夕暮れに二人
『やぁ中野のみんな!! 今日も元気にクラン・ロワイヤルしてるかな!? お耳の恋人DJカノーが17時をお知らせするぜ!!』
黄昏時の中野の市街に、陽気な声が木霊する。
『ファーストステージも今日で最終日!! 現時点で勝ち残ったクランはぁああ!?』
軽快なドラムロールのSEが残響を響かせ、その音に合わせて大量の鳥系フィールドモンスターが羽音を鳴らせて飛び立っていった。
『なんとたったの15!! おいおい、どうしたんだよお前ら!! 前回のクラン・ロワイヤルのファーストステージ突破クランよりかなり少ないぜ!?』
毎日17時に勝手に始まるこの生放送を、大河と廉造は道路沿いのガードレールに腰掛けて押し黙ったまま聞いている。
長くて一時間、短くて15分程度。
町中のスピーカーから一切のラグ無く垂れ流されるこの不愉快な生放送も、しかし時折聞き逃せない重要な情報が混ざっていたりする。
なので大河は毎日必ずこの生放送をチェックしていた。
『……んんなぁあああんちゃって!! ファーストステージ突破クランが少ないのは、ある程度想定してました!! 今回は中野中央の〝ユニオンズ〟や沼袋の〝虎武羅〟なんかが傘下を広げて勢力争いをしてたり、他にも今までいがみ合っていたクラン同士が同盟を結んでいたりと、そういう政治的駆け引きが前回よりも頻繁に行われていたんだよね!! その中心に居るのは、そう! 新進気鋭の新設クランである〝東京ケイオス〟!! 勿論もうみんな知ってるよね!! なにせ中野中がケイオスのビビッドな噂で持ちきりだ! 前回のサードステージ突破クランである〝新高円寺極モータス〟をたった一人で皆殺しにしたり! 小さいクランを余所から強奪して同盟に加えたりとやりたい放題! 他にもケイオスに潰されたクランが沢山いて、一気に中野の勢力図を塗り替えてしまった!! 今回のクランロワイヤルの優勝候補筆頭に一躍躍り出た形だ!』
「……ちっ」
黙って放送を聞いていた大河が、大きめの舌打ちを鳴らした。
「あちゃー、今日まで僕らの名前を出してこなかったからちょっと安心してたけど、やっぱり噂になってんのか。そりゃそうだよね。かなり派手に暴れたし」
げんなりとうなだれる廉造の姿に、大河は苦笑する。
「まぁ、こっちとしても想定内ではあるから大丈夫だけどな。ケイオスの名前と俺らの暴れっぷりが知れ渡る事で下手に手を出そうとするクランも減ってくるだろうし」
ガードレールから腰を持ち上げ、大河は大事そうに右手の甲をさする。
「大丈夫だ。全部上手く行ってる。それに俺にはもう〝これ〟もあるしな」
嬉しそうに口元を歪め、大河は道路をアジトである第二小の方角へと歩き始めた。
「……本当に、大丈夫か?」
「ん? なにがだよ?」
廉造の問いかけに振り向きもせず、立ち止まりもしない。
そんな大河を不安そうに見つめながら、廉造はその背中を追って歩き始めた。
「もうぶっちゃけ言うけど、あの剣……災禍の牙でワイバーン・ドレイクと戦っている時のお前、怖かったぞ?」
「ああ、悪い悪い。自覚はあるよ。ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったよな。あんまりにも新しい〝剣〟が強すぎて、つい嬉しくなっちまった」
夕暮れの中野の街に、大河と廉造の陰が伸びる。
車が通らなくなって久しい中野の車道のど真ん中を堂々と、モンスターに不意に襲われる可能性もあるのになにも注意せず、二人は歩き続ける。
「大丈夫だよ。もう落ち着いた。あの〝剣〟のポテンシャルの底はまだ俺にもわかんないけれど、それでも扱い方はなんとなく理解したからさ。あとはスキルとか、アビリティとかがどう使えるかを一晩じっくり考えて、んで明日また試運転しようぜ」
「……僕も、兄貴も、そしてケイオスのみんなも。もうお前が居ないと成り立たなくなっちまってるんだからな? ちゃんとそこんとこ、分かってるよな?」
「ああ、分かってる。分かってるさ。なんだろうな。昨日まであんなにモヤモヤしてたのに、今は不思議とすっきりしてるんだ。ワイバーン・ドレイクがちょうど良い手強さだったのもあるし、気持ちの良い勝ち方をしたからだろうなきっと。ドロップアイテムも美味かったし」
明るい口調で語り続ける大河。
大河と出会ってから今まで、こんなに調子良く話す姿を廉造は初めて見る。
「……マジで、信用してるんだからな」
帰ったら今日見聞きした事を全て、余すこと無く愛蘭や海斗、そして悠理に告げる事を心にしっかり誓い、廉造は大河の少し後ろを着いていく。
『それじゃあみんな!! 今日の深夜0時までまだ時間はあるぜぇええ!! 暴れろ! 奪え! 殺せ! 俺ら〝覇王〟は逃げも隠れもせず、あの祭壇の頂上で新しい挑戦者が現れるのを待っているからな!! ちょっと短いけど今日はこの辺りでお別れだ! パーソナリティーはDJカノーがお送りしました! シーユー!!』
街中に響き渡るDJカノーの声と、その後でどこからか聞こえてくる罵声。
この中野ですっかり日常となっているその音に耳を傾けながら上機嫌で鼻歌なんて歌い始めた大河と、その後ろを黙って歩く廉造。
日が沈むのが遅いこの街の夕暮れ。
その光で真っ赤に染まるビルの立ち並ぶ姿は、まるでこの先の未来を暗示しているかの様だった。
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この日の深夜0時、第二回クラン・ロワイヤルのファーストステージが終了した。
勝ち残ったクランは結局15組。
間三日を挟んで、セカンドステージであるフラッグ防衛戦が始まる。
結果を言うのであれば、全ての決着はセカンドステージでつく。
東京ケイオスと言うクラン。
そのケイオスが結成した、後に解放同盟と呼ばれる弱者たちの集合組織。
そして常磐大河──通称、【解放者】。
セカンドステージが終わる頃、それらの名は特別な意味を持つようになる。
恐怖と、畏敬と、希望を込められて。