王サマ①
自分の表現力の不足を痛感しててこの7日間くらいインプットに専念しようと本を読み漁って勉強──しようと
してたんですけど、普通に仕事が忙し過ぎてなんもできなかったよね…………。
僕は今、労働を恨んでいます。
と言うわけで、更新遅れて申し訳ございませんでしたυ´• ﻌ •`υ。
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「わかってんだよな。大河」
セカンドステージを勝利した二日後。
疲労困憊で丸一日目を覚まさなかった大河はようやく起き上がり、遅い昼食をもそもそと食べていたら、海斗や廉造に険しい表情で取り囲まれていた。
「最初の予定と違った行動。最初の予定と違った襲撃時間。全部説明しろ」
テーブルを挟んで対面に座る、鋭い目つきの海斗がじろりと大河を睨んだ。
「う、うん」
大河は半ば寝ぼけてぼぉっとした頭で、なんとか返事をする。
この時間帯、殆どのメンバーがなにかしらの雑事に従事していて、今ここには大河と海斗、そして廉造しか居ない。
昼食を運んできた悠理は他のメンバーと一緒に今は隣の家庭科準備室で慌ただしかった昼食の後片付けをしている筈だ。
「一番最初の虎武羅があんまりにもあっけなく片付いちまったから、これはもしかして他の大手クランも同じ感じであっさり倒せちまうんじゃないかって……」
豆腐入りの味噌汁をズズっと啜りながら、どこか申し訳なさそうに大河は語る。
「んで、勝ち残り予定の10組までクランを減らしても、全然終わる気配が無かったろ? ああこれ、俺ら〝覇王〟に煽られてんだなって考えたら……その、頭にキて……真っ白に……」
自覚はある。
災禍の牙を手にした時から、腹の底から沸き立つような熱い怒りが全身に満ちていく。
最初はそれを理性と責任感で抑えていた。
暴走しがちな思考を無理矢理御して、なんとか冷静であろうと努力していた。
しかし牙を振るう度、人を斬る度にその怒りは増していき、ついには抑えきれなくなった。
あとはもう唯々ひたすらに。
どうすれば効率良く人を殺せるか。
どうすればいかに多くの敵を斬れるかしか考えられなかった。
それこそ、高レベルが故に誰よりも高い体力を使い果たすまで──ついには倒れるまで。
「……お前、あの剣の事に関して、僕に言ってない事あるだろ。多分、剣を持つ事で生じるデメリットがあるんだ」
海斗の背後で腕を組んでいた廉造が、これまた険しい目つきで大河を見下ろながら声を低く言い放つ。
その言葉に、大河の身体がガチッと強張った。
「──あるんだな?」
それを見逃す廉造では無い。
バンッと右手で机を叩き、身を乗り出す。
大河は叱られた子供の様に怯えた表情で、こくんと頷いた。
「……あ、ある」
「それを言わなかったのは、僕が反対すると思ったからか?」
「ち、ちがう。シンプルに無視できると思ってたんだ。あのワイバーン・ドレイクとの戦闘ではちゃんと制御できてたし、自分の戦い方と合ってるから、気にすることじゃないと思ってた。ほ、本当だ」
「……いまいち信用なんねぇな」
海斗はテーブルの上を人差し指でトントンと叩いた。
「お前との付き合いはまだ短ぇけど、もう大体の性格は理解できたと思っている。他人の事に関しては度が過ぎるくらい慎重な癖に、自分の事になると途端に雑になりやがる。自己犠牲と言えば聞こえは良いが、要はお前……自分の身の安全を勘定に含めてないだろ?」
「そ、そんなこと……は……ない」
「どうだか……んで、そのデメリットってなんなんだよ」
呆れた様に嘆息して、海斗は丸椅子の上で腕を組んであぐらをかいた。
そんな海斗の様子に、大河はバツが悪そうに頷く。
「さ、災禍の牙は体力の消耗が激しくなる代わりに、攻撃力と攻撃性を時間経過で高めていくって言うアビリティがあるんだ。【憤怒】って言う名前なんだけど……えっと、戦闘時間が長引けば長引くほど攻撃力が上がる効果なんだって認識で居たんだけど……俺はほら、レベルが30を上がってから、体力も馬鹿みたいに上がってたから……【解放者】の称号の効果もあって、少しぐらい疲れやすくても平気だよなって思ってて……」
もごもごと居心地悪そうに、大河は行儀悪く箸を咥えながら小さな声で説明を続ける。
「災禍の牙の他のアビリティやスキルが余りにも強いから、差し引きで考えたらそれほど気にする事じゃないって……その証拠に、どこのクランと戦っても戦闘時間は20分を超えなかったし……予想外だったのは……」
「だったのは?」
歯切れの悪い大河の態度に苛立ちながら、廉造が聞き返す。
「……攻撃力の上げ幅が俺の予想以上に高かったのと……体力の消耗が時間と共に増えていった事……つ、つまり……感覚的に5分で2%とかそんくらいの消費だったのに、10分だと5%くらい減ってて……」
「……消耗率も、時間経過で増えていくのか」
「う、うん。しかも体力が無くなっていくにつれて……災禍の牙の怒りに抗えなくなってて……」
ついに大河は下を向いて項垂れる。
「せ、戦闘してない時間で自然回復する体力よりも、消耗していく方がギリ多かったんだ。だから早めに行動しとかないと後半動けなくなっちまうって考えたら、ちょっと焦っちゃって。しかも何時まで経ってもセカンドステージが終わらないだろ? じゃあ今のウチにあっちは潰しておかないとだとか、こっちもイケるかとか、そういう風に考え始めたら……もう止まらなくなっちゃって……」
「……おいおい、大丈夫かよ。お前、それでこれからの戦闘、冷静で居られる自信があるか?」
「あ、ある。大丈夫だ。こ、今回の件でどれくらいの戦闘時間で【憤怒】が抑えきれなくなるかはなんとなく掴んだ」
未だに左手に持っていたご飯茶碗をそっとテーブルに置いて、大河は海斗と廉造の顔をまっすぐに見る。
その瞳に迷いは無い──様に見えた。
だが廉造はまだ大河の言葉を疑っている。
「……一昨日のお前の様子を見るに、一度タガが外れたら自力じゃ止められないんだろ?」
深夜遅くに拠点へと戻ってきた大河の姿は、まさに満身創痍。
歩くのもやっとで、戦闘行動などとてもじゃないがままならない様子だった。
廉造はそこが気になっている。
「……ま、まぁ……その、そうだけど」
「ゲーム的に考えて、災禍の牙って剣はかなり強い武器なのは間違いないんだけど……その分大きいデメリットが絶対にあると思ってたんだ。そうでないとバランスが取れないからね。多分なんだけど、その【憤怒】ってアビリティで高まった攻撃性は、ある程度のラインを超えたら自分で止められなくなって、ぶっ倒れるまで継続するんじゃないか?」
「……合ってる……と、思う」
「あの剣のもう一つのアビリティである【斬撃結晶】と合わせると、もしかしなくても仲間を攻撃しちゃう可能性だってあるよな? そうじゃなくても、【渦動】やもう一つのスキルの効果範囲も味方を巻き込みかねない程広い。味方から距離を取って戦おうとすると、今度は僕の【戦いの詩】でも届かない場所で戦わないといけなくなる。今の時点で遠距離回復って手段が見つかってない以上、怪我をしても治せない……お前は殆どソロみたいな戦い方をしなきゃならないんだ」
廉造の歌唱スキルである【戦いの詩】は、スキル使用者を中心としてその歌声が届く距離が有効範囲だ。
多少遠くてもその声が聞こえたら身体能力にバフが入る仕様だが、その歌声が大きければ大きいほど──はっきりと聞こえれば聞こえるほどに効果が強まる。
災禍の牙の【斬撃結晶】に限らず、基本的にアビリティはスキルと違ってオンとオフの切り替えが出来ない。
剣の軌道に合わせて自動で形成される結晶の牙を味方が避けるためには、それなりの距離を取る必要がどうしても出てくる。
乱戦の最中、剣の軌道にまで気を向けられる余裕があるとは思えない。
もし敵がダンジョンボスやネームドモンスタークラスの強さだった場合、その余裕はおそらく大河には無い。
同じレベル帯にプレイヤーやクランと敵対した場合も、それは同じだ。
「……僕は今、あの結晶をお前に譲った事を後悔しているよ」
「そ、それは!」
暗く辛い顔で俯く廉造を見て、大河は思わず椅子から立ち上がった。
「それは違うって! あの時はセカンドステージって特殊な戦い方だったから!!」
「いや、お前はきっと今後も災禍の牙のアビリティを理由に誰よりも深く戦場へと飛び出していくんだろうな。一人で戦った方が安全だとか、そういう言い方をして。実際、一人の方が戦い易いってのがまたタチが悪ぃ。なんつー武器だ。パーティーを組む理由が無くなっちまう」
大河の言葉を、海斗の冷静な声が止める。
「──っ!」
息を呑む。
気づいていた。
気づかれないようにはしていたつもりだった。
だけど戦い慣れた海斗には、そして廉造には当たり前だが気づかれていた。
災禍の牙──『赤晶剣ファング・オブ・カラミティ』の大きすぎるデメリットとは、所持者を結果的に孤立させるスキル・アビリティ構成にある。
味方を傷つけかねないスキル範囲に、暴走し同士討ちを誘うアビリティ。
今の廃都・東京は巡礼者が一人で生き抜くには厳しすぎる。
今回はたまたま、敵が軒並み大河よりもかなり低いレベル帯だったから圧倒できたが、これが高レベル者で組織されたクランであれば、いかに災禍の牙が強力であろうとも対処されてしまう可能性だってあるのだ。
「戦い方、考え直さなきゃならねぇな。大河、お前しばらくは前線に出るなよ?」
「あ、で、でも……」
「もし無理にでも戦おうとしたら、僕と兄貴が全力でぶん殴ってでも止めるからね」
「……わ、わかった」
すとん、と。
大河は肩を落として椅子に座り込む。
「自分が動けなくて心配なのは分かるが、俺や廉造を──ケイオスの奴らの事をもっと信頼しろって話だ」
海斗はそう言って、椅子から立ち上がりテーブルを回り込んで大河の肩に手を置いた。
「う、うん……わかった」
海斗の言葉に素直に頷く。
今現在の大河にとって、戦いはアイデンティティになりつつある。
新宿。
目白。
池袋を経て高め磨き上げてきた戦闘経験と、コツコツと積み上げてきたレベル。
これがなければ、ケイオスの誰も大河をリーダーとして認めなかったであろう──と、本気で思っている。
自分が強いから価値がある。
自分が誰よりも戦えるから、皆が頼ってくれる。
誰よりも傷つく姿を見せられるから、皆が奮起してくれる。
もし大河に力が無ければ──悠理だってきっと。
役不足と痛感しているクランリーダーの重責に耐えられているのも、そしてそんな自分の言葉に皆が納得してくれているのも、誰よりも戦い、誰よりも傷ついてきたからだ。
「……」
海斗と廉造が、浮かない表情で落ち込む大河を慰めようと何かを話しかけてくる。
だがその言葉は大河の心に響かない。
『へいへいへーーーい!! 親愛なる中野区民のみんな-!! 元気してるかーい!? あなたのお耳の恋人!! DJカノーが緊急ニュースを伝えにやってきたぜーーー!!』
中野の街中にDJカノーの声が轟き、そして誰もが予想できなかった事実が告げられるのは、このすぐ後の事だった。




