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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
東中野ブロック

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195/269

勝利②

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「……」


 もうそろそろ、日が昇る。


 悠理は第二小の校門前で、ひたすら大河を待っていた。


 DJカノーのセカンドステージ終了宣言から1時間。

  

 まだ大河は戻らない。


 夜になってもじんわりと汗ばむ中野の気候が、悠理の肌をしっとりと濡らす。


 額に、頬に、首筋に。


 ゆっくりと垂れていく汗を拭う事もせず、悠理は第二小の校門前から見える道をキョロキョロと、無言で忙しなく見る。


「……まだ戻らないの?」


 背後から愛蘭に声を掛けられても、悠理は振り向かない。

 返事もしない。


「愛蘭さん、僕と兄貴が見てるから大丈夫だよ」


 校門前のガードレールに腰掛けていた廉造が、眠そうに欠伸を噛み殺す。


「お前も今日は疲れてるだろ。俺らはなんつーか、こう。興奮しちまって逆に寝れねーからな。気にせず先に眠ってくれや」


 電柱に背を預けて目を瞑っていた海斗にそう言われても、愛蘭は首を横に振った。


「戦いに出てたアンタらより先に眠れないっての。ウチらなんてここでただ休んでただけなんだから」


「何言ってんだ。チビたちや他の同盟メンバーを大人しくさせるの大変だったんだろ? 言って俺らなんか、大河(アイツ)に比べれば大した事してねーよ」


「そうそう。開始五時間くらいでやることなくなっちゃって、暇を持て余してたんだよね。元気有り余っちゃってさ」


 海斗と廉造がそう言って笑っても、愛蘭の表情は浮かばない。


「……あの子の無事な姿を見るまでは、眠りたくないの」


 そう言って愛蘭は悠理の肩に手を置いてそっと抱き寄せる。


「この子だって、一人にできないでしょう? アンタらみたいな女心に疎そうな男共に任せられるかっての」


 愛蘭の首元に頭を傾けた悠理が、そっと目を閉じる。


「……お前はほんと、良い女だな」

 

「何よ。褒めても何も出ないわよ」


「こういう時は素直に受け止めろっての」


 海斗と愛蘭のそんな軽口を聞きながら、廉造は道の向こうに目を凝らす。


「……ん?」


 薄暗い街灯に照らされた静寂の道のど真ん中。


 濃い朝靄の中ににふらふらと、何かが揺れる。

 右に、左に。吹けば今にも飛びそうなほど不安定なソレは、人の影だ。


「……アイツが帰ってき──!」


「大河ぁ!!」


 廉造が言い終わるより先に、悠理は駆けだしていく。


 段差に躓き転びそうになった身体を無理矢理起こし、もう既に涙が零れ落ちそうな瞳でまっすぐにその陰を捉えて。


「お、おい馬鹿! 危ないだろうが!!」


「悠理!」


「一人じゃ危ないってば!!」


 海斗が慌ててその後を追い、廉造と愛蘭も続く。


 第二小の校門から外はシティフィールド。

 中野の外よりマシとはいえ、普通にモンスターと遭遇(エンカウント)する危険地帯だ。


 建物の陰や上方から襲いかかってくる可能性が高い。


 幾ら高レベルとは言え戦闘職では無い悠理一人では、もしかしたらがあり得る。


「大河! 大河ぁ!」


 愛する男の安否を気に掛ける余り、己の身の危機を二の次にした悠理は一人、大河と思わしき陰へと無我夢中で走る。


 距離にしておよそ200メートル。

 その手に剣を抜剣(アクティブ)していない状態の悠理では時間が掛かる距離だ。


「大河!!」


 しばらくして悠理はその陰へと辿り着いた。

「ゆ、ゆう……り……」


 返り血。

 土埃。

 汗。

 

 それらで薄汚れた大河は、今にも閉じそうな目を必死に開けながら悠理へと顔を向ける。

「大河ぁ!」


 ふらふらと揺れる愛しい男の身体を、しっかりと抱きしめる。

 

 もはやヒーラーズライトのアビリティがどうの、回復がどうのなどという考えも及ばない。

 ただひたすらに、くたびれ果てた最愛の大河の身体を抱き留めたかった。


 それだけ不安だった。

 心配だった。

 

 大河の性格を知っているからこそ、その責任感を、無茶をする性分を熟知しているからこそ。


 戦場に共に赴けなかった自分のふがいなさを呪いながら、ただただ無事を祈るだけだった。


 何時だってそうだ。


 大河が本当に苦しんでいる時、悠理は大河の傍に居られない。


 新宿駅、池袋、そして今日。


 回復役(ヒーラー)などと言う役割(ロール)を担ってしまったが為に、大河の痛みや苦しみを共に分け合う事ができない。


 戦場の一番後ろで、大河が傷つく姿を見ている事しか出来ない自分を何よりも呪う。


「良かった……良かったぁあ……」


 ぺしゃりと地面に(くずお)れながら、悠理は大河の頭を胸に抱き泣き続ける。


「……ゆ、ゆう……り」


 その温もりに安堵を覚え、蓄積された疲労が大河の思考を深い眠りへと沈めていく。


 海斗が、廉造が、愛蘭が何かを言っている。

 その声が耳元に届いているのに、意味として理解できない。


 大河に取って、悠理が平穏の象徴であり、戻ってくる場所である。


 悠理さえ無事で居るのなら、大河はいくらでも無茶を通せた。


 共に痛みを共有したい悠理と、何を犠牲にしても守り通したい存在。


 想い合っている──繋がっているはずの二人の気持ちに深いズレが生じているのを、お互いがまだ、気づいていない。


 中野クラン・ロワイヤル。

 セカンドステージ、フラッグ防衛戦。


 勝利。


 残るはサードステージ、5vs5の勝ち抜き戦。


 そしてこの中野の征服者〝覇王〟との決勝戦。


 中野の街に朝日が昇り、濃い霧を白く照らしていく。

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