勝利②
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……」
もうそろそろ、日が昇る。
悠理は第二小の校門前で、ひたすら大河を待っていた。
DJカノーのセカンドステージ終了宣言から1時間。
まだ大河は戻らない。
夜になってもじんわりと汗ばむ中野の気候が、悠理の肌をしっとりと濡らす。
額に、頬に、首筋に。
ゆっくりと垂れていく汗を拭う事もせず、悠理は第二小の校門前から見える道をキョロキョロと、無言で忙しなく見る。
「……まだ戻らないの?」
背後から愛蘭に声を掛けられても、悠理は振り向かない。
返事もしない。
「愛蘭さん、僕と兄貴が見てるから大丈夫だよ」
校門前のガードレールに腰掛けていた廉造が、眠そうに欠伸を噛み殺す。
「お前も今日は疲れてるだろ。俺らはなんつーか、こう。興奮しちまって逆に寝れねーからな。気にせず先に眠ってくれや」
電柱に背を預けて目を瞑っていた海斗にそう言われても、愛蘭は首を横に振った。
「戦いに出てたアンタらより先に眠れないっての。ウチらなんてここでただ休んでただけなんだから」
「何言ってんだ。チビたちや他の同盟メンバーを大人しくさせるの大変だったんだろ? 言って俺らなんか、大河に比べれば大した事してねーよ」
「そうそう。開始五時間くらいでやることなくなっちゃって、暇を持て余してたんだよね。元気有り余っちゃってさ」
海斗と廉造がそう言って笑っても、愛蘭の表情は浮かばない。
「……あの子の無事な姿を見るまでは、眠りたくないの」
そう言って愛蘭は悠理の肩に手を置いてそっと抱き寄せる。
「この子だって、一人にできないでしょう? アンタらみたいな女心に疎そうな男共に任せられるかっての」
愛蘭の首元に頭を傾けた悠理が、そっと目を閉じる。
「……お前はほんと、良い女だな」
「何よ。褒めても何も出ないわよ」
「こういう時は素直に受け止めろっての」
海斗と愛蘭のそんな軽口を聞きながら、廉造は道の向こうに目を凝らす。
「……ん?」
薄暗い街灯に照らされた静寂の道のど真ん中。
濃い朝靄の中ににふらふらと、何かが揺れる。
右に、左に。吹けば今にも飛びそうなほど不安定なソレは、人の影だ。
「……アイツが帰ってき──!」
「大河ぁ!!」
廉造が言い終わるより先に、悠理は駆けだしていく。
段差に躓き転びそうになった身体を無理矢理起こし、もう既に涙が零れ落ちそうな瞳でまっすぐにその陰を捉えて。
「お、おい馬鹿! 危ないだろうが!!」
「悠理!」
「一人じゃ危ないってば!!」
海斗が慌ててその後を追い、廉造と愛蘭も続く。
第二小の校門から外はシティフィールド。
中野の外よりマシとはいえ、普通にモンスターと遭遇する危険地帯だ。
建物の陰や上方から襲いかかってくる可能性が高い。
幾ら高レベルとは言え戦闘職では無い悠理一人では、もしかしたらがあり得る。
「大河! 大河ぁ!」
愛する男の安否を気に掛ける余り、己の身の危機を二の次にした悠理は一人、大河と思わしき陰へと無我夢中で走る。
距離にしておよそ200メートル。
その手に剣を抜剣していない状態の悠理では時間が掛かる距離だ。
「大河!!」
しばらくして悠理はその陰へと辿り着いた。
「ゆ、ゆう……り……」
返り血。
土埃。
汗。
それらで薄汚れた大河は、今にも閉じそうな目を必死に開けながら悠理へと顔を向ける。
「大河ぁ!」
ふらふらと揺れる愛しい男の身体を、しっかりと抱きしめる。
もはやヒーラーズライトのアビリティがどうの、回復がどうのなどという考えも及ばない。
ただひたすらに、くたびれ果てた最愛の大河の身体を抱き留めたかった。
それだけ不安だった。
心配だった。
大河の性格を知っているからこそ、その責任感を、無茶をする性分を熟知しているからこそ。
戦場に共に赴けなかった自分のふがいなさを呪いながら、ただただ無事を祈るだけだった。
何時だってそうだ。
大河が本当に苦しんでいる時、悠理は大河の傍に居られない。
新宿駅、池袋、そして今日。
回復役などと言う役割を担ってしまったが為に、大河の痛みや苦しみを共に分け合う事ができない。
戦場の一番後ろで、大河が傷つく姿を見ている事しか出来ない自分を何よりも呪う。
「良かった……良かったぁあ……」
ぺしゃりと地面に頽れながら、悠理は大河の頭を胸に抱き泣き続ける。
「……ゆ、ゆう……り」
その温もりに安堵を覚え、蓄積された疲労が大河の思考を深い眠りへと沈めていく。
海斗が、廉造が、愛蘭が何かを言っている。
その声が耳元に届いているのに、意味として理解できない。
大河に取って、悠理が平穏の象徴であり、戻ってくる場所である。
悠理さえ無事で居るのなら、大河はいくらでも無茶を通せた。
共に痛みを共有したい悠理と、何を犠牲にしても守り通したい存在。
想い合っている──繋がっているはずの二人の気持ちに深いズレが生じているのを、お互いがまだ、気づいていない。
中野クラン・ロワイヤル。
セカンドステージ、フラッグ防衛戦。
勝利。
残るはサードステージ、5vs5の勝ち抜き戦。
そしてこの中野の征服者〝覇王〟との決勝戦。
中野の街に朝日が昇り、濃い霧を白く照らしていく。




