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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
東中野ブロック
182/224

同盟者②

「はじめまして。鷺宮ジャンクの代表をしております。飯野です」


「えっと、東京ケイオスのクランリーダー。常磐大河です」


 限界が近い。


 大河が右手同士で握手した相手、飯野から受けた初対面の印象は、それだった。


 くたびれたワイシャツ。

 頂点が禿げ上がった頭。


 フレームの曲がった眼鏡に、乾燥した肌。

 やせこけた頬、血色の悪い顔色。

 目の下の隈は濃く、視線もどこか定まらない。

 

 昨晩廉造から簡単に聞いた話では、鷺宮ジャンクは殲滅された弱小クランの生存者が寄せ集まってできた、まだ歴の浅いクラン。

 

 ならばその代表を務めている飯野がこの様な風貌で居ても、何もおかしくはないかと大河は特にその容姿に関して言及するつもりも無い。


「まだお若いのに、こんな立派な拠点を持つクランのリーダーをされて……常盤さんは優秀なんですね。私どもなんか、日々の食料にも窮し、メンバー間の仲を取り持つのもやっとでして……お恥ずかしい」


 そう大河を褒めそやす飯野の表情は、あまり変化が見られない。

 もとより感情表現に乏しいのか、それとも今までの厳しい環境が彼をそうさせたのか、それは定かでは無いが、大河を前にして止まらない貧乏揺すりや頻繁に頬を掻きむしる仕草が、若干不快に思えた。


「いえ、俺はほとんど実務担当でして。細かい運用などはメンバーに頼りっきりですよ」

 

 分かりきったお世辞やおだてに、警戒を緩める大河ではない。


 格式の高そうなローテーブルを挟んで向かい合ったソファに座り相対する飯野と、そして飯野の後ろに並んで立つ二人を注意深く見る。


「ああ、後ろの二人ですか。これまたお恥ずかしい話なのですが、私は剣の腕前がからっきしでして……それに情けないほど臆病なので、うちのクランの中で最も強いこの二人、金井と三宅が居ないと、外も出歩けないんです。常磐さんがよろしければ、同席させて頂いてもよろしいですかな?」


「えっと……はい。大丈夫です。ただ、俺らとしても同じ人数の護衛を付ける事を許して欲しいんですが」


 聞かれて困る話をするわけでもないので、後ろの二人がこの部屋に居ても何も問題は無い。

 しかしこの顔合わせは同盟の締結を決定づける最終面接のような物だ。

 

 つまり大河はまだ飯野の人となりを知らない。

 あちらが人数を増やしてくるのであれば、こちらが増やしても何も文句は言えないだろう。


 邪な思いを抱いてさえ居なければ。


「それはそれは、もちろんです。こんな世界になっちゃたんですから。警戒はしすぎて困ることはないでしょう」


 飯野のその返事に、大河はソファの背もたれ越しに立つ悠理へと目配せをした。


 配膳用の小さな銀のプレートを抱えていた悠理は大河の視線に一度頷いて、出入り口へと小走りに駆けていく。


「おおきに。常盤さん」


「同席を認めてくれて、ありがとうございます」


 飯野の背後の二人が、同じタイミングでぺこりと頭を下げた。


 一人は髪を根元だけ黒々とした金髪の、小柄な男性。

 年齢は大河とそう変わらないように見える。

 もう一人は体格の大きな、がっしりとした男性。

 盛り上がった筋肉は見た目だけでも威圧感を持ち、この小さな応接室を更に小さく錯覚させるほどの存在感を持っていた。


「えっと、ボクが金井で、こっちのタッパの大きい筋肉ダルマが三宅です」


 ヘラヘラと軽い口調でそう語りかけてきたのが、金髪の小柄な方。

 

「あ、どうも」


 強い関西訛りと軽薄そうな挙動に、大河は少しだけ毒気を抜かれかけるが、なんとかソファから立ち上がり頭を下げた。


「すんません。ウチのクラン、あんま女の子おらんくて、無愛想で無口なんばっかなんすわ。飯野さんも三宅もほら、むっさいっしょー? 今回の同盟のお話、ウチらとしても渡りに船って感じやったんで、できるだけコミュ力あるボクが同席せな、まとまるもんもまとまらんとみんなに無理を言って付いてきてましてね」


 大河が顔を上げる間の短い時間に、金井は恐ろしい程の早口でペラペラと話し続ける。

 

 隣に立つ三宅も、ソファに座って悠理が煎れた茶を啜る飯野も、金井の話を止めようともしない。


「いやー、どんなコワモテのおっさんが来るんやろうかってさっきまでずっと緊張してたんすけど、常磐さん優しそうでほんま安心しましたわー。感じの良い好青年って感じ。あ、さっきのめっちゃ可愛い女の子って常磐さんの彼女さんですか? あの子ってアイドルとか女優とかやってました? そうそう、ウチのクランに挨拶に来てた子、あの三宮憐でしょう?

 びっくりしましたわ。まさかこないになった東京で有名人に会えるなんて思ってもみなかったんで、思わずサインねだってしまって、ミーハーなんもろわかりで恥ずかしいわー」


 応接室の外で待機していた海斗と健栄が悠理に連れられて入って来ても、金井はなおも止まらず一人で喋り続ける。


 マシンガントークとはこの事か。

 大河も悠理も海斗も健栄も、止める暇が見つからないその喋りにぽかんと呆けてしまった。


「カネ、カネ」


「──ここもすっごいデカい拠点やし、モンスターも手頃なのがいっぱい出てくるんでしょう? ウチらはほら、他の大手クランに潰された連中の寄せ集めですから、こうなんていうか、覇気みたいんがないっちゅーか、みんなゾンビみたいな──」


「カネ、おいカネ!」


「──女の子が居ると居ないとじゃ、生活に活気がねぇ。いや、女の子たちからしたら失礼な話でしょうが、やっぱり華っちゅうか、彩りっちゅうか。男ばっかりだとやっぱっくっさいし、むっさいしで嫌気が──」


「カネ!!!!」


「──そんで……なんやうっさいなぁミヤ。今ボクと常磐さんと話しとる最中やろうが」


「お前が一方的に喋ってるだけだろうが!!」


「んなわけあるかい。ちゃんと聞いてはるやないか。ねぇ常盤さん?」


「常磐さんは相づちも打ってなかったぞ! そもそも飯野さんを差し押してお前が話しをしてどうすんだよ!」


「そんなん、べしゃり下手な飯野のおっさんが悪いに決まっとる。仮にもここは交渉の場でもあるんやぞ? それをまぁ、くたびれた辛気くさいツラを取り繕いもせず。そんなん、ケイオスのみなさんだって不気味がるやろ」


「お前なぁ、飯野のおっさんだってやりたくて代表をしているわけじゃないんだぞ? お前らが無理矢理担ぎ上げといて、よくもまぁそんな事言えるよな」


「飯野のおっさんはコミュ障やけど、実務能力はピカイチやからな。だからこうやって、足りないところをボクが補っとるんやないか」


「だから本人を目の前にして、そんなことを言うなと」


 どこかテンポの良い漫才のような会話を繰り広げる金井と三宅。


 口を挟む余地を見いだせないので、大河はチラリと飯野の表情を伺う。


「……ほんと、すいません」


 大河の視線に、飯野は悲しそうに頭を下げる。


 その禿げた頭頂部が、応接室の照明に照らされてキラリと光った。 

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