ダンジョン型拠点と生体コア②
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「う、ううん……」
千春はゆっくりと目を覚ます。
その身体は悠理がアイテムバックから取り出した柔らかい布団に包まれていて、頭の下には枕まで敷かれていた。
「お、目を覚ましたか」
頭上、壁に背中を預けて座っていた大河が千春の起床に気づき声をかけた。
「り、りーだー……?」
まだ思考が緩慢な千春は、薄めで大河を見上げて小さな声で呟いた。
「念の為に悠理に回復させたけど、頭を打ったかも知れないんだからもう少し眠ってても良いぞ?」
大河はそう言って、柔らかな笑みを浮かべる。
文房具ドラゴンが爆ぜ、校長室に文房具の弾丸雨が降り注いでからもうすぐ一時間。
千春や、未だ目を覚まさない廉造の覚醒を待ちながら一向は回復に専念していた。
回復魔法の使いすぎでそろそろ倒れそうだった郁や、単純に疲労で動けなかった大河や海斗の体力が戻るのを待っていたとも言える。
「あ、あの、今どうなっているんです……?」
千春は上半身を静かに起こし、すっかり明るくなった室内を見渡す。
「ああ、どうやらあの机を調べるまでイベントが終わらなさそうな空気なんだけど、何が起こるかわからないからお前らが起きてからにしようって話になったんだ」
そう言って大河が指差したのは、柔らかな緑色の光を放つ執務机だった。
いつの間にか部屋の最奥にまで移動していたその執務机は明らかに目立っていて、いかにも〝調べろ〟と言わんばかりだ。
「他のみんなは……?」
「爆睡中。この部屋はモンスターも湧かないみたいだからな。俺が起き番をしてるから寝ろって言ったんだ」
「り、リーダーは平気なんですか?」
「ああ、心配すんなって。こう見えても体力には自信あるんだ。お前ももう少し寝てろ。みんな起きたら起こしてやるから。まだ眠いんだろ?」
「で、でも……」
「遠慮すんな。そんな眠そうにしてる癖に。ほら」
大河はゆっくりと千春の頭を地面に押し込む。
「は、はい。ご、ごめんなさい」
「謝るなよ。千春は頑張ってたんだから」
大河の中でどうやら千春は〝妹〟の様な物とイメージが確定したらしい。
(なんか、甘やかしたい感があるんだよな。こいつ)
多少過保護になっている部分を自覚しつつ、大河ははだけた毛布を広げて千春の首元まで被せた。
「よくやった。みんな褒めてたよ」
「ほ、ほんとですか……?」
「ああ、お前がいなきゃ大変だったのは間違いない。まだ危なっかしいところもあるけど、お前はよくやってる。嘘じゃないぞ?」
自分の危うさを棚に上げて、そう千春に告げる大河の表情は優しい。
「うれ……しい……です……」
うとうとと意識を手放しかけている千春は、やがて完全に目を閉じて穏やかな寝息を立てた。
「……さて、イベントが終わらないと外との連絡も取れないみたいだけど、あと二、三時間くらいはみんな寝かしてやっても問題ないだろ」
いつからかは定かでは無いが、愛蘭や香奈──ケイオスのメンバーらとメッセージのやりとりができなくなっている。
この東中野第二小に突入してもう半日以上。
長い間連絡の取れない大河らを間違いなく心配しているだろうが、皆が疲弊している現状、ここで慌てて行動すれば間違いが起こる可能性が高い。
「焦る必要は無いんだ。愛蘭さんも香奈さんも俺らと連絡が取れないからと言って勝手に行動するような人たちじゃない」
そう呟いて、大河は図書室で見つけた例の日記を広げる。
暇つぶしがてらに読んでいただけだが、なんど確認してもやはりここまでのヒントの見落としは無かった。
(どこかにこのイベントのストーリーを補完するテキストがあったんだろうなぁ……ダンジョンに潜るたび思うけど、選択ミスや探索漏れが難易度に影響しまくってる気がする。拠点に戻ったら一度みんなと話し合うか……)
モニター越しに操作するゲームと違い、実際に生身でダンジョンを探索するには〝視界〟の広さと〝注意力〟、〝考察力〟が必要になる。
これが本当のゲームなら、例えば俯瞰視点で〝視界〟の外まで見渡せるし、例えば分かりやすくキーアイテムが目立っていたりする。
だけど現実はそうじゃない。
(ゲーム的に考えないといけない部分と、現実視点で捉えないといけない部分……想像以上に難しいな……)
大河はこのダンジョンに潜ってから今までの己の指示を省みる。
思いつくだけでも何点かのミスが数えられる。
パーティーを分けて行動した事もそうだし、合流を急いで探索を止めたのもそうだ。
八人が一緒に行動していればもっと安全に、怪我も少なく行動できていたかも知れない。
冷静に探索を続けていれば、見落としていたイベントストーリーのテキストを見つけ出せて、もっと効率良く攻略できていたかも知れない。
この校舎の壁が閉じていくスピードも、今考えれば大河の体感よりもかなり余裕があった様に思える。
つまり、焦りすぎたのだ。
(リーダー……か……)
自分には荷が勝ちすぎる。
大河は大きなため息をこぼし、しかし同じミスをもう繰り返すまいと強く心に戒めた。
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「よし、みんな良いな?」
三時間後。
全員が目を覚まし、校長室最奥の執務机を取り囲んで身構えている。
「俺らは良いんだけどよ。やっぱりお前も少しは休んだ方が良いんじゃねぇか?」
海斗は鞘に納刀したまま左腰に下げたハヤテマルの柄を握りながら、大河へと問いかけた。
「だから大丈夫だって何度も言ってるだろ? 多分称号の力だと思うんだけど、自分でも驚くぐらい元気なんだ」
「……本当?」
大河の返答に、悠理は疑いの視線を向けた。
「本当だから、そろそろ腕を離してくれませんか悠理さん」
「……大河は、自分の身体のことに関しては嘘つきだから」
自分の胸に挟みこんだ大河の腕を、悠理は更に力強く抱きしめる。
「俺がお前に嘘なんか──」
「──嘘をついた自覚が無いのが問題なの!」
ぐりぐりと大河の右肩に頭をすり寄せ、悠理は声を張り上げた。
「えっと、とりあえずイチャつくのもその辺にして、さっさと終わらせない? 僕もうココから出たいんだけど」
そんな大河と悠理のやりとりをジト目で刺して、廉造が低い声で苦言を呈した。
「……おう、じゃあやるか」
どことなく居心地の悪さを感じた大河は、意味もなくシャツの埃を払って姿勢を正す。
健栄、郁、千春、祐仁が苦笑した。
「んで、これはどうすりゃいいんだろうな?」
ハヤテマルの柄頭で執務机をコンコンと叩き、海斗は頭を捻る。
「これだけ露骨に光っているんだから、調べろってことなんだろうけど……とりあえず一番上の引き出しを開けようか」
大河はそう言いながらぐるっと執務机の周りを歩き、椅子が収納されている箇所の長い引き出しに手を掛けた。
「念の為戦闘準備。じゃあ、開けるぞ?」
「おう」
「は、はい!」
海斗と千春の了承の声に、他の皆も静かに頷いた。
皆の顔を一通り確認した大河が、引き出しに向き直りゆっくりと引いていく。
木材が滑らかに動く静かな音と同時に、執務机の発光がゆっくりと消えていく。
やがて開かれた引き出しの中に、コロンと何かが転がった。
「これは……」
「あ、それ千春が壊したペン立てです。でもアレより小さい……なんでここに……」
大河の呟きに、千春が応える。
見た目よりもだいぶ深い引き出しの中には拳大程度の大きさの、紙粘土で出来たペン立てが入っていた。
それ以外は何も無い。
「これがイベントのキーアイテムってことか?」
大河が何度か指先で突いてみても、特に何も起こらない。
右手で鷲掴みにして詳しく調べてみるが、特に変哲の無い〝小さな子が頑張って作った稚拙な工作物〟以外の印象は得られなかった。
「リーダー、あれ……」
郁と祐仁を守る様に盾を構えていた健栄が、大河の肩を叩く。
「ん? あ……」
健栄が指差した先、執務机を挟んで大河の対面に位置する場所に、あの女の子が立っていた。
黒く長い髪と、青色のカーディガン。
本物じゃない方のヨル子が、その小さな身体を目一杯背伸びさせて、大河が持つペン立てを見て嬉しそうに笑っている。
『見つけてくれた……良かった……これで、みんなお家に帰れるね……』
口元は動いていないが、確かに聞こえる幼い女の子の声。
『みんな、帰ろう。パパやママが心配してるよ……?』
ヨル子が振り返ると、そこには何人もの女の子達がその小さな瞳に涙を浮かべながら笑っている。
『じゃあね……迷わず、まっすぐ帰るんだよ……?』
ヨル子が頭の上で大きく手を振ると、女の子たちも同じ様に手を振ってゆっくりと宙へと浮かび上がって行く。
『じゃあね……バイバイ……バイバイ……』
女の子たちが天井に吸い込まれその姿を消して行く度に、ヨル子は何度も何度も手を振り続ける。
やがて女の子たちは居なくなり、そこには目尻に溜まった涙をカーディガンの袖でぐしぐしと拭き続ける、ヨル子だけが残った。
『これで……終わったね……』
ヨル子のその呟きと同時に、皆のスマホにメッセージを受信したことを知らせるバイブレーションと、荘厳なファンファーレが鳴り響いた。




