白い獣の背に乗って①
「どこいってたのー?」
「ホイッスルみつかったのー」
「さがしたんだよー?」
「ありがとう……」
相変わらず四人続けて喋るノームたちに、大河は眉間に皺を寄せたまま盛大にため息を吐いた。
また一夜明けて、ここはセイレーン湖の湖畔の集落。
朝早くに宿を出て聖碑によるファストトラベルで飛んできたので、5分もかからず到着した。
ノームたちはまだ太陽も昇りきっていない時刻というのに、律儀に大河たちを待っていたようで、聖碑前の広場に四人揃って立っていた。
「死ぬほど疲れてたから、馴染みの宿で休んでたんだよ。ほれ、さっさと報酬を寄越せ」
大河は剣呑な声で返事をし、右手を差し出して催促をする。
大河の後ろでは朱音と悠理が少し離れた位置でそれを見守っていた。
「んー、せっかちさん」
「なんだかこわいねー?」
「たいどわるいねー?」
「でもやくそくしたの……」
「そうだね! やくそくは、けいやくだもんね!」
「しかたないね!」
「しょうがないね!」
「さんにんとも、ききてをだすの……」
口を尖らせて拗ねたり不満を述べるノームたちの中で、ニミナが大河の小さな手を取って、後ろの朱音や悠理に顔を向ける。
「利き手?」
「これからおにーちゃんたちにわたすのは、つちせいれいのもんしょう!」
「つちのせいれいにみとめられたあかし!」
「いまはべつになんのこうかもないけど、いつかきっとやくにたつよ!」
「けんのもんしょうのよこに、あたらしくきざみこむの……」
大河たちは顔を見合わせて、渋々といった表情でそれぞれの右手をニミナに差し出した。
「ぼくはおにーちゃん!」
「じゃあわたしはおねーちゃん!」
「ぼくはこのこわいおねーちゃん……」
「あぁあああああっ! ターフのおっぱいがぁああああ!」
ケレトが大河、スライが悠理、そしてニミナが朱音の手をそれぞれ嬉しそうに握った。
一人で遅れたターフが絶望した表情で地団駄を踏んでいる。
「ねぇええええ! かわってニミナ! おねがいかわって!」
「いや……ターフがやるとおっぱいさわるし……」
「さわんないよ! さわんないけど、たまたまてにあたるかもしれない! だからだいじょうぶ! だいじょうぶだから!」
「いや……」
「いいから早くやんなさいよ……」
ニミナとターフの謎の取り合いにげんなりとした朱音が、疲れ切った声で催促した。
「われら!」
「つちのせいれい!」
「ここにめいやくをちかう……」
「ぅうううう! だいせいれい、グレートノームのみなにおいて!」
『われらがかごを、とがびとに!』
ノームたちが上手に声を合わせると、それぞれ握られていた大河たちの手の紋章が暖かい光を放った。
利き手の甲に刻まれているのは、デフォルメされた西洋風の剣の紋章。
それは『咎人の剣』が宿る証であり、鞘である。
光は徐々に収まっていき、そして消える。
「これでおっけー!」
「つちのもんしょうをきざむのは、ずいぶんひさしぶりなの!」
「ターフもやりたかったぁああああ!」
「うるさいの……」
相変わらず騒がしいノームたちを一旦無視して、大河たちはお互いの『剣の紋章』を見せあう。
「この、横にちっこく書かれたのが土精霊の紋章ってやつ?」
自分の手をひらひらと揺らした朱音が大河に問う。
「何て書かれてるか読めないな」
「紋章っていうんだから、文字じゃないんじゃない?」
大河と悠理はお互いの手を触り合って確認していた。
そんな仲睦まじい様子に朱音は内心苛つくが、この二人にとってこの程度のいちゃつきは当たり前なので、今更口を出すのも野暮だろうと飲み込む。
「じゃあこんどは!」
「スーちゃんをよばないとね!」
「ごはんいっぱいよういしてるの!」
「スーちゃん、おなかへってるときげんわるくしちゃうの……」
「きげんわるいスーちゃんはとってもこわいの!」
「たたきつぶされちゃうの!」
「もうなんにんもノームがつぶされてるの!」
「スーちゃん、とってもつよいから……」
ノームたちはそう言って、一番遠くの小屋に向かって小走りで駆け出していった。
「またあの子らは不穏な事を言い残して行きやがって……」
朱音はそんなノームたちの背中を見ながら、憎々しげに顔を歪めた。
「一応、すぐ戦えるよう準備しておこうぜ」
「そうだね……」
残された三人はお互いの顔を見て強く頷き、それぞれスマホを手にしてアイテムの在庫確認を始めた。
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「ぴぃいいいいいいいいいいいいっ!」
ケレトが加えた木製のホイッスルから、甲高い音が静かな湖畔に響き渡る。
「スーちゃんおいでー!」
「ごはんだよー!」
「おいしいよー!」
「おにくたっぷりなのー……」
集落から少し離れた湖の水際。
ノームたちの横には、大河が抱えても持てないくらい大きな皿に、山盛りの生肉が積まれている。
「ど、どんなモンスターなんだろうね……」
大河の手を握って不安そうな顔をする悠理が、ぼそりと呟く。
「わかんねぇけど、いつでも逃げれるように身構えておけよ……」
「うん……」
大河の言葉に深く頷いて、悠理はその手を強く握り直した。
「アタシらを乗せて運べるってんだから、相当デカいってことよね」
悠理の横で腕組みをして湖を見ている朱音も、不安そうな様子を隠せない。
「ぴぃいいいいいいいいいいいいいっ!」
ケレトがもう一度大きく息を吸い込んで、ホイッスルを鳴らす。
しばらくその音色を聞きながら、三人は無言で湖を見つめ続ける。
ノームたちが出てくると途端に話が進まなくなるし、ひたすら書きづらくなるのなんでなんだろう……




