躍動③
「と、突然そんなこと言われたってこ、困る」
「塚山さん、あんた前に言ってたじゃないか。もう限界だって。このまま奴らに締め付けられれば、いずれ食っていけなくなるって」
正午を過ぎて、大河と健栄が訪れていたのは、東中野駅から少し歩いた場所にあるこじんまりとした公園だった。
そこは以前に大河達が殲滅した『新中野ファラオ』の拠点であったパチンコ店、その名もそのまま『新中野ファラオ』の目の前である。
ここに住んでいるクランは構成員の総数が二十名ほどで、健栄がケイオスの前のクランに所属していた時からの軽い顔見知りであった。
新中野駅からほど近い場所にあった設計事務所の社員達とその家族を中心にした、女子供が多い弱小クランである。
「た、確かにそう言ったが……しかし確かに毎月の上納金はとんでもない額だったが、こんな吹けば飛ぶような小さなクランが今日まで生き残れたのは、間違いなく〝高円寺極モータース〟のお陰だし……」
「上納金だけか? それにしてはここにいるみんなの顔が暗すぎる。アンタもワシらの前のリーダーと同じく、メンバーに隠れて奴らに女を差し出しているんじゃないか? 若い男の数だって、前に見たときより明らかに減っている。奴らに、他のクランの連中に面白半分に殺されたんじゃないのか?」
「ぐっ、ぐううううっ」
健栄の声に、このクランのリーダーである塚山がうめき声を発しながら小刻みに震え出す。
やがて顔を両手で覆いながら、膝から崩れ落ちた。
「あ、アンタらが私たちを護ってくれる保証なんてどこにあるんだ……アイツらと同じ様に、また私たちを虐げるつもりじゃないのか……もう疲れたんだ……みんな、疲れているんだよ……うっ、うううううっ」
塚山の後ろで大河と健栄を警戒していたクランメンバーたちが、うずくまって泣く塚山の背に集まってくる。
「護るなんて一言も言ってない」
今まで黙っていた大河が、健栄の肩越しに塚山に語りかける。
「なっ……」
驚愕の表情で、塚山は大河を見上げた。
「俺らはアンタらを保護しに来たわけじゃない。同盟を結ぼうと、一緒に戦おうと誘いに来たんだ。一方的な関係じゃなくて、お互いがお互いの利益の為に手を組む……あくまでも対等な関係を結びたいってさ」
塚山の周囲、そして背後のいるメンバーの顔を一人づつ見渡して、大河は大きく深呼吸をした。
「──良いのかよ! 今までみたいなみじめな思いを、これからもずっと続けていくつもりか!? このまま何もせずにただ傍観しているだけじゃ何も変わらないって分かってるだろ!?
クラン・ロワイヤルの優勝者が誰になろうと、アンタらが弱者のままじゃずっと、誰かに良いように弄ばれるままだぞ!!」
その声には、理不尽に対する怒りが、弱者のままで甘んじているこのクランの皆に対する憤りが込められている。
「奴らに馬鹿みたいな額の上納金を差し出し続けたら、アンタらは決して奴らより強くなれないだろ! 家族を、恋人を差し出して一時の安心を得たって、奴らの気まぐれで見捨てられたら意味無いじゃないか!」
空気が震えるほどの大声。
ハードブレイカーを背負う大河の解放された身体能力は、その発声すら普通の人間よりも大きい。
言葉が、意味が、振動となって弱者たちの頬と身体を揺らす。
「護ってやるなんて絶対に言うかよ! 確かに俺らケイオスが先頭に立って戦うけど、アンタらにだって戦って貰わないと困るんだ! 戦闘に参加しろとは言わないさ! 後ろで子供達を守ったり、生活環境を整えてくれるのだって、立派な戦いじゃないか!」
気が昂ぶっている。
それは明らかに普段の大河とかけ離れた、激情的な姿だった。
当初の予定にない大河の突飛な行動と、そのあまりの気迫に、健栄ですらどうしたら良いのか分からず目を丸くして狼狽えている。
「良いか! 一度しか言わないからな! このまま俺らと一緒に来るなら、この中野から抜け出して自由のある土地まで連れてってやる! もし失敗してロワイヤルを勝ち抜けなかったら、絶対に一緒に死んでやるよ! 今ここで決断しろ! もうウダウダやってる時間なんか無いんだ!! 子供達を、こんな場所で一生奴らのおもちゃのままで居させて良いのか!!」
大河は一息でそう叫ぶと、肩を大きく揺らして浅い呼吸を繰り返した。
自覚している。
今大河は、己の感情を制御できていない。
思えば昨日、あの倉庫の中で。
死んだ目をしていた全裸の女性たちを見た時からそうだった。
瞬時に沸騰した怒りが身体を突き動かし、その衝動のままに暴漢らを惨殺した。
「リーダー……」
「ご、ごめん健栄さん……俺ちょっと、我慢できなくて」
ここに来る前の打ち合わせでは、多少なりとも顔馴染みである健栄を主体として説得し、同盟を組むメリット・デメリットをしっかりと理解させる算段だった。
しかし、この公園にいる全てのクランメンバーらの生気の失った目と、彼らを率い守るべき塚山のみっともない嘆きの声に一瞬で思考が真っ赤に染まった。
自分でも何がどうなっているのかわからない。
元から激しい気性を内に秘めた性格をしている事は大河も気づいている。
だけどこうまで己を律する事ができないまでじゃなかった。
「わ、私……」
公園内のテントの一つ、その中から若い女性が恐る恐る顔を出す。
「わ、私は嫌だ……このまま、このまま誰かのおもちゃのまま生きるのは! 嫌だ!!」
漆黒に包まれた昏い瞳に、わずかばかりの熱量を宿して、彼女は叫んだ。
「あ、アタシも!」
「お、俺にできることならなんだってする! 妹を守るためなら戦いだって参加するから!」
「このくそったれな街を出れるなら!」
「塚山さん!」
「課長!!」
次々と声を上げ、リーダーである塚山へと詰め寄るクランメンバー達。
大河と健栄はその姿にひとまず胸を撫で下ろす。
「予定とは大分違ったが、同盟結成の最初としては充分な滑り出しではないか?」
健栄のその声に、大河は一度深く思案した。
そして顔を上げ、口を開く。
「いや、まだだ。まだ皆本当の意味で納得してくれてるとは思えない。だから──」
大河はメンバーに詰め寄られて困惑している塚山へと歩を進め、その肩を叩く。
「塚山さん。その〝高円寺極モータース〟とか言うクランの根城を教えてくれ」
「え?」
「お、おいリーダー! まさか!!」
大河の発言の意図を察した健栄が、慌ててその肩を引いた。
「今から塚山さんたちは新しい拠点……ケイオスのアジトの近くに引っ越して貰わないといけない。同盟参加クランは近ければ近いほど連携が取れるからな。その場所を決めるのに、まだソイツらが生きてたら心配だろ?」
「ど、どうするつもりだ?」
困惑したままの塚山が、震える声で大河に問う。
「安心させてやるよ。ケイオスが──俺がどれだけ頼れる同盟の盟主なのかを、ちゃんと教えてやる」
大河はそう言って、ベルトを無理矢理加工して作った背中用の剣帯からハードブレイカーを抜き、右肩に担いだ。
「俺が今から、奴らを殲滅してやる」
今を持ってしてなお、大河はまだ自分の怒りを制御できていなかった。