強制クエスト②
「な、なぁ。やっぱ船の素材集めをしてこうか?」
大河は確信めいた嫌な予感に従って、なんとか別の方法に切り替えようと提案をする。
「もうきめたもん! ホイッスルをとりもどしてくれないとふねも、はしもつくんないもん!」
「ほかのノームにおこられるってビクビクしてたの!」
「やくそくね!」
「かわりに、スーちゃんにやさしくしてってつたえるの……」
「ぼくらせいれいとのやくそくは、けいやくなの!」
「けいやくをやぶったじゅんれいしゃは、ひどいめにあうの!」
「おにーちゃんたちは、やくそくをまもるよね!?」
「しんじてるの……」
「ぼくら、おにーちゃんたちをころしたくないな!」
「でもひさしぶりに、ひとのおにくがたべたいかも!」
「だめだよスライ! めがみさまとやくそくしたでしょ!?」
「もうひとのおにくたべちゃだめって、いわれた……」
「でもとってもおいしいよね!」
「ターフだってすきでしょ!?」
「すきだけど、めがみさまとやくそくしたの!」
「せいれいのやくそくは、けいやく……でもけいやくをやぶったひとは……たべていい……?」
「はっ! けいやくをやぶったのなら、たべていいんじゃない!?」
「そうか! せいれいとのけいやくをやぶるわるいひとは、ひとじゃないんじゃない!?」
「うー! でもおっぱいおおきいひと、たべるのもったいなくない!?」
「どうせいっぱいいるから、すこしはいいんじゃない……?」
快活に、そして意気揚々と話し続けるノームたち。
「あ、いや、忘れてくれ。ほ、ホイッスルだな? わかった」
じりじりと、ノームたちから距離を取る。
異質。
あまりにも、考え方が人のそれとかけ離れているように感じる。
ふざけた態度や口調、能天気な仕草からずっと勘違いをしていた。
この子供たちは人の子供の姿に似ていても、決して人では無い。
ドワーフたちがあっけなく人を殺したと笑ったように、人の命に対する価値観が違う。
精霊、妖精の類。
それはもしかしたら、人の形をしたモンスターと何も変わらないのではないか。
「な、なに言ってるのアンタら」
「人を……食べる……?」
大河の後ろで見ていた朱音と悠理も、今のノームたちの発言に戦慄している。
その可愛らしい見た目から想像もできない、残虐な行為。
ターフとふざけたやりとりを交わしていた朱音、そしてノームたちに優しく接していた悠理にとって、ギャップどころの話ではない。
「二人とも、一旦離れるぞ」
朱音と悠理の手を引いて、大河は寝泊まりしていた小屋へと急ぐ。
「じゅんびができたらおしえてね!」
「いわのおさかなは、とってもてごわいの!」
「おさかなのすは、わたしとケレトがあんないするね!」
「まってるの……」
小屋へと入る三人に手を振りながら、ノームは楽しそうに笑う。
その幼い声が今はとてもおぞましい物に聞こえ、大河は悔しそうに舌打ちをした。
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「どういうこと!?」
備え付けの椅子に乱暴に座り、朱音が声を荒げた。
「な、なんか変だったよあの子たち……」
悠理はベッドの端に腰掛け、閉じられるドアの向こうのノームたちへと視線を向ける。
「強制イベントに、巻き込まれた……か?」
完全に閉まったドアを封するように背を預け、大河は腕を組んで呟いた。
「強制イベント?」
「ああ、きっとあの三択──船を作るか、橋を架けるか、それともスーちゃんとやらを呼ぶかどうかを選んだ時にイベントが始まったんだ。たぶん他の選択をしても中身は違っても似たようなイベントが起こったんだと思う。それに一度決めたら変更できないんだきっと」
例えば船を作ることを決めたら、素材を集める過程で手強いモンスターとの戦闘を強制されたかも知れない。
例えば橋を架けることを選んだら、建設中にモンスターに襲撃され、それらからノームを護衛することを強いられたかも知れない。
考えるだけでも可能性は無限に存在する。
「あの精霊との約束──契約って奴も、イベントを途中で投げ出せない様にする縛りだ。んっと……」
大河は自身のスマホを取り出して、画面を起動する。
「ほら、本来は聖碑で選択できる筈のクエストが勝手に受注されてる。あいつらとこの集落はこのイベントをやらせるための舞台装置なんだきっと」
苛だちを隠せず、憎々しげに背後のドアの向こうに居るであろうノームへと意識を向ける。
「なにそれ、じゃあここは罠みたいなもんじゃない! ここまで来て、湖の中の島に巡礼者が居るって聞いたら、じゃあ行ってみるかってなるでしょ普通!?」
ベッド横のローテーブルに拳を振り下ろし、朱音は憤慨する。
なによりあまり乗り気では無かった大河と悠理に意見し、湖を渡って島へと渡航したいと進言したのは朱音だ。
つまりそれは、ノームやこの世界の掌の上でまんまと転がされたに等しい。
今朱音が抱いている怒りは、半分以上が自分へと向けられている。
「で、でももう辞めたって言ってここを離れられないんだよね?」
「ああ、多分。いや、何か方法はあるかも知れないけれど、それがわかんない以上下手に逃げたら何が襲ってくるか……」
大河は右足の踵で何度もドアを小突きながら答える。
不安そうな悠理の表情に、『悠理を危険な目に遭わせてしまった』という不甲斐なさが募る。
「じゃあ、その岩の魚って奴を倒さないとダメかぁ」
ベッドシーツをぎゅっと握り、悠理は顔を伏せた。
「強いの……かな……」
「おそらく。ネームドモンスターと同じくらいか、もしかしたらそれ以上か。なんにせよ、腹を括らないと」
そう言って大河はゆっくりと目を閉じて、深い深呼吸を繰り返す。
茹だった思考を冷ますように、冷静さの端っこを掴んで引き寄せるように。
そして同時に、この世界の基本を作り上げた親友──綾の姿と、綾と生前に交わした会話を必死に思い出そうとする。
(なにか無いか……岩の魚とかそういう話題、したことあったか?)
そこにもしかしたら、このイベントの攻略の糸口があるかも知れない。
だが当然ながら、綾と交わした言葉は膨大で、なおかつ記憶にも残らないようなたわいない会話がその殆どを占めている。
なにかしらの特別な行事や記憶に残るほどの事件は覚えていても、その時に話した話題や内容などとっかかりが無ければ思い出せる筈もない。
やがて頭の中が雑な情報で溢れかえり収拾がつかなくなったので、大河は頭を振ってまた一つ大きな息を吐き出した。
そして目を開け、考え方を切り替えた。
「朱音さん、伏龍はどんな感じだ?」
「あ、えっと……ドワーフにして貰った強化は伏龍の中の『龍』が目覚めやすくする強化だって話だから、なんか強くなったなーって感じはするけど、何が強くなったかなんて実感は無いかな?」
「悠理、新宿で買い込んだ薬とかの回復アイテム、足りそうか?」
「う、うん。怪我を治すのは私の魔法でなんとかできそうだから、状態異常とか、そういうのを治す薬を中心に買い込んだよ?」
「よし、俺らのレベルも上げれるだけ上げてるから、今出来る戦力の強化は全部してる。買った服の効果もそこそこだったはずだ……」
大河はまたも目を閉じ、顔の前で両手の掌を合わせてそこに息を吹き込む。
「ふー……」
突然突きつけられた死の予感。
強制的にイベントに巻き込まれる事なんて想像すらしていなかった。
この一ヶ月、目白を出て大草原を渡り、この山を登って来た間ずっと油断なんてしていなかったはず。
大河は新宿で出会ったNPC、地雷天使レナの言葉を思い出す。
『今の東京は色んな手段で、色んな姿で巡礼者さん達を殺そうとする』
まさしくその通り、あの可愛らしい姿のノームですら──もしかしたら気のいい連中だと思っているドワーフですら──大河らの命を狙っている。
(ここで考えを改めろ。俺だけは全てを疑ってかかれ。悠理と朱音さん以外、全員敵だと思い込め)
そうやって己を戒めながら、徐々に思考が鋭く細くなっていく。
ゆっくりと手を下ろし、首を天井へと向け、目を開く。
「……よし」
「大河……?」
「ど、どうしたの?」
一連の大河の動きを不安そうに見ていた悠理と朱音が、大河へと声をかける。
大河はまたゆっくりと顔を正面に向け、悠理、そして朱音を見て頷いた。
「やるしかないってんなら、覚悟するしかないだろ」
その強い決意の光を宿した瞳が、爛々と輝いている。