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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
水没都市池袋《ルーインズオブセイレーン》
72/233

ラティメリア・ファミリア討伐戦④


 残された数少ない小魚らを、ハードブレイカーの一閃で蹴散らしながら大河は走る。


(こいつらが復活するのは、甘めに見て二分弱! 朱音さんの回復に間に合う保証は無い! だからもう! ここは一気に!)


 開けた円形の広場となった巣の上を一直線に、ラティメリア・ファミリアに向かって突き進む。


「【シールドチャージ】!」


 ラウンドシールドを構えた大河が、スキルの効果による急加速で周囲の小魚らを巻き込みながらラティメリア・ファミリアへと一気に肉薄する。


「【シールドバッシュ】!」


 浮遊するラティメリア・ファミリアの直下で急制動をかけ、真上に向かって跳躍し盾を横に薙いだ。


 ラティメリア・ファミリアの頭部が、細かい岩の破片と飛び散らせながら横方向に跳ねた。


「ぐっ!」


 硬い感触に身体の各関節が軋む。

 左腕から肩にかけて、筋肉が破裂するような痛みが走る。


 それでもなお、大河は攻勢を止めない。

 右腕のハードブレイカーを硬く握りしめ、大きく息を吸い込む。


「おぉおおおおおおおおっ! 【アッパースラスト】!」


 中空に浮いた状態の大河の身体が、謎の斥力により更に上空へと加速する。


 ハードブレイカーの刃が、ラティメリア・ファミリアの胴体に食い込み、そして耳障りな金属音を発しながら両断した。


 オーラを纏いながらラティメリア・ファミリアよりも高い位置に躍り出た大河が、口を目一杯食い縛りながら一回転する。


「【フォールスラッシュ】!!」


 それは『咎人の剣』の初期状態の時、【アッパースラスト】を五十回以上モンスターに使用し、なおかつ〔戦士〕のジョブオーブの熟練度を満たす事で習得した──奥義。


 前提条件として【アッパースラスト】をヒットさせた際、敵よりも高い場所に位置している短い間だけ繋げられる連続技。


 大河の身体に体重の数倍以上の重力がかかったかの様な重みが伸し掛かる。


 ハードブレイカーがその重みにより、不自然なまでの急降下でラティメリア・ファミリアへと降り注いだ。


「ぐっ!」


 大河の顔が、スキルの連続使用により疲弊した虚脱感と、奥義の使用によって本来の身体能力(ステータス)以上の力を引き出された苦痛で歪む。


 その苦痛により上手に着地できず、横になった姿勢のままの大河は地面を数回跳ねる。


 胴体と頭部。

 三つの部位に捌かれたラティメリア・ファミリアが、なんの悲鳴の声も上げずにそれぞれ別々に地面に叩きつけられた。


「ぜぁっ、はぁっ!」


 ハードブレイカーを杖代わりにした大河が、息を整える暇もなく敵の姿を確認しようと上体と顔を上げた。


(頼む……っ!)


 これでなんとかなってくれと、疲労で霞む視界の中からようやく三つに分割されたラティメリア・ファミリアの姿を見つけ、そして注意深く観察する。


 2メートルは上空から落下したその三つの部位はそれぞれ遠く離れた場所に転がっており、これが普通の生物ならとっくに即死している寸断のされ方をしている。


 だがしかし、敵は普通の生物ではない。


「……くしょうっ!」


 大河は舌打ちと悪態を同時に吐き、プルプルと震える腕と脚に力を込めて立ち上がった。


 分たれた三つのラティメリア・ファミリアのパーツが、小刻みに震えている。

 

 それは一秒、一秒ごとに震えの幅を増し、まだこの先がある事を示していた。


(ただ、切り刻むだけじゃダメか……っ!? コイツ、どうやったら死ぬってんだよ……!)


 身体を支える杖として使っていたソードブレイカーをなんとか持ち上げ、右肩に担ぐように構える。


 巡礼者(プレイヤー)の利き手に宿る『咎人の剣』は、抜剣(アクティブ)状態だと常に所持者の体力を消耗して顕現する。


 それはレベルアップにより徐々に負担が軽減できる消耗だが、今の大河のような極限まで疲労した者にとってかなりの負荷となる。


 これを通常のゲームで例えるならば、常にHPが減り続けるというとんでもない仕様で、しかも状態異常(バッドステータス)でもないので対処できない。


 スキルや魔法、奥義の使用で消費されるのも、マジックポイントやスキルポイントなどではなく、使用者の体力──HPだ。


 つまりこの先、大河はどのような方法で戦おうとしても、文字通り命を削らなければならないのだ。


(もう、俺には手札が無いってのに……っ!)


 奥歯を噛み締めながら、大河は足を動かして一番近いラティメリア・ファミリアの破片へと走る。


(なんにせよ! もうアイツになにかをさせるわけにはっ!)


 この戦闘で、小魚たちと違ってラティメリア・ファミリア本体はなんの戦闘行動も取っていない。


 それは『できない』のか、それとも『していない』だけなのか、大河には判断がつかない。


 仮にラティメリア・ファミリアの能力が小魚たちを操るだけで本体が逃げ回るという使用ならば、考えられるのは本体の持つ生命力(ヒットポイント)が膨大ってだけで済む。

 それは考えうる限りで最も楽な可能性だ。


 しかし、『小魚を操っている時だけ身動きできず、本体にも攻撃手段がある』とすると、大河がまだ知らない、見ていない特殊な攻撃方法が存在してしまう事になる。


 ただでさえ本来のゲームと違い敗北=死に直結するこの世界で、初見の能力なんてそれはもはや罠に近いズルだ。


(アイツにできるのが、体当たりだけだってんならこの先シンプルな根比べで済むけど、他にギミックがあってそっちを解かないとダメージが与えられないってなると、俺らに不利すぎる!)


 もうじき、小魚たちの再生が終わってしまう。

 逸る気持ちを必死に押しとどめ、大河はラティメリア・ファミリアを撃破する糸口をなんとか見つけようと、走りながらも必死に考える。


(っ!)


 しかしそこで、足を止めた。


「……ああ、そうかよ。俺は最初から勘違いしてたってわけか? ほんっとうに性格悪いこと考えるなぁ! なぁ! (りょう)よ!」


 三つに分割されカタカタと震えていたラティメリア・ファミリアの部分(パーツ)が、一気に爆ぜた。


 いや、膨れ上がって破裂したように見えただけだ。


「コイツもっ、群体か!」


 それは全て撃墜したはずの、小魚の群れだ。

 肌色に近い茶色の岩で構成されたその小魚が集まって、一匹の魚の形を形成していた。


「あれだ! 国語の教科書に載ってた、魚の童話か! あれが元ネタかよ! くそったれが!」


 脳裏に蘇る、幼い頃の授業風景。

 親友の綾と読んだ、仲間を失った赤い小魚が孤独に海を旅し、やがて出会った新たな仲間と共に大きなマグロに立ち向かう話。


 その小魚は、自分や仲間を喰らおうとするマグロに対して、仲間たちと集まって一匹の巨大な魚のシルエットを作り、マグロを撃退するという手法を見せた。


 まさに今のラティメリア・ファミリアが、まったく同じ事をしている。


「くっ!」


 大河に向けて一斉に頭部を向ける小魚の群れに、絶望感を噛み殺しながら構える。


「こうなっちまったら、もうやぶれかぶれだ! 来い!」


 大河のその言葉を合図に、小魚たちは一斉に動き出した。

 その初速はまるで弾丸のような速度で、大河は右方向に全力で跳躍して回避する。


 大きな振動と破砕音を伴って、地面に拳大の陥没が無数に出現する。


「くそがっ! うぉおおおおおおおおっ!」


 前後左右、上方、時に地面の下からも迫る小魚の群れに、大河はハードブレイカーを振り続ける。

 腰に、額に、頬に、脚に、肩に、腕に。

 小魚の弾丸は確実に大河を殺そうとぶつかってくる。


 抜剣(アクティブ)状態でなければ、身体能力(ステータス)が向上してなければ、ただの一発で大河は意識を飛ばしていただろう。


「大河ぁああっ!」


 遠くで悠理の叫び声が聞こえる。


「【解析】が終わったよ! 弱点は、魚たちの集合意識を束ねる二つの宝玉! アイツの目だよ!」


 防戦に手一杯で悠理の声に顔を向けることもできない大河が、なんとか視界の隅々に痛みと疲労で千切れそうな意識を向ける。


(どこだどこだどこだ!)


 大河の視界の半分以上を占める小魚の、その隙間を懸命に探す。


(くっそ! 見つからない! せめてもっと早くこの弱点を知ってたら!)


 もっと打てる手があった。

 例えば朱音が【龍駕(りょうが)】を使用しての一撃で。

 例えば【防護(プロテクション)】が破られるまでの短い時間で一気に。


 しかし、そうはならなかった。

 

 ことこのイベントにおいて、大河らは最初からずっと後手に回らざるをえず、そしてマトモに選択することすらできない状況だった。


 悠理の【解析】が終わるまでに全滅していた可能性だってあったのだ


「ぐっ! がっ! ぐううううううっ!」


 徐々に小魚たちの突撃が大河の身体に直撃する頻度が上がっていく。


 本来振るわなければいけないはずのハードブレイカーを盾にしなければならず、攻撃に回れなくなっている。


 もう十数秒で、朱音と共に撃破した小魚たちの再生も終わる。


 群体であるラティメリア・ファミリアたちが、どの程度の数が動くのかはっきりしていない。


(くっそ! ここまでかよ!)


 脳裏に『諦め』の邪念が蝕み始める。


 死にたくない。

 死なせたくない。

 だがどうすることもできない。

 打つ手を失い、最後まで抗うことしかできない。


 大河は自分を責め続ける。

 もっと冷静に、もっと賢く、もっと慎重に、もっと強ければ。


 己が取った行動、選択、指揮に間違いが無ければ、自分はともかく悠理や朱音だけは死なずにすんだのではないか。


 後悔と懺悔と、そして恐怖による涙で徐々に視界が滲み始める。

 怪我の痛みや疲労による息苦しさなどではない。


 眼前に迫る巨大な死の気配が、大河の精神を追い詰め始めている。


 もう、抵抗も無駄なのではないか。


 そう考え始めた──矢先だった。


「大河ぁああああああああああっ!」


 力強い、朱音の雄叫びを耳にした。


(──っ!)


 その声の雄々しさに、そしてまだ諦めていないという強靭な意志に、大河は突き動かされる。


 ぐっと口を真一文字に引き絞り、ハードブレイカーを握り直す。


「──おっ、おぉおおおおおおおっ! 【シールドチャージ】!」


 腹の底から呼吸を全て吐き出すように叫び、スキルを発動する。


 狙うは一点、子魚の群れの中心。


 突撃(チャージ)により強引に群れに割って入り、脚が折れても構わないと急制動をかける。


 そして身を屈み、首を上げ──。


「朱音さんっ! 今だぁあああああああっ! 」


 叫ぶと同時に、渾身の力を込めて跳躍する。


「【龍   咆   哮ドラゴンロアァァァァァァァ】!!」


「【アッパースラスト】!!」


 威風堂々たる強大な龍が、雄々しき雄叫びをいななかせた。

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