臆病で嘘吐きなボクらの③
夥しい血を撒き散らせながら足下に転がって来た、仲間の身体。
祐仁は驚きもたじろぎもせず、右膝を折り曲げて身を屈め、その青白く変色していく頬を右手でそっと撫でた。
「…………」
レベルによって与えられた防御力のせいか、カネはまだ絶命していない。
だがもう声が出せないのだろう。
薄笑いを浮かべた表情のまま祐仁を見上げ、口をパクパクと動かしながら、何かを伝えようとしている。
「……ああ、大丈夫だ。心配すんなって。俺は最後までちゃんとやれる。お前らが居なくたって、しっかり出来るさ。本当だ」
「…………」
カネは力無くコクリと頷き、最後に目一杯の笑顔を見せて──そして息を止めた。
「……ありがとな。お前が居てくれたから、ここまで来れた。おやすみ、カネ」
もう反応を返す事は無い友人の顔を愛おしそうに撫で、祐仁は黙祷をするように目を閉じた。
しばらくして瞼を開けゆっくりと立ち上がり、名残惜しそうにカネの死に顔を見つめ、そしてフッと逸らす。
見据える先は大河と、そしてミヤ。
二人はまだ剣と剣を打ち鳴らした状態で、拮抗していた。
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「あぁああああああ! ああああぁあああぁぁぁぁぁああああっ! カネが死んじゃった! 俺を置いて! 先に死んじゃったぁああっ!!」
涙と鼻水で顔をグチャグチャに汚したまま、ミヤは右手に持つブラックウィルを乱暴に振り回している。
その瞳孔は不自然に揺れ、口元はヒクヒクと痙攣していた。
「あああぁぁぁぁっ! 可哀想なカネ! 小さい頃からずっと虐められて! 誰にも理解されないまま!! まるで悪役みたいに誤解されたまま!! こんな場所で死んじゃった! 死んじゃったぁぁあああああああっ!」
相対している大河など、最早眼中に無い。
ミヤは己の感情の、自分ではどうしても処理できないフラストレーションを解放するがままに暴れているだけだ。
悲しみを、憤りを、不満を、それら全てをただ目の前の大河にぶつけているだけに過ぎない。
ミヤにとってこれは戦いでも殺し合いでもなく、ただの八つ当たり。
子供じみた論理思考を、子供のように発散しているだけだ。
「──ぐぅっ! さっきからっ! 黙って聞いていればっ!」
何一つ事態が好転しない苛つきと、災禍の牙の怒りに抗う事で更に増した焦りとが重なりあい、ついに大河の中の何かがブチっと切れた。
「なんでお前らがそんな被害者面してんだよ! 違うだろ! お前らはこの中野の! 弱い人たちを苦しめてきた加害者だろうがっ!!」
災禍の牙で受け止めていたブラックウィルを、力任せに押し飛ばす。
その剣の持つアビリティ【憤怒】によって増し始めた攻撃力が、一時的に祐仁の【征服】を上回る。
「うわぁあああっ!」
情けない悲鳴を上げながら、ミヤの身体が大河から遠く離れた場所へと飛んでいった。
「ふぅううっ! ふぅっ! ふぅううううう!!」
身体に篭もった怒りと言う熱を放出するかの如く、大河は大袈裟に深呼吸を繰り返す。
「──大丈夫……大丈夫だ……まだ俺は冷静……ちゃんと自分を制御できてる……」
ブツブツと、自分にそう言い聞かせながら。
大河は右手に持つ災禍の牙を一度大きく横に薙いだ。
剣の軌道に一拍遅れて現れる大きな赤い水晶の牙が、轟音と共に空気を切り裂きながら出現し、そして一斉に割れた。
その細かい破片は風に乗り、前広場全体に広がっていく。
台形状に積み上げられた〝征服者の祭壇〟越しに太陽光が破片を照らし、乱反射した赤い輝きがキラキラと広場を彩った。
「──戦れる!」
決意の言葉と共に、大河は強く地面を蹴りつけて駆ける。
見据えるはいまだ地面に無様に転がっているミヤ。
距離を開けさえすれば、そこは大河の距離。
「うぉおおおおおっ!! 【赤晶牙】!!」
上段に構えた災禍の牙の剣身に、空気中に霧散していた赤い水晶の欠片が集まる。
それは剣と言う概念を馬鹿にするほど大きく、そして長い一本の牙。
災禍の牙のアビリティ【斬撃結晶】を使用すればするほど、フィールドの空気中に霧散していく水晶の欠片を凝縮し、その攻撃力を爆増させるスキル。
巨大かつ長大なその牙が、澄んだ真っ赤な光を発する。
一度使えば周辺の破片を全て吸収してしまう性質上、連続での使用はできない。
もう一度このスキルを使うには、スキル自体のクールタイムを経過しつつ、また【斬撃結晶】で生じる水晶の破片でフィールドを満たさなければならない。
そしてその攻撃力は、空気中に漂う水晶の破片の量で決まる。
「喰らいつけぇええええええええええええ!!」
雄叫びと共に、赤い牙が振り下ろされる。
増加した重量。
増加した攻撃力。
増加した苛立ち。
それらを全て一撃に込めて、赤く輝く災禍の牙の顎がミヤへと襲いかかった。
「ひっ、ひぃいいいいっ!!」
情けない悲鳴を発しながら、ようやく立ち上がろうともがいていたミヤは、慌ててブラックウィルを眼前へと構える。
乾いた硝子の破裂音が広場に鳴り響く。
粉々に砕け散った【赤晶牙】の剣身が、粒子状になって消えていく。
その剣で直接受けたスキルやアビリティを無効化する──それがミヤのブラックウィルのアビリティ【虚無】。
だが──。
「思った通りだぁあああああああっ!!」
剣を振り下ろした状態のまま、大河はそのまま災禍の牙を振り上げた。
【虚無】によって消滅したのは、巨大化した災禍の牙──【赤晶牙】の先端部分のみ。
目算にしておよそ三分の一は依然として残り続けている。
「ぎっ、ぎいぃいいいあがぁああああああっ!」
振り上げた巨大な刃が、ミヤの左腕を寸断した。
鮮血が舞い、ミヤの汚い悲鳴が広場に木霊する。
同時に先ほどよりも大きな硝子の破裂音が鳴り、【赤晶牙】が完全に消滅した。
「まだだぁあああ!!」
駆ける勢いそのままに、大河は災禍の牙を左脇に構え、まっすぐ突き立ててミヤへと突進する。
「これなら! 受け止めようがなんだろうが!」
その刃の鋒がミヤの右脇腹を突き刺し、その身体を浮かせたまま広場と観客席とを隔てる壁に激突した。
「いっ、痛いっ! 痛いぃいいいいいっ!!」
通常状態の災禍の牙は、そもそも他の『咎人の剣』と比べても刃自体の幅が大きい。
それが右脇腹──正確には、脇腹を含めた右胸までもを貫いている。
その痛みは尋常では無いだろう。
「こんぐらいで泣き喚くんじゃねぇよ! お前が今までしてきた事に比べりゃあ!!」
苛立ちをそのままぶつけるように、大河は悪態を吐いた。
「こんくらい!!」
叫びながら、災禍の牙の柄を全力で捻る。
それはミヤの脇腹の傷、その周辺の肉を引き千切り、最早傷では無く人体に開いた〝穴〟と化した。
「あぎゃああああああああああっ!!!」
「お前が今まで遊び半分に殺してきた人たちの! お前らが今まで利用してきた弱者の! その痛みを少しでも味わって死にやがれ!!」
自覚する。
間近で聞く断末魔に、そして血の匂いに、明らかに興奮している。
ただ殺すだけでは物足りない。
少しでも多く痛みを与え、少しでも多くの苦しみを与え、そして後悔しながら殺さなければ、今までこの中野で弄ばれてきた弱者たちの恨みが晴れない──と。
もう〝覇王〟供の理解の及ばない考えなど考える必要も無いと、今はただ目の前の外道に対して怒りをぶつけることだけを考えればそれで良いと。
大河の思考は真っ赤に染まっていた。
「何が可哀想だ! 何が誤解だ! お前らが今までしてきた事の一体どこに同情の余地があったって言うんだ! なぁ! 答えてみろよクソ野郎!!」
殺ろうと思えば、その意思さえあれば。
すでに大河はミヤの命をその手に握っている。
だが足りない。
苦しみが、痛みが、後悔が。
この殺人者が死ぬには、それらが余りにも足りていない。
どんな醜い苦悶の表情をしているのか──興味本位でミヤの顔を伺う。
だが。
「ぐぎギぎっ! フはっ! ふハはハハっ! ど、同情だっテ!? あるよ!! 俺らが! 俺らだからこそ! 同情されるべきなんダっ!」
充血し血走ったその瞳から、黒い意思の光は失われていない。
「オっ、俺らだっテ! 最初からこんナんじゃなかっタっ!! 王サマだって! 狂ってなんかいなかった!!」
耐えがたい痛みに目尻に涙を溜めたまま、口元を涎と鼻水で濡らしたまま、ミヤは叫ぶ。
「シッ、知らナイからっ! 俺らがどんな地獄を見てきたか知ラないから! そんナ事が言えルんだっ! 祐仁が味わった苦しミをッ! カネが受けた屈辱ヲっ! ジュリ姐がドンナ酷い目にあったか! カノーがどれだけ踏みにじられたかっ!」
「ぐぅっ!!」
大河の左肩に、ブラックウィルの刃が突き刺さる。
だが死にかけのミヤの弱々しい力では、貫通までには至らない。
「アレだけミンナの為に頑張ってキタ祐仁が!! なンであんな目に遭わなイといけなかったンダッ! 絶対ニっ! 絶対に間違っテいる! 俺らニハ! この中野に復讐する権利ガあるんだ! あったんだヨ! 何も知らナイ癖に!! 俺らの事を馬鹿にスルなぁああああァアァァアアアアアアアアアアアアアアアア──っ!!」
その迫力に、憎悪に、圧倒される。
黒い光を宿した瞳から発される謎の圧力に、災禍の牙を握る手が思わず緩みかける。
「王サマ!! カネ!! ジュリ姐!! カノー!! コの中野のクソ野郎達ががドレだけみんなを憎ンでも! 馬鹿にシテも!! 俺だけはみんなが正しカッタと言い続ケルから!! みンナが自分ノ事を諦めテモ!! 俺ダケはみんなヲ諦めナイから!! だカラ!! 王サマじゃなくテ!! お前ガ死ネぇえええええええええええええええええっ!!」
「──くっ! うぉおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
それは殆ど反射だった。
思わず一歩退いてしまうほどの殺意の塊に、ドス黒い意思に。
大河の生存本能が勝手に身体を動かした。
災禍の牙を全力で、高レベルの身体能力を余すことなく使い、ミヤの身体を横に両断した。
奇しくもそれは、親友であるカネと同じ形の死に様。
ただ一つ違うのは、下半身と上半身に別たれても、ミヤは大河の肩に突き刺さるブラックウィルの柄を決して離さなかった事。
絶命する瞬間まで、その鬼気迫る表情は命を失ってもなお色濃く、大河への殺意で塗り潰されていた。




