クエスト報酬とジョブオーブ③
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「マジックストラップっていうの、便利そうだね」
悠理はスマホを操作しながら大河に話しかける。
「ん?」
「ほら、ここの検索窓にアイテム名を入れると、簡単な説明文が出てくるの。まだ入手してないアイテムとか、重要そうなアイテムは検索に引っかからないみたいだけど、マジックストラップは検索に出てきたよ」
そう言ってスマホの画面を大河に見せた。
現在二人は壁に背をもたれかけて並んで座っている。
並べられた人の死体が視界に入らないように、柱や瓦礫で上手く区切られた場所にわざわざ移動して来たのだ。
肩と肩が危うく接するほどの距離感。
付き合ってない男女間の正しい距離としてはどうなんだ、と意識しているのは大河のみで、悠理はむしろ隙あらばもっと大河に近寄ろうと画策している。
「えっと……【普通の鞄に収納魔法を付与する魔道具】?」
「うん、魔法って言うんだから、常盤くんのリュックにストラップをつけると、実際よりも多くの物が入れられるんじゃない? きっと」
少し遠いところに放置していた。使い古してボロボロになった自分のリュックを足で引き寄せる。
中学の頃から使用しているだけあって、所々にほつれや消せない汚れなどがある見窄らしい物だが、見栄えなど特に気にしない大河は平気で使用している。
「使ってみる?」
「んー、まぁいっか。やってみようぜ」
魔法なんていう物を実際に使用してしまったからなのか、それともモンスターなんていう現実味のない生物との命のやりとりを経験したからか、もはや大河と悠理には『マジックアイテム』なる単語への違和感や疑問が頭から抜け落ちている。
画面に表示されるマジックストラップの簡単な説明文からは、特に危ない印象を感じない。
「えっと、まずはバトルリザルトから報酬を受け取って……」
大河のスマホを覗き込む悠理に対して、わざとらしい説明口調で行動を説明する。
一人でいる時など絶対にそんな真似はしなかっただろう自分が少しだけ照れ臭くて、大河は悠理の方へと顔を向けなかった。
バトルリザルトに表示された【報酬を受け取る】の選択肢の内、《はい》をタップした途端。
「うわっ」
大河の目の前の床に唐突に大量の物品が現れた。
悠理が小声で驚きの声をあげる。
「……すごいなこれ」
「こんなにいっぱい、確かにマジックストラップなんてものがないと鞄に入り切らないね」
二人してゆっくりと立ち上がり、その物品へと近寄る。
それは種類によって簡単に整理されて横に並んでいた。
大きなカブト虫の角や、これまた大きなカマキリの鎌。
ある程度の量で小分けされ簡素なガラス瓶に入れられた大量の液体が二種類。
宝石っぽい鉱物や、板状の糸巻に巻かれた真っ白な糸。
その隣に特別そうな意匠の陶器の瓶が置かれている。
「……倒した虫の部位だったり、そいつが吐き出す液体だったり」
「なんか気持ち悪い」
げんなりとした表情を浮かべた二人は、それぞれの物品を一個づつ手に取ってみる。
「あ、直接持つと詳しい説明文が勝手に表示されるみたい」
虫の部位を触るのに忌避感があった悠理が、ガラス瓶の一つを持ってスマホを見る。
「そういや、最初にそんなこと言ってたな」
「えっと、【蟻酸 兵隊アリの毒針より抽出される微毒が含まれる酸。合成素材や錬金素材として用いられる】だって」
「合成とか錬金とか、またありがちなゲーム要素が……」
悠理が読んだ説明文に苦虫を嚙みつぶしたような表情で答える大河。
他の討伐報酬も手に取って説明文を見てみたが、そのほとんどが【合成】や【錬金】の素材と記載されていた。
「モンスターから取れるアイテムは、きっと大体そういうアイテムなんだろうね」
「ゲームで考えると、あとは売ってオーブに替えたりってところか」
大河の知るゲームの知識を参照すると、序盤の敵から取れるアイテムは大した額にならない。
数を揃えて纏めて売り、コツコツと貯める。
そういう方法でプレイヤーを強化させていくのが、親友の好みのゲームだった。
「次はクエストリザルトか」
ある程度の吟味を終えて一息ついた二人は、さっきと同じようにスマホを操作してクエスト報酬を出現させた。
目の前に現れたのは六個の色とりどりの玉と、シンプルな形状の黒いストラップだった。
「これがマジックストラップかな?」
悠理が屈んでストラップを拾う。
あやうくその胸元が見えそうになったので、大河は慌てて顔を背けた。
今悠理が身につけているのは、大河が手渡したオーバーサイズのTシャツである。
黒字に青のラインが入ったそのTシャツは、男物であるが故に襟元が大きく開いている。
悠理が無頓着なのか、大河が気にしすぎなのか。
はたまた、『大河になら見られても気にしない』と言う事なのか。
思春期男子の健全な精神が大河にそんな都合の良い考えを浮かべさせるも、冷静な部分の大河がそれを脳内で否定した。
「どうしたの?」
自分でも気づかない内に挙動不審になっていたのか、悠理はそんな大河を不思議そうに首を傾げて見つめている。
「あ、いや。胸が……ほら、見えそうになってたから」
その真っ直ぐな視線に罪悪感を感じて、馬鹿正直に返事をした。
大河はそういう男である。
「あ、あはは」
全てを察した悠理が照れ笑い誤魔化す。
「ごめんね。気を遣わせちゃって」
「いや、あの」
返答に困る。
『気にするな』も違う気がするし、『ありがとう』も『ごめんな』も何かを間違えている気がして、大河はポリポリと首を掻くリアクションで返した。
「ほっ、ほら。やっぱりこれがマジックストラップだよ! えっとなになに? 【古代の技術を再現した魔法が込められた紐を、現代の魔道具士がアクセサリーに加工したもの。この魔法具の品質は〔低級〕で、ありふれた魔法具となっている。鞄や布袋に装着することで、本来の収納量を超えて多くの物品を収納できるようになる】だって! やっぱり鞄に付ける物だね!」
顔を真っ赤にさせた悠理が、早口でスマホに表示された説明文を読んだ。
「あ、ああ。じゃあ付けてみるか」
気まずくなった空気をなんとか変えたくて、大河も慌てて床に放置してあったリュックを取る。
「私が付けるね。ここでいい?」
「どこでもいいぞ」
ストラップと言っても、大河達が良く知る形の物では無かった。
スマホや昔の携帯なんかによく付属している、平たい布を輪っかにした物をイメージしていたが、これは複数本の黒い糸が規則的に編み込まれている短い束だ。
悠理はそれを、大河のリュックでも一番大きいファスナーの金具穴に通す。
編み込まれているせいで柔軟性があまり無いが、元が細い事もあってすんなりと穴を通る。
「こうして、こう……できた」
結び終えたストラップを見ると、なんというか複雑な結び方が施されていた。
「すごいなこれ。どうやってんだ?」
「やってみると簡単なんだけどね。一時期ママの影響で飾り結びに凝ってた事があるんだ」
悠理はどことなく自慢げに胸を張る。
「これで、中が変わってるって事になるのか?」
「開けてみたらわかるんじゃない?」
それもそうかと大河はリュックを持ち替えて、ストラップを引っ張りファスナーを開けた。
「……まっくら」
大河の手元に顔を寄せて覗いていた悠理が、簡単な感想を漏らす。
「うおっ、中がスッカスカじゃねーか。俺の財布と服と充電器、どこに行ったんだ」
「確か、アイテムバッグ内の目録が見れるって、最初に言ってたような」
悠理がそう言ってスマホを操作する。
「あ、そうか。常盤くんのリュックなんだから、常盤くんのスマホでしか確認できないのか」
「どうやるんだ?」
「えっとね。たぶんここをタップして……ここ! この【持ち物】って項目だと思う」
悠理に教わりながらスマホを操作して、お目当ての項目を見つける。
早速タップして開くと、そこには大河が本来鞄に入れていたはずの所持品が、箇条書きで書かれていた。
「この名前をタップしてみて」
悠理に乞われるがままにタップすると、そこには【取り出す】というウインドウが姿を表す。
「……いちいちこの手順踏まないと取り出せねぇのか」
「んー、でもバッグを開けないで取り出せるってよくよく考えたら便利じゃない?」
「ああ、背負ったまんまでも良いって事か?」
「多分そうだと思う」
次に討伐報酬で得たモンスターの部位を、どうやってバッグに入れるかを試す。
思ってたよりそれは簡単な作業で、大河が部位に触れるとスマホの画面にアイテム名と【収納する】のウィンドウがポップアップする。
それに触れると今度は、個数を指定する画面に切り替わり、馴染みのある数字のフリック入力の画面に変わった。
画面上部には【すべて】の項目もあり、いちいち全ての数を把握しておかなくても、まとめていっぺんに収納できる事も判明する。
さっそくモンスター部位を全てリュックに収納する。
「んー、こっち。こっちに【23/100】って表示されるって事は、100種類までのアイテムが持てるってことかな」
「蟻酸が七個入らなかったから、同じ種類のアイテムは20個までひとまとめで入れられるのか」
「20×100で2000個……とんでもないね。これ。重さは?」
「すっげぇ軽い。リュックの重さだけしか感じないから、逆に背負ったら軽すぎて違和感しかない」
「これで〔低級〕の品質って、高級だとどうなっちゃうのかな」
「わからんが、そういうのって多分簡単には手に入らないんだろうな。この2000個ってのも、ゲームとして考えると多いのか少ないのか判断に困るし」
モンスターの部位の全てをリュックに入れ終えて、二人で目録を見ながら思案する。
聞いた話ではあるが、モンスターは何も虫だけではない。
新宿駅周辺だけでも違う種類のモンスターが出現したとあれば、その全てから違う部位がドロップするとなると、その種類もかなりの物となるだろう。
「じゃあ、私もやっぱりクエストをクリアした方が良いのかな。どっかで鞄を手に入れて、それで二人分のマジックバックを用意できたら、枠が足りないって事にはならないんじゃない?」
「そうだろうな。達成できないとどんなデメリットがあるかわかんねぇ以上、できるんならクリアしといて損はねぇだろ」
「そ、そうだよね。戦う……のかぁ」
「大丈夫だ。多分、チュートリアル期間に出てくる雑魚なら数さえ多くなければ俺がなんとかできるだろうし、手伝うから」
先の戦闘での手応えから、大河はそう結論付けていた。
苦戦したのはあまりにも数が多いのと、黄金の蜘蛛──ゴールデンスパイダー原種が乱入してきた要因が大きい。
敵の数が落ち着いている現状なら、場所とタイミングさえ間違わなければ討伐は容易いと考えている。
まだこの中央通路の外がどういう状況か確認できていないが、見回りに出ているあの女性──未羽たちが戻ってきたらある程度の情報が得られるであろう。
「ありがとう。うん、そうだよね。未羽さんも戦えてたし、私だって……」
そう口にしているが、悠理の顔は明らかに不安が隠しきれていない。
「あんまり、気張りすぎんのも良くないと思うぜ?」
そう言って大河は、なんとなく悠理の頭を撫でた。
「うん、でも私も頑張って……はやく常盤くんの負担にならないようにしなきゃ」
悠理はこの一日だけでも、大河にはかなりの迷惑をかけたと自覚している。
気負うなと言われて簡単に整理できるものではないのだろう。
「さてと、あとはこの……ジョブオーブってのだけか」
大河はまだ床に転がせたままの、六個の玉を見る。
それは赤・青・黄・緑・紫・橙の六色と揃えられていて、なんとなくうっすらと光っているように見えた。