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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
インターミッション
231/234

中野脱出プロジェクト①


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「じゃあ、外からの連絡とかも一切遮断されてたってわけ?」


 大きめの湯飲みから冷たい麦茶を啄みながら、愛蘭が大河に返答する。


「うん、ゆうひがしいあいからきひたはなひでは──」


「大河、はしたないからちゃんと飲み込んでから喋って」


「いでで」


 右耳を軽く引っ張られ、悠理に怒られた大河は慌てて咀嚼を早めた。


「もう、子供達が真似したらどうするの」


「んぐっ──ごめんごめん」


 口の中の全てを飲み込んで、大河は悠理に優しく笑いかける。


「えっと、池袋にいる知り合いと悠理は結構な頻度で連絡を取り合ってたらしいんだけど、メッセに既読がつかなくなったのが俺らが中野に入った時と一致してたんだ」


「昨日は色々とドタバタしてて、スマホなんて見ずに寝ちゃったし、ここに居ればいちいちメッセでやりとりなんてしないから、気づかなかったんだよね」


 時刻はもう二十一時過ぎ。

 寝過ぎとも言える時刻にのっそりと起きてきた大河は、丸一日以上何も食べていない。


 ケイオスの夕飯時はもう過ぎているが、愛蘭はちゃんと大河と海斗の分の料理を取っていてくれた。


 なのでこうして、大河と海斗はかなり遅めの朝食を頂いている。


「俺らは他の街の知り合いなんてほぼいねーからな」


 誰よりも食事が早い海斗は、すでに食後のお茶を飲み始めていた。


「フレンドリストもケイオスのメンバーで埋まってるしね」


 隣に座る廉造が、海斗の言葉に深く頷いた。


「そう、そのフレンドリストの俺らの名前が黒くなっていないから、向こうも別に死んだりした訳じゃないだろうって安心してくれてはいたみたいなんだ」


 巡礼者(プレイヤー)のスマホに必ず入っているアプリケーション『ぼうけんのしょ』。

 そのフレンド登録機能には、登録した巡礼者(プレイヤー)の名前が表示されるリストが、白い文字から薄暗くなることでその人物の生死を明確にする機能が存在する。


 大河と悠理は今までの旅路が全て一緒なので、フレンドリストの内容はほぼ一緒だ。

 違うのは大河よりもコミュニケーション能力が長けている悠理が、大河が関わらなかった女性などともフレンド登録をしていた程度。

 その差は三十人未満。


 登録できるフレンドの上限はそれぞれのスマホのスペックによって変わるとヘルプ項目に書かれてはいるが、今のところ上限を迎えた巡礼者(プレイヤー)は存在しない。


「連絡すら遮断させるなんて、思ったより徹底してたのね……」


「俺もそこんとこは予想外だったよ。メッセ機能なんて滅多に使わないしね」

 

 などと言っているが、大河と違って悠理は少なくとも朱音や瑠未などとのメッセージのやりとりは行っていた。

 大河が使っていないのは、連絡をマメに確認する習慣がないからである。


 愛蘭の言葉に返事をしながら、大河は最後まで残していた味噌汁を飲みきった。


「ふぃー、ごちそうさまでした」


 両手を合わせて、ぺこりと頭を下げる。


 食前と食後の挨拶は子供達に徹底させている事なので、大人たちがそれをしないわけにはいかない。


 ちなみに茶碗の中には米粒一つ残っていない。

 今のケイオスのメンバーの中に、食材の貴重さが分からないような者は居ないのだ。


「──さて、じゃあ明日からの話なんだけど」


 大河はトレーの上に綺麗に箸を並べ、自分用のごつい湯飲みを傾けて冷たいお茶を全て飲み干し、周囲を見渡しながら口を開いた。


 今この時間にケイオスの首脳陣──大河を筆頭に廉造や海斗、悠理に愛蘭に建栄、郁に香奈が集まっているのは、これからの行動を決める為だ。


 他にも戦闘班から5名、生活班からは家事担当の5名と、主に子供達の面倒を見ている3名が集まっている。


「海斗さんと建栄さんにはやってもらう事ができると思うから、戦闘班から何人か指揮する人を選んでもらってレベル上げと戦闘訓練、食料の調達をそれぞれ進めておいて欲しいんだ。今の中野にもう俺らの脅威になるクランは居ないとは思うけれど、念のために狩り場は慎重に選んで欲しい。同盟に配分する量も考えると、効率的に動かないと三ヶ月で充分に貯蓄するのは結構しんどいかも知れない」


「うむ」


「任せろ。俺らが居なくてもなんとかなるレベルまでは鍛えてるからな」


 建栄と海斗が大河の言葉に快く承諾し頷く。


 戦闘班のメインとなるのは、実質的に班長を勤めている海斗とその補佐である建栄だ。

 この中野での狩り場について最も詳しい二人と言っても良い。


「悠理と愛蘭さんに瞳さん──生活班のみんなは、この第二小にある引っ越し先にも持って行きたいアイテムを選別しておいて欲しい。例えば図書室にある本とか、文房具とかもそうだし、職員室のデスクとか、プロジェクターとかさ。マジックバッグに限りがある以上、食料の備蓄も含めてアイテムは厳選しないといけないだろ?」


「図書室の本は、持って行っても大丈夫なの?」


「──だいじょうぶだよ」


 悠理の疑問に答えたのは、たった今食堂に入ってきたばかりのいくみだった。


「みぃちゃんがねんねしたから、こっちに来た……いくみも知ってたほうがいいお話でしょ?」


「ああ、お前にとって初めての引っ越しだからな。この第二小以外の建物(からだ)に入った事ないんだろ?」


「うん……ちょっとわくわくしてるけど……同じくらいドキドキしてる」


 そう言いながら、いくみはなぜか大河の膝の上に腰を落とした。


「図書室の本は……卒業アルバムとかはここから持ち出すと内容が消えちゃうけど、他の本は大丈夫。なんなら多分……どこかの本屋さんで同じ本が売っていると思う」


「そっか、じゃあやっぱり本も持って行った方がいいな。情報は大事だ」


 大河はいくみの頭を撫でた。


 ダンジョンの生体管理核の所有者と名付け親が大河だからか、いくみは他のメンバーよりも大河と、そして悠理になついている。


 だから今みたいなまるで娘の様な扱いも、すでにケイオスでは見慣れた光景だったりした。


「アンタが昨日言ってた、子供達を中野の外に連れ出す方法。詳しく教えてくれない?」


「あ、それ私も気になってた」


 食堂から新しくいくみの分のコップを持ってきた瞳が愛蘭の言葉に同意しながら、やかんからコップに麦茶を注いでいくみの前に置いた。


「ああ、それか」


 数秒考えて、大河は廉造をじっと見た。


「もしかしたら間違っているかも知れないから、判断よろしく」


「……なんだよその不安になる言葉は」


 大河の言葉に、廉造は怪訝そうに眉を顰めた。


「えっと、まず前提となるのはこの熱帯林を甲州街道まで。安全なルートを開拓する必要があるって事はOKだよな?」


「うん、間違ってないね。例えばお前らが通ってきた獣道みたいなルートさえ見つけられれば、集団での移動はかなり楽になると思う。ほとんどモンスターと出くわさなかったんだろ?」


 中野に来た初日の事を思い返しながら、大河と廉造は言葉で確認作業をしていく。


「ああ、海斗さんやお前から聞いた話通りだとしたら、俺らがすんなり中野に来れたのはかなり変だ」


「一匹もモンスターと出会わなかったものね」


 大河の言葉に、悠理が補足する。


「こっちは兄貴一人じゃ対処できないくらいモンスターと遭遇(エンカウント)したからな。歩いた距離を考えると、いくら何でも運で片付けられる頻度じゃない」


「じゃああの獣道は、RPGで言う所の街道──モンスターとのエンカウント率が低い道なんだろうな」


「その確認と検証も含めて、最初はその獣道を探そうか。探索するのはお前と兄貴、それと戦闘班から何人か──建栄さんと僕は必要か?」


「んー……いや、廉造には他の事をして貰った方が良いかもしれない。建栄さんには廉造の護衛について貰いたい。ほら、ここの前の拠点だった病院の前に大きなバス会社の車庫があったろ」


「ああ、そういえばあったような」


「あのバスさ……俺らで貰っちまおう」


 大河の言葉に、周囲がにわかにザワついた。


「待った待った。運転免許の無いお前は知らんだろうが、バスに限らず車ってのは燃料が必要であってな?」

 

 トントンと指でテーブルを叩きながら、海斗が小馬鹿にしたような口調で大河を茶化す。


「知ってるってば。ついでに今の廃都ではガソリンが殆ど手に入らないのも知ってる。新宿に居た時に燃料については一通り調べたんだよ」


 異変直後に避難民に全て奪われたのか、それともガソリンという存在が消え失せたのか。


 新宿ではどう探してもガソリン・軽油などの液体燃料は手に入れる事ができなかった。


 モンスターへの攻撃手段としても、防寒対策の燃焼目的としてもガソリンは有用だと思い立ったが、それを断念せざるを得ないほどに見つからないのだ。


「知ってたか。じゃあ今の東京の乗り物が、もうガソリンや電気じゃ動かないってのは──」


「それも知ってる。時間単位でオーブを消費して動くようになってるんだろ? しかも馬鹿みたいに高い」


「ちっ、可愛げのねぇ優秀な弟分だよお前は」


 知識の面で歳上ぶりたかった海斗が、口を尖らせて拗ねる。


「どういうこと? そのバスを使って中野から移動するの?」


 郁の問いかけに、大河は首を横に振った。


「バスを使うってとこは間違ってないんだけど、オーブを消費して移動するのは現実的じゃない。幾ら稼いでも足りないくらい燃費が悪いんだよ。なぁ悠理」


「新宿から高田馬場に行こうとした時だっけ。乗り捨てられた原付に二人で跨がって移動してみたら、ちょっとの距離でびっくりするぐらいオーブが減ったから慌てて飛び降りたの」


 たったの数分、それだけで当時の大河が一日で稼ぐオーブの5分の1が消えたのだ。


 移動距離と消費が見合ってなさすぎる。


 それ以来、どんなに道が険しくても絶対に乗り物には乗らないと二人は決心している。


「じゃあ、どうするのよ」


 大河の言いたい事にいまいち理解が追いつかない愛蘭が、首を傾げた。


「エンジンをかけなくても、子供達を乗せて引っ張って行く分には使えそうだろ?」


「確かに、バスであれば充分に乗せられるだろうが……同盟の子供達を含めると一台や二台じゃ足りないだろう?」


「うん、あの車庫にあるバス。たしか20台くらいあった気がするんだけど……まぁ、足りなかったらどっかから持ってくればいいだけか。今の中野の車道に乗り捨てられた車なんてたくさんあるもんな。少なくとも、15台くらいあれば、子供達を乗せつつ横になって休めるスペースも確保できる……かな?」


「それは確認してみなきゃわからんが……」


 質問を質問で返された建栄が、腕を組んで考え込む。


「おいおい、引っ張るったってよぉ。一台や二台ってんならまだ現実的だが、それが15台以上となると人は確保できるが護衛がし辛くなるだけだぞ?」


 海斗の言う事はもっともだ。


 咎人の剣を顕現した状態であれば、今のケイオスの戦闘班数名の力があれば一台程度難なく動かせるだろう。

 

 同盟クランのメンバーも入れたとして、15台全てを籠として移動させられても、突如襲撃してくるモンスターに対しての警戒が甘くなるだけだ。


「違う違う。人が引っ張るんじゃない」


 慌ててぶんぶんと首を振って、大河は開かれた食堂の窓から外の景色を見る。


 もう空は真っ暗で、月明かりと星明かりしか今の中野を照らしていない。


「引っ張るのは──モンスターだ」


「は?」


「んん?」


「どゆこと?」


 外を眺めながら呟いた大河の言葉に、ケイオスの幹部陣は思い思いの疑問の声を上げる。


「中野の熱帯林、もしくは甲州街道で大型のモンスターをテイムしてさ。馬車──いや、モンスター車を作ろうかなって」


 大河が見た方角は、池袋。


 あの街の周りを囲むように流れるセイレーン湖。


 そこでは今もきっと、あのノーム達のテイムモンスターである可愛いイッカクジュゴンのスミレが、元気良く泳いでいる筈だ。

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