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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
水没都市池袋《ルーインズオブセイレーン》
71/233

ラティメリア・ファミリア討伐戦③


「はぁあああああああああああああっ!」


 吹き上がり(ほとば)る龍の力を身に纏い、朱音が気合いの雄叫びと共に地面を蹴る。


「うぉぉおおおおおあああああああっ!」


 その声に合わせてハードブレイカーを上段に構えた大河もまた、腹の底から全てを吐き出すかのような叫びと共に小魚たちへと突撃した。


「ふぅうううううっ! だぁああああああっ!」


 朱音から振るわれる正拳が、繰り出される脚が、大気と擦り合わさって雷を伴いながら目にも止まらぬ速さで次々と小魚たちを粉々に粉砕していく。


「らぁああああああっ!!」


 大河もまた負けじとハードブレイカーを乱暴に振るい、目の前の敵をただ木端微塵に砕くことだけに集中していた。


「大河っ! 朱音さん! 頑張れぇええええっ!」


 ことこの場面において何もできない悠理が無力感を必死に押し留めながら、せめて二人を奮い立たせようと喉が張り裂けんばかりに声を張り上げる。


「しぃいいいいっ! おらぁああああああっ!」


「がっ! ぐっ! 負けるかああああああっ!」


 朱音も大河も幾度となくその身に小魚たちの衝突を受け、辺り一帯に鮮血の霧が充満するほどの傷を受けている。


 しかし構っていられない。

 朱音の【龍駕(りょうが)】の持続時間はわずか一分。

 その短い時間で、この場にいる小魚のほとんどを打ち砕けなければ大河たちの勝機は無い。


 悠理は手元のスマホの画面を時々確認しながら、やがてくる朱音の限界を見極める。

 指示されたわけではない。

 大河と朱音の短いやりとりの最中、戦いに参加できない自分にしか限界(リミット)の確認が取れないと察し、すぐに準備していたのだ。


 ほとんどのアプリが消え去り、『ぼうけんのしょ』と日付けと時刻の確認しかできないスマホでも、まだ使い道はある。

 咄嗟の機転であったが、秒数までは表示されないその画面ではやはり正確性に著しく欠ける。

 

 しかし、無いよりはマシだろう。


「朱音さん! もう少しだよ!」


「わかってる!」


「もういい! もう戻れ! あとは俺が!」


「馬鹿言うな馬鹿! アンタの方が傷を──っ!」


 大河も、そして朱音も一切手を止めず、またお互いを見ることすらせず大声で言葉を交わす。

 

 スキル【龍駕(りょうが)】が限界(リミット)を迎えれば、朱音は動けなくなってしまう。

 つまり、無防備な状態で敵の群れのど真ん中に放り出されるということ。

 せめて少しでも【防護(プロテクション)】の防護壁の近くに居れば、内側から悠理がその身を引っ張り入れることができる。


 しかし、朱音は見ている。

 この戦闘において最も継続して戦い続け、最も傷を負い、そしてもっとも危険な役割を背負っているのは──大河だ。


 顔も、腕も、脚も、その身に血が滲んでいない場所などないほど、大河は傷ついている。

 一度悠理に回復してもらったとは言え、受けた痛みの記憶までは癒えない。


 今二人は一種の興奮状態にいるから忘れているだけだが、普通に生きてきてこの様な傷を負う場面などあり得ないのだ。


 朱音より年下の、普通の男子高校生──いや、普通よりも大人しめの印象さえある男の子が、そんな痛みに弱音も吐かず、気丈に振る舞っている。


 年長者として、そんな大河の頑張りに応えないなどありえない。


「せめてっ! こいつらくらいはっ!」


 その身に纏う龍の息吹が、段々と弱まっているのを感じる。

 スキルを発動した直後の万能感が、急速に萎んでいくのを感じる。


 しかし朱音は止まれない。


 生まれてから今まで育ち上げてきた朱音の中の女としての気概が、それを許さない。


 この場の小魚共を駆逐した後、大河は単身であのラティメリア・ファミリアに挑まなければならないのだ。


 動けなくなる自分の代わりに、戦う術を持たない悠理のために、この場で最も強いモンスターを相手に、しかも短時間での撃破を試みないといけない。


 勝機が見えているのかも知れない。

 勝つ算段がついているのかも知れない。


 だからと言って、絶対に勝てるという保証も無い。

 

 なればこそ瀬田朱音という女のプライドに懸けて、あの生意気で皮肉屋で、でも仲間思いの小僧の為に限界まで戦わねばならない。


「これでぇえええええっ! 打ち止めだぁあああああああっ!」


 地面を砕きながら着地した朱音が、両脚を開いてスタンディングポジションを取る。

 右腰で両の拳をぶつけ、全霊の力を込める。

 膨れあがる龍の力が、バチバチと弾けた。


「【龍   掌   打ドラゴンパァァァァァァァァム】ッッ!!」


 龍の(アギト)を模して突き出される、二つの掌。

 紫色に着色された(イカズチ)が、口腔を曝け出して襲い掛かる龍の頭となって、小魚の群れに撃ち出された。


「ぐううううっ!!」

 

 朱音は唇の端を噛み締めて痛みに耐える。


 スキル【龍掌打ドラゴンパーム】は、使用すると使用者の身に〔痺れ〕というスリップダメージを与える。

 それは通常使用でも痛みで身を強張らせるが、【龍駕(りょうが)】状態だとそのダメージは更に倍化してしまう。


「朱音さん!」


 大河は塵すら残さず蒸発していく小魚の群れを横目で見ながら朱音に駆け寄った。


「も、もう──げん、か……い」


 ふらり、と。


 虚な目で真後ろに倒れ込む朱音の背を支え、片腕で持ち上げる。


「悠理! 頼む!」


「うん!」


 一気に【防護(プロテクション)】の防護壁まで跳躍し、待機していた悠理に朱音を預ける。


「朱音さん、よくやった!」


「あとは……任せた……」


「ああ! 任された!」


 大河は最後まで言い切る前に振り返り、数少ない残った小魚の群れに向かって跳躍する。


「【治癒(ヒール)】! がんばったね朱音さん!」


 膝の上に朱音の頭を乗せた悠理がすぐに回復魔法を唱え、そして目尻に溜まった涙を拭いながら朱音を励ました。


「へっ……アタシが本気を……出せば……こんなもんよ……」


 血と汗と埃でボロボロの顔で無理やり笑みを作る。

 表情筋を動かすのすら精一杯、しかし悠理の魔法の効果は著しく、みるみる内に活力が戻っていくのを感じる。


 だがやはり全快と呼べる状態になるまでは、指先すら動かせる気がしない。


「うん、朱音さんは凄いもん!」


「だっしょ……? もっと、褒めて褒めて……」


 やりきった顔で笑う朱音の右腕。

 そこに装着された伏龍の二つの瞳が、じんわりと光を放ち始めている事に、朱音と悠理はまだ気づけていない。

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