同盟者③
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「この校舎から見て東側の……えっと、窓から見える範囲で言えば、あの公園辺りなら狩場として使っても問題ありません。ただ、ジャンクさん以外にも4つくらいのクランが既に使用している場所なので、配慮だけはして欲しいかなと。もし揉めるようであれば、俺らが間に入りますから」
「良いんですか……? 私たちのメンバーからは、ここら辺に出る食材系モンスターは中々効率が良いと聞いていますが……ケイオスさんの所の食材貯蔵に支障は……?」
「大丈夫です。つい最近、新しい狩場を確保したばかりなんで」
顔合わせが始まって、もう一時間は経とうとしていた。
大河はこの数日間で何度も説明した事ですっかりと覚えてしまった注意事項を、鷺宮ジャンクのリーダー、飯野にスムーズに伝える。
「新しい狩場ですか……今の中野で、良く見つかりましたね」
相変わらず貧乏ゆすりが止まらない飯野が、頬をさすりながら感心する。
「たまたまですよ。調達班の班長、今俺の後ろに居る飛嶋が見つけてきてくれたんです」
大河はそう言って、後ろを振り返る。
そこには名前を出された事と視線が集まった事で少し落ち着きが無くなった海斗が立っていた。
「ケイオスは他にもいくつか狩場を持っているんで、もし今言った場所が手狭になったり、他の同盟クランに気を遣ってやりづらいとかになったら、とりあえず俺らに相談してください。同盟内での揉め事は当たり前ですけど避けたいんで、こっちもできる限りで配慮しますから」
大河は飯野に向き直ると、意識して作り笑いを浮かべた。
今述べた〝いくつかの狩場〟とは、当然ながら他の中堅どころのクランを殲滅して奪った場所である。
今日までにケイオスが潰したクランは優に15を超えるが、どれも当たり前に悪行が目立ち素行が悪く、他の弱小クランを虐げていた連中ばかり。
そんな連中とは言え、皆殺しにして狩場を奪ったなんて、馬鹿正直に言う必要もないだろう。
聞き手が利口なら言外の意味を理解してくれるだろうし、理解されなくても何も問題はない。
大事なのは、同盟クランを飢えさせない事なのだから。
「ケイオスは同盟の盟主ですから、できる限りの便宜は図りますし余所のクランがいちゃもんを付けてきた場合は俺……いや、俺らが矢面に立ちます。食材やオーブの確保は各々が頑張って貰う形になりますが、余裕が出来るまでは少しくらいなら融通します。しかしそればっかり当てにして貰うのは……」
「ええ、分かっています。これはあくまでも同盟関係。傘下でも無ければ庇護でもない。お互いがお互いに利益を与える関係で無ければならない。簡単なお話は先に三宮さんから伺ってますが、ケイオスさんは──常磐さんは我々に何を望んでいます?」
(廉造の奴、外ではまだ芸名で名乗ってんのか……)
飯野の言葉に廉造の涙ぐましいコンプレックスへの抵抗を感じ、大河は少し感傷に浸ってしまった。
「リーダー?」
「あ、うん」
海斗と共に大河の後ろに控えている健栄に促されて、すぐに我に返る。
「えっと、俺らが同盟を必要としたのは、クラン・ロワイヤルのセカンドステージ。フラッグバトルでの防衛線を構築したいからです。ケイオスはすでにファーストステージを突破できるポイントを稼ぎ、すでにセカンドステージを攻略するための準備を始めています。俺らに足りないのは、陣地であるこの拠点を護る為の人員でした」
「我々に、防衛線の人柱になれと?」
「いえ、前線に出張るのはあくまでもケイオスの戦闘メンバーです。同盟クランの皆さんには、この拠点周辺に陣地を作成して頂いて、少しでも攻め込んでくる敵クランの足止めをお願いしたい。直接敵と剣を交えるのではなく、遠距離からの狙撃や罠などで時間を稼いで欲しいんです」
大河はすでにセカンドステージを攻略する為の戦略を固めている。
大河を筆頭としたケイオスの精鋭戦力からなる攻めと、同盟メンバーによる防衛線の守り。
わざわざダンジョンを攻略してまで手に入れたこの厳選した拠点の立地に、いくみの力による拠点のダンジョン化と、フラッグを守り固める最終防衛ライン。
そして同盟の締結と平行して進めていた、ロワイヤルを勝ち抜いて来そうな上位のクラン達の情報収集。
それらの要素と条件さえクリアしてしまえば、ほぼ確実にセカンドステージはクリアできると踏んでいる。
それどころか勝利条件を考えれば、上手く立ち回ればセカンドステージは一日も経たずに終わるだろうとまで大河は予測していた。
「なので皆さんには、できれば遠距離主体のビルド……えっと、剣の成長やジョブ構成を遠距離戦闘や回復支援の方向に考えて欲しいんです」
「剣の成長と言うと……後ろの金井や三宅のように、ジャンクにも一応レベル10に達したメンバーが複数おりますが、本人達の適正を無視してでも?」
「いえ、近接戦闘が向いているメンバーをわざわざ遠距離戦闘に転向させろとまでは言いません。あくまでも〝できれば〟で結構なんで、魔法特化のルナアーチや、回復特化のヒーラーズライトも選択の視野に入れて欲しいだけです。強制はできませんから」
これもまた、この数日で同盟先の相手と何度も繰り返してきたやりとりだ。
戦い方に適正がある事なんて、今までずっと前衛に専念していた大河が一番理解している。
「どのクランにも居ると思うんですけど、本人のやる気に反して戦闘に向いてない人達……彼らを有効活用──ちょっと言い方が悪いですけど、ちゃんと役立たせる為にも、魔法特化や回復特化に転向させるよう説得するのも、クランリーダーの役割なんじゃないかなって思うんです」
大河の脳裏によぎったのは、千春だった。
あの女子中学生は、やる気と言う意味ではケイオスの誰よりも高い。
しかしその意思の高さと結果が比例しているかといえば、少し言葉に困る。
元々荒事に向いていない臆病な性格なのもあって、少なくとも怪我を負うリスクの高い前衛に置いてはいけないタイプの人材だ。
かといって、本人は大河や海斗のような真っ先に敵に突っ込むような戦闘スタイルに憧れていて、魔法職への転換をそれとなく進めてみてもまったく揺らぐことがない。
目下、大河を一番悩ませているのは実は千春の頑固さだったりする。
「今の東京では、望む望まざるに関わらず戦う事を強いられます。クランの運営サポートだけしていればとか、家事だけやっていればとか。そういう軽い気持ちで居ると、いつか戦わないといけない場面できっと後悔してしまう。ケイオスのメンバーは子供達を除いて、全員が少なくともレベル15まで上げる事を目標にしています。戦えない人は回復役に、戦いたくてもどうしても前に出れない人は魔法職に」
そして子供達には、今の内から非戦闘系スキルの習得を。
だがその情報は同盟相手には開示するつもりはない。
少なくとも、信用に足ると判断できるようになるまでは、悠理が図書館から見つけてきた数々の資料で判明した情報は伏せるべきだ。
【調理】・【調剤】・【裁縫】・【彫金】・【木工】などのクラフト系の非戦闘スキルは、反復練習さえこなせれば比較的容易に習得できる。
なので子供達の授業の中に、こっそりとそれらのカリキュラムを混ぜ始めていたりする。
「同盟の盟主としてケイオスが提供できるのは、ロワイヤル開催期間中の安全と、最低限の食料の保証。共同での戦闘訓練の指導とか、あと子供たちをこの学校内で安全に遊ばせてあげれることくらいです」
大河は飯野の目をまっすぐに見て、そう告げる。
これが最後の確認。
今提示した条件で同盟を結べないというのであれば、ケイオスとしてもそんな相手は信用できないので要らない。
もうすでに五つ程、欲を出し過ぎたクランとの同盟が不成立となっている。
異変前の東京での生活スタイルを忘れられず、もしくは思い出してしまったのかまるで〝お客様〟のように全てを求めてくる馬鹿が居たのだ。
守られるだけの存在は、邪魔になる。
強請るだけの存在は、障害となる。
弱者のまま強くなろうとしない存在は、他の者にとって有害となる。
だからチャンスは一度。
ここで今提示した以上の条件を求めてくるようであれば、ケイオスは鷺宮ジャンクと言うクランを不要と見なす。
「……ふむ」
飯野は相変わらず表情を変えず、一度後ろに立つ、一度注意されて口を出さないように努めていた金井や三宅と目線で何かを確かめ合った。
二人が無言で静かに頷くと、飯野もまた首を縦に振って、そして大河へと向き直った。
「わかりました。鷺宮ジャンクの全てのメンバーを代表し、この飯野が責任持って同盟の締結を承諾します」
ここで初めて、飯野はうっすらと笑みを浮かべた。
柔和で人好きのするその笑顔に、大河は右手を差し出す。
「良かった。ではこれからよろしくお願いします。後でウチのメンバーの一人、皆本がそちらの新居にお伺いして、これからの予定表や当座を凌ぐ食料をお持ちしますので」
同盟相手との連絡窓口は、大河や愛蘭ではなく祐仁が担っている。
インテリ気質な祐仁であれば、大河よりも遙かにわかりやすく同盟におけるルールや狩場の説明などもこなせるからだ。
大河は差し出された飯野の手を取り、強くなりすぎないよう注意しながら硬く握る。
東京ケイオスと鷺宮ジャンク、二つのクランがここに同盟関係を締結した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
校舎から玄関を抜け、校門から外へと出て行く飯野ら三人の姿を見送る。
何度も何度も振り返っては頭を下げる飯野に、気安く手を振ってくる金井。最初の一度だけ会釈しただけでもう振り返らなかった三宅。
去って行く姿だけで個性が際だったジャンクの三人の姿が、完全に見えなくなった所で、大河がそっと口を開いた。
「海斗さん、健栄さん。祐仁さんがあの人らの所に行くとき、護衛をお願いしたい」
その目をジャンクの三人が消えていった方向へと向けたまま、大河は視線を動かさない。
「……クサい、か?」
海斗もまた、大河と同じ方向を睨み付けている。
「ああ、なんとなくで確証は無いけど。ちょっとね」
「妙に素直すぎたな。もう少し疑問や質問があっても良いだろうに、不自然なまでにすんなりと話が進みすぎだ」
健栄はそう言って、太めのジーンズのポケットにねじ込んでいたスマホを取り出した。
「考え過ぎならそれでいいし、仮にあの人らが何かを企んでいても、動くのはたぶん今じゃない。でも念には念を、ね」
顔合わせ前に健栄に言われた言葉を口にして、大河は大きく肩をすくめて深呼吸をした。
「ファーストステージももう終わる。セカンドステージが開始するまでの準備期間中にやれるだけの事をやって、考えられるだけの予測を立てておこう。ベースは最悪の事態を常に想定……子供達やケイオスのメンバーの誰も死なせない為にも」
大河の言葉に、海斗と健栄が無言で頷いた。
「大河……」
大河の背中に、悠理がそっと手を添える。
「心配すんな。きっと上手く行く」
授業を終えた子供達が、教室を出てグラウンドへと駆けてくる。
第二小の周辺に響いたその声を頼りに、周りのビルからも他のクランの子供達が飛び出してきた。
大河は右手の甲の、『咎人の剣』の紋章をじっと見る。
まだそこに、新たな剣は存在しない。