これからのこと
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小学校一階、職員室。
そこに今動けるケイオスの成人メンバー全員と、千春や祐仁などが一堂に会している。
「さてと……子供たちは?」
大河は近くにあったキャスター付きの椅子に深く背中を預け、シャツの襟首をパタパタと開けたり閉じたりしながら風呂上がりの火照った身体を冷ます。
「もう寝たわ。さっきまで新しいお家にきゃーきゃー言いながら騒いでいたから、もうぐっすり」
「昨日まで居た病院は、あんまり良い思い出が無かったからね……」
愛蘭の言葉に頷いて、香奈は行儀悪く机の上に腰掛ける。
教員用の机に雑に拡げられた書類や教科書は、今となっては必要の無い物なので、明日にでもまとめて処分する予定だ。
「いくみ、お前も寝てて良いんだぞ?」
大河の隣で所在なさげに立っていたいくみが、あくびを噛み殺しながら目を擦る。
「ん……いくみにとっても、これからのお話はとっても重要……主人様が良いなら、聞いていたい」
「そりゃ別に良いけど……子供が聞くような話でも無いんだよなぁ……」
これからここに居る面子がする話は、〝計画的に人を殺す〟算段である。
その見た目が極めて普通の子供に見えるいくみにとって、あまり良くない話なのは間違いない。
「そんなことよりいくみよぉ……これ、冷房は点けられないのか? 俺もう暑くて暑くて……」
「窓を全開にしてようやくって感じですしね。千春もちょっと暑いです」
シャツの袖を肩まで捲り、背中を全開にしたみっともない海斗に、千春が苦笑しながら同意した。
「点けれるけど……冷房を入れたらとってもお腹が空く。主人様が良いって言うならすぐ点けるよ? 子供たちも暑いって言ってたし……」
このアジトで電力を使用する場合、使えば使った分だけといくみの食欲が増加していく事が判明した。
この見た目小学生の学校型管理核──いくみは、その幼い容姿には不釣り合いなほど大食漢だ。
拠点運用に最低限必要な電力──給湯器や各教室の室内灯だけでも、大人の三倍ほどの食糧を消費したのだ。
「悠理、愛蘭さん。今の食材はどんな感じだ?」
今ケイオスの食材配分を決めているのは、愛蘭と悠理を筆頭とした調理班のメンバーだ。
いくら大河とはいえ、彼女らの意見も無しに無計画に食糧を消費させる事はできない。
「んー、まだ余裕があるわけじゃないから、もう少し我慢して欲しいかな」
愛蘭と二人で同じスマホの画面を見ながら、悠理が難しそうな顔で唸った。
「二週間分くらいは余裕を持っておきたいのよ。良い狩り場が早く見つかればねぇ……」
「お米が問題だよね。今のところ駅前のショップで買う以外の調達方法が見つからないし、そこそこ値段がするから……」
「だけど腹持ちが良くて栄養価が高いってなると、どうしても白米がベストだし……」
「みんなお米が好きだしね」
「人一倍食べる海斗とか、他の男の人がお米が無くても良いっていうなら、小麦粉を主食に変えるのもありかな。小麦粉ならドロップするモンスターが分かっているから貯蔵もしやすそうだし」
そう言って悠理と愛蘭は海斗を見る。
「お、俺は嫌だぞ! 米が無い食卓なんて、絶対に嫌だからな! 大河、廉造、祐仁! 明日からバリバリモンスターを狩るぞ! 俺らの食卓を守らねば!」
「ワシも朝は米派なんでな。こればかりは海斗に同意しよう。なんでもするぞ」
焦り出した海斗の言葉に健栄も頷き、さらには他の大人たちも次から次へとやる気を表明しだした。
米の力は偉大である。
「いくみがもう少し大きくなったら、グラウンドの一部を畑にできるよ……?」
「本当に?」
大河の返答に、いくみはゆっくり頷いた。
「うん……あと、木材とか建築系の素材がもう少しあったら、飼育小屋とかも作れる……でもいくみ的には……子供たちのために遊具を先に作ってあげたいな……鉄系の素材が結構必要だけど……ボールとか、ノートとか、そう言うのも揃えてあげて欲しい……」
ぽやぽやと目を閉じて思案するいくみの表情は、とても優しげだった。
「冷房の話から大分ズレたな。話を戻そう」
いつのまにか膝の上に座っていたいくみの頭を撫でながら、大河は議題の軌道修正を試みる。
「生活に必要な物の調達とかは、愛蘭さんと悠理を中心にして女の人たちで話し合って欲しい。何が欲しいか言ってくれたら、俺らが探し出して調達するから。でもまぁ、ここに住むのもクラン・ロワイヤルが終わるまでってのは頭の中に留めていて欲しいかな」
「そのクラン・ロワイヤルだけど、もう少しでファーストステージも終わっちゃうんだけど、何か策があるの?」
香奈の問いに、大河は真剣な表情で頷く。
「俺の考えが正しければ──というか確実に、残りのポイントなんて半日もあれば稼げる。新中野ファラオの奴らと戦って分かったんだ。少なくともこの中野で中位の位置にいるクランは、俺と海斗さんと廉造だけで殲滅できる筈だ」
「なんで、そんな事がわかるんですか?」
大河の言葉に、千春がきょとんとした表情を浮かべて手を上げた。
「新中野ファラオがあの程度の戦力で一昨日までデカい顔出来てたからだよ。最上位の覇王とか、覇王に近い位置にある傘下のクラン以外は、おそらくあいつらと同等程度なんじゃないかな。そうでなきゃクラン・ロワイヤルが始まってるのに、悠長に他のクランを虐めてる暇なんか無い筈なんだ。多分だけど、ほとんどのクランが拮抗状態にあって、迂闊に動けば上位クランに目を付けられて殲滅させられる状況なんだと思う」
「確かに……クラン・ロワイヤルはこの中野に在る全てのクランに強制参加を強いるゲームだ。弱いクランほど、真っ先に潰されてないとおかしい。無事なのは一昨日までのワシらみたいに、どこかのクランに隷属しているか、下手に手を出すと返り討ちに合うと思われているところだけか」
健栄の言葉に大河は静かに頷く。
「そう。だから俺らも、どこを潰すかって言うのを見極めなければならない。セカンドステージを勝ち進むためにもね」
「適当に選んじゃ不味いのか?」
開け放たれた窓枠に腰を下ろし、少しでも風を受けようとシャツを仰ぐ海斗が首を傾げた。
「どうせ殺るんなら、悪党の方が良いだろ?」
「そりゃまあ、そうだけどよ」
「廉造とも話し合ったんだ。ファーストステージが終わるまでの一週間、みんなには情報収集をメインに動いてもらって、実際に敵対クランを潰して回るのは俺と海斗さんと廉造で動く」
大河がそう言って目線を送ると、廉造は静かに口を開いた。
「僕と大河と兄貴以外の戦闘担当の人は、三つの班に分かれてローテーションを組むよ。情報収集と、戦闘訓練と、モンスター狩り。一日ごとに交代しながら、ケイオス全体のレベル上げと食材・オーブ稼ぎとロワイヤル攻略を進めていこう」
「情報収集って、何を調べるんだ?」
祐仁の問いに、廉造は複雑そうに顔を伏せ、そしてゆっくりと顔を上げた。
「欲しいのは、今までのみんな──アンダードッグの頃のみんなの様に、他のクランから搾取されたり、隷属させられてるクランの情報。そしてそのクランを虐げてる悪党どもの情報だ。多ければ多いほど良い。僕らはその情報を元に、悪党共を根こそぎ潰して回るから」
「根こそぎ?」
千春の言葉に、今度は大河が頷いた。
「ああ、できるだけ多くだ。残りの必要なポイント以上に、潰せるだけ潰す。そんなクソ野郎どもを生かしておくだけ無駄だし、なによりセカンドステージより先のロワイヤルでの敵を減らしておけるってメリットもある。それに、そいつらに支配されていた弱小クランの人らを、味方にできる」
大河は窓の外の宵闇に視線を移し、一瞬だけ目を伏せて、そしてまた皆の方へと顔を向けた。
「俺らが作るのは、この中野で今まで好き勝手にされてきた弱者たちの──同盟だ」
亜熱帯の中野の気候の中で、一陣だけ冷たい風が吹き、ケイオスの面々の頬を撫でた。