拠点移動
しばらくは投稿時間が不定期になりそうですυ´• ﻌ •`υ
「良いじゃない! 広いし! 綺麗だし!」
開け放たれた窓から吹く風に金髪を揺らして、愛蘭は嬉しそうに室内を見渡す。
「部屋もいっぱいあるから、後でみんなで部屋割りを決めよう」
「お風呂もあるんだって。大浴場じゃなくてシャワーだけど、あるだけ有難いよね」
大河と悠理はそんな愛蘭の姿を穏やかな顔で眺めている。
ダンジョンを攻略した翌日、大河はケイオスのメンバーを三つのグループに分けて、早速拠点の引っ越しを始めていた。
一番最初のグループは愛蘭を筆頭にした子供たち。
護衛に大河と悠理を付け、二時間という長旅をなんとかこなしここ、元東中野第二小──改め、クラン『東京ケイオス』アジト三階の一番奥の教室に辿り着いた。
「第二グループもそろそろ到着する頃だな。子供たちも喜んでるみたいで、ちょっと安心した」
視線を横にスライドすると、教室の奥で思い思いに机に座った子供たちが、学校型管理核を囲んで楽しそうに談笑をしている。
「み、みんなようこそ……今日からよろしくね……?」
学校型管理核はニヤニヤと隠せない笑みを浮かべながら、たくさんの子供たちを見て喜びを隠せないでいた。
「よろしくね!」
「ねぇねぇ、なんて名前なの!?」
元気が有り余った子供たちの内、男の子たちはすでに廊下で鬼ごっこを始めていたり、探検と言いながら色々な教室を開けたりと忙しそうだが、女の子たちは新顔の学校型管理核に興味津々の様だ。
「わ、私は今日からいくみ……いくみって言うの……」
「今日から?」
「う、うん。さっき、主人様に名付けて貰ったから……私は学校だから……育みって意味で……いくみ……えへへ……」
学校型管理核──改め、いくみは嬉しそうにハニカミながら、横目でチラチラと大河を見る。
「わぁ! 良いお名前だね!」
「う、うん……すっごい素敵なお名前……すぐに気に入っちゃった……く、クランの皆んなは、こ、この学校の……私の中だったらモンスターに襲われずに自由に遊べるから……体育館とか、グラウンドとか……好きに使ってね……? あ、で、でも……グラウンドで遊んでたらお外から丸見えになっちゃうから……大人の人を必ず連れて行って欲しいな……」
ヨル子討伐時に比べて明らかに表情が明るいいくみ。
大河と悠理はそんないくみを見て、ほっと胸を撫で下ろす。
「名前、気に入ってるみたいで良かったね」
「寝ずに考えたからな。やっぱ苦手だわ。名前とか考えるの」
「急かされてて時間も無かったしね。でも私たちの時は、考える時間もたっぷりあるから大丈夫だよ」
「──私たち?」
「そう、いつか来る私たちの番」
悠理はそう言って、自分のお腹を愛おしそうに撫でる。
「き、気が早くない?」
なぜか大河の背筋に冷たいモノが走る。
「そう? そうでも無い気がするんだよね。なんとなく。あっ、別に今すぐどうこうってわけじゃないよ? 今のところそういう予兆は全く無いから安心して? でもほら、することはちゃんとしてるわけだし……ね?」
「あ、ああ。まぁ……避妊してるからって、絶対は無いしな……」
年相応にそういう事に盛んな大河ではあるが、どちらかと言えば積極的なのも求めてくるのも悠理の方だ。
大河が注意しなければ、避妊具の着用をあえて忘れて事に及ぼうとするのも悠理である。
(う、嬉しくないわけじゃないし、そういう覚悟が無い訳でもないんだけど……まだ、早いよなぁ……生活だって今の東京じゃ安定し辛いし……)
大河のガッチガチの貞操観念で言えば、子育ては地に足を着けた状態で行わなければならない物であって、現在の東京のどこを探しても安心など見当たらない以上、現時点で悠理との間に子供を設けるのは子供にとっても良く無い事だと認識している。
(でもまぁ、こいつ……子供が欲しいこと隠さないしなぁ……どっかで、決断する必要が……しかし、結婚もまだしていないってのに、気が早いっていうか……覚悟がガンギまっていると言うか……)
楽しそうにいくみと女の子たちの会話を眺めている悠理の顔を、横目で観察してみる。
戸籍制度や役場が機能していない今の東京で、結婚なんてもはや形骸化した過去のシステムだ。
おそらくは結婚に関するゲームシステムなどがあると大河は踏んでいて、それによるステータスのバフやメリットもあるのだろう。
大河の良く知る親友はそういうゲーム上のイベントが大好きな男だったからだ。
彼の性格や嗜好を考えて、結婚イベントが無い方が不自然に思える。
「今から考えておくのも良いかもね」
「なっ、何が?」
「子供の名前。良い名前が思いついたら、いくつかリストアップしていて欲しいな。別に一人だけとは限んないわけだし……男の子の場合と、女の子の場合もね? あ、大河は男の子と女の子、どっちが──」
「だから気が早すぎるってば。そういう話は、せめて吉祥寺に着いてからにしようぜ?」
「──むぅ……大事な事なんだからね?」
「わかってるって。俺だって、その……まぁ、お前との子供が……欲しくないって訳じゃないんだから……」
「……大河ぁ」
耳まで真っ赤に染めて照れる大河の右腕に、悠理は体重を預けながら絡みつく。
熱の籠った吐息が中野の亜熱帯の気温に溶けて、ドロドロの飴のような粘土で大河の胸に当たる。
しなだれる悠理の身体の熱が大河の腕を通って脳髄まで伝わり、思考を蝕んで来た。
大河はそんな悠理の腕をやさしく掴み、その惚けた顔を見つめ、少しづつ自分の顔を近づけて──。
「あー、あのさぁ。まだお昼なわけだし、子供たちも居るからね? いちゃつくのはもう少し後にして欲しいのよリーダー」
──そこで愛蘭の呆れた声に水を差された。
茹だった思考回路が、恥ずかしさとみっともなさで急速に冷めていくのを感じる。
「おっ、ごっ、ごめんなさっ」
慌てて悠理の腕を振り払い、跳ぶ様にその身体から距離を取る。
「アンタ達用に個室も準備しなきゃね。声とか、音とか周りに聞こえないようにさ」
「あ、お風呂が近い方が嬉しいかな?」
恥ずかしさで消え入りそうな大河とは対照的に、悠理はどこか嬉しそうに声を弾ませていた。
「おっけーおっけー、そういうのは、全員が無事到着してからにしましょ。ほら、アンタらは海斗と廉造くんと入れ替わりで第3グループを迎えに行くんでしょ?そろそろ準備しとかなきゃ。向こうで千春と祐仁が待ってるよ」
「はーい、大河。行こ?」
愛蘭に背中を押され、悠理に腕を引っ張られ、大河は廊下へと歩く。
(女の人って、強いよなぁ……)
こう言うシチュエーションの場合、変に取り乱すのはなぜか男の方のイメージだ。
改めて女性の逞しさを実感した大河は、すれ違う子供たちに手を振られながら、玄関へと向かった。




