ノームたち
「し、死んだかと思った……」
爆風で乱れた髪を掻きながら、大河は放心して地面に座り込んでいる。
「こっちのセリフだよもう!」
悠理はそんな大河に寄り添って、濡らしたハンカチで頬や首の煤をはらう。
目尻には小さな涙が浮かんでいて、頬が真っ赤に染まっている。
「い、いやまさか爆発するなんて思ってなくて」
「しかも爆発した本人はケロっとした顔でまだアタシの胸を触ろうともがいていたわね……」
朱音は自身の胸を両腕で守りながら、エロガキっ娘──ターフが連行されていった小屋を見ている。
「あの子たち、ノームだって言ってたね」
一通り大河を吹き終わった悠理も、朱音と同じ小屋を見る。
その山小屋は他の小屋と違って、窓に鉄製の格子が張られていた。
扉も分厚い鉄板で作られていて、そこが牢屋として使われていると分かる造りをしていた。
「あの爆発といい、人間じゃないってのは本当っぽいな」
大河は服に付いた土埃や煤をはらいながら立ち上がる。
ちょうど同じタイミングで、牢屋小屋から二人の子供が笑顔で出てきた。
重たい扉を二人がかりでプルプルと震えながら開けて、中になにやら声をかけて閉める。
そして大河らに振り返って、二人揃ってぺこりとお辞儀をした。
「はつじょうきのターフは、げんばつにしょしたの!」
「きんこみっかかん! にしゅうかんおやつぬき! いっかげつ、こうざんたちいりきんし!」
トトトっと駆け寄ってきた二人のノームは、大河の前で立ち止まってその顔を見上げる。
「てをはなしてって、いったのに」
「ばくはつするよって、いったのに」
「……わかるかよそんなの」
ただでさえ舌ったらずで聞き取りにくいノームたちの声で、爆発するなんて急に言われても分かるはずもない。
というか、人が内側からピンクの爆風を出しながら破裂するなんて、想像すらしていなかった。
「こほん、ぼくはノームのケレト!」
襟足を一本に縛って短い馬の尻尾の様にした、青いシャツの男の子が右手を高々と上げてポーズを決める。
「わたしはノームのスライ!」
その隣で、肩まで長い髪の赤いシャツの女の子が、腰を折り曲げてあざといハートマークを両手で作りポーズを決める。
『そしてわたしはノームのターフ!』
そして牢屋の格子を固く握って声を張り上げるターフ。
「あっちにはいねむりちゅうのノームのニミナ!」
ケレトが指差した先は、大河たちとは逆方向の小屋だ。
『よにんそろって、おるすばんとうばん!』
二人と小屋の間で青と赤とピンクの煙を放つ爆発が起きる。
同時に、ケレトが指し示していた小屋の内部に轟音が轟き、オレンジ色の爆煙がもうもうと立ち上った。
「……揃ってないじゃん」
朱音が小声で突っ込んだ。
色付きの爆煙やら爆発やらまで突っ込む気力は残っていなかったようだ。
『げーほげほげっほ!』
『ぶはっ、おえっ、ふっは!』
牢屋小屋と遠くの小屋、両方から盛大にむせている声が聞こえてくる。
牢屋小屋は風下だったらしく煙が流れていって、遠くの小屋はそもそも室内に煙が蔓延している。
あれでは息をするのも厳しいだろう。
「もうすこしはやくきてくれたら、よにんそろったんだよ?」
「ひまだったからずっとれんしゅうしていたの!」
『ケ、ケレトこれ、いきできなっ!』
『がはっ、おぅえ! ごほっ!』
「めったにひとがこないから、だれにもひろうできなかったの!」
「やっとおひろめできたね!」
『スライっ……たすけっ、ふひゅーっ! すはぁーっ!』
『こっ! すこぉおおおおおおおっ! すひゅぅううううううっ!』
「どうだった!?」
「かっこよかった!?」
「良いから早くアイツら出してやってくんない!?」
「大河私こっち!」
「俺はターフを!」
あまりの苦しそうな声や息遣いに我慢できなくなった三人が、慌てて牢屋小屋や遠くの小屋へと駆け出す。
息も絶え絶えで身体を小刻みに痙攣させているターフと、白目を剥いてピクピクと震えるニミナ(らしきノーム)を救出できたのは、五分後の事だった。
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「というわけであらためて!」
『よにんそろって、おるすば──!』
「もういいわい!」
朱音がケレトの頭を叩く。
「おねーちゃん、らんぼうもの」
「ろうぜきもの」
「ごりらのぎじんか……」
『ぼうりょくのもうしご!』
叩かれた頭を両手で覆いながら朱音を見上げるケレト。
その後ろでヒソヒソと呟く残りのノーム達。
ターフだけは相変わらず牢屋の中で声を張り上げていた。
「こっ、コイツら……っ!」
朱音はその四人を見て、額に青筋が浮かびあがらんばかりにわなわなと震えて右拳を握った。
「なんなんだ一体」
「え、えっと。ノームさん達なんだよね?」
悠理は三人のノームと目線を合わせるために膝を曲げて中腰になる。
「そうだよ!」
「だってここはノームのしゅうらく!」
「ぼくらがこうざんであそぶためにつくったむら……」
『ようこそ! ノームのしゅうらくへ!』
「あ……はい」
聞いたは良いものの返答に困り、悠理は大河を見上げて困り顔をする。
「ノームなぁ。なんかイメージと違うけど……」
大河はまじまじと子供たちを観察する。
四人の子供たちは、それぞれ色違いのシャツに七分袖のズボンを身につけている。
ケレトが青、ターフがピンク、ニミナがオレンジ。
スライだけが赤い長袖のワンピースを身につけているが、どれも色がくすんで使い古した様にボロボロの服だ。
足元はみな同じ、簡単な作りの布製のブーツ。
手には皮のグローブを着用していた。
「お留守番ってことは……まだ他にもいるのか?」
大河は悠理に倣い、腰を落としてノームたちと目線を合わせて問いかける。
「いるよ! このしゅうらくをつかっているノームはえっと、ひとつ……ふたつ……みっつ……よっつ……いつつ……いっぱい……」
「ろくだよケレト」
「ろくつ……そのつぎは?」
「しらない。ニミナはしってる?」
「いちにもどるんだよスライ……」
「だって!」
「じゃあひとつ……ふたつ……みっつ……よっつ……いつつ……ろくつ……ひとつ……ふた──おわらないよ?」
「おわらないね!」
「なんでだろうね……」
『なーにーはーなーしーてーるーのー!! きこえなーい! つまんなー!』
「あはははははっ!」
大河はそっと目を閉じて、頭を抱える。
「ノームってな、皆んなこうなのか?」
「アタシ、頭が痛くなってきたわ」
大河と朱音は同時に深いため息を吐いた。
「えっとね! ほかのみんながこうざんあそびにあきるまで、ぼくらはここでおるすばんなの!」
「だれかがのこってないと、わるいじゅんれいしゃにこやがあらされちゃうから!」
「のこってたら、ぼくらのまほうでおいはらえるんだ……」
『おやつたべたーい!』
一人が喋り出すと、必ず他のノームが続けて喋り出す。
これがノームの習性なのか、それともこの四人が特別仲が良いからなのかは、大河たちには判断できない。
しかし確実に言えることは、とてもコミュニケーションが取り辛い相手だと言う事だ。
ノームたちからこの集落の事や他のノームの事を聞き出しちゃんと理解できた頃には、既に日が落ちきって満月が頭上にまで昇って来ていた。