ダンジョン型拠点と生体コア③
「なんかなぁ……感動の名シーンなんだろうけど、何があったかさっぱりだからいまいちこう、感情移入ってか……蚊帳の外感がすげぇなぁ……」
女の子たちの霊らしき姿が消えてしばらく経って、海斗がぼそりと呟いた。
「そうです? 千春はちょっと泣きそうになりました……」
「図書館に行った私たちはあの日記読んじゃってるからね。全部じゃないけど、少しはあの子たちに何があったか解ってるから」
鼻声で目を充血させた千春の頭を撫でながら、悠理が苦笑する。
「そんで……この、ヨル子? この子はずっと居るけど……どうすんの?」
廉造は未だ天井に向かってひらひらと手を振り続ける偽物のヨル子を指差す。
その姿は他の女の子たちと違って透明でも無ければ、声もしっかりと喉と口から発せられていた。
「私は……ヨル子じゃ、ないよ?」
ヨル子(偽)は廉造の声に振り向き、コテンと首を傾げる。
「主人様たちは、かなり早くここに辿り着いたから……ヒント……いくつか見逃している?」
「お、お前、会話ができたの?」
つい先ほどまでその声にかかっていたエコーのようなエフェクトが消え、普通の発声で意思の疎通が取れている。
それに驚いた廉造が、ヨル子(偽)から少し距離を取った。
「さっきまではあの子たちにも聞こえるように話してたから、主人様たちには変に聞こえてたかも知れないね……えっと……」
ヨル子(偽)は小さな頭をゆっくりと動かして一向の顔を一人づつ確かめると、最後に大河の顔をじっと見つめた。
そのまま校長室の冷たいフローリングをペタペタと素足で歩き、大河の前までやってくると、また小首を傾げる。
「私の管理権限は……あなたに移管されてる……できれば早めにお名前を頂戴……?」
「管理権限?」
「そう、私を好きにできるの……あなただけ……」
「は?」
その幼い見た目から出るにはかなり危ういセリフを吐いて、ヨル子(偽)は血と埃で汚れている大河のシャツの裾を右手でぎゅっと握った。
「私はこの〝学校型ダンジョン〟の生体管理核。隠された達成条件を満たしてこのダンジョンを完全攻略したパーティーには、私を好きに動かす権限が与えられるの……このパーティーで一番強くて、リーダー権限を持っているのは主人様……大河様だから……」
ゆっくりと、ヨル子(偽)は笑った。
「──生体管理核?」
「うん。私はこのダンジョンにおける一つの罠として……ヨル子の意思が宿っていたあの『エビルペンスタンド』を隠す為の囮として使われていた……その意図に気づけて、私を傷つけずにヨル子だけを討伐できた巡礼者にはこのダンジョンの管理権限が特典報酬として与えられる……主人様たちは、ダンジョンの完全攻略は初めて……? アプリにダンジョン権限に関する詳しいメッセージが届いていると思う……よ?」
ヨル子(偽)はそう言って、大河のズボンの右ポケットをツンツンと指で突いた。
そこには確かに大河のスマホが収められている。
「ちょ、ちょっと確認するから待ってくれ」
大河は慌ててヨル子(偽)から距離を取り、ポケットからスマホを取り出し画面を操作する。
ヨル子(偽)は無言で頷きつつ、再び大河との距離を詰めてそのシャツの裾をまたギュッと握った。
【 おめでとうございます。
巡礼者 常盤大河率いるパーティー、及び巡礼者常盤大河が率いるクラン『東京ケイオス』は名称『学校型ダンジョン:レベル4(所在地 東中野)』を完全攻略し、また占領条件を満たしました。
これにより当該ダンジョンを完全に占領し、拠点化する事が可能となります。
ダンジョンの完全攻略と拠点化について詳しく知りたい場合は、以下のアイコンをタップしてください】
大河のスマホ画面には、クエストリザルトと同じ形式でそんなメッセージが届いていた。
その一番下に、地雷天使レナの笑顔をデフォルメしたようなキャラクターのアイコンが、右手の人差し指を振るようなアニメーションで置かれている。
なんとも言えない微妙な気持ちのまま、大河はそのアイコンを軽くタップした。
『ダンジョンの占領と拠点化についてシステム天使が一人、地雷天使レナが説明します』
聞き馴染みのある音声が、スマホから流れてくる。
抑揚の無い澄んだその澄んだ声は、確かに新宿で聞いたあの地雷天使レナの声だ。
画面には音声と同じテキストが、やけに古めかしいフォントで声と合わせて流れている。
(確か、巡礼者全てをサポートするためにアビリティで分割したレナの思考を簡略化した物って言ってたっけ)
もう半年も前のあの夜の事をなんとか思い出しながら、大河はスマホから流れてくるレナの音声ガイダンスに意識を集中した。
『この廃都・東京にあるダンジョンは一部を除き、個々のダンジョンに設定された条件を満たす事で巡礼者個人、またはパーティー・クランの名の下に占領する事ができます。設定された条件はダンジョンの難易度と比例して上がり、占領後のダンジョンレベルもそれに準じて高く設定されています』
(……あれ? じゃあ、池袋──湖底ダンジョンは……?)
『占領条件は秘匿されており、未達の場合は告知される事はございません。ですが必ず当該ダンジョン内に条件に関するヒントが隠されており、詳しく探索する事で見つけ出す事が可能です。もちろん、ダンジョンの難易度と比例してヒントを探し出す事も困難になっていますので、占領したいダンジョンの難易度を把握する事はとても重要です』
(ああ、つまり俺は、湖底ダンジョンの占領条件は満たして居なかったって事か……)
『次に、管理核についてご説明致します。ダンジョンは大別して〝イベント用ダンジョン〟と〝固着型ダンジョン〟、そして〝移動型ダンジョン〟の三つに分類でき〝イベント用ダンジョン〟は占領する事ができません。占領可能な〝固着型〟と〝移動型〟にはそれぞれ異なる姿を持つ管理核が存在し、管理核を手に入れた事が占領した証となります。注意点として、他巡礼者に管理核を奪われた場合、そのダンジョンの専有権も同時に奪われることになるのをご留意ください』
その音声を聞いたヨル子(偽)は、なぜか鼻息荒く口の端を釣り上げると、どこか誇らしげな表情で大河のシャツの裾を引っ張った。
『ダンジョンのコンセプトに応じた姿を持つその管理核は固有の意思を持ち、コミュニケーションを取る事でダンジョン内の内装変更、ギミックの変更や稼働・停止変更、ダンジョン部分の可動範囲の拡大や縮小などの管理を行えます。また特定のアイテムを管理核に合成することで成長・進化する事も可能です。管理核の性格や嗜好によって必要とされるアイテムが異なりますので、何を好むかは管理核に尋ねてみてください』
「私は本とか、勉強道具とかが好き……あと、学校に関する物が一杯お部屋にあったら、嬉しくなっちゃう……」
にまにまと笑いながらそんな事を言うヨル子(偽)の頭を、大河はなんとなく撫でる。
撫でられた事が嬉しかったのか、ヨル子(偽)は顔を赤らめて気持ちよさそうに目を細めた。
『〝固着型〟のダンジョンはその名前の示す通り、元々ダンジョンが存在して居た土地から移動できません。大体の場合その街のランドマークとして存在している事がほとんどです。その代わり、元のダンジョンレベルが高い傾向にあります。対して〝移動型〟ダンジョンは、同じ種別の建物に限り、その機能を移す事が可能です。例として挙げると、〝役所型ダンジョン〟を機能移転させる場合、要求される面積の公的役場などの建物で無ければ、移動不可となります。また同じ種別の建物でも、用途に多少の差異が出る場合、管理核の機能が制限されるなどのデメリットが生じます』
「私は学校だから、ここと同じかそれよりも小さい学校ならどこにでも移動できるよ……? でも高校や中学校より小学校の方が居心地が良いし、できる事も増えるの……」
またもドヤ顔で大河を見上げるヨル子(偽)は、大河の手を両手で持つと頬に擦り付ける。
撫でるのを催促しているのだろうか。
『管理核はダンジョンを機能し続ける為のエネルギーとして、継続的な食事を必要としています。また充分な食事を与え続けたり、相性の良い素材をダンジョン内に設置すると、ダンジョンの成長・進化の速度が速まる事があります。詳しい事は管理核にお尋ねください』
「ふふん……私はまだ育ち盛りだから、結構食べるかも知れない……あと、子供がたくさんいると嬉しくて、頑張れるかも……」
「お前、なんだかんだで要求が多いな」
「その分、成長した私は凄い……多分……おそらく……めいびー……」
「あやふやじゃねーか」
「あうっ……えへへ……」
光沢のある黒い前髪越しにその額を軽く小突くと、ヨル子(偽)は嬉しそうに笑った。
『以上でダンジョンの占領と拠点化についての説明を終了いたします。より詳しい内容はアプリ内のヘルプにございますので、お時間のある時にお読みください』
そう言ってスマホから流れていた地雷天使レナの声は途切れた。
代わりに画面が切り替わり、【管理核の名前を入力してください】と書かれたウインドウがポップアップする。
「お前の名前か……どうすっかな……」
「お名前がついて初めて私は主人様の物となる……綺麗な名前が良いな……あと、いっぱい呼んで欲しい……子供たちにもわかりやすいのが良い……」
「ヨル子じゃダメなのか?」
地雷天使の説明を黙って聞いていた海斗が、大河のスマホを覗き込みながらあけすけに問う。
「嫌」
ヨル子(偽)は今までののんびりとした口調と打って変わって、はっきりとした声で否定する。
「ヨル子は嫌い。いじめの仕返しにモノを隠されたからって、その怨念を違う子のペン立てに移して八つ当たりする意地悪なヤツ。自分が死んだのだって、夜中にみんなのペン立てを壊そうと学校に侵入して、階段で足を滑らせたから。ただの逆恨み。それにずっと私をその強い力で縛り付けて、自分を隠す囮にしてた。あんな子、大っ嫌い」
「……ああ、僕らが見つけきれなかった部分って、そういうストーリーだったわけね?」
廉造が苦笑いをしながら腕を組んだ。
「それにあの子は、覗き魔でもある……主人様たちがこの学校に入ってきてからずっと、あの子の意思はペン立てから離れて主人様たちの後ろにずっとくっついてた。いやらしすぎる。あんな子と同じ名前なんて、絶対嫌」
ヨル子(偽)──もとい学校型管理核は頬を膨らませる。
「だから主人様、できるだけ早く……私に素敵なお名前をください……」
大河の脚に抱きつく様に、学校型管理核は縋り付く。
「俺、ネーミングセンスないんだよなぁ……」
大河はそんな学校型管理核の頭を優しく撫でながら、悠理や千春に助けを求めるような視線を送った。