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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
東中野ブロック

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百々瀬千春は強く在りたい②


「はぁあああああっ!!」


 ハードブレイカーを上段に高く構え、猛スピードで文房具ドラゴンへとまるで弾丸のように突撃していく大河。


 振り下ろされた一撃はドラゴンの文房具で出来た頭蓋を子供用ブロックのように一瞬で壊した。


「今だ! 千春! 廉造!」


「行くよ!」


「は、はいっ!」


 頭を砕かれたまま静止したドラゴンの胴体に廉造と千春が飛び乗る。


 その跳躍した高さは優に4メートル。


 小柄な千春と華奢な廉造の体躯からは本来出るはずの無い脚力だが、【戦いの詩(ファイトソング)】の身体能力(ステータス)へのバフのおかげでまるで余裕の様に見える。


「後ろは振り向かず前と足元だけ見て走れ! これからなにがあろうと、僕が千春を守ってやるから!」


「了解です! うぉおおおおおっ!」


 様々な大きさ、様々な形の文房具で形作られたドラゴンの長い胴体は、不規則に隆起していて足場としてはとても最悪で。


 廉造に背中を支えられながら、千春は足を踏み外す事だけを恐れて駆ける。


 背中からまた、【戦いの詩(ファイトソング)】による勇ましい軍歌が流れ始め、遅れて廉造の強くしなやかで耳に心地良い声が聞こえてくる。


 身体の中心から確かな熱がじんわりと広がっていく感覚に、千春は身を委ねた。


「どっせぇえええええっいっ!!」


 ドラゴンの胴体がピクリと動き始めたかと思えば、海斗の気合の入った野太い雄叫びが聞こえてくる。


「コイツっ! 再生が速くなって来てるぞ!!」


 焦った祐仁の声が、遅れて耳に届いた。


「大元のペン立てに近づけば近づくほど速くなるんだ! 海斗さん!」


 大河はそう叫びながら、ハードブレイカーを大振りしながら床を蹴った。


「上等! 俺らとコイツとの根比べってわけか!! どっちが先に息切れを起こすか勝負だ!」


 着地と同時に次の攻撃に向けて準備していた海斗が、危ない笑みを浮かべる。


(ち、千春が! 千春が早くあのペン立てを壊さないと! リーダーと海斗さんが!)


 きゅっと唇を引き締めて、千春は足元と天井とを交互に見ながら走る。


 ドラゴンの胴体の幅は決して広くは無い。


 油断したら踏み外してしまいそうな狭さだ。


 背中に当てられた廉造の手。そこから伝わる体温に頼もしさを感じながら、千春は一歩一歩を確かに踏みしめながら、走る。


 その脳裏には、大河に、そして皆に頼られているという感動と、そして自分の過去から来る重たく暗い感情がぐるぐると渦を巻いていた。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 百々瀬千春は、簡単に言えば〝いじめられっ子〟であった。


 小学校二年生に上がった頃からだろうか。


 同じクラスの同級生たちの自分を見る目に、憐れみと煩わしさと、苛立ちが含まれ始めたのは。


 四月一日生まれ。


 早生まれの最も遅い日に生まれた千春は、それを抜きにしても同学年の中でかなり成長が遅い子供だった。


 背は誰よりも低く、運動も誰にも勝てず、要領が悪く、壊滅的なまでにそそっかしく、親や先生──大人のフォローなくして宿題すらまともに片付けられないほどに、色んな意味で遅れていた。


 例えば二人一組になっての行動。

 例えばグループを組んでの発表。

 例えばクラス一丸になってのイベント。


 それら全てに千春なりに本気で取り組んでも、いつも皆の足を引っ張り、その度に友達の誰かが助け船を出してくれる。


 そんな子供だった。


 最初は完全なる善意だったのだろう。


 みんな笑いながら助けてくれた筈だ。


 だが2回目ともなれば感情に呆れが混じり、3回目からは嫌味が込められ、4回目からは苛立ちが入り、そしてそれ以降は怒りが大部分を占める。


 何度も何度も簡単なミスをして、その都度誰かが尻拭いをしてくれて、そしてそれが起こる度に千春は謝った。


「ごめんなさい!」

「もうしないから!」

「気を付けるから!」

「次からはちゃんとやれるから!」


 心から申し訳ないと本気で謝れば謝るほどに、〝出来ない子〟のレッテルが重ねられていく。


 いつからか千春の周りに、友達と呼べる友達は居なくなっていた。


 一般的な女子として見た目が愛らしく、年上や大人から見れば庇護欲をくすぐる容姿をしていたのもマイナスに働いた。


 担任や保護者からは過剰に庇われ、大目にみてやれと、皆が助けてやれと周りの子供を(いさ)めたのが、結果的に悪手だったのは言うまでもない。


 何一つ満足に出来ない子が、それでも自分たちよりも優しくされ、怒られる事なく許される。


 自分たちだった怒られることも、千春ならなぜか許される。

  

 それは贔屓(ひいき)に見えただろう。


 きっと特別扱いに見えたのだろう。


 小学校高学年に上がる頃。

 女子が子供から〝女の子〟に変わる頃。


 それは露骨に始まった。


 会話の輪に入れてもらえない。

 遊びに全く誘われない。

 陰口を叩かれ、物を隠され、無視され、揶揄(からか)われ、嘲笑されて晒し者にされる。

 

 段階としては至極真っ当なイジメのステップアップ。


 虐めている本人達ですら〝いじめ〟と認識できないほどにシームレスに移行していったそれは、学年が一つ上がるごとに直接的に、そして苛烈になっていった。


 だが千春は笑っていた。


 悪いのはできない自分だと、周りと違う自分がいけないのだと言い聞かせ、泣く事で相手を悪者にするのは卑怯だと自分を納得させて、明るい笑顔を絶やさなかった。


 強い訳では無い。

 泣かない千春が強い女の子である筈が無い。

 それは一種の逃避で、環境が形成した歪みで、本来は親や先生たちが気づくべき千春の弱さで。


 だけど千春が人一倍可愛く笑うから、誰も気づけない。

 大人たちは千春の本質を見抜く事なく、快活に笑う強い女の子だと勘違いしたまま──彼女は中学一年生になった。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「やぁあああああっ!!」


 だから千春は走る。

 大河に、海斗に、廉造に、祐仁に託された事の重みと、その嬉しさを抱えながらひた走る。

 

 誰よりも成長の遅い身体で、誰よりも幼く舌ったらずなその声で。


 ずっと惨めだった過去を振り切ろうと、ずっと誰かに頼られたかった憧れを胸に。


 千春はまだ初期状態のままの──弱いままの自分を象徴するような『咎人の剣』をしっかりと握りながら走る。


「──あうっ!」


 ドラゴンの背中を中程まで昇った所で、突然足元の文房具の一つ──カッターが飛び出して来た。

 それは千春の柔らかな頬を切り裂き──かけた瞬間、廉造にシャツの襟元を引っ張られた。


「れ、廉造くん!」


 飛び跳ねそうなほど鼓動が高まる心臓を抑えながら、廉造の顔を見ようと千春は振り向く。


 廉造は何語かわからない軍歌を歌いながら、強く頷いた。


 大丈夫だ。

 任せて。

 千春は何も気にせず、まっすぐ走るだけでいい。


 強い眼差しにそんな意志を込めて、廉造は千春の背中をぐっと押し込んだ。


「──は、はい!」


 また一つ決意を結び、千春は再び駆け出した。


 その足元からはコンパス・シャーペン・ハサミ・定規・分度器・クリップ・彫刻長などの、様々な文房具が千春と廉造目掛けて飛び出してくる。


 肌に掠めれば深い切り傷となりそうなほどの速度のその文房具らを廉造は脅威の集中力で見極めて、千春の背中に添えた腕でその身体を誘導し回避させていく。


 歌唱スキルを使用しながら、文房具ドラゴンの劣悪な足場を走りながら、しかしその文房具が一度足りとも千春の柔肌を傷つけることを許さない。


 大河が自分を千春に付けたのはきっとこの為だと、廉造は理解していた。


 自分自身には効果の無い歌唱スキルと、廉造の身体能力(ステータス)では、万が一ペン立てが想像以上の耐久力を持っていたら砕く事が難しい。


 しかし対象を一人に絞った場合の【戦いの詩(ファイトソング)】、その効力下にある千春ならば可能な筈。


 大河と海斗はドラゴンの足止め、祐仁はその補佐。その大河の指示と役割分担は正しい。


 二つのパーティの中でも最大火力を持つ二人の足を止めることのない連撃、万が一そのタイミングが狂ってしまった場合、すぐにそれを察して修正できる理解力は祐仁しか持ち得ない。


 歌唱スキルを使用中は攻撃する事のできない廉造は、千春と組んでペン立てへの攻撃に回るのが正解である。


 廉造は大河のそんな意図を瞬時に理解し、そして役割を全うする為に全神経を集中させている。


「れ、廉造さん!」


 避け損なった鉛筆が、廉造の肩を抉った。

 事前に回避していた方向が不味かったのか、どうやっても避けきれないと判断した廉造は、あえてその一撃を肩で受け止めてい。


 千春が無傷であるならば問題ない。

 避けきれないなら、少しでも影響の無い場所で受け止める。


 軍歌を口ずさむ廉造の声色に、若干の苦悶の声が入り混じる。


 しかしすぐさま張りのある力強い歌唱に戻し、その声で千春に『気にするな』とアピールした。


 千春は廉造の瞳をちらりと見て、そしてまた前を向いて走り出す。


 薄暗い天井が、もう目の前まで迫って来ていた。


 闇に紛れて判然としなかったドラゴンの胴体の先──ペン立ての姿が、その輪郭が徐々にくっきりと見えてくる。


「み、見つけました! アレです!」


 その言葉と同時に、千春の背中を押す手が一瞬強まり、そして消えた。


「ぐぅっ!」


「──廉造くん!!」


 消えた廉造の手の温もりを確かめようと振り返った千春の目に映ったのは、四方から襲い掛かった文房具を避けきれず、針山のような姿となった廉造の姿。


「れ、廉造く──!!」


「──すぅうう」


 痛みを堪え、歯を食いしばりながら、しかし廉造は乱れた息を大きな深呼吸で正して──そして歌い続ける。


 こんな傷、なんの問題も無い。

 君がやり遂げるまで、僕はずっと歌い続けるから。

 だから千春(きみ)は、止まってはいけない。


 その歌声は、その目は確かにそう千春に告げている。


「──っ、う、うわぁああああああっ!!」


 大きく頭を振って、千春は視線をドラゴンの背中の先へと戻す。


 がむしゃらに、そしてしっかりと一歩を踏みしめながら、雄叫びを挙げて、先へ上へ前へ。


 廉造の歌声が、徐々に徐々に遠くなっていく。

 しかし千春の身体の内側から滲み出る(バフ)は冷えない。


(千春は! 千春は今! みんなから頼られてます!)


 吹き出す汗と、途切れる息と、重い脚。


 それでも千春の胸中は、興奮と喜びで満ちていた。


(千春は今! みんなから期待されてる!)


 口元の笑みが止まらない。

 剣と握る手の力が、蓄積していく疲労と反比例して強くなっていく。


(千春は! 千春だって!)


 一歩。

 一歩ごとに。


 弱かった自分。何もできなかった昔の惨めな自分と、今の自分とが乖離する感覚。


(千春だって! リーダーみたいに! みんなみたいに!)


 隠れて泣いて、傷ついた心に不器用な包帯を巻きながら精一杯笑うしかできなかった頃の千春が、遠くの方から今の千春を羨ましそうに見つめている。


(ヒーローに! なれるんだ!!)


 もうすぐ。

 あと少し。


 この手に持つ剣が届く距離まで、文房具ドラゴンの尻尾の先に、ペン立てがある。


「うわぁあああああああああああああああっ!!」


 渾身の力を込めて、裂帛(れっぱく)の雄叫びを挙げて。

 千春は剣を頭上に掲げて最後の跳躍をした。


「やぁああああああああああああああああっ!」


 白い軌道を描いて振り下ろされた剣により、不恰好で歪なペン立ては叩き割られる。


「──やりました! 千春は! 千春だってやれたんです!!」


 成し遂げた自分を褒め称えながら、千春は地面へと落下していく。


 その顔は喜色に染まり、自信に満ち溢れ、瞳は光り輝いていた。


 些細な事かも知れない。

 皆の助けがなければここまで来れなかったのは明白で、全てが自分だけの力などとは決して思っていない。


 だけど千春は今の自分が、やるべき事をやり遂げた自分自身が、誇らしくてたまらない。


 百々瀬千春は、強い自分で在る事を諦めない。

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