冬支度・旅支度
翌朝、三人は高田馬場の駅前でダブった素材を売り、続いてドワーフの大工房へと訪れていた。
「ほうほう! 拳刃手甲とはこれまた! とんでもない阿呆がまだ残っておったのだな! でかしたぞ娘!」
「モンスターに素手で襲い掛かるような馬鹿は時代と共に淘汰されていったと思っとたんじゃがのう! また珍しい物が見れたわい!」
「いやぁ! 無鉄砲な巡礼者ほど早く死ぬからのう! これは腕が鳴るわい!」
朱音の『拳刃手甲伏龍』を揉みくちゃに触りながら、ドワーフ達は大騒ぎだ。
「こ、このジジイども……」
顕現させるやいなや無理やりその手から伏龍を引っぺがされて言いたい放題言われている朱音は、こめかみをぴくぴくと痙攣させながら引き攣った表情を浮かべている。
「よっしゃ! ちょうど拳刃手甲と相性の良い素材が卸されたところなんじゃ! これも巡り合わせ! 安くしといてやるから、今できる最大の強化をしてやるかのう!」
「坊主の蛮勇剣はどうするんじゃ?」
「盾との同調があんまり機能してないみたいじゃが、生憎ウチの倉庫にも坊主の手持ちにも良い素材が無い。今回は見送りじゃな」
「祈祷剣杖の方は今回はあまりできることがなさそうじゃな。今の姿のでの強化は前回でやり切った感があるしのう」
ドワーフたちは『剣』の持ち主である大河たちの意見を伺うことすらせず、どんどんと話を進めていく。
こうなるだろうと予想していた大河は、苦笑いを浮かべながら朱音の肩に手を置いた。
「このおっさんたちは、みんなこういう人だから」
「なんで初対面のおっさんに阿呆だの馬鹿だの無鉄砲だの言われなきゃならんのじゃ!」
「まぁまぁ、悪いおっさん達じゃねぇんだって。良いおっさんとも言い辛いけど」
わなわなと怒りで震える朱音の腕を引いて、工房の奥にある宿舎へと通じる扉を潜る。
「悠理、そっちはどんな感じだ?」
「あ、大河。新しい包丁を打ってもらうことになったの」
大きなテーブルに羊皮紙を広げ、椅子に腰掛けてそれを見ていた悠理が顔を上げて返事をする。
隣には数人の女ドワーフが悠理を挟む様に座っていて、なにやらペンを片手にメモをしていた。
「ドロップした食材の中で、普通の包丁じゃ切りづらい物があるって言ってたもんな」
「うん、ついでにお鍋とフライパンも買い替えようかなって思ったんだけど、店売りよりもやっぱり高くなっちゃうみたいだから、そっちは大河と相談しようと思って」
男ドワーフたちが武器や刃物の職人なら、女ドワーフたちは生活雑貨の職人である。
更にはこういった飛び入りの仕事の際に、軽い見積もりなども彼女らが受け持っていた。
「あたしらが作る調理器具は個々人の腕や癖に沿ったオーダーメイド品だからね。そりゃそこらへんの廉価品なんかに比べたら高くなるよ。でも耐久力と効果は折り紙付きさ。良かったら考えておくれよ」
「どんくらいになるんだ?」
「包丁とフライパンに鍋、それに今回は職人が喜ぶ『剣』を持ってきてくれて、ジョブオーブの合成もしてってくれる。さっきは食材も買って行ってくれたってなると、これはあたしらも値引きで感謝を伝えなきゃね。と言うことで、今の全部ひっくるめて、60,000オーブになるようにしとくよ。これでどうだい?」
羊皮紙の隅に赤いフェルトペンでスラスラと内訳を記入していく女ドワーフ。
確かに総額から三割ほど値引きされ、しかも細かい端数まで省いてくれている。
大河はその数字を見て、カーゴパンツの右ポケットからスマホを取り出し『ぼうけんのしょ』アプリを開く。
「さっき馬場の駅前で素材を売って、一応手持ちにはだいぶ余裕がある……俺たちのレベルアップにも使いたいから、これくらいは残しておいて……こっちはいざって時の分で……こっちがこれからの宿代として使う分……ああ、頭がこんがらがってきた」
最近気づいたことなのだが、『ぼうけんのしょ』アプリにはパーティーで稼いだオーブを用途別に分割する機能と、家計簿の様に何に使ったかの履歴を残せる機能があった。
そして、それを閲覧できるのはパーティーのリーダー権を持つ者──現在は大河がその権利を保持している。
スマホと羊皮紙の上の数字を見比べながら、大河は後頭部を掻きむしって唸る。
「あんたの性格的に、そういうの向いてないんじゃない?」
「じゃあ朱音さんがやるか?」
「ご冗談を。アタシはあればあるだけ使うって母さんから何度も怒られて育ってきた女よ?」
「自慢すんなよそんなの。いやでも、やっぱりこう言うのは俺じゃなくて悠理の方が向いてる気がする」
「でも私、リーダーなんて無理だよ。相談には乗るから頑張って」
大河のスマホの画面を両側から覗きながら、三人はしばらくあーでもなうこーでもないと言い合う。
伏龍の強化に二日がかかると言われ、結局購入することになった調理器具一式もその日に受け取ると話が纏まったのは、既に正午を過ぎた頃だった。
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「新宿もなんだか久しぶりに感じるな」
「実際は一ヶ月とちょっとなんだけどね。人、かなり増えてない?」
「みんな、なにかあったら新宿に集まるからな。昔から」
再び聖碑によるファストトラベルと使い、三人は新宿アルタ前へとやってきた。
目的はこれから冬本番を迎える前に、防寒着や下着のストックなどを行うためだ。
前にここで購入したテントも、大草原での一ヶ月の旅程でかなりほつれや痛みがひどくなってきたので、値段次第ではもう一段階上のグレードの物に買い換えても良いかもしれない。
「へぇ……なんだか、『街』っぽいところね。いや、異変が起きる前はもう嫌ってほど乗り換えで来たのに、初めて来る場所みたいに感じるわ」
キョロキョロと辺りを見渡して、朱音が呟く。
「テントとか、トタンとかで作られた家が増えたかな?」
「苦手な人も多い街だから、さっさと買い物に行こうぜ?」
実は異変前も後も、大河は新宿を苦手としている。
昔はその人混みの多さと治安の悪さ、そして素行の悪そうな人が多かったから。
今は新宿駅──無限回廊や、半グレクランとの悪い思い出が残る街だから。
結果的に、大河にとって新宿とは避けれるならとことん避けたい街になってしまっている。
なので大河はあまり目立たないよう電柱や物陰に隠れて、顔見知りに出くわさないようにしていた。
「んー、そうだね。何人か挨拶したい人も居たけど、そこまでってほどの付き合いでも無いし」
「アンタ、そういうとこ結構ドライよね。人懐っこそうな顔してんのに」
「昔はそういうの気をつけてたんだけどね。年始年末とか冠婚葬祭とかご近所さんとの付き合いとか、パパやママがマメな人たちだったから自然と私もそういう風に振る舞ってたんだけど。実はずっと苦手だし面倒だと思ってたんだよね。今は大河だけ居れば周りになんと思われようと構わないし、興味ないかな。あ、朱音さんもね」
「取ってつけたように言うわねー。まぁ、私も道場とか部活とか、連盟のおっさんどもとか、そういう人間関係がうっとおしいと思いながら我慢してたから気持ちはわかるわ」
三人でそんな話題を話しながら、そそくさとアルタ前を後にする。
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以前にも訪れた百貨店の婦人服売り場で悠理と朱音がお互いの服を選び試着などをしている。
大河は少し離れた場所にあるベンチで、タンブラーからコーヒーを啜りつつ、女子二人をぼんやりと眺めていた。
(ポツポツと、人が増えてんな……)
前に来た時は誰も居らず、大河と悠理の貸切みたいな状態の店内だったが、今は数こそ少ないものの他にも客の姿が見える。
(この東京に順応し始めている人が、増えているんだろうな)
自分達の旅は他の巡礼者よりも数段上のレベルで順調だと自負しているが、他にも同じ様に『東京ケイオス』のシステムに慣れ、把握している人が居ても何も可笑しくは無い。
異変が始まってもうそろそろ四ヶ月。
最初こそ皆恐怖や不安で動けず、聖碑の近くから離れないよう生活していたが、今の新宿を見る限りパーティーを組んでのクエスト攻略やモンスター狩りなどが一般化してきている印象を受ける。
(島さんが頑張っているんだろうな。きっと)
新宿アルタ前最大のクラン、そのクラン長である島の顔を思い出す。
大河の中で『仕事のできる大人』のイメージは、完全に島の姿で固定されてしまっている。
実際に彼はかなりの敏腕であったし、統制力も申し分ない。
大河も悠理も、新宿に滞在していた時は少なからず彼の力を借りる機会が多かった。
主に空いている寝床の場所を聞いたり、その寝床の補修に必要な素材を融通してくれたり、新宿近辺の情報収集などは彼が作ったクランのメンバー頼らせて貰っていた。
一方で大河も彼の要請に応じて食糧の調達や、オーブ稼ぎを目的としたパーティーのん護衛、クエスト攻略の助成などで借りを返したつもりなので、島とは年齢以外の立場が対等だと思っている。
事実、島はかなり大河のことを買っていた節があった。
ただやはり、人見知りの大河にとって島は苦手なタイプの大人であるので、新宿に戻ってきたからと言って顔を見せようなどとは思えない。
(あー、腹減った……まだ時間かかりそうだな……)
ベンチにだらしなく脱力して座る大河の横を、百貨店の制服を身に纏ったマネキンがクレイアニメの様な動きで通り過ぎていく。
(そういえば、ここの最上階ってレストランになってるんだっけ? ちょっと覗いて──いや、置いて行ったら文句言われそうだ。我慢しよう)
大きなため息を一つ溢して、未だ何一つ買うものが決まっていない女子二人を見る。
悠理の服選びに時間が掛かることは承知していたが、まさか朱音までそうだとは想像していなかった。
二人をこうして遠くから見ると、仲の良い美人姉妹に見えてとても絵になる。
性格さえ知らなければ朱音は身長も高くモデル体型で、長い手足が映えるとんでもない美人だ。
性格をすでに知っている大河からしたら、一緒に悪ふざけを楽しむ悪友のような感覚ができてしまっていて性的な目でまったく見れないのだが、そうでも無い男子にとってはかなりエロく見える。
悠理に関しては言わずもがな。
大河はこういう街に居る時、他の男の視線が悠理に集まるのがとても気に食わない。
(冬服は、身体のラインが隠れる奴が良いって伝えておこうかな……)
そう思い立って、大河はベンチから立ち上がり女子二人に向かって歩を進めた。
自分にこんな独占欲や、嫉妬心があるなんて──なんて内心少し驚きながら。




