吐露
執筆用のデバイスをMacBookからポメラに切り替えてる最中で、変換がおかしかったり今まで使用していた記号が変わっている可能性がありますυ´• ﻌ •`υ
環境を変えるのむずかしいねぇ……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
夕暮れ染まる中野の街に、もうじき夜がやってくる。
「おかえり……大河」
「……うん。ただいま」
ケイオスアジトの正面玄関。
悠理は戻ってきた大河を正面から出迎える。
その姿は、大量の血で真っ赤に染まっていた。
「なにがあったか、聞いてもいい?」
「……先に、風呂に入らせてくれ」
「うん……着替え、準備しておくから」
「ありがとう」
どう見ても気落ちしている大河に悠理は優しく微笑み、その後ろ姿についてゆっくりと歩き出す。
「健栄さん、お疲れ様」
「ああ、疲れた……」
大河と悠理が廊下を歩いて行くのを見送って、愛蘭は心なしかげっそりと痩せ細った健栄の肩にポンと手を置いた。
「それで、後ろの集団の事と、何があったのかを教えてくれると助かるんだけど」
「後ろの人たちは今日ワシらが行く予定だったクランの女子供たちだ。ここなら誰に怯えずともゆっくり寝れると聞いて、どうしても付いてきたいとねだられてワシらが折れた。男連中は荷物やテントを畳んだら明日ここに来る予定になってる。リーダーとワシで近くの拠点に向いているビルを彼らに案内する手筈だ」
健栄の後ろには、十五名程度の女性や子供たちが、校舎を恐る恐る、しかしどこか希望を含んだ明るい目で眺めている。
「体育館でも良いので、寝かせてやってくれ。寝具は一式持ってきているし、当座を凌ぐ食料もあるらしい」
「それは良いけど……」
「わかっとる。リーダーのあの姿だろ?」
下駄箱の前でどかっと腰を降ろした健栄の言葉に、愛蘭は無言で頷く。
「……クランのリーダーだった塚山の情けない姿が癪に触ったのだろうな。あっという間に熱くなってな。同盟の盟主の頼りがいのある所を見せつけると、彼らを虐げてたクランを一人で殲滅すると言いだしたんだ。リーダーの力を知っているが、いくら何でも一人じゃ無理だと止めたんだが、聞く耳持たんかった」
「あの馬鹿……」
愛蘭は右手の親指の爪を噛みながら、廊下をゆっくりと歩く大河の後ろ姿を見る。
「その悪党ども、〝高円寺極モータース〟とか言うクランのアジトまで行ったは良い物の、近隣に同じ様な悪党クランが密集していてな。こうなれば全て潰すと乱戦となって、全く収集がつかんかった。ワシもなんとか戦闘に参加しようとしたんだが、リーダーから来るなと怒鳴られた上に、戦闘の速度にまったくついて行けず役立たずのまま終わったよ。四時間は一人で戦っていた気がする」
戦闘による精神的疲弊と、大河の身を案じ続けた事による疲弊が同時に訪れて、戦ってもいないのに健栄はヘトヘトである。
そんな健栄を見かねて、愛蘭はスマホを操作してアイテムバックからタオルを取り出すと、近くの水場の蛇口を捻って濡らし、軽く絞って手渡した。
「重荷なんだろうな。リーダーという役柄が。しかし他に適任が居ないと言うことも理解しているから、必死にこなそうと無理をしているように見える。焦りがそうしたのか、義憤に駆られすぎているのか……しばらく、リーダーを休ませた方が良いのは確かだ。ワシらはあの子を頼りすぎている気がする」
愛蘭から濡れタオルを受け取った健栄は、そのまま顔を勢い良く拭った。
「そうね……誰よりもレベルが高くて強いし、賢くて大人しい子だから忘れてたけど、あの子まだ高校一年生くらいだものね……」
「ああ、ちょうど明日から五日程。リーダーは剣を手放さなければならない。剣の打ち直しにそれくらいの時間がかかるそうだ。その五日間をまるまるあの子の休みに当ててはどうだ?」
濡れたタオルをツンツンとした短髪の上から被せて、頭の熱を取りながら健栄は目を閉じた。
無事アジトに到着したとあって、心労が一気に身体へとフィードバックされたのだろう。
「うん。今日の夜にでも廉造や海斗と相談するわ。大河を休ませるとなったら、悠理も一緒に休ませてあげたいしね。さて、じゃあウチは彼女たちを体育館へと案内しますかね」
やれやれと重い腰を動かして、愛蘭は安堵と好奇心でざわつき始めたクラン難民の集団へと歩を進める。
「……戦っていた時のリーダーの様子は、しばらくは黙っていた方が良いだろうな」
味方である筈の大河の戦闘時の表情に、心の底から戦慄したとあっては、大河を中心として纏まりかけているケイオス内に不和が生まれかねない。
一回りも二回りも年下である大河に恐怖心を抱いたという多少情けない事情もあって、健栄は今日一日で見た事の大部分を己の心の内にしまい込んだ。
廊下に視線を移すと、どこか嬉しそうな表情で階段を駆け下りてきた郁の姿が見える。
「こんなワシに、この歳になっても心配してくれる相手ができるとはな」
ニヤける口元を必死に抑えながら、健栄はゆっくりと立ち上がり、郁に向かって手を上げた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「大河、大丈夫?」
いつもより入浴時間が長いことを心配した悠理は、大河が使用している個室に向かって話しかけた。
あの様子の大河を一人にするのは憚られて、ずっと脱衣所で待っていたのだが、結構な時間が過ぎても出てこなかったのだ。
「……あ、ああ」
シャワー室のカーテン越しに、悠理の心配そうな声が聞こえてくる。
ケイオスアジトのシャワー室は、衝立とビニール製のカーテンで区切られた半個室が四つ並ぶだけの質素な場所だ。
本来は時間を分けて男女別に入るようにしているのだが、今は大河しか使用していないので、悠理が居ても誰も咎める者は居ない。
「お腹空いてる? 簡単につまめる物ならすぐ用意できるけど……」
「ん……、今はたぶん……腹に入らないと思うから」
「そっか……」
流れ続けるシャワーの音が、二人の会話を少しだけ聞き取りづらくしている。
「……悠理」
「なに?」
「……一緒に、入らないか?」
カーテン越しの大河の言葉に、悠理は一瞬目を丸くした。
「う、うん。良いよ。脱いでくるから、ちょっと待っててね」
そう言って悠理は少し足早にシャワー室の入り口の扉を潜り、脱衣所のその先の扉を開けてそこに掛けられていた看板をひっくり返す。
裏返すことで看板の表示が『男子使用中』から『女子使用中』へと変わった。
手早くスマホを操作して自分の着替えとバスタオル、そしてハンドタオルを取り出し、ついでに香奈や愛蘭に向けて【大河と二人でシャワーを浴びているから、しばらく誰も入室しないで欲しい】とメッセージを送った。
少しばかり気恥ずかしさはあったが、あの二人ならその一文だけで何を行っているかを理解してくれるだろうと開き直る。
今の大河が望むなら、なんでもしてあげたいし、どんな恥ずかしいことでも出来る気がしたからだ。
脱衣所に設置されている大きな棚には、四つの木製の籠が置かれていて、その上にポールとハンガーが用意されている。
脱いだ上着を丁寧にハンガーに通して、ポールに掛ける。
ズボンは作業用の太いカーゴパンツで、これは軽く畳むだけで良いだろうと判断し雑に籠に投げ入れた。
ブラとショーツを脱いで全裸になると、バスタオルはシャワー室へと続くドアの隣の小さなテーブルの上へ。
ハンドタオルはそのまま手に持ち、少しだけ胸元を隠す。
シャワー室に入り、一度大きく深呼吸をした。
もう何度も身体を重ねているのに、少し緊張してしまうのは何故だろう。
きっと大河の方から求めてる来る事が珍しいからだ。
普段なら悠理の方が我慢できず、大河を押し倒したりおねだりしたりする。
これから乱れるだろう髪の毛を念のため整え、自分の身体を一通りチェックして、少しばかりの決意と共にカーテンへと手をかけた。
「大河、入るよ?」
返事が無い。
「大河?」
もう一度呼びかけても、何も返ってこない。
「大河……どうしたの?」
ゆっくりとカーテンを開く。
シャワー室の照明は少しばかり薄暗い。
だからそこに立っている大河の後ろ姿を視認するのに苦労した。
壁に頭を付けたまま、ピクリとも動かない大河の背中に手を添える。
「……大河」
これから行う行為への期待感よりも、大河への心配が勝った。
だから悠理を腕を広げ、最愛の男の背中に密着し頬を添え、優しく抱きしめる。
「……俺、変わったか?」
シャワーの水流の音と同じくらいのか細い声で、大河は呟いた。
「……大河は変わってないよ。新宿で私を守ってくれた時からずっと、優しくて、頼もしくて、でも時々弱いところを見せてくれる……私の大好きな大河だよ」
亜熱帯気候の中野で、熱湯のシャワーなんて浴びていられない。
だから大河は少し温めの水を被っている。
その温度は悠理にとっては冷たく感じ、抱きしめた大河の身体の熱が心地良い。
大河は悠理の返答に何も応えず、緩慢な動きで壁から頭を離すと身をよじって悠理と向き合った。
そしてその柔らかく甘い身体を強く抱きしめる。
少し息苦しくなった悠理が、顔の向きを変えて呼吸できる体勢を探す。
数秒掛けてお互いが落ち着ける位置を見つけ、しばらく無言で抱き合った。
新宿で再会した頃よりもかなり筋肉質になった大河の身体は、硬く大きく分厚い。
その頼もしさと、魔法でも消えなかった無数の薄い傷跡のアンバランスさに、悠理の胸中に煮えたぎる大河への想いが余計に沸き立つ。
反対に悠理の身体はと言えば、大河と身体を重ねるようになって一気に女性らしさを増した様に思える。
柔らかく、しなやかで、甘く、儚く。
触れれば傷つき、力を込めれば壊れそうな程に華奢なその身体を、大河は今までに無い強さで抱きしめ続ける。
悠理の下腹部に、大河の欲求が──欲望が〝当たる〟。
それがなぜかとても嬉しくて、もっともっと自分を欲して貰いたいと、悠理はわざとらしく身をよじって身体を擦りつけた。
「……最近、自分の感情が自分でも抑えつけられない事があるんだ」
悠理の脳天、つむじ部分に顔を埋めた大河が、口を頭皮につけたまま話し始めた。
「うん……」
大河の胸元を一度啄んで、悠理は頷く。
「今日もそうだった。健栄さんは何度も何度も俺を止めてくれたのに、そんなの全部無視して……俺は、暴れたくて堪らなかった」
「うん……」
もう一回、今度は別の場所を啄む。
「こんな……どうしようもなく不安定な奴が、リーダーなんてできるわけないよ」
「ううん。違うよ。大河、それは絶対に違う」
右肩の付け根に唇を添えて、少しでも耳元に近い位置で悠理は口を開く。
「大河は大丈夫だよ。ちゃんとやれてる。みんな大河を頼りにしてるし、大河にしかできないことをしっかりできてる。最初はちょっと複雑だったの。私だけの大河が、みんなに取られちゃうと思って、拗ねてた。だけど今は、私の大河がみんなに認められた事が、とても誇らしくて……嬉しい」
悠理の身体を抱く大河の両腕が水で濡れた肌の上をするり動く。
左腕は背筋をなぞるように、右腕は下へ下へと、柔らかな場所を探して。
「いっぱい、考えることあるよね。私じゃ判断できない、わからないこと。大河は誰よりも考えて、決めなきゃいけないよね。大変だもん。手伝ってあげたいけど、私じゃ無理だ」
悠理の言葉に、色の付いた熱が混じりだした。
「だから今みたいに、悩んで煮詰まって、どうにもなくなって誰かにぶつけたくなったり、落ち込んで動けなくなった時は……私にぜんぶちょうだい? 他の人じゃ嫌だよ? 大河の嬉しいことも悲しいことも、辛い事も苦しいことも、全部私の物。私じゃなきゃ、駄目だもの」
そう言って悠理は、背伸びをして大河の首筋に唇を当て、強く吸う。
「……ああ、こんなことお前にしか言えないし、できないし……したくない」
大河は一度、悠理の細い身体を無理矢理引き離し、首に右手を添える。
シャワーの温度を超えた内側から放たれる熱に浮かされた悠理の顔は、とても扇情的で、蠱惑的で。
首を支えた右手に少しだけ力を込めると、悠理は苦しそうに顎を上げた。
背伸びをした悠理に対して、大河は背を丸めその顔と顔を近づける。
触れあった唇はとても甘く──そして熱い。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
結局他のメンバーがシャワー室を使えるようになるまで、たっぷり二時間ほどかかった。
大河が海斗に、悠理は愛蘭や香奈にからかわれたのは、言うまでもない。