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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
征服者の祭壇《アラ・ヴィクトルム》
215/235

救えぬ救済者①

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


『千春は、強くなってどうするんだ?』


 調理班の後片付けを手伝う千春に、暇を持て余していた王サマ(ゆうじん)が問いかける。


『な、なんでそんなこと聞くんですか?』


『いや、頑張っているお前は立派だとは思うんだが……少し焦りすぎなんじゃないかって思う時があるんだ。海斗さんや愛蘭さん、大河(リーダー)だってそう感じてると思う』


 先に皿を取り終え、水拭きと空拭きを終えた長テーブルの端っこで頬杖をついて千春を眺めていたら、無意識に言葉が出ていた。


 自身の誇りであり、忌まわしき罪の象徴でもある『擬態剣(ミミックリー) シェイプシフター』の特性。

 メリットとしては他者の姿を模倣し、一時的とは言えその剣の姿・形やスキルまでもを使用できる点。


 しかし最大のデメリットとして、〝本来の自分の姿に二度と戻れなくなる〟という罰がある。


 姿を模倣する相手の肉片を一定量摂取しなければ発動しないこのアビリティは、かつての自分の肉片を失う事に直結している。

 事前にある程度切り落としていても、姿が変わった時点で肉片も変質してしまうのだ。


 だから王サマ(ゆうじん)にとって今の姿が自分の姿であり、本当の自分の顔を忘れかけていた。

 

 しかし、千春の顔に──大切な妹の、面影を見た。

 目に入れても痛くないほど可愛がっていた、甘やかしていた、千春と同じ年齢だった妹。

 

 この中野で彼女を失ってもう半年も経つが、片時も忘れた事は無い。


 王サマ(ゆうじん)にとって、いや──クラン〝覇王〟にとって、彼女を失った事が始まりなのだから。


『んーと……お恥ずかしい話なんですが』


 千春はテーブルを拭く作業の手を一度止めて、右頬に手を添えてはにかんだ。


 姿形は全く似ていない。

 所作も話し方も、全然似ていない。

 性格も違うし、関係性も違う。


 だけどなぜか、千春を見ているだけで、王サマ(ゆうじん)は妹とのあの輝かしくも暖かい記憶を想い出せた。


『千春は、ママやパパが最後まで守ってくれたから、あの異変の時に生き残れました』


 中野の異変の始まりは、地震直後の樹木の過剰な成長から始まった。


 今の中野区の外周を取り囲むように生い茂る熱帯雨林。

 それはサイエンス番組などでよく見る、一つの植物の一年間程度の成長を早回しで数分に圧縮した映像のような、現実味の無い光景だった。


 その後、猿系を中心とした動物系モンスターたちの襲撃や誘拐、虐殺や捕食がチュートリアル開始まで行われ、初期の中野はまるで街全体が悲鳴を上げているかのようだった。


 その記憶に今でもうなされる巡礼者(プレイヤー)も少なくは無い。


『千春はずっとできない子で、いじめられっ子で、臆病で弱虫だったから……いつか強くなって、パパやママに頼られるような……安心して遠くから見て貰えるような……そんな子になりたかったんです』

 

 少し顔を俯かせた千春の表情に、陰が差す。


 後悔と、罪悪感。


 守ってもらうばかりで、結局何一つ返すことのできなかった両親への想い。


『最初のクラン・ロワイヤルの時、千春はたくさんの優しい大人の人に守られながら……あの中野富士見町の病院に辿り着きました。同じような境遇の子、ケイオスには何人か居ます。守ってくれた人が死ぬところを見ました。助けてくれた人が、殺されるところを何度も見ました。でも千春は──動けなかったんです』


 ふるふると、千春の身体が震え出す。


 王サマ(ゆうじん)は座っていたパイプ椅子からゆっくりと立ち上がり、千春の隣へとゆっくり近寄る。


 その小さな頭に優しく手を添えて、そっと自分の胸へと抱き寄せた。


『悔しかったんです。千春に優しくしてくれた人たちを助けられない強くない自分が、泣いているだけで何もできない幼い弱い自分が、怖くて震えて一歩も動けない自分が……気持ちだけで勇気が出せない……自分が……』


『もういい。悪いことを聞いた。ごめん』


 千春の目尻に溜まり始めた小さな涙の粒が、王サマ(ゆうじん)の寝間着のシャツに小さな染みを作る。


『……だから千春は、リーダーや海斗くん達みたいに強くなって……千春に優しくしてくれた人みんなを、助けられる様になりたいんです』


『お前は偉いよ。頑張ってるお前には強くなる資格がちゃんとある。守られる理由も権利もある。救われるべき人間なんだ。お前はゆっくりと強くなればいい。焦る必要なんてない。ケイオスのみんなはお前が大好きだから、しっかり守られながら、少しずつ一歩ずつ強くなれ』


 千春の柔らかく細い髪を、傷つけぬ様に丁寧に手で()く。


『……な、なんか今日の祐仁くん……優しすぎて変です……』


『そうか? 俺はいつも優しいじゃん』


『いえ、なんていうか……年上のお兄ちゃんって感じの……』


『いや、年上なんだが? お兄ちゃんだが? ほら言ってみ? お兄ちゃーんって』


『言わないですよ!! だから、あの……んーっ! なんて言ったら良いのかわかんないですけど! 違うんですー!』


 顔を真っ赤に染めて照れる千春が、王サマ(ゆうじん)の身体をドンと突き放し、あさっての方向へと向く。


『もう! もう! いっつも千春をからかって! 本当にいじわるです!』


『おいおい、意地悪とは人聞きの悪い。俺はただ──』


『ち、千春は悠理さんのお手伝いに行ってきますから、残ったテーブルは祐仁くんが拭いてください! セクハラした罰です!』


『セクハラ?』


『お、女の子の頭を無遠慮に撫で回すのは、立派なセクハラです!!』


 そう言って千春は、その手に握られていた乾拭き用の布巾を王サマ(ゆうじん)へと投げつけ、物凄い勢いで食堂から走り出て行く。


 顔面にぶつかった布巾を掴み、その後ろ姿を見送りながら、王サマ(ゆうじん)は微笑む。


 それはまるで、もう二度と戻らない妹との大切な時間と同じ。


 心温まる、楽しい時間。


 だがすぐに、その心に冷たい風が入り込む。


『──そう、だから俺は……お前のような救われるべき奴らが、ちゃんと救われる為に……』


 この半年の己の行いを、一時でも後悔した自分を恥じる。

 覚悟を持って、非道を成した。

 決意を持って、弱者を弄んだ。

 いつか必ず裁かれるべき存在であると己を定義し、そしてその断罪の時は、そう遠くない。


『もう二度と……間違った奴が弱者を導かないように……』


 目を閉じて、仲間達の顔を思い浮かべる。

 

 壊れて狂い、間違えた。

 それすらも愛おしく、大切な〝覇王〟の仲間。


 世界で唯一分かり合える、同じ地獄を共有した同士。


 名前を捨て、顔を失い、自分を物語の悪役と捉え、クランネームを決めた。

 初めは〝魔王〟にするつもりだったが、どうやら今の東京には〝魔王〟と言う役割(ロール)は他に居るらしく、システムに拒絶された。


 名前なんかどうでもいいと投げやりに名付けた〝覇王〟と言うクランネームは、良い感じに滑稽で馬鹿っぽく、なんだかんだで愛着も湧いた。


『ははっ、駄目だなぁ……この生温く居心地の良いクランに居すぎると……牙が抜けちまいそうだよ……』


 最後に、妹の顔を思い浮かべる。


 顔をボコボコに腫らし、口の端には泡だった血。

 服は破かれ、目は虚ろで、前歯も折られ──。


『……そうそう、時々ちゃんと……思い出さないと駄目だよな。悪い兄貴で、ほんとごめん』


 脳裏に焼き付き消えてくれない──消してはいけないそんな妹の姿に謝って、王サマ(ゆうじん)はそっと目を開けた。


 その目の奥に、ドロドロに煮えたぎる憎悪の熱が、鈍く熱く輝いている。


『俺は……ちゃんと、やれる……』


 そうぼそりと呟いて、王サマ(ゆうじん)は布巾でテーブルを拭き始めた。


 ケイオスの皆本祐仁と言う人間は、文句こそ多いがちゃんと仕事をこなす好青年。


 それをしっかりと演じきる為に。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「はっ、ははははっ!! なるほどなるほど! 高レベルの生け贄を用意できた場合はこういう変化が起きるのか!!」


 その手に握られたシェイプシフターをぶんぶんと振り回して、祐仁(おうサマ)は叫ぶ。


「これは──ああ、これは確かに!!」


 血走った目をぎょろりと動かして、祐仁(おうサマ)は大河を見る。


「そこらへんの雑魚を無理矢理仲間にして、生け贄に仕立て上げた実験の時とはエラい違いだ!! これが価値のある魂を!! 俺の大事な大事な仲間を生け贄にした力!! もう二度と戻らない!! アイツらの!!」


 一回りは膨れ上がったであろう筋肉。

 相対してしっかりと感じ取れる威圧感。

 身体から吹き上がる、赤いオーラの様な揺らぎが祐仁(おうサマ)の周囲の景色を歪める。


「これなら! 俺でもアンタとちゃんと戦えるな!! 大河(リーダー)!!」


 未だ揺れの収まらない祭壇前広場で、大河と海斗が剣を構えて祐仁(おうサマ)をにらむ。

 その少し後ろで廉造がマイク型の咎人の剣、エコーを口元に添えて、ごくりと生唾を飲み込んだ。


「な、なんだアレ……」


 震えた声は、怪我がまだ癒えていないからなのか。

 もしくは得体の知れない祐仁(おうサマ)のプレッシャーに身体が恐怖したからか。


「廉造! 多分こっからはギリギリだ! 辛いと思うけど、歌を止めるなよ!!」


 そう叫ぶ大河の視線は、祐仁(おうサマ)を捉えて離さない。


「大河! 俺の事を気にする必要は無いからな! 災禍の牙の結晶は勝手に避けるから! お前はアイツを倒す事だけ考えろ!」


 そう言って飛び出したのは、海斗だった。


 鞘に収まったままのハヤテマルの柄をギュッと強く握り、浅い呼吸を繰り返しながら抜刀のタイミングを計る。


「海斗さん!」

 

 出遅れたと焦る大河が、海斗の後を追って駆け出す。


「──ああ、もう! 二人して!」


 かけ声も無く戦闘を始めた大河と海斗に呆れながら、廉造は大きく息を吸い込んだ。


「喉が枯れるまで、ぶっ倒れるまで歌ってやるから感謝しろよな!! 【戦いの詩(ファイトソング)】!!」


 どこからともなく、激しい曲調の音楽が鳴り響く。


「良いな! 俺の好きな曲だ!」


 それは海斗が好んで聞く海外ロックバンドの代表曲。


 英語の歌詞はとてつもなく物騒だが、込められた友と恋人へのメッセージが熱い、罪を犯したボーカルが再び立ち上がり更生を目指す奮起の歌。


「ああ、俺も好きだよその曲! ボーカルのしゃがれた声が良いよな!!」


 祐仁(おうサマ)もまた、迫り来る海斗に向けてシェイプシフターの鋒を向け走り出す。 その顔に張り付く笑顔は壮絶。

 

 興奮し紅潮した頬と浮き出た血管により、真っ赤に染まっている様にも見える。

 

「お前には聞いてねぇよ馬鹿野郎!!」


 間合いは絶妙。

 踏み出した右足で地面を強く踏みしめ急制動を掛けた海斗が、その鞘からハヤテマルを抜き放つ。


 ハヤテマルは攻撃速度に特化した剣。

 その剣速という一点に於いては、大河のソレをも凌駕する。


 だが──。


「──ははっ! 止まって見えたぜ!! すげぇ! すげぇよお前ら! お前らの力が!! 俺をこんなにも強くした!!」


 その刃はいとも簡単に、シェイプシフターによって阻まれた。


「うぉおおおおおおおおっ!!」


 間髪入れず、海斗を飛び越えて空中に躍り出た大河が雄叫びと共に災禍の牙を上段から振るい落とす。


 剣の軌道にそって生み出される赤い水晶の牙が、祐仁(おうサマ)を噛み砕こうと迫る。


 しかし──。


「遅ぇっ!」


 祐仁(おうサマ)の膨れ上がった右腕。その膂力を用いた乱暴な一振りが、水晶の牙を粉々に粉砕した。


「ぐっ!!」


「なるほどな!! 水晶自体の硬度を上回る攻撃力さえあれば、こうやって防げるわけだ!! あはははははっ!!」


「しぃっ!!」


 高笑いをしながら大河めがけてシェイプシフターを突き出す祐仁(おうサマ)の足下で、地面すれすれまで身を屈めた海斗が渾身の力でハヤテマルを薙ぐ。


 廉造の【戦いの詩(ファイトソング)】によって向上している筈の攻撃速度。


 その斬撃は大河の感知能力を持ってしても微かにブレた姿しか目視できないほど速い。


「おっとぉっ!! 抜け目ねぇな海斗さん!!」


 しかしそれを、祐仁(おうサマ)は軽々と避けて見せた。

 不安定な体勢から歪な形で無理矢理跳躍した祐仁(おうサマ)の勢いに、広場の地面に大きな陥没が出来上がる。

 

 地面から離れた空中で、大河と祐仁(おうサマ)の目線が同じ位置で交差する。


「ふぅっぅぉおおおおおおおっ!!」


「おぉぉぉおあああああああああっ!!」


 お互いが着地するまでの数瞬で、災禍の牙とシェイプシフターの刃が何度も何度も、甲高い音を響かせて打ち合わされた。


 両足が地面に付いても、大河と祐仁(おうサマ)は剣を振るう手を止めない。


 その周囲には砕かれた赤い水晶の欠片がキラキラと輝き、舞っている。


「おらぁああああああああっ!!」


 大河の斬撃と共に生み出される牙を避けながら、海斗が二人の打ち合いに割って入る。


 三人が切り結んでいる場所は、距離にして二メートルも無い狭い空間。


 一手間違えれば。

 一手読み違えれば。

 一手遅ければ。


 その瞬間絶命するであろう、常人には理解できない速度と威力の斬撃が、三者から次々と繰り出され、それをお互いが防ぎきっている。


 恐るべきは、祐仁(おうサマ)であろう。


 大河の高威力。

 海斗の最高速。


 この場に居るどの巡礼者(プレイヤー)にも防ぎきれない、間違いなく致命の連撃をたった一人で捌ききっている。


 アビリティ【征服(コンクエスト)】と、拠点効果【征服者への忠誠】による圧倒的な身体能力(ステータス)の向上が、それを成立させていた。


 ジュリの。

 カネの。

 ミヤの。


「あはははっ! 見てるかお前らっ!! 地獄でこのスペクタクルを!! 楽しんでるか!?」


 最愛の仲間の命を吸い取った悲しき【征服者(コンカラー)】は、おそらく代償として失われた理性を僅かに遺しながら、楽しそうに嗤う。


 大河にも、海斗にも、そして祐仁(おうサマ)にも。

 三者の誰にも有効な攻撃が当たらない激しすぎる膠着状態に、戦いを見守る観客たちボルテージも最高潮を迎えた。


 殺し合いが、激化する。

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