救えぬ救済者②
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興奮した観客達が踏みならす地面の音が、地響きを伴った唸り声を上げる。
怒声が、罵声が、そして悲鳴が。
大河ら三人の打ち鳴らす剣戟の音を飲み込み、何もかもを覆い尽くしていく。
殺意と敵意と期待と歓喜。
祭壇前広場に向かって一斉に放たれるそれらの感情が、巨大なエネルギーとなって中野区中に広がっていた。
その異様な光景にただ一人、千春だけが置いて行かれている。
「ひっ」
千春の視界、その上方の端。
何かが千春の頭上を超えて、広場に向かって投げ入れられた。
それは千春の頭と似たような大きさの石だ。
観客席と広場とを区切る円形の囲いのちょうど真上で、その石は見えない壁によって弾かれた。
放物線を描いて跳ね返ったその石が、まったく無関係の誰かの頭に勢いよく当たり、その誰かは頭部から血飛沫を上げて倒れた。
「千春っ! 伏せなさい!」
「あっ」
後ろに立っていた愛蘭が大声でそう怒鳴り、千春の頭に覆い被さって無理矢理下げる。
「千春ちゃん!」
千春の左側からは瞳が抱きついてきて、愛蘭と共に千春の姿を周りから隠すように守る。
「建栄さん!」
「わかっとる!」
咄嗟に咎人の剣を顕現させて大声を張り上げた香奈に、同じようにいつのまにか剣を顕現させていた建栄が応えた。
その手に持つのは『大盾剣ビッグシールダー』。
建栄の姿が半分以上隠れるほど大きな青い四角い盾に、長い剣が縦に貫かれる様に収納されている。
鋒が申し訳程度に露出してある以外は、それが剣だとはぱっと見では分からない。
大河の災禍の牙が威力と範囲に。
海斗のハヤテマルが攻撃速度と手数に。
悠理のヒーラーズライトが回復とその速度に。
それぞれがなにかしらの特色を持ち〝得意〟に特化した剣なら、建栄のビッグシールダーは防御力と防御範囲に特化した剣だ。
「みんな伏せろ! 【ラウンドウォール】!!」
盾の下部に露出していた鋒を地面に突き立てて、建栄はスキル名を叫んだ。
同時に地面から勢いよく、青白く透明な分厚い光の壁が現れケイオス一行の周囲を包んだ。
「郁さん! 私たちも!」
「ええ! 【防護】!!」
千春の前方で、ヒーラーズライトを持った悠理と郁が同時に防御魔法を叫んだ。
ラウンドウォールの光の壁の内側に、【防護】の防御壁が二つ。
それはケイオスのメンバーを二分する形で展開された。
建栄の新たな咎人の剣である『大盾剣ビッグシールダー』のスキル、【ラウンドウォール】は、簡単に言えば【防護】の上位互換だ。
スキルによる青白い防護壁は砕かれるまで物理攻撃を跳ね返し、その耐久力は【防護】より何倍も強い。
試しに海斗がハヤテマルの全速の抜刀を見舞っても、びくともしなかった。
全力で行使した場合、その展開範囲は縦横10メートル。
だが防御面積が広がれば広がるほどに、そして防御壁を持続した時間とも比例して、スキル使用者の体力が大量に消費される。
それが【防護】との大きな相違点。
範囲は狭く、耐久力も脆く、そして展開速度も遅い【防護】は魔法詠唱時のみ体力を消費し、その消耗も微々たる物だ。
だが【ラウンドウォール】はその硬度と耐久力、展開範囲の長大さと展開の早さに見合った体力が、展開中常に消費される。
これはケイオスの戦闘メンバー全員が共通知識として共有されている。
だから悠理と郁は【ラウンドウォール】の内側にも【防護】の防護壁を展開したのだ。
建栄の体力が何時尽きても大丈夫なように。
「こりゃ殆ど暴動に近い! 結果次第では場外乱闘──いや、殺し合いになりかねんぞ!!」
地面に突き刺したビッグシールダーに身体を竦めながら、建栄は声を張り上げて愛蘭へと問いかける。
「分かってる! でもどうしようもないじゃない!」
覆い被さっていた千春の身体から上体を起こして、愛蘭は苛立ちの篭もった声で建栄に応えた。
「大河が、あの三人が命賭けで戦っているのに、逃げるなんてできないよ!」
目尻に涙を溜め込んだ悠理が広場の中央、鬼気迫る険しい表情で災禍の牙を振るい続ける大河を見つめて叫ぶ。
心配している。
不安が消えない。
その姿を視界から離す事が、怖くて堪らない。
だけど今朝、大河は逃げないと悠理に誓った。
自分の役割から、悠理との約束から、逃げてたまるかと弱々しい声で決意を固めた。
悠理としては今の大河を取り巻く状態、その全てに不満がある。
池袋の時と同じだ。
皆の為に、大河は自分を犠牲にしている。
心と身体の痛みに耐えて、歯を食い縛って戦っている。
だから悠理は大河の姿から目を離さない。
大河がその責任の重圧から解放されるのなら、ケイオスのメンバーを置いて二人で逃げても構わないと、悠理は本気で考えている。
だけど当の大河本人が、そんな不義理を許さない。
ならば悠理にできる事は限られている。
今この場に於いては、その決意を決して見逃さず、最後まで見届ける事。
それだけだ。
「大河……大河っ!!」
胸の前で両手を組んで祈るように、悠理は声を張り上げる。
「廉造! 持ちこたえろよ!!」
「海斗さん!」
「頑張れー!! 負けるなー!!」
他のケイオスの戦闘班の皆も、ここに至って応援するしかできない自分らを悔いている。
もっと強ければ、あの場に立って一緒に戦ってやれたのにと。
もっと賢ければ、大河や廉造や海斗の負担を少しでも分かち合えたのにと。
だがしかし、今日この日にあの場所に立つ資格と強さを持ち合わせていたのは、あの三人だけだ。
「海斗くん!」
「リーダー!!」
「廉造ぉお!!」
暴徒化しかけている観客達の声に、その応援はかき消される。
だけど一人として、声を上げる事を止めなかった。
ただ一人、千春だけが──声を出すことも出来ず、置いて行かれている。
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「そろそろぉおおおっ、俺の昔話でも語ってやろうかなぁあああああっ!?」
災禍の牙とハヤテマル、その二つの攻撃を同時に受けてなお、祐仁は愉快そうに嗤った。
その見開かれた目は赤く充血し、浮き出た血管がピクピクと痙攣して止まらない。
「分かるんだ! ゆっくりと! 俺の理性が消えていくのを! 拠点効果のデメリットとして、儀式中は理性が消失するってのは知ってたんだがちょっと想像してたのと違ったかなぁ!? こうしてちゃんとお喋りできるのもさぁぁっ! あとちょっとだと思うんだぁああ! 知りたいんだろぉおおおリーダーぁあああ!? 俺の事をさぁあああっ!!」
赤い水晶の牙を粉砕しながら、ハヤテマルの高速の一撃を避けながら、祐仁は喉を掠らせながら楽しそうに叫ぶ。
「くっ!」
大河は苦しそうに喉を鳴らした。
その距離は、間違いなく災禍の牙の適正距離。
付かず離れずの距離を保ち、全力を込めて剣を振り下ろしても、その全てが防がれる。
ちらりと横目で、瞬間的に海斗の様子を伺う。
その表情は間違いなく、苛立っている。
祐仁の隙を狙って攻撃しながら、【斬撃結晶】の赤い水晶の牙を避けながら、一撃に必殺の念を込めてなお、その刃が届かない現状に焦れている。
二対一。
数や手数では大河と海斗が間違いなく有利な筈なのに、ここから勝てるビジョンがどうしても見えない。
「はっ! 聞かせて貰おうじゃねぇか! あぁ!? 一体どんな大層なカワイソウがあったから! お前らはここまで捻くれちまったって訳だぁ!?」
祐仁の言葉に返事を言い淀んでいた大河に代わり、海斗が応えた。
言葉こそ猛々しい煽り文句だが、その表情から窺えるのはどちらかと言うと負け惜しみに近い。
「──き、聞かせてくれ! 俺は、少しでも! アンタを理解して殺したい!」
大河も負けじと、剣を振るいながら叫んだ。
今から殺す相手の身の上話を乞う。
こんなふざけた話があるだろうか。
だけどやはり、大河には目の前の敵が憎みきれない。嫌いになりきれない。
「なぁあああにっ! 今となってはっ! この東京のどこかで毎日生まれている程度の!! ありふれた地獄さ!! なんも珍しくねぇ! 自分はなんでも出来ると!! どんな弱者だって救えると思い上がった馬鹿が! 裏切られて奪われて! 蹂躙されて狂ったってだけの!! そんななんてことない喜劇だよ!!」
一言語る度、一声上げる度に。
祐仁のその血走った目の奥──瞳孔に空いた深淵の奥の、暗い光が強くなる。
「俺はさぁ大河! 信じられないだろうけど! アンタとそっくりだったんだよ! 異変が起きてからのほんの少しの間! 俺は間違いなく! 弱者の為に命を張れる救世主だったんだ! 少なくとも自分の事を! 弱い人々を僅かでも守り導ける! そんな存在だって認識していたんだ!」
災禍の牙と、ハヤテマルと打ち合わされるシェイプシフターのその憎々しい刀身が強い拍動を刻む。
祐仁の怒りに、悲嘆に同調するように、その剣に込められた力もまた徐々に増していく。
「昔から! ある程度の事は人並み以上にできたんだよ! 勉強も運動も! どんな部活動でもやりゃあインターハイ出場くらいは余裕で行けたし! そこらへんのチンピラ相手なら数人で囲まれても返り討ちにできた! 優秀だったんだ! 文武両道って奴さ! 笑っちまうだろ!? だからさぁ! 思い上がっちまったんだよな! あの頃の愚かな俺は! 俺の元々の才能と! このゲームじみた力の恩恵が! レベルを上げた事で身につけた身体能力があれば! 俺を頼り集まってくる可哀想な可哀想な弱者どもを守り切れるって! 思っちまったんだよなぁぁぁぁ!!」
その掠れ声は、嗤っている様にも──泣いているようにも聞こえる。
痛々しい。
大河は理屈じゃなく、直感でそう感じ取った。
これは告解でも懺悔でもなく──自虐。
かつての自分を蔑み見下し、傷つける為の告白。
「今のアンタらのような! あの優しい優しいケイオスのような! そんなクランが出来たと本気で信じてたんだ! なにせ俺は優秀だったからな! 異変が起きた当初はまだ俺も危なっかしくてさぁ! 数人の中坊がモンスターに襲われているのを助けるだけでも命懸けでさぁ! 大怪我したり死にかけたりさぁ! んでもヒィヒィ言いながらも結局は出来ちまってたんだ! 全部が全部、順調だって!! いつかこの腐った街から! みんなを連れ出せるって信じて止まなかったんだ!!」
「ぐぅっ!」
シェイプシフターの一撃の重みが、増す。
受け止める事も受け流すことも、紙一重。
「ちぃっ!」
海斗の舌打ちに視線を向ける余裕すら、無くなり始めていた。
「カネもミヤもカノーも! そしてジュリや他のみんなも! そんな俺を助けて支えてくれた! 最初は赤の他人だった俺らが! このクソみてぇな現実を前に結束して! 家族みたいなコミュニティが作れたって! 自画自賛してたよ! あの時の愚かな──もう名前も顔も想い出せなくなっちまった! 哀れは俺は!!」
気づけば、足が完全に止まっている。
防戦一方。
攻撃に転じる事が出来ず、ただその悲痛な叫びと共に繰り出される一撃をなんとか捌く事しかできない。
海斗もまた、足を止めて必死にハヤテマルを振るっていた。
大河の攻撃が止んだと言うことは、新たな水晶の牙も生まれない。
故にかろうじて、海斗は防御にだけ意識を集中する事ができていた。
それほどまでに、祐仁の攻撃の──自虐の勢いが激しくなっている。
「──だけど」
ピタリと、攻撃が止む。
息継ぎさえままならなかった大河と海斗は、そこでようやく大きく息を吐き出せた。
ノイズ混じりの視界の中央に、祐仁の顔を捉える。
その表情は、漆黒。
一点足りとも感情の彩が滲まない、虚無。
「俺は知らなかったんだ。なまじなんでもできてしまっていたから。本当の挫折も、本当の嫉妬も知らなかったから。守られる事に慣れきった弱者が、どういう風に腐っていくのか。知りようが無かった」
大河と海斗は動けない。
動く事で、刺激する事であの漆黒からなにかとてつもないモノが襲いかかってくる──そんな錯覚に、萎縮した。
「発端は、一人のババアだ。俺のお袋と同じ歳くらいなのに、ヤケに幼稚な物言いをしてくる──そんなクソババアだった」
ゆっくりと、虚ろな目をぎょろぎょろと動かしながら、祐仁は大河と海斗の周囲を回り始めた。
「普段から、会話が出来た試しが無かった。こっちが必死こいて狩ってきた食料の分配が不公平だの。仕事の割り振りが偏ってるだの。他の人は得をして、自分だけが損をしているだの。そんな文句の多いババアだった。ああ、今の俺だったら、間違いなく会った瞬間に殺している。そんな弱者だ」
儀式にとって増加した盛り上がった肩を落として、祐仁はふらふらと歩き続ける。
「備蓄をもっと増やしたいと言い出したのは、そのババアだ。今の状態じゃ狩りが上手くいかなくなったらあっという間に食料が無くなっちまうから、なんとか備蓄を増やせないかとか。確かそういう事を提案してきた。自分はなんもしねぇで一日中無駄話をしている癖に、そういう時だけやたら声がでかいんだ。だけど口だけは達者なもんだから、反論しても周りを味方に付けて倍にして言い返してくる。だから俺らも面倒くさがって──遠出したんだ。もっと効率良く、大量に食材を集める事のできる狩り場へと」
ぶちぶちと、何かが切れる音がする。
下唇を強く食い縛った祐仁の口から、大量の血が流れ、地面に落ちた。
「罠だったんだ。俺らを遠ざけて、奴らをアジトに迎え入れる為の。俺らのクランが大人数の割に喰うのに困ってないのに目を付けた奴らと結託して──俺を貶める為の」
シェイプシフターを握る右手からも、血が滴り落ちていた。
強く握った拳に爪が食い込み、肉を突き破っている。
「別のクランの──あんまり評判が宜しくない奴らに唆されたとか喚いてたな。俺を追い落とせば、自分がクランのトップに立てるとか──たしかそんな事を、死ぬ前にほざいてたよ。涙と涎と鼻水でグチャグチャに汚れた顔は、いつもの何倍も醜かったな。あはっ、あははははっ!! あはははははっ!!」
突然、祐仁は腹を抱えて笑い出す。
吹き出した口内の血で、顔中が真っ赤に塗れている。
腹にこびりついた右掌の血で、シャツに大きな染みが広がった。
「なにがムカつくってさぁ!! そんなババアの世迷い言に乗っかった弱者が居たんだよ!! 普段俺がどれだけ気を回して、どれだけ守ってやったかも知らず!! 自分達は我慢していたとか!! 虐げられていたとか本気で言ってのけた奴らが!! そしてそんなアホどもに唆されて!! 流されるがままに!! ババア達に手を貸したクソみてぇな弱者が!! 信じられないぐらい大量に湧いたんだ!!」
勢いに任せて振るわれたシェイプシフターが、祭壇前広場の地面に大きな亀裂を生み出した。
砂塵を巻き上げ、風を切り裂いたその剣風が、大河と海斗にも届く。
数分前よりも確実に、強くなっている。
喪失した理性と比例して、その効果が強まるのだろうか。
歌を止めずに耳を傾けている廉造は、頭の片隅でそう推理した。
「俺が居ないアジトは!! あっけないほど脆かったってよ!! 仲間が隠れている場所を悟られないようにババア共に嘘を吐き続けて時間稼ぎをしていたカネは!! 両手足を何カ所も折られて天井から吊されていた!!」
怒りの咆哮と共に、またシェイプシフターが振るわれ、新しい亀裂が地面に刻まれる。
「親友のカネを助けようと、あの臆病なミヤはたった一人で立ち向かって!! 信じられるか!? 剣を使ったダーツの的になってたんだぜ!? 定期的に【手当】を施されて! 死なないように! 長く苦しむようにって! 何時間も!!」
叫ぶ度、その光景を思い起こす度に、地面に亀裂が増えていく。
「戦った経験も無く! 戦う術すら知らないカノーは!! 大きな声で命乞いをしたら子供達を助けてやるって騙されて!! 喉から血が出るほど大きな声で謝り続けていたんだ!! 他の女の代わりに自分が犠牲になると名乗り出たジュリは!! 目の前で子供達が陵辱されるのを見せられながら犯されたんだ!! 約束が違うと泣き喚きながら!! もうやめてと何度も何度も叫びながら!!」
「あ、あぅ……あ……」
大河は何も言えない。
確かに、今の東京ではありふれた──今もどこかで行われているかも知れない。
そんな地獄。
だけど大河は偶然にも、そんな地獄を見ることなく、この中野まで来れた。来れてしまった。
もし自分が──悠理が同じ目に遭ったとして、果たして正気で居られるか。
大河には自信が無い。
唯一分かることは、その裏切りが人の心を壊すには充分すぎると言うことだけ。
「大河ぁ!!」
海斗が突然吠える。
その声に、大河の身体がビクンと跳ねた。
「同情したい気持ちもわかるけどな! だけど呑まれるな! 納得するな! コイツは確かに地獄を見てきたかも知れねぇが! だけどその地獄を中野に広めたんだ! それとこれとじゃ話は別だ! 別で考えねぇと、お前が死ぬぞ!!」
その言葉もまた、理解はできる。
自分がされたからと言って、同じ事を無関係の違う誰かにさせるなんて筋が通らない。
だけど──。
「正しい!! 正しいよ海斗さん!!」
祐仁はまた、愉しそうに嗤いながらシェイプシフターを振るった。
新たな亀裂は、今までのどの亀裂よりも深い。
「正論だ! まさしく! 俺らは筋の通らねぇ事をしている! 殺されるべきだ! 半年前の俺がそうしたように! 外道には! 畜生には相応しき死を与えるべきだ!」
「な、なぁ!! アンタらだって! 悲しい思いをしたんだろ!? じゃあなんで──なんで同じ事を繰り返さないようにって! もう自分たちのような思いをさせないようにって! 考えられなかったんだ!!」
大河のその言葉に、祐仁はぶるぶると震える身体を抱き、瞳を潤わせた。
「ああ! アンタはやっぱり優しい! 優しすぎる!! 俺らの救世主はそうでなくちゃなぁ! なぁ大河! あんたのそのアンバランスさこそが! 人殺しという罪を自覚して! 自分を罪人だと定義しつつも! できる限り正しい側に居続けようと懸命に努力するその姿こそが! 俺をこんなにも惹きつける!! でも!! でもだ!!」
両手を広げ、まるで大河を抱きしめようとするように。
祐仁は歓喜の声で叫ぶ。
「もう間違った道を歩んじまった奴に!! 正論は!! 正しさは何も響かない!! 俺らはこの道しか選べなかった! ミヤもカネもジュリもカノーも!! 昨日まで仲間だったはずの! 自分と同じ弱者に弄ばれたからこそ!! 弱者を憎む事を止められなかった!! そいつらを肯定して! その痛々しい傷を舐め合う事を許してやれるのは!! 俺しか居なかったんだ!! アイツらは己を悪と認め!! 悪を成す事でしかもう自分たちを慰められなかったんだよ!! そんなアイツらに! 正論なんて! 正しさなんてぶつけるのは! もうそれは精神の虐殺だ!! 俺がそんなこと!! できるわきゃねえだろうがぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
その雄叫びと共に、祭壇前広場に陣旋風が巻き起こる。
亀裂とひび割れで破損した地面はめくれ上がり、小石は舞い、その裂帛の雄叫びは集団ヒステリー化していた観客たちをも黙らせた。
「──っ!!」
言葉を詰まらせる。
きっともっと考えれば、時間をかければ。
その極論に対して有効な反論ができただろう。
だが果たしてその行為に意味はあるのか。
間違いを自覚し、破滅へと向かうあの哀れな男を論破して、一体何が解決するのか。
だから大河は、言葉を選ぶことができない。
「俺だってそうだ!! 弱者の導き方を間違えた! 救うべき弱者を選ぶ事を怠った!! 無節操に人を救い! だから間違えた!! 間違えた道を進むしか、俺の魂は救われなくなっちまった!! 自己満足のままに人を助けて!! 正しい事をしていると悦に浸っていた愚かな男の!! その結末を知りたいか!?」
分かる。
拠点効果、【征服者への忠誠】──愛する仲間の心臓を、命を贄として行われその儀式が、今まさに完了しようとしている。
血に染まったその肌が、浅黒く変色し始めている。
僅かに遺されていた理性が、消えかけている。
だからその【征服者】の最後の言葉を、大河は聞き逃さないよう集中した。
もう言葉では、何も変わらないから。
「命懸けで助けた中坊どもが!! 俺の事を先輩だの兄貴だのほざいて懐いていたはずのガキどもが!! 顔を腫らし!! 口から血を垂らして!! 前歯を折られ虚ろな目で死んでいる愛する妹の上で!! 無様に腰を振っている光景なんざみたら!! 誰だって狂うに決まってんだろうがぁああああああああっ!!」
その言葉を脳内で──悠理で、千春で、紡で、他の女性メンバーで想像した大河が、海斗が、廉造が、砕けそうなほどの力を込めて奥歯を噛みしめる。
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「──ゆう、じんくんっ!!」
もう涙を止めることすらできない千春が、悲しくて身体の力が入らない千春が。
その名を呼んだ。
だけどその声は、もう彼の耳に届く事は無い。




