しそうに見上げていた。


「トドメだ! 【牙咬(きばが)み】!」


 打ち下ろしによる上顎の牙、打ち上げによる下顎の牙の二連撃により、ラッコ将軍は哀れ無惨にボロボロとなった姿で息絶え、吹き飛ばされて湖に着水した。


「よし! 敵将、この瀬田朱音が討ち取ったり! なれば雑兵どもよ! 潔く負けを認めて散るが良い!」


 やけに芝居がかった声色と身振り手振りで、残ったラッコ兵たちに向かって勝利宣言をする朱音。


 こういう時に調子に乗るのが、この女の長所であり最大の短所である。


「あ、あれ?」

 

 声高に勝ち名乗りを上げる朱音をガン無視して、残された貝殻の椅子に割れ先にと群がるラッコ兵たち。


 そして一匹がその椅子の上に腰を下ろすと、途端にその口元にカイゼル髭がモサッと現れた。


「そ、そういうシステム!?」


 新たにラッコ将軍へと昇格した一匹を見上げ、他のラッコ兵たちは悔しそうにスミレの背中を叩いたり、嘆いたりしている。


 それを見ていた新ラッコ将軍が声高々に下知を下し、またラッコ兵たちは自分の持ち場に戻って戦いの準備を始めた。


 さっきまで同僚だったラッコ将軍の座る貝殻を担ぐ、部下ラッコたちの目が剣呑としている。


「ダメだ大河! こいつら、戦いの間にも虎視眈々と下剋上を狙ってやがる!」


「何言ってんだあんた!」


「本当なんだってばぁ!」


 朱音の嘆く声に合わせて、ラッコたちの(とき)の声が盛大に上がった。


 戦いはまだ続いていく。

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