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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
湖畔集落→→沈没したビルの孤児院

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白い獣の背に乗って②



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「来ねぇじゃねぇかよ!!」


 朱音が大声で怒鳴る。


 ホイッスルを鳴らしてすでに二時間。

 静かな湖畔には波風一つ経たず、呼び出した張本人のノームたちすら待ちくたびれてお昼寝を始めてしまった。


「あんな強いモンスターと戦って大変な目に遭って、結局湖を渡れませんでしたっていうのは嫌だなぁ」


 岸辺に体育座りで座って湖の水平線を見ながら、悠理がため息を溢した。


ノーム(こいつら)がこの期に及んで俺らを騙してるってのは……考えづらいか」


 少し離れた場所で可愛らしい寝顔で寝相悪く眠っているノームらを見て、大河は腕を組んで考え込む。


「どうする? ノームたちに頼んで船でも作ってもらう?」


 朱音は周囲を見渡して船の材料になりそうな物を探す。


 しかし岩と水しか見当たらないこの湖畔に、船の材料になりそうな木材などは一切見当たらない。


「元々選択肢にあったから、作れないわけではないんだろうけど。いよいよもってあのシーラカンスと戦った意味がなくなるな……」


 大河は首を持ち上げて空を見上げ目を瞑る。

 思い起こされるのはラティメリア・ファミリア戦の傷の痛みと、恐怖。

 

 ここでスーちゃんとやらがやってこず、他の手段で湖を渡るとなったら、あの苦しみが全て無駄になってしまう。

 

 手に入れたのが現時点でわけのわからない紋章一つとなると、リスクとリターンの釣り合いが取れていない。


「ねぇ、あれ何かな」


 湖のほとりに座って水平線を見ていた悠理が、遠く水平線の向こうを指差す。


「んー?」


 朱音がその指の先を凝視すると、なにやら水平線の一部が盛り上がっているように見える。


「……なんか知らんが、ノームたちを叩き起こした方が良さそうだな」


 異変からこっち嫌な予感がバシバシと当たっている大河が、顔を引き攣らせながら寝ているノームたちへと小走りで駆け寄る。


「おい、起きてくれ」


 腹を出して大字の字で寝ているケレトの肩を揺する。


「んー……?」


「あさなのー……?」


「おっぱい……でゅふふ……」


「ターフ……それはぼくのふとももなの……」


 一人起こせば何故か連鎖的に目を覚ます。

 寝ぼけた様子のノームたちに呆れながら、大河はケレトの両脇に手を突っ込み、無理やり持ち上げた。


「しっかりしろ。なんか来たぞ。アレがスーちゃんってやつか?」


「スーちゃん、きたの?」


「あのこ、おおざっぱだからとまりかたへたなの」


「やわらかい……おっぱい……」


「ターフ、そろそろなぐるよ……?」


 そう言いながらニミナはターフの頭をゲンコツで殴った。


「ほら、顔を洗うなりして目を覚ましてこい」


 ケレトをゆっくり地面に下ろして、その背中を軽く押して湖へと導く。


「みず、つめたいからやー」


「あ、あれスーちゃんだ」


「あたまがいたいの」


「スーちゃん、またぜんりょくでおよいでいるの……とまりかたへたなのに……」


 水平線の向こうの盛り上がりは、大河が少し目を離した隙に大分近づいていた。

 それは最初は豆粒のような大きさでしか視認できなかったのに、今では拳大のサイズに見えるほどこちらに近づいている。


「ちょ、ちょっと。あれ、かなり速いんじゃ」


「わ、わわわ」


 その異常な接近速度に、悠理と朱音が慌てて水辺から距離を取る。


「いや、あの速度で減速したら……悠理! 朱音さん! もっと遠くに!」


 そうしている間にも、盛り上がりの正体が水をかき分けてくる巨大な物体

だと認識できるほど近づいている。


 大河は水辺から逃げてくる悠理の手を取って引き寄せ、できるだけ水辺から離れた場所に避難しようと走り出した。


「朱音さん! 伏龍を出して!」


「りょ、了解!」


 大河は小声で抜剣の呪文を唱え、右手に(あらわ)れたハードブレイカーを肩に構える。


「悠理!」


「う、うん!」


 そのまま悠理の体を抱き上げて跳躍し、少し離れた場所にある岩でできた小山に向かって逃げる。


 同時に朱音も伏龍を顕現させ、【俊迅】のアビリティを発動し岩肌を猛スピードで駆ける。


「スーちゃん、そこらへんでブレーキー!」


「げんそくしないと、とまれないでしょー!」


「あ、これわたしたちもあぶないんじゃないー?」


「またながされるー……?」


 水辺でスーちゃんとやらに大声で話しかけるノームたち。

 

 スーちゃんらしき物体は、すでにノームたちの目の前まで来ている。


 その体躯は巨大。

 二階建ての建物相当の真っ白く毛むくじゃらな丸い物体が、白波を立てながら湖を猛スピードで直進してくる。


「なんかスーちゃん、いつもよりはやくないー?」


「ケレトがなんかいもホイッスルふくから、スーちゃんもあわててきたんじゃないのー?」


「そういえばよぶのもひさしぶりだから、テンションばくあげなんじゃない?」


「ずっとあそんであげれてなかったもんね……」


 眼前に迫り来る自身の背丈の十数倍はあろう物体を前にして、ノームたちはのんきに構えている。


「朱音さんこっち! はやく!」


 ハードブレイカーを納剣した大河は、岩の小山の頂上で後を追って登ってくる朱音に手を伸ばした。


「ちょ、待って待って!」


 岩を跳ね飛ぶ朱音が、差し出された大河の腕を慌てて掴んだ。


「悠理、俺に掴まってろ!」


「はい!」


 悠理の腰に回した腕に力を込めて、朱音の腕を引っ張り上げてその体を受け止める。


「来るぞ!」


「なにこれでっか!!!!」


 小山の上から改めて確認したその物体のあまりの大きさに、朱音が驚嘆の声を上げた。


「スーちゃんとまってぇぇぇぇぇ!」


「なみがたかいのぉおおおおお!」


「なーがーさーれーるぅううううううう!」


「あ、これだめなの……ごぼぼぼぼぼぼぼぼっ」


 岸に乗り上げた巨大な白い物体──スーちゃんは、勢いそのままに高波を引き連れて静止した。


 その波の高さは凄まじく、水辺にいたノームたちをあっという間に飲み込み(さら)っていく。


 大河たちが登った岩の小山ですら、もう少し低ければ波に飲まれていただろう


 瞬く間に──しかしどこか楽しげに波に飲まれて流されていったノームたちの姿を見ながら、大河はまた安堵のため息を吐いた。


「な、なんとか無事か」


「で、でもノームたちが……」


 悠理もまた流されていくノームたちを目で追って、大河の服の裾を引く。


「ほっとけ。あいつら、こんなんじゃ死なないってきっと。そんな気がする」


「存在がギャグみたいなもんなんだから、平気よきっと」


 朱音は腰に手を当てて、岩の小山の頂上からどんどんと流れていく水を見下ろす。


「アレが……スーちゃんか……」


 先ほどまで自分たちが居た場所に、巨大な白くて丸い物体が横たわっている。

 減速することなく岸に乗り上げたせいで横転し、体格から比較すればあまりにも短い前ヒレをバタバタと動かしてもがいていた。


「あの子、ひっくり返っちゃって……元に戻れないんじゃない?」


 悠理が率直な感想を述べた。


「だとしても、水が引いていかないことには手助けもできねぇし……」


 大河も一目見た時からそうなのだろうと分かっては居たが、そもそもスーちゃんとやらが起こした高波のせいで身動きが取れない。


「アレがドワーフのおっちゃんたちが言ってた、イッカクジュゴンか」


 ひっくり返って仰向けになっているせいで未だに全体像をはっきりと確認できていないが、その姿はまさしくジュゴンのように見える。


 小さい頃に両親と行ったどこかの水族館で、確か本物のジュゴンを見た気がする──大河にとってジュゴンという動物への知識はその程度で、あまりにも幼く遠い記憶のせいでその知識も朧げだ。


「あーあー、ありゃ小屋のほうまで水浸しだわこれ」


 手のひらで目の上にかさを作り、湖畔集落の方角を見て朱音は呟いた。


「……なんで、一個もマトモに進行しねぇのかな」


 ノームたちと関わってからこっち、なにかにつけてトラブルや煩わしい出来事に遭遇している気がしてならない。


 大河はげんなりと肩を下ろして、小岩の淵に腰掛けた。


 今水が引いていったとしても、波の揺り戻しがある以上しばらくまた待機するしかない。


「あの子たちといると、調子狂っちゃうね……」


 どうやら悠理も似たようなことを考えていたようで、それが少しおかしくて大河は笑みを浮かべた。

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