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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
東中野ブロック
189/233

セカンドステージ、開戦②

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


『常磐大河!! 開始三時間にして〝沼袋ダハーカ〟の拠点を陥落ぅううううっ!! っていうか、おいおいダハーカの連中、全員殺されちまったぞぉおおおお!!?? え、マジで? 50人弱居たよね!? 一人で全員、10分も掛からず皆殺し!?? と、とにかく常磐大河が一人で潰したクランは、これで四つ目だぁああっ!! おいおいどうしたどうしたぁぁあああ!? 昨日まで偉そうにイキッてた中堅クランがたった一人に手も足もでないじゃないっすかぁあ!? もうちょい頑張ってくれないとさぁ!! マジでたった一日で終わっちまうよセカンドステージぃいいいい!!!』


「あの馬鹿、飛ばしすぎだろ」


 第二小から百メートルは離れたコンビニの跡地。


 街中に木霊するDJカノーの実況を聞きながら、海斗は苦々しい表情を浮かべて小さな舌打ちをする。


「聞いていた予定より、大分早すぎやせんか?」


 駐車場に積み上げた瓦礫の陰に背を預けて座る健栄が、海斗の顔を仰ぎ見ながら目を丸くしている。


「早いもなにも、予定通りならまだ二つ目のクランすら潰せてない筈なんだよ……俺らの報告には既読つける癖に、他のメッセは無視してやがる……アイツ、ハイになってんな?」


 海斗は腰の鞘に収まったままのハヤテマルの柄を握ってゆらゆらと揺する。

 すっかり腰に馴染んだハヤテマルで遊ぶのは、この剣を佩刀するようになってから出来た海斗の新しい癖だった。

 主に苛立っている時などに顕著に表れる


「どうする?」


「さぁな。こうなっちまったら俺らにももう止められないだろ。廉造にも一応聞いてみたんだが、放っておくしかできないとよ。今から後を追っても追いつけないしな」


 称号を持ち、レベルを上げ、そして新しい剣を手に入れた今の大河の身体能力(ステータス)は、ケイオスの中でもっともレベルが近い海斗のソレを全ての項目で上回っている。


 一応、ハヤテマルの特性である攻撃速度だけならまだ海斗にも軍配が上がるが、仲間内で殺し合いなどでもしない限り役に立つ訳もなく。

 今の様な状況で大河を止めるなど、海斗で無理なら誰にもできない。


「いやー、盟主さんとこのリーダー……ほんま凄いっすわー」


 コンビニの店内から、同盟クランのメンバーである金井(カナイ)が呆けた顔で現れた。


「さっきの〝沼袋ダハーカ〟ってアレ。元々は大久保辺りで合法ドラッグを売りさばいてたとかいう半グレ集団やね。イカちー奴らばっかで容赦も無いって言うんで、どいつもこいつもデカい顔してた奴ら」


「……へぇ。良く知ってんだなお前」


 ヘラヘラと笑いながら喋る金井の姿をじろりと睨み付け、海斗は腰のハヤテマルの柄をしっかりと掴んだ。


「まぁ、僕は前のクランの時から色んな情報を集めるって言って動き回ってましたから。得意なんよ。人から話聞き出すの。ほら、関西人やし」


「関西人かどうかは関係ないだろうに」


 健栄は金井の小ボケに律儀に突っ込んだ。


「あはは、でも盟主さんとこのリーダーがあないに暴れ回ってたら、あっという間に終わってしまいそうやね。セカンドステージ」


 どこまでも掴み所の無いふわふわとした所作で、金井は沼袋──大河が暴れているであろう方角の空を眩しそうに見つめる。


「まぁな。でも俺らのやる事は変わんねぇよ。アイツが暴れているって事を知った他のクランが選択する行動は二つだ。フラッグを守る為に拠点を固めるか……もしくはアイツの不在を狙って一斉に攻めてくるか。あの実況を聞いていたらよほどの馬鹿じゃないかぎり、中途半端な布陣で今の状態の大河に敵うとは思わねぇだろうからな。俺が敵なら、一か八かに賭けて全員でフラッグに攻める」


 ハヤテマルから手を離さず、海斗も金井と同じ方角を睨む。


 現状、大河が少し暴れすぎている感はあるが、事前に打ち合わせたケイオスの計画通りに事は進んでいる。


 DJカノーの実況から流れてくる敵クランを撃破した順番も、大河が決めていた流れそのままだ。


(まだ冷静(クレバー)である証拠と見て良いんだよな……? なぁ、大河……)


 興奮してハイになっているだけならまだ良い。

 敵を殺す楽しみに見境(みさかい)が無くなり、我を忘れているのなら、それはケイオスにとって大きな問題となる。


 だが、今のところ計画に大きな狂いは無い。

 むしろ状況は良くなっている。


(このまま、何事も無くさっさと終わってくれ……)


 戦力で言えばケイオス№2の位置にいる海斗ですら、始まってしまったセカンドステージに祈る事しかできないのだ。


 きっと拠点で大河の無事を願う悠理の心境は、もっと辛く苦しいのだろう。


 まだ年若い大河と悠理。


 そんな二人に重荷を背負わせてしまっている現状に、人生の先達としてのプライドと、兄貴分としての矜持が揺らぐ。


「……海斗、向こうが少し騒がしいぞ」


 大河と同じく新たな剣を手に入れた事で今までよりも感知能力が強化された健栄が、中野駅方面からの何者かの接近に気づく。


「……よし、(ようや)く俺らのお仕事の開始だな。金井、店内の皆に急いで持ち場に着くよう伝えてくれ。まずは予定通り、俺が先陣を切る」


「了解しましたー」


 海斗の指示にヘラヘラと笑いながら、金井はコンビニの店内へと戻っていった。


「……」


「……」


 海斗と健栄は、その後ろ姿を無言で見つめ続ける。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「廉造くん、リーダーからお返事返ってきましたか?」 


「……いや、返ってきてない」


 海斗たちの陣地から200mは離れているここは第二陣地。

 陣取っている場所は六階建てのマンションの五階部分だ。


「代わりに兄貴達からは来たよ。向こうはそろそろ戦闘に入るみたい。って事は、僕らももうすぐ……かな?」


「う、ち、千春も頑張ります……っ!」


 もぬけの殻になったマンションの一室の、かつては住民が使っていたであろうソファの上で千春は気合いを込める。


「気負いすぎだって。第二陣地(こ こ)は兄貴たちのとこと違って遠距離から嫌らしくチクチク狙う場所だって説明したろ?」


 開けた場所から広範囲をカバーし、敵を散らす目的で設置された第一陣地と違い、廉造と千春が任された第二陣地は大きな国道を挟む無数のビルの上から魔法や投石などで敵を狙い撃つ目的で敷設された場所だ。


 周囲の小さな通りをもある程度見渡せる位置に陣地を敷いたので、予想外からの敵の侵攻にも対処できる。


 海斗を筆頭とした第一陣には同盟メンバーの中でもレベルが高く近接戦闘に長けた者が多く配置され、次いで第二陣地には魔法戦用にビルドしたメンバーが多めに割り振られている。


 しかしやはりというか、今まで戦闘を避けてきた傾向にある弱者が多い同盟で、魔法戦闘向けのルナアーチに剣を成長させていた者や、魔法スキルを持つジョブに就いた者はそんなに多くは無い。

 同盟を締結してから慌てて用意はしたものの、戦闘経験が圧倒的に不足している。


 なのでこの陣地の役割はあくまでも遅滞戦闘。


 フラッグを目指して侵攻する敵クランへの徹底的な嫌がらせが目的である。


 ルナアーチの持つ中級魔法スキルは範囲指定型が多く、一度に複数の敵を攻撃できてなおかつ威力が高い物が多いが、発動までのラグや着弾指定の難易度の高さなどの癖が強すぎて、あまり有効的とは言えない。


 そこで廉造の【戦いの詩(ファイトソング)】によるバフがかかった投石の出番である。

 無差別に放たれる魔法攻撃の隙間を補完するように四方から襲いかかる、高威力のピンポイント狙撃。


 喰らう側からしたら、これほどの脅威は無いだろう。


「元々大河が単騎で特攻したのは、開始時点で油断しまくってる大手クランの出鼻を挫く為……DJカノーの実況が本当なら、本来の予定よりも大分成果が出てる。僕らの計画では、大手クランの戦力を削れればそれで重畳だったんだ」


「な、なるほど……あ、あの、ちょうじょうってどういう意味ですか?」


「……でも、大河はすでに4つの大手クランを潰している。しかもわざわざ敵を殲滅させて……もしかしなくても、アイツ……サードステージの攻略も同時にやってんじゃないだろうな……?」


「れ、廉造くん? あの、ちょうじょうってお山のてっぺんのことです?」


「残るクランは僕らを含めて10……その中でも実力のある大手クランは3か4……今のペースでそいつらを潰せるとなると……確かにサードステージはかなり楽になるっていうか……下手したら戦わずに……」


「れ、廉造くーん? あの、お話が難しすぎて千春がついていけてませーん。ちょうじょうってどういう意味ですかー?」


 ブツブツと独り言を呟きながら考え込む廉造。

 千春が何度も話しかけるが、悉くを無視されてしまいちょっと涙目だった。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「……」


 そんな廉造と千春の姿を、大通りを挟んだ向かいのマンションの一室から眺めている者が居た。


「……ここじゃなくて、ユニオンとかに行った方が常磐大河の戦っている姿が見えたな」


 金井と同じ、鷺宮ジャンクと言う名のクランのメンバー。


 三宅(ミヤケ)だ。


「カネは面白そうだって第一陣に行っちゃったし……王サマは相変わらず好き勝手やってるみたいだし、カノーもノリノリで、ジュリ姐さんは連絡が取れない。ちゃんとケイオスの情報収集しているの、俺だけじゃん」


 盛り上がった筋肉に薄手のTシャツ姿。

 そんな体型をしているくせに、双眼鏡片手にベランダの手すりに身を隠す三宅は身を限界まで縮めている。


「でもまぁ、これが俺らだよなぁ。最後の最後まで、楽しんでいかなきゃ」


 角刈りの頭をゆらゆらと揺らして、三宅はうっすらと笑う。


「ちゃんと見届けないとね。俺らが、王サマが作ったこの地獄から……本当の英雄(ヒーロー)が生まれる所を……」


 三宅はそう呟きながら、双眼鏡でまた廉造と千春を見る。


「楽しみだなぁ……みんな、どんな反応するんだろう……うふふ、ふふ」


 人一倍大きな身体で、人一倍頑丈そうな、屈強なその肉体で、三宅はまるで子供のように嬉しそうに笑う。


『おっとー!!? 常磐大河が五つ目の敵拠点に辿り着いたって報告が入ったと思ったらもうフラッグを破壊してたーーーー!! 速ーーーい!! っておい【解放者(リベレイター)】!! お前もう少し実況に配慮しろよな!! 他のクランの情勢を伝える暇も無いんだが!!??』


 中野の街に、またDJカノーの弾んだ声が響き渡る。


「カノーも楽しそうだ。ジュリ姐さんも、どっかで見てるんだろうな。たぶん、気に入った男の人の所……あの、海斗って人かな? でも常磐大河もジュリ姐さん好きそうだよね。三宮憐は……ああいう女の子っぽい顔はあんまり好きじゃないっていつか言ってたっけ……じゃあやっぱり、常磐大河だろうな……」

 

 三宅の楽しそうな呟きの少し後で、離れた場所から大勢の声が聞こえてくる。


 どうやら第一陣、海斗と健栄の防衛する場所で戦いが始まったようだ。


「カネ……最後だから、たくさん楽しんでおいで……」


 今となっては唯一となってしまった長い付き合いの親友の姿を思い浮かべて、三宅はそっと目を閉じる。


 今までの事と、殺した──踏みにじった人々ら。

 

 過去の自分と、変わった後の自分。


 半年前のとある出来事と、それと同時に得たかけがえのない仲間。


 そして、王サマ。


 それら全ての思い出が、三宅の脳裏を駆け巡る。


 酷い事をして、酷いことをされて、酷い物を見て、酷く醜く成り果てた自分。


 でも心の底から、笑い合えた日々。


 中野の空に、悲鳴と怒号が響き渡る。


 かつてその図体のデカさから鬱陶しがられ、その温厚な性格故に馬鹿にされ、その臆病な性根から虐められていた自分の姿が。


 どこか遠い空で、笑っている気がした。

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