躍動①
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「寝れないのか」
「廉造……」
時刻は深夜2時を回った頃。
ケイオスのアジトの屋上で、大河は廉造に話しかけられた。
「目が冴えちゃってな」
「……そうか」
廉造の方へと振り向きもせず、屋上をぐるっと取り囲むフェンスにもたれかかり、剣呑とした目つきで大河は煌々と輝く遠くのビル群──西新宿方面を見続ける。
新宿都庁を破砕した鎧巨人の姿は、やはりここからは遠すぎるのか夜の闇に紛れて見えない。
あそこまで半壊したり崩落したはずの高層ビル群がなぜまだ光り輝いているのか、それは今持ってしてもわからない。
大河の見た最後の西新宿の様子はとてもじゃないが人の生存できるような場所では無かったが、今の東京の意味不明さから考えても、あれから地形や環境の変化が起こっていたとしても何も不思議じゃない。
大河にとって、廃都のはじまりの場所。
思うところは沢山ある。
「……ああ、そういえば」
いつのまにか大河のすぐ横に移動していた廉造が、ポケットから取り出したスマホを操作し、アイテムバックから何かを取り出した。
「お前にこれ、やるよ」
空中にポンと現れた拳大のそれを素早く掴んで、大河へと差し出す。
「なんだ?」
ここでようやく廉造の方へと首を向けた大河が見たのは、透き通る赤い水晶だった。
そっと受け取ったその赤い水晶は、どこかほんのり暖かい。
大河にとって水晶という物体は、池袋──水野陽子の末路を彷彿とさせる複雑な思いを想起させる石だ。
だからか無意識に眉を顰めてしまった。
「僕がエコー、兄貴がハヤテマルに成長させられるアイテムを手に入れた時に一緒に手に入れた物だ。剣の成長用の合成アイテムなんだけど、必要レベルが30とか、属性紋が必要とかで僕らには結局使えなくてさ。今のお前なら大丈夫だろ?」
「……もう少しでレベル30だけど、アホみたいな額のオーブが必要だからもう少し後でレベルアップしようと思ってるんだ。少なくともクラン・ロワイヤルが終わるまで──中野を抜けるまでは我慢しようかなってさ」
少しづつ少しづつ、自分達の生活が破綻しない様にオーブを消費していると、どうしてもレベルアップに割く分を遠慮してしまう傾向にある。
そうでなくても、30にレベルアップする際に必要とされるオーブ額は、これまでの要求額より優に二倍は跳ね上がっていた。
ケイオスの運営に影響を及ぼす高額のオーブを、大河の独断で使用する訳にはいかない。
「いや、これからセカンドステージが始まって、他のクランと同盟を組まなきゃならないのに、お前の剣が成長二段階目のハードブレイカーだってのはちょっと恰好がつかないよ。僕からも明日皆に説明するから、ケイオスのリーダーとして、同盟の主催者としてお前は誰よりも特別な武器をもっておくべきだ」
「……リーダーか。やっぱ、俺には重すぎる役目だよ」
スマホを操作して水晶を手早くアイテムバックにしまうと、大河はまた光り輝く西新宿へと目を向けた。
「なーに言ってんだこのムッツリは。今のケイオスでお前以上に上手くクラン運営や戦闘指揮を取れる人間は一人もいないよ」
「お前が──」
「やんないぞ。僕はひとつの事に集中しすぎて周りが見えなくなる悪癖があると自覚しているからな。逆に海斗兄貴はああ見えて面倒見が良すぎて、重大な選択を迫られた時に誰も犠牲にしないようにと躊躇しちゃうと思うんだ。だから僕らはリーダーに向いてない。その点、お前は大事な時に大事な物を切り捨てられる潔さがある……まぁ、しっかり苦しむんだろうけどね」
「酷ぇ話だな……」
廉造の言う通り、大河は誰かが犠牲にならねば前に進めないとなった時に、その誰かを選択できるだろう。
きっとその犠牲に選ばれる優先度は自分自身が一番高いのだろうが、そうでなくても誰かを切り捨てられる。
勿論、他の誰よりも悠理が大切だ。だから悠理が選ばれる事は無いだろう。
それは仕方がない。なにせ恋人だ。
多少どころか、目に見えた贔屓があっても何もおかしくない。
だから大河は、悠理を保護して他の誰かを犠牲にした事にちゃんと罪悪感を抱くだろうし、必要以上に自分を戒めるだろう。
「心配するな。たとえみんながお前を責めても、少なくとも悠理や兄貴──そして僕はお前の味方をしてやる。お前がその選択をするのに、ちゃんと傷つく奴だってことくらい理解しているからな」
廉造はそう言って、ヒラヒラと右手を振りながら屋上から校舎内へと続く扉へと歩を進めた。
「明日は近隣の弱小クランに同盟を持ちかけに回るんだろ? 目の下に隈を作った怪しい奴になる前に、ちゃんと寝とけよ」
背中でそう語る廉造に、大河は苦笑する。
(昼間のことを俺が気にしているって、わざわざ様子を見に来たのか)
不器用な廉造の優しさに感謝しながら、その姿が扉の向こうに消えたのを確認し、大きく深呼吸を繰り返す。
「……頑張るか」
最後にそう呟いて、大河もまた校舎内に戻る扉へと足を向けた。
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「それではみなさんご一緒に!!」
『いただきまーす!!』
千春の元気な号令に、子供たちも負けじと声を張り上げる。
朝も早くからケイオスアジトは騒がしい。
大河と愛蘭の指示の元、子供たちを除く全てのメンバーに仕事が大なり小なり仕事が割り振られているので、悠長に寝ている時間など無いのだ。
ここは家庭科実習室のすぐ隣の、本来は理科室と呼ばれるべき場所。
今では細長いテーブルが大量に並べられた食堂と化している。
配膳の都合で食堂は近い方が色々と便利だと言うことで、主に調理班の女性たちの要望を聞いて男性陣が机の出し入れを行った。
「昨日はA班で、今日はB班が戦闘訓練と食糧調達──」
簡単に行動予定を組んだレポート用紙を見ながら、愛蘭が唸っている。
朝食は調理中に済ませたので、ようやく落ち着いて思案する時間が取れた。
ケイオスで一番忙しく動いているのは、大河と愛蘭と悠理の三人だったりする。
「そっちは今日も俺が付いてくわ」
海斗は味噌汁を啜りながら、愛蘭に話しかける。
多少行儀の悪さが目立つ食べ方だが、とにかく朝は時間が無い。
なのでこの程度の行儀の悪さは、愛蘭も目を瞑る。
「あ、良いの? 疲れてない?」
「いんや。余裕。むしろ情報収集とか交渉とかに回される方が困るってな。身体動かしている方が気楽で良い」
「じゃあB班には海斗が付くとして──情報収集はC班? そっちは香奈と千春と……廉造で良い?」
海斗と向かい合う形で目玉焼きに醤油をかけていた廉造が、呼ばれて顔を上げた。
「ん。良いよ。けっこうそういうの得意な気がするんだ僕。要は弱っちいフリしてどっかのクランに接触すりゃ良いんでしょ?」
「あんまり無茶しないでね?」
「そういうのは向こうの馬鹿に言ってやって」
廉造は背中合わせで別のテーブルに座る大河へと親指で指す。
「大河、廉造くんの言葉聞いた?」
「……アイツだけには言われたくない」
白米をわしわしと口に運ぶ大河が、向かい合って座る悠理に眠そうな目で小く応えた。
「大河の予定は?」
悠理はそう聞きながら自分の皿から目玉焼きとソーセージを大河の皿に移す。
愛蘭と同じで朝食の準備中に軽く済ませているので、元から大食らいの大河に食べさせるつもりだった。
「午前中は駅前まで行って、素材の合成とか剣の打ち直しとかできそうな店と……あと聖碑を探そうかなって。中野に来て一度も見てないだろアレ。多分ファストトラベルは制限されているだろうけど、クエストの受注と精算はできるんじゃないかなって思ってさ」
「そういえばそうだね。午後は?」
「昨日みんなが集めてくれた情報を元に、同盟に入ってくれそうなクランを一つずつ回ってくるよ。健栄さんが一緒に着いてきてくれる予定。さすがに俺一人じゃな」
ちらりと視線を移すと、教室の奥の方のテーブルに座る健栄が、郁と楽しそうに話しながら朝食を取っていた。
「……なんか、あの二人」
「良い雰囲気だよね」
ダンジョン攻略を経て、健栄と郁の距離はぐっと縮まっているように見える。
ケイオスのメンバーの中では年長に分類される二人だが、健栄の方が干支一周分も郁より歳上だ。
クラン内の恋愛は特に制限していないので誰も二人を邪魔しないし、むしろどこか優しい目で見守っている空気がある。
「上手くいくといいね?」
「そうだな」
大河は視線を戻して悠理の楽しそうな表情を見ながら、ソーセージに齧り付いた。