お友達になりましょう!①
「やっと……」
熱帯雨林を開拓し始めて、もう一ヶ月と半月が経とうとしていた。
大河を筆頭とした開拓パーティーは、ついに深い雨林を越えて目当てであった甲州街道へと至る事ができた。
なだらかな丘から延々と下っていく町並み。
大河の記憶が確かならば、新宿から伸びる甲州街道の都心部に、このような土地は存在しない筈だ。
「あれが高速の高架で、あれは──笹塚駅か」
遠くに見える中規模ビル群と、高速道路。
目を細めて眺める海斗は、どこかやりきった顔をしている。
「懐かしいなぁ……」
「まだ一年程度しか経ってないのにね」
「あそこのボウリング場、学生時代に良く行ったっけ」
開拓パーティーの面々も、ようやく達成した目的に感慨深い表情で静かに喜んでいる。
「森を抜けた事は嬉しいけど、区を越えるとまた変なイベントに巻き込まれる可能性も充分あり得る。とりあえず、こっから先はまた次の探索の時にしよう」
大河のその言葉に、皆が頷く。
変なイベント──つまりはクラン・ロワイヤルのような厄介なイベントの事だ。
「リーダー、あそこ……」
開拓パーティーの回復役を任されている、海斗と同じ歳の女性メンバー吉井リミが、なぜかわなわなと身体を震わせて住宅街近くの公園を指で示した。
「なに?」
「あ、あそこになんかすっごい大きくて……可愛いモンスターが……」
大河の立ち位置からでは樹木が邪魔をして見えないので、少し移動する。
その間にも、リミは両頬を押さえて身悶えている。
「……あれは」
そこには──。
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「リーダー達が帰ってきましたよー!!」
千春の大きな声と共に、子供達の歓声がわっと上がった。
「おかえりー!!」
「モンスターは!? こんどはつれてきてくれた!?」
「アリスちゃん!? クラウドくん!?」
相も変わらず元気に、帰還したばかりの大河ら開拓パーティーに群がる子供達。
ここは第二小三階の食堂。
まだ朝食の準備は出来ていないのに、子供達のほとんどが食器を並べて準備をしていた。
「おいおい、お前ら今日はずいぶん早起きだな。まだ六時だぞ」
「昨日早く寝すぎた美守ちゃんが一番最初に起きちゃったからさぁ」
「遊んで欲しくてみんなを起こしちゃったの」
寝間着姿の子供達は、一番奥でいくみの膝に抱かれている美守を一斉に見る。
「ほらみぃちゃん……みんなにおかえりって言って?」
「りぃだっ! いーいっ! えーえっ! おかーりっ!」
いくみに促されるままに、美守は満面の笑顔で大河らに手を振った。
ちなみに『りぃだっ』が大河、『いーい』がお兄ちゃん、『えーえ』がお姉ちゃんを指す言葉である。
「おう、ただいま美守」
「ただいまー! 今日も可愛いねぇ。みぃちゃんは」
「旅の疲れが癒やされるよなぁ……」
大河の返事を皮切りに、皆が美守といくみに手を振った。
「おかえり大河」
愛用の青いエプロンで手を拭きながら、悠理が食堂の入り口から顔を覗かせる。
厨房として使っている家庭科室が隣の部屋なので、騒ぎを聞きつけてやってきたのだろう。
「今回は早かったね」
「ああ、四日で済んだよ。殆ど行って戻ってくるだけだったからな」
熱帯雨林の開拓は、日を追う毎に日帰りでは戻って来れない距離まで進んでいた。
モンスターの出現分布を調査しながら、安全そうなルートを選択し、植生を伐採し続ける根気の居る作業だ。
救いだったのは、開拓パーティの中に数名ほどハードブレイカーを装備したメンバーが居たことと、ほとんど迂回などをしないで済んだこと。
大河や海斗ほどの攻撃力であれば雨林に生えた樹木の伐採も容易であったが、他のメンバーにとっては木を斬るのも一苦労。
そこで役立ったのが、『敵やオブジェクトが堅いほど切れ味が増す』と言うハードブレイカーの特性だった。
なので先行する大河と海斗、他数名のメンバーで安全を確保しながら、ハードブレイカーを持つメンバーを中心とした伐採チームが道を広げる。
これを繰り返しながらルートを開拓して行ったのだ。
とりあえずの道さえできれば、後は咎人の剣を顕現状態にした疾走でまっすぐに中野へと帰ってこれる。
ただし、開拓が終わり甲州街道までの道が開けた今でも、その距離を走破するのはかなりの時間が必要となる。
仮に大河が全力で走ったとしても、三日程度は掛かる距離だった。
この中野で一番身体能力が高い大河ですら三日かかるのなら、他のメンバーなら恐らく一週間。
これを子供達をつれて二百人を超す団体で進むと考えたら、二週間は必要になるかも知れない。
「メッセで聞いては居たけど、ようやく開通したんだって?」
悠理が大河の頬を指で拭いながら笑う。
どうやら右頬に土汚れが付いていたようだ。
その後ろでは瞳が冷たい麦茶の入ったやかんとコップを持ってきた。
かつてまだケイオスがアンダードッグだった頃、他のクランにその身を弄ばれた瞳はまだ男性に恐怖を抱いていて、一定の距離を保ちながら麦茶を振る舞っている。
他のメンバーは瞳の身の上を理解しているので、それについて触れる者は居ない。
「ああ、長かったけどこれでなんとか中野を発つ目処が立ちそうだ。愛蘭さんは?」
「今は調理室でお味噌汁をよそってる。もう少ししたら朝ご飯だから、大河達は先にシャワーに行ってきなよ」
「ああ、ありがとな」
悠理を介して瞳から手渡された麦茶を一気に飲み干して、大河はひらひらと手を振って食堂を後にする。
「ほーらみんな! お兄ちゃんお姉ちゃんはとっても疲れているから、みんなが代わりに朝ご飯の用意をしないと!」
『はーい!!』
ここ数日でようやく元気を取り戻した千春の声に、子供達は元気良く返事をした。
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「チュンチュ?」
湯飲みでお茶を啜りながら、愛蘭は大河が述べた言葉をそのまま返した。
時刻はもうすぐ8時。
ケイオスメンバーで一斉に食べた朝食時間を終え、食器などの後片付けも済ませた少し気だるい時間。
食堂にはいつものケイオスの主要メンバーと、その周りを取り囲むように何人かの生活班の面々が集まっていた。
「ああ、バスを引いてくれるテイムモンスター。そのチュンチュってモンスターが一番良いんじゃないかってさ」
そう答えながら、大河はチラリと隣のテーブルを見る。
そこにはチュンチュと言う名のモンスターを最初に発見した吉井リミと、絵心に自信がある伊月秋也が肩を並べ、画用紙にえんぴつでがりがりと絵を描いていた。
誰よりもチュンチュにご執心のリミが、秋也に細かく指示を出している形だ。
「違うってシュウ! もっとこう、ずんぐりむっくりしてたじゃん!」
「そ、そうでしたっけ? 俺の記憶だとこんな感じだったんですけど」
「全然ちがーう!! もっとモサモサしてて、でっぷりしてて、こう……きゃるんって感じのつぶらな瞳で!!」
「あ、あのリミさん? もっとこう、具体的に教えてくれません?」
海斗に対してはタメ口で話せる秋也だが、なぜか女性陣に対してだけ敬語を使っている。
ケイオスで戦闘班を担ってからもうすぐ三ヶ月目になるが、それだけの期間を一緒に過ごしても一向に女性慣れしないとは、あの開拓の旅路の夜番中に大河が聞いた愚痴だ。
「なんでリミがあんなに熱くなってるの?」
「あー、そのモンスター……なんていうか、愛玩動物っぽい見た目しててさ。可愛い系の」
「ああ、なるほど。あの子、そういうの好きだもんね」
動物好きのリミは、食料調達の狩りをしている間にどこかから野良猫を連れてきたりするある意味問題児だ。
すでにこの第二小の校舎内に住み着いた野良猫は6匹。
餌付けをしてしまった上に、第二小の内部はモンスターが出現しないと学習してしまったのか、一匹も出て行こうとしない。
リミは勿論、子供達も野良猫に愛着が沸いてしまったので、引っ越しの時に連れて行くか行かないかで大分揉めたのだ。
調理の際に出る食材の切れ端などを餌としているので、食料負担はあまりないとはリミの熱弁である。
「どんなモンスターなの?」
隣に座る海斗が腕を組んで船を漕ぎ出し始めたのを横目で見ながら、愛蘭は大河に問う。
「あれは、多分スズメだとは思うんだけど……」
自信なさげに、大河はリミを見ながら答える。
「スズメだったよ愛蘭! めっちゃおっきくて、おデブで力持ちのギャン可愛なスズメの群れ!!」
リミは愛蘭より二つ年上だが、元の性格がかなり陽気なのであんまり大人扱いされていない。
なので大体の女性陣から呼び捨てされてたり、気安い関係だったりする。
「子供達が面倒見れそう?」
「大丈夫!! ちゃんとシュウに【観察】させて調べてあるんだから! ほらシュウ説明して! アンタの役目でしょう!?」
リミは隣に座る秀也の肩を激しく揺さぶる。
「ええい、絵を描けと言ったり説明しろと言ったり」
ブツブツと文句を垂れながら秋也はいそいそとスマホをジーンズの右ポケットから取り出した。
(本当は頼られて嬉しいくせに……)
やれやれと言った態度はただのポーズで、実は女性から頼られると張り切っちゃうタイプである事を大河は知っている。
この伊月秋也という眼鏡男子は、かくれむっつりなのだ。
「えっと……かなり大人しくて力の強いモンスターらしいっす。戦闘手段が体当たりくらいしかなくて、天敵の少ない場所を巣として草とか食って生活してる草食モンスターっすね。人なつっこくで臆病で、生存手段が逃げ足ぐらいしかない──たぶんこれ、愛玩用かテイム用のモンスターっす」
スマホに表示されている説明欄を掻い摘まんで話す秋也。
その説明を聞いていた周囲のメンバーがにわかにざわつき始めた。
「これでどうやって生き延びてきたんだろうなそいつら」
「モンスターって基本、人間しか襲わないんじゃないの?」
「いや、他のモンスターを捕食しているところを何度か見たことある。動物っぽい生態系がちゃんとあるんだよ」
「でも、その内容が本当ならかなり条件を満たしてるんじゃない?」
「用意してあるバスの台数分、テイムできそうか?」
「はいはい、ちょっと静かに! 話が進まないでしょうが!!」
思い思いに気になる事を好き勝手話始めたメンバーを、愛蘭が柏手一つで黙らせた。
躾が行き届いているのか、それとも愛蘭が怖いのか。
みな一斉に押し黙る。
「大河、続きを」
「う、うん」
眠気が増してきてあくびをしかけていた大河が、姿勢を正す。
「一応、確認できただけでもチュンチュの群れは大人っぽい個体が15匹、雛だと思う個体が8匹。住宅街の中にあるちょっと大きめの公園を巣として生活してるみたいだ。試しにちょっと近づいてみたんだけど、こっちを見ても逃げる様子は無かった。多分だけどテイムできると思う」
つらつらと語る大河の向かいに座る海斗は、すでに眠りに落ちているようだ。
「ちゃんとしたテイムの方法は廉造に頼んで調べて貰ってるから、あとはアイツの報告を──」
「あ、あの! リーダー!!」
大河の言葉に突然、千春が割って入ってきた。
「──どうした?」
大きく右手を上げる千春の顔を、大河はしっかりと見る。
今回の開拓に出発する前はまだ塞ぎ込んでいた。
惚れた相手をその手で殺した罪悪感もあって、今日に至るまで千春とちゃんと会話できていない。
思い起こされるのは池袋での事件で大河を憎むようになった、椎奈の事だ。
今の千春からは、大河に対しての負の感情は感じられない。
少し離れた席に座っていた千春は、椅子から立ち上がって悠理となにやらアイコンタクトを交わし、そして大河のすぐ側までゆっくりと歩いてきた。
「あ、あの。千春も廉造くんと一緒に図書室でモンスターテイムについて調べました。やり方もちゃんと覚えてます」
「う、うん」
なぜかやたらと前のめりに詰め寄る千春に、少し圧倒される。
「廉造くんからも許可は取ってます。悠理さんも手伝ってくれました」
「手伝うって、何を?」
ちらりと悠理を見ると、なぜか嬉しそうな顔でお茶を飲んでいる。
状況が理解できない大河は、かなり近くにまで迫ってきている千春の目を正面に見据えて、ごくりと唾を飲み込んだ。
鼻息荒く興奮気味な千春は、一度大きく深呼吸をして、そして口を開いた。
「千春は今、『テイマー』のジョブに就いてます。そのチュンチュのテイム、千春にやらせてください」
決意を固めた少女の目に、燃えるような情熱が宿っていた。
明日はたぶん更新お休むます!υ´• ﻌ •`υ




