3対5③
「俺の相手は君。本当はあっちの生意気くんが良かったんだけどね」
広場の奥で楽しそうに微笑む祐仁と、大河の間を割り込むように、黒い剣を構えるミヤが立ちはだかった。
「廉造じゃなくて残念だったな!!」
災禍の牙を中腰に構えた大河が、ミヤに肉薄する。
「ふふっ、そんな近寄らなくても」
「うるせぇっ!」
その距離、実に1メートル未満。
振れば確実に刀身が相手の胴を薙ぐ。
そんな距離。
渾身の力を籠めた災禍の牙が、ミヤの胴体を切り裂こうと迫る。
しかし──。
「残念。俺とキミはとても相性が悪い」
そう言って、ミヤはその手に持つ黒い剣を縦に構え、災禍の牙の刀身を受け止めた。
硝子が砕け散るような破砕音が、広場全体に反響する。
「──なっ!?」
「カノーから話を聞いた時、もしかしたらって思ったんだ。キミの持つその剣の追加攻撃、俺の『ブラックウィル』なら簡単に防げるんじゃないかなって」
災禍の牙のアビリティである【斬撃結晶】の効果で生まれた赤い水晶の牙が、一瞬で粉々になった。
破片の一つ一つに日光を受けて乱反射する赤い光が、広場にどこか幻想的な光景を作り出す。
「うん、思ってたとおりの結果で安心したよ。これで少しは長く戦えるかな?」
「──な、何が」
「見て分かるでしょ? アビリティの無効化だよ。それが俺の剣──『ヴォイドソード 黒い意思』のアビリティ」
「っちぃ!!」
一瞬呆けた隙を埋めようと、大河は大きく後方へと跳躍した。
「俺のブラックウィルはね。斬った対象の持つ意思──力を一定時間無力化するんだ。例えばキミの腕を少しでも斬れば、その腕は一切の痛みも感じられなくなって、動かなくなる。勿論、相手とのレベル差が大きいほど効果時間は短くなっちゃう。キミなんかだと、本当に一瞬なんじゃないかなぁ?」
大げさに黒い剣──ブラックウィルを振り回して、ミヤは不敵に嗤った。
「俺はこの剣が大好きでさぁ。少し前に飯野のオジサンを殺した時なんかは、一本づつ四肢を斬ってやったんだ。自分の腕が派手に飛んでも全く痛みが感じられず、〝血が流れる〟って意思も無力化できるから失血死もできない。意識をハッキリと持ったまま、自分が徐々に死んでいくのを最後まで感じ取れるんだ。良い顔してたなぁ。俺らへ向けられた怒りと、何もできない虚無感と、そして逃れられない死への絶望感……そんな感情がグッチャグチャに混ざったあのなんとも言えない表情……思い出すだけで、どうにかなっちゃいそうだよ!!」
目を見開き、血走らせたミヤが怒濤の勢いで大河へと迫る。
「このっ──!!」
迎え撃つ大河は、まだ距離があるにも関わらず災禍の牙を雑に振り下ろした。
一拍遅れて、振り下ろした剣の軌道に沿って赤い水晶の牙がミヤめがけて襲いかかる。
「無駄なんだってば!」
片手で振るわれたブラックウィルが、またしても水晶の牙を粉々に粉砕した。
「キミのアビリティが相手を直接攻撃するタイプである以上! 俺の【虚無】が必ずそれを打ち消す! 実体を持たない魔法スキルと凄く相性が悪いこのアビリティだけど! キミみたいな直情的な馬鹿相手だと凄い効果的なんだよね!! なんせキミらって、まっすぐ行ってぶっ飛ばす系のスキルを好むだろ!?」
「ぐっ!!」
あっと言う間に距離を詰めたミヤが振り下ろすブラックウィルを、災禍の牙で防ぐ。
瞬間、ガクンと。
災禍の牙を持つ大河の腕が下がる。
「重いだろ! 『咎人の剣』って言うのはさぁ! 持ち主と剣の意思を呼応させる事で戦闘能力を持つんだってさ! だからこうして俺のブラックウィルで剣自体に攻撃したら、剣の意思が無力化されて本来の重量を取り戻すんだ! 意識の無い人間の身体が普段より重く感じるみたいにさ!」
楽しそうに語りながら、ミヤは攻撃の手を緩めない。
次々と繰り出される連撃を、大河は必死に防ぎいなし続ける。
(重たくなるのは、ほんの一瞬だけっ! すぐにいつもの重さに戻るっ! だけどその重量差が、感覚を狂わすっ!)
奥歯を噛みしめながら、大河は必死に剣を振るう。
瞬間的に増加する剣の重量と、瞬間的に戻る剣の重量。
そのギャップが原因で行動が一拍遅れてしまう。
身体能力の数値で言えば、おそらく大河の方が圧倒的に上。
しかしミヤのアビリティによって狂わされた感覚が邪魔をして、攻勢に転ずる事ができない。
「俺はさぁ! アンタが羨ましいんだよねぇ!」
狂い咲くように嗤うミヤの楽しそうな声もまた、大河の思考を阻害する。
「王サマが待ち望んでいた英雄! 本当だったら俺がなりたかったんだ! カノーもそうだし、ジュリ姐も、カネも王サマも! 俺の手で終わらせてあげたかった! アンタみたいな何も知らず俺らを悪者としか認識してない、外から来た奴じゃなくてさぁ!! 全部知って、全部見てきた俺が!」
袈裟斬り、浴びせ、薙ぎ、突き、掬い上げ。
様々な方向から乱雑に、思いつくまま本能が示すままに繰り出させるミヤの攻撃を、大河は受け止める事しかできない。
災禍の牙のアビリティ【斬撃結晶】は、攻撃行動──大河が攻撃の意思を示した行動にしか適応されない。
剣の重量差で翻弄され、その感覚を弄ばれている現状では、反撃の糸口が掴めない。
「俺はさぁ! 他のみんなと違って、俺らが悪者のまま終わるのが本当は嫌なんだよねぇ! 俺らだって被害者なんだよ! この中野とかいうクソみたいな街の! 東京とかいうクソみたいな都市の!」
「──だからって!!」
徐々に、大河の動きが本来の鋭さを取り戻し始めた。
「お前らに過去何があったかなんて、俺らが知るわけないだろうが! 俺らが分かるのは、お前らのせいで! 祐仁のせいで! みんなが苦しんだって事だけだ!」
今まで東京を旅して、そして他の巡礼者よりも余計な戦闘を多くこなしてきた事で培われた戦闘経験が、大河の適応能力を底上げしている。
瞬間的に増減する剣の重量差と、ブラックウィルを防ぐタイミング。
それらを瞬間的に判断し、身体がソレに備えるよう順応していく。
「──ははっ! はははっ! さすが! 流石だよ【解放者】!
俺と俺のブラックウィルを相手にして、たったの数分で俺を凌駕しようとしてる! やっぱりキミは凄いなぁ! 王サマに選ばれただけの事はある!」
「さっきから! うるせぇんだよお前は!!」
命のやりとりの最中に会話に興じる事のできるその享楽さに、そして余裕さに苛立つ。
「まぁそう言うなって! 俺とキミが交わるのなんか、こういう殺伐とした場でしかありえないんだから!」
「ぐっ! こっちはっ! 会話してる余裕なんざ──!!」
そこで大河は気がつく。
大河がブラックウィルのアビリティ特性に順応し始めているように──ミヤもまた、圧倒しているであろう大河の身体能力に、追随し始めている事に。
「がっ、くっ!」
さっきまで容易に弾く事のできた攻撃が、徐々に弾きづらくなっている。
「ふっ! ぐぅっ!」
攻撃の起こりを見て動けた行動に、遅れが生じ始めている。
「ふふっ、ふふふ。キミさぁ、誰を相手にしているつもりだったんだ?」
「あぁ!?」
募る焦燥から悪くなり始めた口調で、大河はミヤに返事をした。
「キミが今戦っているのは、この中野を支配している男──【征服者】だよ? 【解放者】の称号を持つキミなら、意味が分かるよね?」
「称号──っ!? まさか!?」
剣戟の最中、少し離れた場所で腕を組む祐仁の顔を見る。
「おっと、ようやく気づいたか。そう、これが俺の称号が持つアビリティ──【征服】。俺がその足で立つフィールドは、時間が経てば経つほど俺らにとって有利な場所に征服されていく」
ミヤの動きが早くなっているのでない。
大河の動きが、鈍り始めているのだ。
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「兄貴! 兄貴なにしてんだよ!」
カネと対峙し、その両手から繰り出される拳を躱しながら廉造は叫ぶ。
その声は、少し離れた位置でハヤテマルを構えたまま棒立ちをしている海斗に向けられていた。
「つ、紡……おま、お前なんでここに……」
だが海斗の意識に、廉造の声は届いていなかった。
「んふふー。やっぱり……お兄さんにはアタシのスキルの効果、抜群だったねぇ」
ジュリは自分の顔を呆けて見ている海斗へと、ゆっくり歩き出した。
「最愛の人……お嫁さんだったり、恋人だったり、情欲を向けている相手が居る人ほど、アタシの【毒婦の芳香】の格好の獲物……」
「あ、逢いたかった……長い間待たせちまって……申し訳ねぇ……紡……」
ふらふらと、海斗もまたジュリへとゆっくり近づいていく。
「お前ら! 兄貴に何をしたんだよ!」
「うるさいなぁ。僕はただ暗示がかかりやすいようにしただけやで」
ぶんぶんと、カネは一見して喧嘩なれしてないとわかる所作で腕を振り回す。
「僕やジュリ姐さんやカノーは、スキルに癖があって攻撃手段が限られている代わりに、一度パターンに嵌めたら勝ち確や。あのお兄さんにはジュリ姐の事が、大好きな奥さんが裸で誘っているように見えるんやろなぁ」
「──っ! クソみたいなスキルだな! 結局アンタらはそうやって、他人を騙したり陥れる事しかできないんだ!」
「負け惜しみにしては火力が足りひんなぁ。そんな分かりきっていること言われても」
つまらなさそうに嘆息して、カネは一歩大きく後退した。
「といっても、決定打に欠けているって自覚もあるんよ。なにせ僕のこの剣──『偽証剣 ペンデュラム』はほら、見た目どおりただのアクセサリーなんで、こうやって格好悪く殴る蹴るしかできひんのよな」
黒いカッターシャツの胸元からネックレスと取り出して、廉造に見せびらかす。
「ジュリ姐の『毒爪 ソニア』もそう。攻撃力なんてたかが知れているから、ああやって相手の懐に飛び込んで、長い時間かけて毒でドロドロにする戦い方しかできひんねん」
「ちょっとネタバレが過ぎるんじゃないかな! じゃあ僕があっちの──っ!」
暗示にかかっていない自分がジュリの相手をすれば良い。
そう思って踵を返した廉造の身体が、バランスを崩して地面に倒れた。
「──は?」
「くくくっ、僕が意味も無くペンデュラムを見せびらかしたり、長々と雑談するわけないやん。暗示にかかりやすくなってたんは、キミも一緒」
ゆったりとした所作で、カネは廉造へと歩み寄る。
「腕と足、首と腰。あべこべやろ? 催眠の光を浴びて暗示にかかりやすくなったキミは、僕のペンデュラムを見るたびに数十秒間、身体のパーツの感覚が入れ替わるんや」
「──っくぅ!」
カネの右足が、廉造の頭をサッカーボールの様に蹴り上げた。
「といっても、キミらのレベルに対して僕の攻撃は殆ど通らんから、出来て時間稼ぎが精一杯なんやけどね」
カネの言うとおり、顔面を思いっきり蹴られたにしては廉造に殆どダメージが与えられていない。
せいぜい少し鼻血が出た程度だ。
「あっちのお兄さんが毒で溶けるのも時間かかりそうやし、常磐大河がミヤや王サマに勝つのを祈りながら、まったりと戦おうや」
ちょっとずつ正常な感覚を取り戻し始めた身体を確認しながら、廉造は目を動かして必死に状況を確認する。
虚ろな表情でジュリに抱かれている海斗。
大河は遠目に見ても優勢には見えない。
祐仁は広場の奥の方で腕を組んで、余裕そうに戦いを見物している。
(ぼ、僕が──僕が打開しないとっ!)
戦いはまだ序盤。
未だ全容を見せない〝覇王〟の実力に隠しきれない不安を抱えながらも、廉造は考え続ける。
夏バテだったり仕事が忙しかったり、あと今執筆に使っているデバイスが調子悪すんぎでどうにもなりませんυ´• ﻌ •`υ
本当に申し訳ぬぇ。




