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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
東中野ブロック
192/234

ヴォルテクス③

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 「……ふはっ」


 思わず笑みが零れる。


 目の前に立ち塞がる(ひと)獲物(ひと)雑魚(ひと)


 今の大河にとっては、それは十二月二十五日の朝に大量のプレゼントがツリーの下に置かれている状況と等しい。


 気持ちが逸る。昂ぶる。


 溢れる歓喜が自然と笑みとなって、表情筋が自分でも制御できない。


「ははっ、はははっ……あははははははっ!!」


 商業ビル、一階ロビー。


 最奥に3基のエレベーターが並ぶだだっ広い空間に、数えるのも面倒な程の悪党共がひしめきあっている。


 誰も彼もが事態を飲み込めていないのか、平然と自動ドアを潜って侵入した大河に向けて、ぽかんと呆けている。


 最後列の何人かだけが、大河の姿を見て慌ててエレベーターへと乗り込んだ。


 事前にケイオスのメンバーが調べてくれていた情報に寄れば、おそらくフラッグが安置されているのは地上十五階、大広間。


 今の大河ならば目の前のチンピラ風情など全て無視して、エレベーターも使わず外壁を駆けて辿り着ける。


 が。


 もう殺し尽くすと決めた大河には、その選択肢が見えない。


「あはははははははははっ!!」


 災禍の牙を右肩に担いで、大河は身を低くしてロビーを走る。


「──っふん!!」


 限界まで力を込めた右腕を縦に振るう。


 敵までの距離はおよそ6メートル。


 災禍の牙は以前まで使っていたハードブレイカーよりも二回りほど大きいが、だからといってこの距離で敵に(きっさき)が届くほどでは無い。


 案の定、その大振りは虚しく空を切り裂き、ロビーの床に大きな亀裂だけを残した──と、それを見ていたユニオン構成員の誰もが思った瞬間。


 災禍の牙が辿った軌跡をなぞるように、赤い輝きを放つ結晶が瞬く間に生成され──真っ正面に棒立ちで立ち尽くしていた構成員五人を〝喰らった〟。


「……は?」


 今まで横に立っていた仲間が、鮮血を飛び散らせながらぐちゃりと潰れる光景に、頭が追いつかない。


「な、ななななっ」


「うわぁああああああっ!!」


「な、なんだこれ!! なんだぁああ!?」


 頬に、髪に、身体にぶつかる血の塊や肉片、臓物だったモノを受けて漸く、ロビーに絶叫が響く。


「とっ、常磐大河だぁあああああっ!!」


「なにされたんだ!! あっ、あいつらなにされてっ! どこにっ!!」


「あ、ああああ、ああっ、抜剣(アクティブ)!!」


「囲め囲め囲めぇえええ!!」


 逃げるモノ。剣を構える事を思い出したモノ。健気にも陣形を整えようと叫ぶモノ。


「──うぉおおおおおおおああああああああっ!!」


 それらの中心で急制動をかけた大河は、災禍の牙の柄を両手で握り、雄叫びと共にぐるりと一回転をする。


 またもその刀身は敵の身体に当たる事なく、空を切り裂く轟音だけが残る。


 だがやはり、一拍遅れて災禍の剣が辿った軌跡をなぞり、赤い結晶の牙が円形を描く。


「ごがっ!!」


「あぎゃああっ!!」


「お、俺のっ! 俺の内臓! 俺の内臓が!!」


 結晶は周囲に居た十名程度の腕や腹、腰などを横に真っ二つに斬り裂き、そしてパリンっという小気味よい甲高い音を鳴らして破裂した。


 大河を中心に一階ロビーの空間を舞う、赤い結晶の粒子。


 LEDの光でキラキラと輝くそれは、今し方噛み砕いた敵の血をも含み、どこか幻想的なまでに妖しく輝く。


「おおおおおおおおおっ!!!」


 腹から、喉から、魂の奥底から絞り出されたかのような絶叫と共に、大河は大勢の敵へと飛び込んでいく。


 放たれた弾丸のような速度でまた獲物(ひと)が密集した場所へと潜り込み、剣を振るった。


 今度はその刀身でも何人かの雑魚(ひと)を斬り、また一拍置いてその向こう側で赤い結晶の牙が大勢の(ひと)を噛み砕く。


 たった一振りで、十五名近くの構成員が惨殺された。


「む、無理だよ……」


「こ、こんな奴に勝てる訳ないだろ……」


 大河の放ったたった三回の斬撃で、ユニオンの構成員の全員が悟った。


 今ここに現れたのは、人では無く。


 人の形に収まった、災害。


 もしくは人の形に見えるだけの、化け物。


「逃げろ!! 逃げろぉおおお!!」


「どけ! どけぇええっ!!」


 蜘蛛の子を散らす──とはこの事を言うのか。


 つい五分前まで、今の状況を良く理解できず歓談に興じていた哀れな死を待つ子羊たちは、ようやく自分たちが餌としてこのロビーに集められた事を知った。


 高いレベルの準幹部級の構成員だけが上階に呼ばれて行き、下っ端ばかりぎゅうぎゅうに押し詰められたこの場は──単なる時間稼ぎ。


 DJカノーの実況を真面目に聴き、そして常磐大河の為した殺戮がいかにありえないかを察する事が出来たモノらは、すでにこの商業ビルの周辺から逃げ出していた。


 中には一緒に逃げようと律儀にも忠告したモノも居たが、ここに集められた200名弱は総じて危機感と現状認識能力に欠けた──強者の立場に今までどっぷりと浸かった愚か者ばかり。


 いかに常磐大河が強かろうと、ここまでの人数の不利は覆せまいと(たか)くくり、これまでがそうだったように数の暴力さえあればどうとでもなると思い上がった愚か者たち。


 これらの阿呆が、今から大河の手によって葬られる。


「逃がすかぁぁああああああああああっ!!」


 大河の無慈悲な絶叫が、空気をビリビリと振動させる。


 災禍の牙を逆手に握り、全力を込めてロビーの床へと突き刺した。


「【渦動(ヴォルテクス)!!】」


 赤水晶の刀身が眩く発光し、その刀身を中心に波紋のような波動がロビー全体へと広がっていく。


「な、なんだこ──うぉおおっ!?」


「ひ、引っ張られ……違う! 〝流される〟!?」


 もう少しで外へと繋がる自動ドアに辿り着く所だった構成員の一人の身体が、ロビーの床を割って噴出した大量の赤い水によって真横に押し流された。


「ごふぁっ! ごぼっ! がはっ!」


「ど、どうなって! がぼっ! がぁっ!」


 一人だけじゃない。


 ロビーに存在していた全ての雑魚(ひと)が、あまりの濁流に身動き一つままならず、同じ方向へと流されていく。


 それは〝渦〟だった。


 大河を中心とした、大河へと向かって激しく渦を巻いた赤い水の奔流。


 成人男性一人の身体を余裕で持ち上げ、とてつもない速度で巻かれるその流れに誰も逆らえない。


「死ぃいいいいいいいいねえええええええええええええええっ!!」


 渦の中心で待ち構えていた大河が、流れてくる獲物(ひと)めがけて無茶苦茶に災禍の牙を振るう。


「嫌だ! がばっ! 嫌だぁああっ──ぎゃあっ!」


「助けっ! 誰か助けて! ごぶっ! 親父! 兄貴!」


「来るな来るなっ──あばっ! ごぼぼぼっ! 来るなぁああっ!!」


 災禍の牙が、そしてその刀身から生み出される赤い水晶の牙が、流され辿り着いた哀れな悪党共をぐちゃぐちゃに噛み砕く。


 赤い水の奔流はその血を受けて更に真っ赤に染まり、透き通っていた水の流れが濁って行く。


「おらぁああああああああっ!!」


 次々と大河の元に勝手に辿り着く敵の身体へと、無心で剣を振るう。


 災禍の牙の刀身が当たり、手応えのあるモノ。

 生成された赤い水晶の牙で噛み砕かれ、手応えの感じないモノ。


 だが自分が〝殺した〟と言う実感だけが、大河に充足感を与え続ける。


 これが、『赤晶剣ファング・オブ・カラミティ』の持つアビリティとスキル。


 剣の軌道に合わせて生成される水晶の牙は、【斬撃結晶】と言う名のアビリティ。


 通常攻撃として繰り出した斬撃に自動で追加攻撃を与える。

 災禍の牙の刀身からおよそ1メートルほど先に、災禍の牙が辿った軌道をなぞり一拍遅れて放たれるソレは、所持者である大河の意思の介在しない完全自動。

 オンオフが効かないパッシブアビリティ。


 このアビリティの存在があったからこそ、廉造は大河の単騎特攻を認めざるを得なかった。


 なにせ剣を振るえば勝手に現れる追加攻撃だ。

 その威力も本来の災禍の牙の斬撃の70%ほどもある。


 パーティー戦闘や乱戦の最中、味方諸共真っ二つにしかねない。


 巻き添えにしないよう大河が気をつけていたとしても、そのせいで動きが鈍れば元も子もない。


 だからこそ廉造は、『一人で戦った方が強いまである』と言い切ったのだ。


「ふぅっ! はぁっ! はああっ!!」


 ばしゃりと水音を立てて、やがて一階ロビーに静寂が舞い降りた。

 つまりそれは、さっきまでここに居た二百名弱のユニオン構成員が、皆息絶えた事を意味する。


「ふぅううっ、ふぅうううううううううっ!!」


 肩で大きく息をして、昂ぶった感情をゆっくりと鎮めていく。


「い、一日に、三回の【渦動(ヴォルテクス)】は、しんどいって事か。ふっ、ふっ、ふっ」


 30まで上がったレベルと、災禍の牙を所持した事で高まった今の大河の身体能力(ステータス)を持ってしても、【渦動ヴォルテクス】は体力をごっそりと削った。


 スキル使用者を中心に半径20メートルほどの大渦を作り出すスキル。


 飲み込まれた敵は、激しい水流によるスリップダメージを受けながらやがてスキル使用者の目の前まで流される。


 このスキル【渦動ヴォルテクス】と、アビリティ【斬撃結晶】の二つのコンボ攻撃こそが、災禍の牙の基本的な攻撃パターンだ。


 濁流に揉まれ逃げる事も反撃行動を取る事も出来ない敵は、最後は災禍の牙とそこから生み出される結晶によって無惨に切り刻まれる。


 高レベル巡礼者(プレイヤー)の攻撃力があれば、今の中野でこのコンボに太刀打ちできる者はまず居ないだろう。


「……よし、よし」


 剣を持たない左手を何度も握ったり開いたりと、大河は自分の身体に残る体力を確認する。


「あとは……上の奴らか……」


 最初に逃げ出した──おそらく上層階に居るであろう幹部らに報告に行った構成員が乗ったエレベーター。

 

 大河はゆっくりとそのエレベーターに近寄り、呼び出しボタンを押した。


 やはりというか、十五階で止まっていたエレベーターの箱が動き出し、一階ロビーへと降りてくる。


 待っている時間が少し煩わしく感じ、大河はふと振り返って背後を見た。


 もはや千切れに千切れ、人の形を為していない獲物(ひと)だった肉片と、大量の水と血に濡れた──地獄絵図のような一階ロビーの姿が、そこにあった。

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― 新着の感想 ―
味方殺しの武器かよ!? 凶悪過ぎる……。 ブラッドシーカーが子供の玩具に思えるような暴虐っぷり。 進化の二段階目でこれって、バランス崩壊してません? しかも、主人公の精神に滅茶苦茶影響与えてますね…
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