勝利①
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『セカンドステージ!! フラッグ防衛戦!! ここに終了を宣言!! うぉおおおおっ!! 生き残ったクランは〝中野ゼネラル〟!! 〝愛知県民会中野支部〟!! 〝哲学堂公園住民連合〟!! そしてそしてぇええええっ!!』
時刻は深夜三時を回った頃。
昼間のどこか落ち着かない空気もすっかりと消えた中野の街に、DJカノーの声が響き渡る。
『〝東京ケイオス〟ぅううううっ!! なんとたった一つのクランが──いや、たった一人の巡礼者がクラン・ロワイヤルセカンドステージを終わらせたぁあああああ!! 鬼神の如き大暴れで!! 15チーム中、11チームを殲滅!! なんて無敵さ! なんて無双ぶり! なんてご無体な!! 常磐大河というダークホースが、中野区を蹂躙!! こんな化け物に勝てる奴が果たして存在するのだろうか!! あまりにも速すぎる決着にぃいっ!! もはやケイオス以外の勝ち残りクランがお通夜状態だぁああああ!!』
海斗は第一陣地として使用していたコンビニ跡地のレジカウンターに腰掛けて、その実況を黙って聞いていた。
「結局、ワシらの仕事は最初だけだったな」
自動ドアの前で腕を組んで仁王立ちしている健栄が、コンビニの外を睨みながら呟く。
コンビニ内外には多くの同盟のメンバーが思い思いの体勢で休憩を取りながら、セカンドステージを勝ち残った喜びに沸いていた。
だが海斗も、そして健栄もその表情はどこか暗い。
「……そりゃあな。大河の大暴れにビビっちまった他のクランはみんな拠点の防御を固めに行っちまった。あまりにも速すぎたんだろうな。自分らのフラッグが落とされる前にケイオスのフラッグを落とそうなんて考えられないくらいに」
「大河は、これが分かっていたと?」
「知らねぇよ……っと。まぁ、俺らがここで何を言おうがもうセカンドステージも終わっちまったんだ。ここは勝利を喜ぶべきだろうな。さっさと第二小に戻ろう」
レジカウンターから飛び降り、海斗は腰のハヤテマルを揺らしながら背伸びをする。
「……そうだな。帰って、大河を労ってやろう。色々と言いたい事もあろうが、明日以降にしてやれよ?」
「分かってるよ。丸一日命がけで中野中を飛び回ったんだ。今日は許してやらぁ」
不満と苛立ちを隠そうとしないその背中をポンポンと叩き、健栄は海斗と共に共にコンビニの自動ドアを潜る。
「勝った!! 勝ったぞぉおおお!!」
「常磐大河! ばんざーーーーい!!」
「俺らの同盟のリーダー!! 常磐大河!!」
「解放同盟に入って本当に良かった!! この地獄から抜け出せるのももう少しだ!!」
「解放者!! 僕らの希望!!」
「解放者!!」
「解放者!!」
緊張からの解放と、若干の寝不足でハイになった同盟クランのメンバー達が、大河の名前と称号を連呼して狂騒している。。
海斗はその光景に少し面を喰らい、そして大きくため息を吐く。
「……この騒ぎの収拾をつけてから拠点に戻るのは、なかなか骨が折れそうだな」
「引率の先生の苦労が分かるな」
健栄は海斗の隣で苦笑と共に同意した。
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「勝ちました! 勝ちましたよ廉造くん!」
第二陣地。
高層マンション群の一棟。
その更に一室で、千春がぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びを表現している。
ここだけでは無い。
大きな道路を挟んで向かいのマンションや、その隣。
第二陣地の同盟メンバーが配置された場所のベランダから、千春と同じような色の声が聞こえてくる。
廉造はそれを、まんじりともせず聞いている。
「さすが千春たちのリーダーです!! かっこいい!! ねぇ廉造くん! 凄いですね!! 廉造く──廉造くん?」
千春かの呼びかけに対しても、廉造は反応を示さない。
「……わかっているんだよな。大河」
大きすぎる戦果。
順調すぎる状況。
大河の肩に重くのしかかるのは、同盟の皆の期待と希望と──そして手に入れた力。
かつて自分が立っていた芸能の世界で、廉造はその末路を嫌と言うほど見てきた。
たった一回の出演で、たった一回のSNSの動画で。
たった一曲のヒットで、たった一度の栄光で。
アーティストであったり、動画クリエイターであったり、俳優であったりとそのパターンは豊富だが、些細なきっかけからバズり人気を得て、一晩で一般人から人気者へと変わった者たちが辿る道。
賢い者であれば良い。
手に入れた名声はあくまでも仮初めのモノと理解し、そこから堅実に芸を磨いていく者であるならば何も心配は要らない。
周囲からの期待に応えようと努力し、堅実謙虚に、そして順調に芸能の道を歩んでいく者達だ。
だが愚か者は違う。
子役次代から芸能界で生き抜いてきた廉造は──人気アイドル『三宮憐』は、賢い者よりも愚か者の方を多く目撃してきた。
降って湧いた名声に狂い、溺れる者達を。
手に入れた『人気者』と言う大きな力は、善人を容易く堕落させる。
他者への振る舞いが、他者への気遣いが、他者から向けられる好意が。
全て歪み、果てに自滅が待っているとも知らず、傍若無人と成り果てる者を、廉造は嫌と言うほど見てきたのだ。
もちろん、今の大河の状況と違うのは理解している。
大河にはしっかりとした下地が、土台がある。
この東京を半年以上、その目で見て、その肌で感じ、その腕で生き抜いてきたという確固たるモノが。
だからそんな大河に限って、〝災禍の牙〟と言う大きすぎる力に溺れ、人格すらも歪めてしまうとはどうしても思えない。
幼少より煌びやかな芸能の世界に生きていた廉造にとって、同年代の友人なんてほとんど存在しない。
共演やコラボをきっかけに親しくなった者は多いが、お互いが人気商売をしている以上、その関係にどうしてもビジネスが絡む。
自分たち以外の大人の利益の為に常に振る舞いに気をつけねばならぬ以上、無邪気な関係では居られない。
そこには打算とセルフプロデュースと、事務所の意向と今後のキャリア形成への展望が混じり、純粋な友人関係と言えるか分からない奇妙な関係ができあがるのだ。
そんな廉造にとって、大河と言う男はおそらく人生で初めての、打算なく言いたいことが言い合える──同じ歳の友人であった。
まだ出会って日が浅いが、命を預けあう戦場を経て出来上がった関係は深く、お互い信頼もしている。
だからこそ、大河が変わってしまうのを廉造は望んでいない。
「お前は……お前のままで居てくれよ……」
穏やかで人当たりも良く、頼りがいがある癖にどこか抜けていて──それが廉造が知る、廉造が見てきた常磐大河であり、ケイオスの誰もが信頼しているリーダーだった。




