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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
征服者の祭壇《アラ・ヴィクトルム》

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223/239

開国②


「これで……誰でも自由に中野を出入りできる様になった……」


 ようやく、と言った様子で。

 大河は肩をなで下ろしながらその場に座り込んでしまった。


「それで、この後ケイオスと同盟はどう動く?」


 地図のテーブルに腰掛けて、廉造は腕を組んで大河を見下ろす。


「……まずは、少数の精鋭が先行して甲州街道までのルートを開拓しないとな。中野から外に向かうにつれて樹海のモンスターが手強くなるとしたら、このまま無策であの人数を連れ回すのは無謀だ」


 現在の中野区は、最南端の南台から先は鬱蒼とした熱帯雨林の樹海が広がっている。

 区の境である渋谷区笹塚がまるごと樹海化しているのか、それとも方南・南台から先に新たなる土地が追加されているのかは定かでは無いが、渋谷区やその先に向かうとしたらその樹海を越えて、分かりやすい目印となる国道──通称甲州街道を見つけなければならない。


 杉並方面や池袋方面も似たような樹海に覆われているが、唯一新宿方面だけはあの大断裂によって寸断されているので、中野から出るとしたらその3ルートの開拓が必須だろう。


「池袋方面は?」


 大河を取り囲む様にして各々楽な姿勢を取るメンバーの内、愛蘭が対面の床に腰を下ろして問う。


「あっちのルートは、俺らや海斗さん達が通ってきた道をそのまま使えば良い。今考えても正直そんな苦労した感じしなかった。樹海を抜けた先の目白荒野はあの時の俺が単独でも踏破できる程度の難易度だから、10レベルが五人も居たら大抵の事はなんとかなる」


 池袋を出て、記憶に苦い妖精湯までの道のりは大河と悠理二人の脚で二週間ほど。

 10名以上の大人数を連れていくと考えれば、四週間分の食料さえ用意できれば恐らく問題なく踏破できるだろう。


「廉造、練馬からここまでの道はそんなでもなかったんだろ?」


「んー、まぁ。練馬渓谷はゴーレムイベントさえシカトすれば楽勝だったし、この熱帯雨林の樹海に出てくるモンスターで唯一気を付けなきゃいけないモンスターが一匹だけ居るけど……あとは兄貴単独でなんとかできたしなぁ。ジャイアントエイプっていう、ナイフとフォークを構えたデカい猿のモンスター」


 大河に話を振られた廉造が、目を瞑って記憶を辿りながら説明をした。


「ああ、アイツは手強かったな。結局倒せずに逃げ回ってただけだし」


 廉造の言葉に当時の苦労を思い出してしまい、海斗は顔を顰める。


「ケイオスと同盟のメンバーの中で、目的地別にグループを分けなきゃな。池袋と新宿。あと目白が目的地だって言うなら、俺と悠理が一度行ったことがあるから聖碑のファストトラベルですぐに飛べる。何人か送り込めば聖碑の再使用の一時間さえ我慢したら後は楽だと思う」


「……大河、池袋に行ける?」


 池袋の都市解放イベントの顛末と、椎奈との軋轢。

 パークレジデンス池袋の子供達への罪悪感。


 それらを知る悠理が、心配そうに大河を見つめた。


「……ああ、大丈夫」


 そう告げる大河の表情は、とてもじゃないが大丈夫そうに見えなかった。


「では直近の課題はルートの開拓とグループ分けと……あと食料の備蓄ぐらいか」


 床にあぐらをかいて腕を組んだ建栄が、うんうんと頷きながら呟いた。

 その隣では疲労で眠そうな郁が、目元を擦りながら並んで座っている。


「いや、戦闘班以外の人たちにはシフトを組んでクエストをこなして貰いたいんだ。オーブは幾らあっても困らないし、戦闘経験を積むのに丁度良いんだよ。クエスト受注者のレベルを参照してちょっと上の難易度が用意されるからさ。あ、そうだそうだ。ネームドモンスターの討伐クエストを受ける時は絶対に俺か海斗さんを呼ぶよう皆に厳しく言っておいてくれ。アレだけはかなり骨が折れるから」


 クエストリストに必ず一つ存在するネームドモンスター討伐クエストは、受注した巡礼者(プレイヤー)やパーティーの力量に応じてその強さが決定される。


 その強さは、工夫と経験を総動員して挑めば必ず勝てる難易度に調整されているが、対応をミスれば全滅もありえる危険なモノだ。


 しかもクエストを受注した直後から討伐対象がエリアに出現し、討伐するかペナルティを支払ってクエストをキャンセルするかしない限り永遠に追われ続ける。


 本来モンスターが出現しない筈のエリアもお構いなしにだ。


 中野の巡礼者(プレイヤー)の殆どは、クエストを受けた経験が無い。


 なぜなら他の区ではエリアの至る所にあるはずの聖碑が、この中野ではここ征服者の祭壇(アラ・ヴィクトルム)にしか存在しなかったからだ。


 聖碑に直接触れなければスマホにクエストリストは表示されない以上、今までの中野の巡礼者(プレイヤー)達には不可能だった。


 ちなみに『中野情勢地図』の建築項目の中に、高額ではあるがオーブ次第で聖碑を増設できる項目が存在したりする。ただし建築条件がなかなか厳しく、加護の範囲も狭い傾向にあった。


「廉造、愛蘭。俺はもう疲れて頭が回らん。まとめてくれ」


 げっそりと項垂れる海斗に、名前を呼ばれた廉造と愛蘭が苦笑して頷いた。


「んじゃ、とりあえず──三ヶ月で良い?」


「そうね。それくらいの準備期間は設ける必要があるわね」


 ケイオスの頭脳担当の廉造と、副リーダー的ポストに立つ愛蘭がアイコンタクトを取る。


「三ヶ月で甲州街道や他のルートの開拓と……あと子供達の移動手段の確保と食料備蓄。レベル上げとオーブ稼ぎを行っていきましょう」


「移動手段については、ちょっと考えがあってさ。子供達を何ヶ月も歩かせる訳には行かないなってずっと思ってはいたんだ。試してみないとわかんないからまだなんとも言えないんだけど」


「じゃあソレは大河が主体となっていろいろと試しましょ。言っとくけど、もう単独行動なんてさせないからね」


 大河にビシッと指を向けて、愛蘭は低い声と鋭い視線で釘を刺す。


「新宿や池袋方面に帰りたい奴は大河と悠理。練馬は俺や廉造が聖碑で飛ばすとして、渋谷や杉並方面は未知数だな……そういや、ケイオスとしてはどこを目指すんだ?」


 海斗のその言葉に、全員の目が大河に集まった。


「……俺と悠理は、元々吉祥寺に帰るつもりだった。悠理はそこに家族がいるからな。だけど、俺の目的は悠理を親元に届ける──だけじゃない」


 少し言い淀みながら、大河は疲労で掠れた声で話を続ける。





「吉祥寺に戻ればもしかしたら、この東京がこんな姿になってしまった理由が分かるかも知れないんだ。だから俺はあそこに帰らないといけない」





 今周りに居る全てのメンバーの目を一つ一つ確認しながら、大河ははっきりとそう告げた。

「──それは」


「理由が、分かるの?」


「……本当に?」


 大河以外の皆がザワつく。

 大河はその静かな喧噪をしばらく無言で聴き続け、そして返ってくるであろう反応を待つ。

 それは非難かも知れないし、罵倒だったりするかも知れない。


 しかしクラン・ロワイヤルを経てケイオスのメンバーとの関係もかなり深まっている。


 きっとそう酷い言葉は投げかけられないだろう。

 何故か大河の胸中には、そんな確信があった。


「しゃあねぇな。ガキ共の事も放っておけねぇし、俺も吉祥寺まで付き合ってやるよ」


 最初に大河に向けて口を開いたのは意外にも海斗だった。


「海斗さん……良いのか? 蒲田を目指すんだったら、新宿を経由して行くルートだってあるかも知れないのに」


 海斗の旅の目的は、自宅がある蒲田に帰る事だ。

 そこには最愛の妻が待っていて、勿論帰れるのならすぐにでも帰って抱きしめてやりたい筈だ。


 大河はそれを知っている。


 だけど海斗は一切の迷いの無い目で、大河を見て笑った。


「お前らみたいな危なっかしい弟分をほったらかしにして帰ったら、嫁にしこたま怒鳴られるからな。ある程度の目処が立つまでは、最後まで面倒見るのが兄貴分ってもんだ」


 土埃で汚れた赤い短髪のせいで、ニカッと笑った時の白い歯が強く強調される。


 大河はそんな海斗に頼もしさと感謝と、そして申し訳なさでいっぱいだった。


「勿論、僕も行くともさ。ぶっちゃけ僕には目的地なんて無いしね」


 海斗に続いて、廉造も自嘲気味に大河に笑顔を向ける。


「ワシはもうケイオスに骨を埋める覚悟だからな。リーダーが行くとこについて行くまでだ」


「そうね。私も同じよ」


 建栄と郁。


「私はもちろん、みんなと一緒に行くに決まってる」


「ウチにとってケイオスの皆はもう家族も同然なの。子供達だって最後まで見守る責任があるの。だからケイオスが行く場所が、ウチの帰る場所」


 香奈と愛蘭。


 その後ろに立つ瞳や、他のケイオスのメンバーらも笑って大河を見ている。


「みんな……」


 目頭が熱くなる。

 今にも泣きそうに身体を震わせる大河に、悠理がそっと身体を預けた。


「大河はもっと、他人を──私たちを頼る癖を付けなきゃね」


 優しい声で呟いた悠理の言葉に、大河は困ったように笑った。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「じゃあ、そろそろ第二小に帰りましょうか。いくみちゃんや子供達が待ってる」


 愛蘭のその言葉で、皆がゆっくりと立ち上がり移動の準備を始めた。


「他の政令(ルール)の決定とか狩り場の拡張とか、この地図で出来る事はまた後日考えよう。クラン・ロワイヤルの勝者クランのリーダー以外が触っても変更の確定ができないみたいだから、この地図は放置しても問題なさそうだし。とりあえず今日はもうくたくたで……」


 そう言って大河の肩をポンポンと叩き、廉造はふらふらと出口に向かって歩き出した。


「アイツ今は忘れてるけど、しばらくして思い出したら絶対に説教喰らうからな。今のうちに覚悟しておけよ」


 海斗が耳元で呟いたその言葉に、大河は苦笑する。


「お疲れ様」


「結局、ワシはなんも役に立たんかったな。これからの働きに期待してくれリーダー」


 郁と建栄は仲良く並んで、大河の横を通り過ぎていく。


「じゃあ、帰ろっか」


「ああ」


 ふらつく大河の身体を優しく支え引っ張りながら、悠理は歩き始めた。


「──大河?」


 しかし大河が動かない。


 その首と視線は、この祭壇内部の広い部屋の隅──〝覇王〟のメンバーが使用していたであろうベッドやテーブル、そして椅子に向けられている。


「……まだ、そこで俺を見ている気がするんだ」


 祐仁(おうサマ)が壁際の中央の椅子で脚を組んで。

 ジュリはその隣でしな垂れかかっている。


 ミヤとカネがベッドに腰掛け、カノーは少し離れた場所で。


 あの五人が、未だにあの椅子で。テーブルで。


 愉しそうに嗤いながら、大河を見つめている姿が幻視できる。


 きっと、これからの大河の苦労を。

 そしてそれを乗り越えて行く様を。


 あの五人は嬉しそうに、愉しそうに見ていくのだろう。


「……勝った気がしねぇんだよ……馬鹿野郎」


 苦しそうにそう悪態を吐いて、大河は振り返り歩き始める。


 悠理はそんな大河の腕を引き寄せて、強く抱きしめた。


  クラン・ロワイヤルに勝利してなお、この中野はまだあの五人に縛られている気がしてならなかった。


「俺らは──先に行く」


 大河は小さな声でそう宣言して、部屋を出る。


 人の居なくなった部屋の、全ての灯りがふっと消えた。

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